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2017年4月 7日 (金)

『竹下しづの女・龍骨 句文集』 福岡市文学館選書 

平成28年11月9日〜12月11日にかけて福岡市文学館企画展は

「竹下しづの女と龍骨」だった。

その図録?ともいうべき書が、福岡市文学館選書として、ようやく刊行に

なった。

竹下しづの女の句文集は勿論だが、息子の龍骨の「成層圏」なども

収められており、貴重な一冊となっている。




竹下しづの女は、明治20年3月19日、福岡県行橋市に生まれ、

昭和26年8月30日没、享年64歳。

しづの女といえば必ず引き合いに出される俳句は、

        短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまをか)






この書の「自句自解」のなかで次のように書いている。



        --略

        即ち此句に現われてる女は、現今の過渡期に半ば自覚し半ば

        旧習慣に捕えられて精神的にも肉体的にも物質的にも非常なる

        困惑を感ぜしめられ懊悩(おうのう)せしめられている中流の

        婦人の叫び=(心の)であります。--略

「須可捨焉乎」については、俳句だって最も現代的な語で表わして意の

迫ったところを表してもよいのだろうと断行したと。

漢文表記、字余り、破調、口語使用と大正9年の作品としては、斬新過ぎる。

それゆえに、当時の俳壇で様々な議論も起きたのだろう。でも「須可捨焉乎」

って、この書の解説の野中亮介氏も書いているけど、反語だと思う。





        --略

       「捨ててしまおうか、否、決して捨てることなどしない」そこには

       単なる否定を越えた強い現状肯定があります。

                [解説] 心高鳴り    野中 亮介(俳人)






折角なのでしづの女の俳句を『定本 竹下しづの女句文集』より。






               子をおもふ憶良の歌や蓬餅

               涼しさや帯も単衣も貰ひもの

               汗臭き鈍(のろ)の男の群に伍す

               悪妻の悪母の吾の年いそぐ

               苺ジャム男子はこれを食ふ可らず

               かたくなに日記を買はぬ女なり

               離れ棲む子の天遠し星祭る

               憂愁は貧富を超ゆる青葉木兎

               天に牽牛地に女居て糧を負ふ





早逝した夫のかわりに、仕事(図書館勤務)をし、5人の子どもを育て、

農地を耕し、母の看病に奮闘した竹下しづの女。

その俳句から、彼女の<生>のありようが伝わってくる。





そして、しづの女の次のことばはスゴイ。

芸術に進歩はない。あるのは変遷ばかりである。」(句文集の「あとがき」)





俳句をなさらないかたでも、読んでほしくなる一冊である。


                   2017年3月31日  福岡市文学館 発行

                   有限会社 海鳥社発売

                   1500円+税

 

 

 

        


    

 

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