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2017年6月 6日 (火)

『無韻を生きる』 三田村正彦歌集 短歌研究社

働く人の、働く男の人の歌が、キリリキリリと胸に突き刺さってきた一集で

あった。

 

     低き雲が街を圧殺するやうに人事考課を平準化した

     深夜まで人事パズルをはめ直す 類語辞典を捲る作業に

     残業は一人遊びかパソコンの脱力感が冴えてせまり来

     手から目へ指令は出した 稟議書が通つたあとの軽い目礼

     シースルーエレベーターに吊り上げてゆかれるやうな昇格は罠

     黄昏は空の涙かリストラの色に近いと誰かが言つた

     始まつたポスト争ひ黙殺の態度をもつて意思表示する

     吊革にすべてを託すこの身体 そんな上司に巡り合はない

     群れるのは嫌と言ひつつ飲み会は馴れ合ひだから欠かさずに行く

     俺にしか出来ない仕事なんてない わかつてゐても手を出す 愚か







「人事考課」・「稟議書」・「昇格」・「リストラ」・「ポスト争ひ」・「上司」等々。

それらの言葉から想像するのは、会社それも大会社?か、官庁に勤めて

いるのではないか、ということだった。(岡井隆氏の跋文でそのあたりのことは

少しく触れている。)






それにしても凄まじい。

ことに「プロパガンダ」の章は、読みながら胸が痛くなってしまった。

ヤワな精神では勤まらないし、忽ち〈鬱病〉になってしまいそうな職場である。

それでも働く。なんのために? 誰のために?

この『無韻を生きる』には、家族の影が薄い。

あえて家族をうたっていないのか、或いは、うたえない事情があるのか?は、

不明だが、父親を詠んだ歌はある。






     ジーンズのやうに馴染んだ父の声聞けなくなりて五年が過ぎぬ

     茶碗が四つのときは家族なり一つのときを孤独と言ふな

     まな板の静かに光る夏真昼一人のひとをただ思ふなり

     日曜の故紙回収車荷台から過去の一つがこぼれ落ちたり

     虫の音のかすかな雨の音に消ゆ 無言に生きる 無韻を生きる


孤独感の滲む歌である。

「冬の日の歯に染みとほるうがひ水生きてゐるとふことが大事だ」と、

うたうように、「生きてゐる」ということを実感できるような今日であり、

明日であってほしいと思う。


著者は「未来」の〈曲れる谿の雅歌〉(岡井隆選と編)に在籍している。





     

                     平成29年5月11日発行  2500円+税

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