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2017年6月15日 (木)

歌集『岸』 岩尾 淳子 ながらみ書房

2012年から2016年までの、354首を収めた著者の第2歌集。

 

     じんべえ鮫のようなる雲がしばらくを葛城山の山稜にあり

     岸、それは祖母の名だったあてのなき旅の途中の舟を寄せゆく

     ぼんやりと牛蒡を削いでいるうちに夕鵙にでもなれやしないか

     人まえで声あげ泣きしあのときのわたしは空の青痣のよう

     子を産んだ朝もあったな母がいて青鷺みたいにわたしを見てた

     紐育・倫敦・そして巴里だより まだ原発はどこにもなかった

     チェロケースを抱えた人が乗ってくる神戸線には冬の匂いす

     カステラのうすがみ剥がすひるさがり多幸感ってこんな感じか

     筆先が紙にひらいてゆくように思いを声にすればよかった

     ありがとうこんなに遠くに連れてきて冷たい水を飲ませてくれて







歌集のなかから10首を選んでみた。岩尾さんの歌はどちらかといえば

淡い。淡いというより、水にたとえると秋の渓谷のせせらぎのような清冽さを

感じる。

1首目の雲の比喩は誰もよくやるのだが、「じんべえ鮫」が効果的。そして、

固有名詞の「葛城山」が所を得ている。

2首目は、歌集のタイトルになった「岸」。それは祖母の名前というのがいい。

そういえば、装幀もこの歌集の雰囲気を実によく表していた。

3首目・5首目、ともに1首のなかに「夕鵙」・「青鷺」と鳥の名前が入る。

3首目は、台所でぼんやりと牛蒡の笹掻きをしている作者。こころ此処に

在らずのような風情だが、下句への転換が面白い。

そして、5首目の母を「青鷺みたいに」とする発想の斬新さ。岩尾さんの発する

ことばには詩情がただよう。


8・9・10首目と口語調の普段着のような感じでうたわれており、作者の心と

ことばに乖離がない。「冷たい水を飲ませてくれて」「ありがとう」って、作者に

お礼を云いたくもなったりしている。(笑)


第1歌集はたぶん『眠らない島』だったと思うのだけど、あの歌集は鑑賞が

難しかった。岩尾さんを個人的に知らないということもあったけど……

このたびの第2歌集の『岸』の方が何倍も良いように感じた。今回だって

岩尾さんのことをそんなには知らないのだが、歌集全体から伝わってくる

詩情やことばが作者の本質を具現していたようだ。(妄言多謝)






                      2017年6月9日発行  2500円+税

 

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