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2017年6月12日 (月)

歌誌『はつか』 旧仮名・若手歌人の連作

昨日、手にした『はつか』。

これは、同人誌なのか、単発的な歌誌なのか、ちょっと不明。

門脇篤史の「五十首抄」と、龍翔の「母と暮らせば」(第7回中城ふみ子賞佳作

受賞作品)の50首が掲載されている。

      置き傘をときどき使ふ傘であることを忘れてしまはぬやうに

      権力の小指あたりに我はゐてひねもす朱肉の朱に汚れをり

      今はなき臨終図鑑の上巻を誰に貸したか思ひ出さない

      故郷との距離思ひをりひとり立つコイン精米機の薄明かり

      こんなにも真白きイオンの片隅に喪服は黒く集められをり

                               「五十首抄」門脇篤史






「門脇さんの歌・雑感」で、大辻隆弘氏は2首目の歌を次のように述べる。






      ……略 権力の構造に対する視線がきわめてクールで知的。

     「朱肉」という言葉は日常用語だが、このように短歌定型のなかに

     収められると急に「赤い肉」という象徴性を帯びてくる。彼の指に

     ついた「朱」は当然、民衆の「血」を想起させる。……略

「視線がきわめてクールで知的」というのは首肯できる。だが、朱肉の「朱」が

民衆の「血」を想起させるだろうか?10人いたら10人の読みがあってしかる

べきところだ。しかし、このような深読みというか、知的な、高尚な読み(?)が

門脇氏の歌をかえって窮屈なものにしてしまうのではないかと危惧する。

3首目の歌は、結句の「思ひ出さない」に注目。「思ひ出せない」のではなく、

あえて、作者は思い出さないようにしているのだろうか。ふつうだったら、

「誰に貸したか思ひ出せない」という流れになる筈なのだが……




門脇さんの生活、〈生〉が、虚飾なくうたわれており、「子をなさぬ理由をけふ

も問はれたり 梅雨の晴れ間に散歩に行かう」など、せつなくなるほどの素直

さがいい。

     ただいまと言へばおかへりと言ふ母は土嚢のやうに寝込みていたり

     コンソメは日干し煉瓦のやうなれど水に落とせば溶けて消え去る

     いつどこで泣きたくなるか分からずに今日はたまたまバスタブのなか

     カレンダーの日付に丸を付けてゐる母の朱色は痛さうな色

     心臓に季節外れのあぢさゐのぼわつと咲いたやうに苦しい

                           「母と暮らせば」 龍翔








病気になった母との生活、その戸惑いや不安が伝わってくる一連である。

比喩使いの名手でもあるが、2首目の「日干し煉瓦」や、5首目の「季節外れ

のあぢさゐ」など、独特な比喩をその1首が引き立つように工夫されている。

工夫というより、龍翔さんの自然に湧き出た比喩のようにも思える。




大仰な言い回しもなく、事物を丁寧に掬い取り、描いている50首の連作に

拍手を送りたい。








ところで、この冊子は旧仮名遣いで作歌する若手歌人8名を起用している。

編集長(門脇篤史)推薦の8名の作品については、次回で触れたい。

ちなみに、わたしの廻りの人たちの旧仮名遣いを調べたら、30%だった。

10人に3人くらい。「未来」の結社の「夏韻集」(大辻隆弘選歌欄)は、45%

くらいだった。

と、いうことは、年齢に比例するのではなく、若い人ほど旧仮名遣いに

親しんでいるということかしら。

まぁ、大辻さんが旧仮名遣いだから、ということがあるかもしれない。






              

          2017年1月発行    企画  門脇篤史・楠誓英・龍翔



                             次回へ、つづく……

 

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