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2017年8月10日 (木)

歌集『花桃の木だから』 中川佐和子 角川書店

2012年冬から2017年初春までの483首を収めた「未来」選者の第6歌集。

「歌を作ることは、その瞬間をとどめるのだということを、もっと身にしみて

思うようになった。」とあとがきに記す。





     大雪の屋根の鴉と目が合いぬそうかあなたも瀬戸際なのか

     大賀蓮の写真を飾る部屋のなか寂しいことはきらいではない

     カーナビは時に嘘つき目的地着いたと言えどまわりにあらず

     頑張り屋母は留袖のわれを見て母はその母思いおるらし

     〈飯上げの道〉をのぼれば地より湧く何があったかこれでいいのか

     生き延びることが大切ベッドより髪を垂らして娘は眠る

     玄関でおかあさあんとわれを呼ぶ給食袋を忘れたように

     底抜けに笑って笑って嫁にいく永遠という魔法かけつつ

     汝もまたさみしいだろう子の去りてキッチンウィッチをひとつ増やせり

     花桃の木だから母をわれへ子へ次へ百年(ももとせ)継ぎてゆくべし






いままで著者を子を持つ母親のひとりである、と意識したことがなかった。

それゆえにといおうか、このたびの『花桃の木だから』を読むにあたって、

わたしのなかの意識の変革(?) があったことを白状しよう。

母の母から、母へ。母から娘へと連綿と続く母性の系譜。

そんなことを改めて思った一集であった。


4首目の「留袖のわれ」は、子の結婚式の著者であろう。傍らに母親が居る。

その母親はきっと、母親を産んでくれた母を思っているだろう、と推測する。

5首目の歌から、たちどころに著者の代表歌「なぜ銃で兵士が人を撃つの

かと子が問う何が起こるのか見よ」(『海に向く椅子』より)を思い出した。


7首目の「おかあさあんとわれを呼ぶ」声は、幼い日の記憶をよび起こす。

下の句の「給食袋」という小道具の出し方が功を奏し、この歌を読んで

思わず涙ぐんでしまった。(わたし自身の思い入れもあるのだが、子どもの

名前を刺繍した給食袋を今も捨てることが出来ず、仕舞っているのだ。)

そして、8首目。

せつない母親の心。しかし、著者の懸命さが「永遠という魔法をかけつつ」に

よって、理性と知性を醸す。


母親としての歌ばかりの一集でもないのは勿論だ。

この歌集には「能登半島へ」や「与那国馬」や沖縄・北海道と旅の歌も多く

収められている。そして、著者の住んでいる横浜の歌もある。




しかし、何よりわたしがいいと思ったのは、家族の顔が見える歌集だったと

いうことであった。食事担当(?)の亭主の失敗ぶりがたのしくて、ほろ苦い。



10首目の「百年(ももとせ)継ぎてゆくべし」の意思が快い。






                      2017年7月22日  2600円+税

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