« 映画「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」 | トップページ | 歌集『含笑』 島崎榮一  短歌研究社 »

2017年9月25日 (月)

歌集『花高野(はなこうや)』 道浦母都子  角川書店

前歌集『はやぶさ』以来の9冊目の歌集。

あとがきによると「久々の政治の季節を含んだ歌集でもある」と記している。

     ひりひりと蒸れる国会正門前ヒールのままでビラ撒きをする

     ジグザグもシュプレヒコールもなきデモに夏の雨降るしずやかに降る

     遠ざかりまた湧き上がる悔しさよデモより帰る濡れたからだに






国会議事堂の南側を東に下る坂を茱萸坂という。毎週金曜日に行われて

いた「反原発デモ」。このデモには歌人の小高賢氏などが毎週通い、話題と

なった。

氏亡きあと、その遺歌集は『秋の茱萸坂』と命名された。

その後、2015年8月には安保法案の国会議事堂前デモが35万人もの動員で

行われたりした。

1首目、国会正門前でのビラ撒き。大阪から駆けつけ、ハイヒールのままの

     ビラ撒き。

2首目、ジグザグもシュプレヒコールもない静かなデモ。

     このような一連を読むと、おのずと道浦の『無援の抒情』の中の歌が

     思い出される。

 

      「今日生きねば明日生きられぬ」という言葉想いて激しきジグザグに

      いる

      催眠ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり

      ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく




時代も変わったし、道浦自身にも変化はあっただろう。

熱い〈政治の季節〉というより、苛立つ心と不全感の尾を曳くようなデモとも

いえよう。「国会議事堂左右対称の形象のなにごともなかりしごとく静もりて

あり」とうたっている。

自らが「シニア左翼」ともうたっている道浦、デモにも女性や高齢者が

多かったともきくが、

「なにごともなかりしごとく」原発も、安保法案も、共謀罪も通過してゆく。


      いっさいのこころ無になれベナレスに人の匂いの濃き風が吹く

      秋彼岸 ひとつ思いを手離すと父母の墓前に告げているなり

      時雨雲 西から東へ移りゆく沈みがちなるわれを残して

      窓の結露拭えば見ゆるキビタキのオリーブ色の春呼ぶすがた

      畳んだり広げてみたり約束は麻の葉模様の風呂敷のよう

      メダカにはメダカの時間ぼたんにはぼたんの時間よろめく五月

      天蓋はダブルベッドに寝そべりて行くあてのなき浮子(ブイ)の

      ごとしも

      戦後という言葉のまとうほの甘さコトバは人を裏切るものを

      こんなときも帰りゆくべき家がありだあれもいないがらんどうのいえ

      落ち着いてと自ら言えど落ち着くべきこころはどこに着地するのか


なんだかさびしい歌ばかり挙げてしまったようだ。

さびし過ぎる。

母が亡くなり、父が亡くなり、たった独りになった道浦には、歌しかない。

歌うことしか自らを慰める術がないのだ。

だから「コトバは人を裏切るものを」などと、思ってほしくない。

しかし、現実は、ことに政治に関わる「コトバ」は裏切られることの方が

多いのだ。

4首目の「キビタキ」の「春呼ぶすがた」。

5首目のひととの「約束」、そのような甘やかな時間がたいせつなのだ。







『花高野(はなこうや)』と名付けられた第9歌集、

そのタイトルの高野を次のように詠んでいる。






     


     ここに来たのは何ゆえなのか理由なんてなく来たかっただけ

 

                   2017年9月9日初版発行  2600円+税

 

 

« 映画「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」 | トップページ | 歌集『含笑』 島崎榮一  短歌研究社 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 歌集『花高野(はなこうや)』 道浦母都子  角川書店:

« 映画「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」 | トップページ | 歌集『含笑』 島崎榮一  短歌研究社 »