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2017年10月

2017年10月31日 (火)

『短歌こぼれ話』 大島史洋  ながらみ書房

「短歌往来」で9年間(2008年〜2016年)にわたって連載した文章「落書帖」の

中から95話を選んで収めている。

目次をみたらわかるように歌人だけのことにとどまらず、作家や俳人など

50名くらいの人を取り上げ、その人を彷彿させるようなエピソードを記す。


「近藤夫人」の章では笑ってしまった。

近藤芳美夫人のとし子さんのことだが「オオシマくん、いま、真っ青な顔をして

いらっしゃらないこと ? 」と電話がかかって来る。時は昭和45年か46年。

大島史洋26歳か27歳。「未来」の原稿を編集・割付して印刷所に入れるべき

ものをタクシーの中に忘れてしまったのだ。いちはやく発行所の近藤邸に

タクシー会社から電話があったのだ。

とし子さんのからかうような声音を想像する。


辞典編纂者としての大島史洋の長年の経験はこの書の中にもたびたび

顔を出す。たとえば「プライド」の章。小学生用の辞典には、プライドの説明と

して「自尊心(じそんしん)。ほこり」と掲載されており、こういう説明はもっとも

いけない例の典型であると書く。あれこれ他のをあたってみると、






        自分をすぐれた人間だと思うこと。

        自分をえらいと思う心。

        自分の人格・才能・品位などをほこる気持ち。

どの説明にも最後に自尊心という言葉が同意語としてあげてある、と。

言葉での説明のほかにプライドは「プライドが(高い・傷つく・許さない)」と

いったかたちで用いられる……略










どこから読んでも面白く、「目から鱗」状態で読み進める。

これって1度は読んでいる筈なのに、やはり1冊になると吸収力も違ってくる。

(ような気がする。)




わたしの好きな章やお推めの章は「祝婚歌」・「水あれこれ」・「河野愛子の

ことなど」・「村上一郎のこと」・「上田三四二のこと」・「水銀とみづがね」等々

挙げていたらきりがない。

アカデミックとも違う、この1冊の手つき(笑)、マニアックといった方がより

近いかしらん。言葉に対する拘り、関心のほどが尋常じゃ〜ない。そこが

うれしい。









今後は「送付します」なんて、言わんけんね。

然るに「告知します」なんて、言うてくださるな(笑)

                   (この書を読んだかたにはこの会話の意味がわかる ? )

                      2017年10月15日  2000円+税


cat      cat

今朝は早起きしたので、あかつきの空を眺めた。

国際宇宙ステーションが5時19分、西南西の空にひとすじの光芒を曳きつつ

飛んでいた。

空気が冷たいせいか星もいつもより多く見えたが、I S Sの方が光度が強く

くっきりと裸眼でも認めることができた。

2017年10月28日 (土)

11月時評 「短歌を売ること」 天野慶   短歌人

「短歌人」の時評は、面白い。

面白いというより、時代の最先端、即ち現代の短歌界の動向をいちはやく

キャッチして伝えてくれる。そういった意味では蒙を啓かれることが多い。







11月号の天野慶の「短歌を売ること」も、意表を突かれた思いで読んだ。

孫引きになってしまうが、「あなたのために短歌を一首つくり、便箋に書いて

封筒でお送りします。--略」というもの。

タイトルに書かれているように、これは無料で送る訳ではない。「価格は僕の

年齢×100円です。--略」

そう、発案者は木下龍也だ。







こういったことに対して、おそらく反発もあるだろう。

色紙とか短冊に書いたのを売るのならともかく……といった良識派(笑)。

しかし、この木下のユニークさは、「あなたのために」(あなただけに宛てた歌)

と、いうことだ。従ってこの短歌はどこにも発表しません、ということらしい。








需要と供給のバランスがとれれば、この商売は成り立つだろう。

買う人も、売る人も納得済みの商売なのだから。



とはいえ、以前同じ「短歌人」で読んだ小池光の「編集室雁信」(9月号)での

ことばも頭の中にある。

        ーー略 歌集というものは売るものでも売れるものでもなく、

        差し上げるものである。少し分厚い名刺である。名刺だから

        差し上げて、それでなんの余得も欲してはならない。差し上げた

        未知の人から返事がきたりして嬉しいものだ。それで十分と

        思わねばならない。                   (小池)







もっともだと思う。

差し上げていて、礼状が来ないなんて思わない方がいい。

頂く側からすれば勝手に送って来たのだから、という論法も成り立つ。

たぶん、歌人のかたがたは、1年間にしたら相当数の寄贈本が来る

ことだろう。


そんなこんなで、考えたら木下方式 (?) は、合理的でもある。

お互いに納得済みで売買するのだから……


2017年10月27日 (金)

『アネモネ・雨滴』 森島章人歌集  短歌研究社

1999年から2014年までの歌から330首を収録。

村木道彦氏の栞文を抄出して、帯文としている。

                         まるで無造作に

                    投げ出すように示された

                            体言の連打

                               「アネモネ・雨滴」には痺れた。

                       言語感覚の鋭さこそ

                                            この歌集の大きな

                         魅力なのである。

                                                                  村木 道彦










帯文に記されているように、「言語感覚の鋭さ」に酔わされてしまった

一集であった。比喩の斬新さは勿論だが、その修辞力にはただただ

懼れいる。

今野裕一氏の栞文の最後に書きしるしていた「媒介の手で汚さず、直接

読者に渡したい。」に、ならって私は歌のみを挙げることにしたい。










    雛罌粟(ひなげし)の揺るる向かうをしめらせて今宵阿修羅が足洗ふ音

    きみがきみでわたしがわたしである不思議 鏡の中から海があふれる

    天に唾吐く日も夜(よ)の翼降りくるとからくり時計の小鳥が告げる

    抽斗(ひきだし)に海をしまへば生きやすき少年といふもろき巻貝

    断つごとく断たざるごとく少年の裔(すゑ)の頭上にくだける霙(みぞれ)

    きみ照らすアネモネ通り西はづれ火を売る店を捜しにゆかむ

    アネモネ領 きみの瞳の奥にあり門ひとつなし北へと続く

    鉛筆は尖らせておく夜明け前するどき生の輪郭引かむ

    一本のアネモネあらば希望なる言葉かすかに雨滴のごとし

    暗きところをかすかに上(のぼ)りやがて咲くあなたの息がアネモネと

    言ふ







余談ながら、アネモネ(風の娘の意)はギリシャ神話に登場する妖精とか。

花言葉は、期待・待望・可能性。



             

                             栞  歌集『アネモネ・雨滴』について  村木道彦

                 「アネモネ領」とはどこにあるのか 吉田文憲

                 瞬の光芒                今野裕一




                 写真・装訂               間村俊一

                 口絵                   福山知佐子
                                 「風の薔薇 あねもね」

                           2017年9月26日  3000円+税

 

 

 

2017年10月24日 (火)

『旅のかばん』 草田照子歌集 ながらみ書房

2009年1月から2017年6月までの作品、392首をほぼ編年順に

収めている第6歌集。「かりん」所属。

      種(しゆ)をつぐことものすごきかなマンボウの産卵一度に二億三億

      子はなくてもとよりなくてさびしさを知らざるわれをさびしむ人は

      食べて寝て仕事をすこし飛鳥Ⅱ これでいいのか何かが足りぬ

      夫の部屋に旅行かばんあり長旅に何も持たずにいつてしまつて

      遠く行くひとりの旅は船がいい 陽水うたへどさうともいへず

      友逝きし六十九歳夫逝きし六十九歳 いかなる峠

      ほたるいかそのやはらかき春の味かみしめてゐる生きてあること

      あんパンは桜の匂ひあんパンは春の季語とぞ坪内稔典

      わが家には仏壇なくて本棚の一隅に夫は八年を住む

      癌と知りジャガーを買ひし佐野洋子そんな元気な死に方もいい






1首目、マンボウの産卵を「ものすごきかな」と驚いている。その素直さは

     歌の巧知を超えて迫ってくる。


2首目のいわくいいがたい思い、子どもがいないことが即ちさびしさに

    繋がると信じている人に、どのように言えば納得してくれるのだろうか、

    と。


3首目は、飛鳥Ⅱでの短歌教室講師という仕事。すでに6回の乗船を経験

      しているとのこと。下の句の「何かが足りぬ」思いもわかるような。

4首目、黄泉の旅へと行ってしまった夫。旅行かばんは部屋に残されて

     何も持たずに行ってしまったのだ。

6首目、9首目は亡き夫をうたっている。69歳という齢の峠を越えられなかった

     こと。そして、その亡き夫は本棚の一隅に8年間を住み、作者を守り

     続けているのだろう。




7首目、10首目には〈生〉と〈死〉がさりげなく詠まれている。


大仰な表現や感情に溺れることもなく、在るがままの自身の姿や事物を

淡々と詠まれており、そのことがとても尊く感じられる。

夫亡きのちの8年は作者の試練の歳月であり、作者に〈生〉の意味を問い

直す歳月でもあったのだろう。

                        2017年9月30日 2500円+税

 

2017年10月23日 (月)

歌集『わたくしが樹木であれば』 岡崎裕美子  青磁社

『発芽』(ながらみ書房 2005年)に、続く第2歌集。「未来短歌会」所属。

このたびの歌集には著者の「あとがき」はない。帯文を詩人の小池昌代氏

が記している。

      人と獣とのあいだをさまよいながら歩くうたびと。岡崎さんは

      あやふやで危うい。しかし充実しきった途上を生きる。ーー略


確かに、この一集を読み終えると、心地良い読後感といったものでなく、

心が、からだが、ざわざわとしてくる。それは、小池氏の書かれるように

「あやふやで危うい」せいかもしれない。充溢感というより、この先どうなる

のだろう、大丈夫か ? と、いった読み手のわたしの感情移入のせいかも

しれない。

     係員呼び出しボタンを思いきり悲しいときに押してもよいか

     ライフルを誰かに向けて撃つように傘を広げる真夏の空に

     言いにくいことは敬語で書いてくる母のメールに返信をせず

     仏壇の前に座りてケータイでこの世の誰かと会話する母

     誰からも触れられぬまま腐りゆく果物のあり夜のキッチン

     わたくしが樹木であれば冬の陽にただやすやすと抱かれたものを

     父に子は三人もおり我に父はひとりしかおらず夜が更けゆく

     深いから入ってはだめと人のいう沼に向かいて歩きいだしぬ

     やわらかいシフォンまとえばわたくしが女であると風が教える

     冬の川眺めておればすっと立ち髪光らせる われを捨てるか

母親や父親をうたっても独特の感応をし、その時の自身の心をしっかり

捉えている。3首目の「言いにくいことは敬語て書いてくる」母親の心情。

それがわかるから返信をしたくないのだ。仏壇の死者の前で「この世の

誰かと会話する母」の4首目。作者の眼は辛辣だ。しかし、血縁という

情(じょう)は、まぎれもなく存在する。7首目の「我に父はひとりしかおらず」

という認識はせつない。健康にまっとう(?)に育った娘の歌だ。








5首目の「果物」は、ある日、ある時の自身の女体を思わせなくもない。

そして、6首目は、歌集題となった1首で、著者の切なる希求であろう。

8首目の歌は、「入ってはだめ」といわれるから、入ってみたい心理。

入ったのちの結果など考えたくはないのだ。たとえていえば、右脳に支配

されるがごとく。

ここにあえて挙げなかった〈性愛〉の歌。

ほんとうは、その性愛の歌ばかり選んで論じるという方法もある。

しかし、中途半端な感想を記すことは、この一集を未読の方々に先入観を

与えてしまうことにもなる。

第一歌集の『発芽』の刊行は29歳。そしてこのたびの『わたくしが樹木で

あれば』の刊行は41歳。









〈女〉としての、〈性〉も〈愛〉も、にんげんとしての〈生〉も未だ渾沌としており、

現在はその途上(?)

こののち、その真価が問われ、その充実に、注視していたいと思う。

                        2017年9月29日  2200円+税





                   

 

2017年10月22日 (日)

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」

東野圭吾の小説の映画化。

故郷の豊後高田がロケ地ということで、どのような映画に

仕上がっているのかと、観に行く。(原作は読んでいない。)

なかでも〈日本の夕陽百選〉のわがふるさとの真玉海岸に期待。

映画はファンタジーの要素のつよい、現在と過去(1980年代)が混在する

物語。ナミヤ雑貨店の店主(西田敏行)が手紙による悩み相談に応じる。







2012年、敦也(山田涼介)ら3人が逃げ込んだのは、空家となっていた

ナミヤ雑貨店。

そこで、繰り広げられる時空を超えてのあれこれ。






豊後高田の新町通り商店街は何度も何度も出たが、肝心の大分弁は

聞かれなかった。(クセの強い大分弁もたのしみにしていたのだが…

ロケ地を設定しただけなのか ? )

桂川の橋の上を走る敦也に、懐かしさが湧く。

そして、真玉海岸は、干潟の縞模様と夕陽をバックに歌と踊りをセリ

(門脇 麦)が演じる。曲は「REBORN」。この曲は1度聴いたらわすれられない

くらいいい。山下達郎がうたうと、もっといい。

近年、豊後高田は、「昭和の町」として有名になり、ツアーバスがやって

来るそうである。この映画でまた一段とロケ地巡りの観光客が増える

ことだろう。








ところで、映画館で優子さんに会った。

彼女は「ミックス。」を観るとか、立ち話で別れたが、映画館で歌人サンに

会うのははじめてだった。

2017年10月18日 (水)

落花生掘り&カサブランカ植え付け

八女の菜園へ行く。(わがやの菜園ではなく、M さんちの菜園。)

本日はたのしみにしていた落花生掘り。

お誘いしていただいたので、二つ返事で8時過ぎの電車に乗って

久留米まで行く。

駅前で彼女の車に乗っけて貰う。

幼い時に田舎で暮らしていた筈なのに、落花生を掘ったことがない。

落花生の収穫の手伝いをした記憶がないのだ。

100坪を越す菜園にはいろいろな野菜が植えられている。

ともかく、今日は念願の落花生を掘るのだ。




一株、ためしにえいやぁと力まかせに抜くと、根っこがスゴイ。

その根っこには落花生がまさに鈴なり状態。それを二人で毟り取る。

取っても取っても落花生がなっている。

結局、5株抜いたくらいでバケツに入りきれない量になってしまった。




菜園の端っこの方にはカボチャがごろごろと転がっている。

そのカボチャを収穫。

ついでにナスを5個ほどハサミで摘み取り、頂く。

茗荷があるよと言うので、茗荷摘み。

地面にいきなりクリーム色の花が咲いている。(この状態を見たのも初めて。)

田舎育ちなのに、茗荷を摘んだことも記憶にないのだ。

それとも、もう、忘れてしまっているのかしらん。

たくさん頂いたので、帰宅したら甘酢漬にしようと思う。







里芋、持って帰る ?一つ掘ってごらん。

大きな茎と、大きな葉っぱ。

すすめられたが、わたしが引いてもびくともしない。

彼女がエンヤコラ(笑)と、抜くと里芋の子どもたちがからだをくっつけて

出てくる。美味しそうな里芋。(あれこれと料理を考える。)

午後からの教室にはたっぷり時間があるので、何かさせてよ、何か

することない ? と催促(笑)して、カサブランカとユリの球根の植え付けを

手伝う。一列に12個の穴を掘り、均等に埋めていく。

花の咲くのがたのしみだなぁ、と、M家の菜園ながら、自分ちの菜園の

ごとく楽しみにしている。






菊の花までいただき、ルンルンと帰宅。

重さも苦にならない。

帰宅してまずお花を飾り、あの大量の落花生を洗って、洗って、塩茹でに

するべく大鍋を出す。

全部茹でてしまおうと思ったのに、大鍋に入りきらない。

入りきらないので大きなのを60個ほど、天日干しにすることに。
(このお天気だと、今週は天日干しできそうもないが…)


落花生は乾燥させて、莢から実を取り出すとピーナッツになる。

ナマのはピーナッツでなく、落花生なのだ。

塩茹でしたのもピーナッツでなく、落花生。



と、いうことで、塩茹での落花生をアテにして、飲む、飲む。

今日はツチのあるところに行ったので、気分爽快。

菜園の周りはいちめんの茶畑だった。

綺麗な空気を吸って(?)、にんげんらしくなったような(笑)

          生きている、って、感じ也。

2017年10月17日 (火)

ドームシアター(プラネタリウム)へ

福岡市中央区六本松に開館した福岡市科学館へようやく

行くことができた。

5階の展示室は、「宇宙」、「環境」、「生活」、「生命」と展示やショーが

様々に繰り広げられ、子どもたちが体験して楽しんでいる。

「生活」の地震対策コーナーでは3段階の地震の震度の伝わる椅子があり、

わたしも子どものあとに座ってみた。




いずれのコーナーも子どもたちが頭や体を使って体験している。

ああ、わたしに小さな子どもがいたら連れて来て、体験させるのにと思う。





本日のお目あてはこの5階の展示室でなく、6階のドームシアターなのだ。

5月に上京した時に水族館は行ったけど、プラネタリウムには行けなかった

ので、このドームシアターは楽しみにしていたのだ。

13時からドームシアターの上映が始まるというので、6階へ。

すでに200名くらいのかたが並んで待っていた。

きゃ〜、こんなにと驚く。子どもも大人も恋人たちも並んで待つ。

220席のシートは満席。ゆったりと横になるシートが心地いい。

最新鋭光学式投影機と高解像度 ? デジタル式投影機によって、目の前に

広がる星空にうっとり。

夏の大三角のベガ・デネブ・アルタイル。

秋の四辺形など、ナビゲーターの解説が判りやすい。

ちなみに福岡市科学館の名誉館長は若田光一氏。

6階には若田光一名誉館長コーナーもある。

5階のミュージアムショップに急いでいたので寄れず。

福岡市科学館は、地下鉄六本松駅下車で3番出口、すぐそこ。

3階から6階までが、福岡市科学館。

(お子さんのいらっしゃるかた、行く価値アリです。ご一緒にど〜ぞ。)




2階は、蔦屋書店。この書店に寄りたかったのだが、

15時からの羽田圭介の講演に間に合わないため、

泣く泣く断念。(16日)  ザン、ネ〜ン でした。

2017年10月16日 (月)

「羽田圭介講演会 小説家というしごと 〜思っていることを言語化する〜」

福岡大学8号館831教室での講演にSさんを誘って出掛けた。

「〜思っていることを言語化する〜」って、短歌作りにも当て嵌まるような

気がしないでもない。

大勢の福大生に混じって、一般の方々もけっこういらしてたようだ。

写真のイメージ通りのかただった。

ジャケットの下のTシャツは自著の宣伝用 ?  だったのか、ちらりちらりと

見えた。(見せてくれた。 笑)

講演の内容を事細かくここで記すのは憚られる(?)が、

メモをとりたくなるくらい参考になることを語ってくれた。

 

          違う時代の、違う国の本を読む。

          自分を客体化する。

          書きながら考えていく。

          自分の考えを発酵させる。

          論理的な思考ができるだけでは、ダメ。

          情報をシャットアウトする。

          自分を否定するようなものにも触れる







二部では、福大生5人を檀上にあげての質疑応答。

初々しい質問、それに丁寧に応える羽田氏。

〈知〉に触れた2時間弱であった。





地下鉄福大前駅の並木のイタヤカエデが梢の方から紅葉がはじまり、

雨に濡れた緋色が美しく目に映った。

2017年10月15日 (日)

晩菊の角を曲がるといつもゐる  北大路翼

NNK Eテレ 「俳句王国がゆく」を観賞(?)

日曜日の雨の昼間、珈琲を飲みながらの憩いの時間だ。

後半の個人戦が面白かった。

         路地裏を風は留まらず実南天      福岡日向子

         晩菊の角を曲がるといつもゐる     北大路翼

         こすもすにまぎれてやがて僕の妻    大塚 




「実南天」がいいなと思っていたら、負けてしまった。

最後が「晩菊」と「僕の妻」の一騎打ち。

前半の北大路の「秋蝶の止まり指で涙拭く」の乙女チックな句から

想像して、ひよっとして「僕の妻」は、北大路の句かしらん ? と思ったけど、

「晩菊」の句の方だった。

ヒール(笑)な彼が「コスモスにまぎれてやがて僕の妻」だったら、その落差に

快哉したのに……

まぁ、優勝したのだから、善しとするか。

「いつもゐる」のは、何なのか、読者に委ねたところがいい。

(俳句の表記、間違えていたら、ごめんなさい。)








このところテレビづいていて、昨日はNHKテレビの「ファミリー」の再放送

「ノーベル賞の原点 山中伸弥・町工場の魂」を観賞。

山中氏の先祖のルーツを辿るものだったが、その父親の町工場での

奮闘ぶりに涙が零れた。







父親亡きあと、小さな工場を引き継いだ母親の精神の強靭さ。そしてその

モノ造りに寄せる誠実さが心に残った。

1000個ネジを作っても、一つ一つのネジは一軒一軒の家に届き、使われる

ということを忘れてはならないと。






ノーベル賞の受賞式に母親も出席できたこと。

そして、山中氏が皆さんにお土産で配ったチョコレートは、どなたも

冷蔵庫に入れたまま記念にとっていて、食べていなかったことだ。(笑)







そういえば、あのノーベル賞の記念チョコレートは購入者が多くて、

とうとう並んで買うことができなかった4年前のスウェーデンの旅を

思い出した。


2017年10月11日 (水)

歌集『夏の領域』 佐藤モニカ  本阿弥書店

第22回歌壇賞受賞の佐藤モニカの第一歌集。

Ⅲ章によって構成され、Ⅰ章は東京時代の歌、Ⅱ章は沖縄へ移住

したのちの歌、Ⅲ章は妊娠から出産後の育児の歌を収めている。

沖縄に移住したことによって、沖縄の問題がこの歌集では大きな位置を

占めている。と、同時に本歌集では、妻から母親へとうたう素材も広がり、

生きてゆく〈いのち〉への賛歌ともなっている。




       一つ残しボタンをはづすポロシャツは夏の領域増やしゐるなり

       海ぶだう口に転がしガラス扉の向かうに沈む夕日見てをり

       いもうとより深夜のメール届きたり二段ベッドの会話のやうに

       夕暮れの商店街にまぎれたし赤きひれ持つ金魚となりて

       バランスがうまくとれない妻といふ字のなかの女(ひと)時々転ぶ

       沖縄の縄といふ字が気になりぬいつもなにかに縛られたれば

       三賢母の一人モ二カの名をもちてわれはいかなる母親になる

       さやさやと風通しよき身体なり産みたるのちのわれうすみどり

       次々と仲間に鞄持たされて途方に暮るる生徒 沖縄

       片栗粉溶きて混ずればなじみゆくやうにはゆかぬものなり基地は

1首目は、歌集題になった歌。

2首目は沖縄での歌であるが、観光で訪れた際のものであろう。

後年、この沖縄に移住することになるのだが、ブラジルにルーツを持つ

佐藤モ二カにとって「沖縄とブラジルは少し似ている気がします。」と、

あとがきに記している。






4首目、5首目は、精神的に定まらないような揺れを感じる。その精神の

軋みが歌の器にうまく収まっている。わたしはこの4首目の歌がことに

好きである。頼りないような、身の置き処のなさを「赤きひれ持つ金魚と

なりて」商店街に紛れたいとは、あやういが文学的にはとても大事なように

思う。そういえば、彼女は小説も書くし、詩では山之口獏賞を受賞している。







8首目は、初めての子どもを産み終えた、安らかさと穏やかさがただよう。

いっときの幸せ感、手放しの至福の時であろう。

9首目、10首目は、沖縄の歌。

沖縄が抱えている問題を、生徒を借りて「次々に仲間に鞄持たされて

途方に暮るる」沖縄なのだととうたう9首目。

10首目の基地の問題も料理の片栗粉という具体を通してうたっている。




1974年生まれの佐藤モ二カ。40代前半の歌集にしては重くれの短歌で

あり、歌と作者と作中主体とが密接に響き合い、共鳴している。

そのことをわたしは嬉しく思っている。そして、また

又吉栄喜氏が書いていた下記の言葉が印象深い。

     ーー略なんと言ったらいいか、現実と精神と表現がつなぎ目が

     全くないかのごとく…日本と沖縄とブラジルにつなぎ目がない

     ように…癒着している。ーー略     又吉栄喜 (栞文より)




                帯文 佐佐木幸綱

                栞  又吉栄喜 ・ 吉川宏志 ・ 俵万智

                                                      2017年9月18日   2600円+税

2017年10月10日 (火)

『友情』 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」 講談社

リビングのテーブルの上に置いてあった本。

表紙のお二人の写真の笑顔がとても素敵で、つい手にしたら、

ぐいぐいと引き込まれ、おしまいまで読んでしまった。

2010年9月、「週間現代」の対談がきっかけで友人になった

平尾誠二(ひらお・せいじ)氏と山中伸弥(やまなか・しんや)氏。

お二人が出会って2年のちに山中氏はノーベル生理学・医学賞を

受賞している。

そして、平尾誠二氏は、2016年10月20日、息を引き取る。享年53歳。

あまりにも若い死であり、その病は伏されていたこともあって、ラグビー界に

衝撃が走る。

癌の治療方針にあたっては、平尾誠二氏は山中伸弥氏に全幅の信頼を

寄せ、山中先生と呼び、全てを委ねていたようである。

         四十代半ばを過ぎてから男同志の友情を育むというのは、

         滅多にないことです。なんの利害関係もなく、一緒にいて

         心から楽しいと感じられる人と巡り会えた僕は幸せでした。

                               ーー山中伸弥





         二人だけの食事、仲間とのゴルフ、家族ぐるみのお付き合いを

         重ねるにつれて、山中先生と主人の結び付きはどんどん

         深まっていきました。

         そして、主人の闘病生活が始まってから、二人の心がどれほど

         強く結び付いているかを、私たち家族はあらためて知ることに

         なったのです。            ーー平尾惠子(誠二氏夫人)









読みながら、涙が零れて泣いてしまう。

誠二氏が抗癌剤の投与を受けた日の夜、病室から見たスーパームーンが

あまりにもきれいだったので、二人(夫人と)で病室を抜け出し、散歩をする。

「けいちゃんがずっと幸せでいられるように」と、願いごとが叶うと言われる

スーパームーンにお願いをする誠二氏。







2019年のラグビーワールドカップ日本大会、

日本代表監督を志半ばで断念することになった誠二氏。

きっと、山中先生は誠二氏の行きたかった試合会場へ亡き誠二氏を

伴うことだろう。






               2017年10月3日 第一刷発行  1300円+税

 

2017年10月 9日 (月)

映画「エルネスト」 日本=キューバ―

エルネスト・チェ・ゲバラが命を落としたボリビア戦線。

1967年10月9日、39歳でゲバラは処刑された。

その没後50年にあたる今年、オダギリジョーの主演によって

日本とキューバ―の合作映画「エルネスト」が誕生した。






ゲバラよりファーストネームの「エルネスト」の戦士名を与えられたのは、

日系二世のフレディ前村ウルタ―ド。

医師を志し、キューバ―へ留学したのだが、ゲバラの人間性に魅せられ、

その部隊に参加する。





オダギリジョーが全編スペイン語で演じる。

医師の卵としての、前半の学生としての規範と清潔感。

構内を歩くフレディの後ろ姿や、その立ち居振る舞いがとても美しい。

そして、一転してゲバラの部隊に参加したのちは、艱難辛苦に晒される。

そのいずれも胸を打つ作品となっている。

(オダギリジョーは、素敵な役者さんだ。)


この映画の中で改めて考えさせられた「ゲバラ」という人物。

チェ・ゲバラは、1959年、来日している。

そして、広島に行き、原爆資料館を訪れ、原爆死没者慰霊碑にも

お参りしていることだ。慰霊碑をあとにしたゲバラはその碑文を読んで

「主語は何 ? 」 と呟く。

原爆を落とさなくても戦争は終っていたのに……と。

ゲバラの残した言葉はいずれも重い。

        核戦争には勝者などいない。

        憎しみから戦いは勝てない。



カストロが明言したように、我々は生きている時代を生きるのだ、とも思う。

巷で若者たちがゲバラの肖像の印刷されたTシャツを着ているのを

見かけることがある。彼等にどの程度、ゲバラのことがわかっている

のかとも思うが、それだけ伝説めいた英雄としてゲバラは在る。

映画を観終えて、

中公新書の『チェ・ゲバラ』(伊高浩昭 2015年7月発行)を向学のため

紀伊國屋で購入した。なにごともべんきょう也 (笑)。

2017年10月 4日 (水)

月見る月はこの月の月

中秋の名月ということで、今夜は「月々に月見る月は多けれど…」

み〜んな、月を仰いでいることでしょう。

かく云うわたしも月を眺めてゆっくりしています。

そして、駄句を作りました。

          邪(よこし)まな雲うつくしき月今宵


雲が空を覆っていますが、月の光も負けてはいないようです。

その月の光に照らされた雲の美しいこと。

あの月のまわりには光冠 (こうかん) みたいなものが見えます。

今夜の月は、旧暦の8月15日の月で、望の満月は10月6日(金)ということ

らしいです、ね。

今日の昼間は久留米まで出掛けたので、みなさんと月の話をしました。

きっと、皆さん、今宵は月を愛でていらっしゃることでしょう。

さて、さて、秋・真っ盛りです。

キバナコスモス・紫紺野牡丹・大毛蓼(おおけたで)など、今日逢った花々

です。大毛蓼は、筑後平野の荒れ田の中にたくさんありました。

タデ科の一年草で、節の高い太い茎が高さ2メートルにもなるらしいです。

濃い紅色でした。


 

明日は歯科通いがありますので、那珂川の周辺を少し歩きたいと

思っています。

2017年10月 3日 (火)

「未來」 2017.10 №.789

「未來」10月号、落掌。

210ページを捲りながら、あの人この人の作品をチェック。

未来の「後記」は、先ずいちばんに読むのだが、今号は岡井隆さんの

後記になんだかじ〜んとするものを感じた。


      ❖わたしは、いつ何が起きても不思議ではない年齢なので、

        あまり将来の予定など書いても仕方がないのだが、

        (一) 角川振興財団から出す新歌集

        (二) 時評集  

        (三)評論・エッセイ集

        (四)詩集

        わたしは、これらの本を半ば自費出版のようにして出し、

        今までもそうだったように、三百人ぐらいの人に寄贈することに

        なるだろう。ほとんどが、自分のための記念歌集、記念詩集など

        になることを善しとしているのだ。





(一)から(四)まではもっと詳細に書かれていたのだが、長くなるので省略した。

「いつ何が起きても不思議ではない年齢なので…」と自覚していらっしゃる

岡井さんを思うとせつない。来年1月の誕生日で90歳になられるのだ。

その岡井さんが会員の100名近い方々の選歌をまだなさっていることを思う。







そして、来年出す予定の本など、300名ぐらいの方々に寄贈なさると仰る

のだ。そのように今迄もなさって来たのだろう。この岡井さんの姿勢の尊さ。

なんだか泣けてくるような話ではないか。







短歌を作り続けるということ、歌集を出すということ、いろいろなことを思う。

そして、わたし自身の胸に問いかけている。




cat      cat

ところで、大騒ぎしたメガネ騒動は、解決しました。

生涯学習センターにありました。土曜日には手許に届きます。

メガネがないと不自由なのですが、なんとかなりそうです。

忘れ物、落とし物には今後一層注意をしないといけない年齢になった

ようです。

 

2017年10月 2日 (月)

ブルー・マンディ、一転してと言いたいが……

月曜日、雨の一日になってしまった。

10月最初の月曜日の雨。

むかしむかしの勤めていたころを思い出した。


     肩寒く朝の会議に坐りゐるブルー・マンディのひと日はじまる

                       『夢の器』 (ながらみ書房 1992年6月)






月曜日の朝の会議はイヤだったなぁ。

訓示が長くて…


昨日なくしたメガネの捜索(笑)を1日中していたような。

まず、マンションの管理人さんに落とし物で届いていないかどうか、

お訊ねする。届いているわけはないことは確信していたけど、やっぱりダメ。

次に近くのスーパーへ行き、訊ねる。

ここでもなかった。


最寄りの駅に行き、端末で調べて貰おうと思ったのだけど、駅員さんが

1人しか今日はいず、博多駅の遺失物係の電話番号を教えて下さる。

その書いて教えて頂いた電話番号が、違っていた。

747じゃなくて、474だったよ。







帰宅して博多駅の遺失物係に電話するけど、混んでいて、掛け直して

下さいのアナウンスのみ。もう10回くらい電話したけど夕方までつながら

なかった。(泣く。)






そういえば、大牟田行きの電車に乗ったことを思い出し、JR大牟田駅に

電話してみる。インターネットの端末で調べられる筈なので、その旨を

伝えて調べて頂く。(やっぱり、届け出ていなかった。)


そんなこんなで、イライラの雨の月曜日だったが、珍しく N さんが、

ワインを持って来てくださる。2人で珈琲を飲んで、持参してくださった

お菓子を食べて、少し落ち着く。(ありがとう、N さん。)





そして、わたしをなぐさめてくれたのは、夕顔の花。

夕方、一つ咲いた。大きな真っ白い夕顔。

さっそくカメラに収める。(そして、19時過ぎに見たらもう一つ咲いていた。)

2つ並んで咲いているのを写す。








明日もメガネの捜索は続く。

昨日の会場に電話して、捜してもらうこと。

これで、なかったら、メガネを明日は買いに行く。



買いに行く、あ〜あ。

2017年10月 1日 (日)

最悪の事態

あ〜あ、またしてもやってしまった。

今日、一日のガンバリが帳消しになってしまったような…

泣きたい。


帰宅したら、メガネがない。

どこに忘れたやら、落としたやらも、覚えていない。

今日行った生涯学習センターは、明日はお休みらしいから、

電話してもダメだな。

古いメガネは弦が折れているし、

どうしたらいいのだ。

とりあえずメガネ屋さんに行って、古いのを修理して貰うか。






それにしても、つい先日、連れ合いが自分のメガネを踏んづけて

壊したばかりなのに。

ひとのことは云えない。



いずれにしても、火曜日に見つかったところで、北九州まで取りに

行くの  ?


もう、最悪の事態だな。


今日は10月の初日というのに……

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