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2017年10月23日 (月)

歌集『わたくしが樹木であれば』 岡崎裕美子  青磁社

『発芽』(ながらみ書房 2005年)に、続く第2歌集。「未来短歌会」所属。

このたびの歌集には著者の「あとがき」はない。帯文を詩人の小池昌代氏

が記している。

      人と獣とのあいだをさまよいながら歩くうたびと。岡崎さんは

      あやふやで危うい。しかし充実しきった途上を生きる。ーー略


確かに、この一集を読み終えると、心地良い読後感といったものでなく、

心が、からだが、ざわざわとしてくる。それは、小池氏の書かれるように

「あやふやで危うい」せいかもしれない。充溢感というより、この先どうなる

のだろう、大丈夫か ? と、いった読み手のわたしの感情移入のせいかも

しれない。

     係員呼び出しボタンを思いきり悲しいときに押してもよいか

     ライフルを誰かに向けて撃つように傘を広げる真夏の空に

     言いにくいことは敬語で書いてくる母のメールに返信をせず

     仏壇の前に座りてケータイでこの世の誰かと会話する母

     誰からも触れられぬまま腐りゆく果物のあり夜のキッチン

     わたくしが樹木であれば冬の陽にただやすやすと抱かれたものを

     父に子は三人もおり我に父はひとりしかおらず夜が更けゆく

     深いから入ってはだめと人のいう沼に向かいて歩きいだしぬ

     やわらかいシフォンまとえばわたくしが女であると風が教える

     冬の川眺めておればすっと立ち髪光らせる われを捨てるか

母親や父親をうたっても独特の感応をし、その時の自身の心をしっかり

捉えている。3首目の「言いにくいことは敬語て書いてくる」母親の心情。

それがわかるから返信をしたくないのだ。仏壇の死者の前で「この世の

誰かと会話する母」の4首目。作者の眼は辛辣だ。しかし、血縁という

情(じょう)は、まぎれもなく存在する。7首目の「我に父はひとりしかおらず」

という認識はせつない。健康にまっとう(?)に育った娘の歌だ。








5首目の「果物」は、ある日、ある時の自身の女体を思わせなくもない。

そして、6首目は、歌集題となった1首で、著者の切なる希求であろう。

8首目の歌は、「入ってはだめ」といわれるから、入ってみたい心理。

入ったのちの結果など考えたくはないのだ。たとえていえば、右脳に支配

されるがごとく。

ここにあえて挙げなかった〈性愛〉の歌。

ほんとうは、その性愛の歌ばかり選んで論じるという方法もある。

しかし、中途半端な感想を記すことは、この一集を未読の方々に先入観を

与えてしまうことにもなる。

第一歌集の『発芽』の刊行は29歳。そしてこのたびの『わたくしが樹木で

あれば』の刊行は41歳。









〈女〉としての、〈性〉も〈愛〉も、にんげんとしての〈生〉も未だ渾沌としており、

現在はその途上(?)

こののち、その真価が問われ、その充実に、注視していたいと思う。

                        2017年9月29日  2200円+税





                   

 

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