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2017年11月

2017年11月30日 (木)

死は春の空の渚に遊ぶべし   石原 八束

月を見ていたら、雲がとても綺麗で、「空の渚」の言葉が浮かんだ。

海の、引き潮の浜が目に浮かぶ。

ふるさとの真玉海岸は遠浅で潮が引くと、今夜の空の雲のように見える。

いや、今夜の雲が、真玉海岸の遠浅の浜みたいに見えるのだ。


満月が12月4日なので、今夜の月はさしずめ「11夜?の月」かしら。

38万キロのかなたの月をしみじみと仰ぐ。



「空の渚」なんて、不意に思いついたので、きっとこの言葉は誰かが使って

いた筈と調べてみたら、やっぱりね。

石原八束の俳句「死は春の空の渚に遊ぶべし」があった。

「三伏の空の渚に師の名呼ぶ」は、深谷雄大。こちらは夏の句なり。

二人とも「空の渚」には、〈死〉が添えられている ? 。

ということは「空の渚」には、何か意味があるのだろうか。

空が渚のように見える。つまり、空の雲を形容したものとばかり

思っていたが……



今夜はいつもの夏井いつき先生の「プレバト」を観たので、頭の中が俳句

モードになっとんしゃー。

今夜も、夏井先生は絶好調(舌口調 笑)だった。


と、いうわけで、俳句モードの頭のまんま、長嶋有先生と夏井いつき先生に

俳句を1句投稿しょうと思う。

2017年11月29日 (水)

歌集『羅針盤』 本川克幸  砂子屋書房

2016年3月、著者・本川克幸氏は急逝された。享年51歳。

北海道の根室在住であった。

未来短歌会の佐伯裕子選歌欄の「月と鏡集」に投稿されていた。

遺歌集となってしまった本集は、2012年から2016年までの「未来」誌上に

掲載された作品を収めている。

歌集題となった『羅針盤』は、2014年未来賞に応募された連作「羅針盤」から

とられている。



2016年7月号の「月と鏡集」の「選歌をおえて」で選者の佐伯裕子さんが

下記のように記していたのが印象に残っている。そのページを改めて開いて

みた。

 

      --略

     北の海を守る仕事に就いていて、歌には、やや甘いロマンチストの

     面が出ていた。いつも一番早く歌稿が届くのに、今月は来なかった。

     最後に受け取った歌稿の、最後の歌を記しておきたい。

          みな何処へ泳ぐのだろう湖に浮かぶ君から離れて浮かぶ

                                    本川 克幸

     若い人の死に接すると、得体の知れない憤りがこみ上げてくる。

     --略

51歳の若い死を、佐伯さんは悲しみ、憤っている。本当に痛ましいと思う。

遺歌集となってしまったこの集の「あとがきに代えて」を、本川さんの夫人の

和美さんが綴っている。

       言葉とはしずかに置いてゆくものと思えどふいに燃ゆることあり

       最新鋭の巡視船です(大海にうかべばしょせん金属の箱)

       本当は誰かが縋っていたはずの救命浮環を拾い上げたり

       こわれても修理をすればよい船とこわれたままで働く心

       あの頃を取り戻すにはどうすればよいのでしょうね電信柱

       夕焼けがこわいのですか夕焼けを見ていることがこわいのですか

       ねじまげてねじまげられて過ぎてゆく 冷たい水の上の時間が

       朝焼けのあとの静かな海の上をどう飛ぶべきか決められぬ鳥

       坂ひとつ越えたらこんな静かな場所 エレベーターで星を見に

       ゆく

       夕焼けが消えてゆくのを見ておりぬ壊れたアンドロイドのように




鑑賞するにも勇気がいるような、せつない歌ばかりだ。

5・6・7首目など、笹井宏之さんの感性に近いものを感じる。

この世では生き難いような震える心を感じるのだ。

皆さんには是非お手にとられて読んでほしいと思う。


生涯一冊の歌集を遺した本川克幸さん。

謹んで哀悼の意を表します。


                   2017年11月25日   2800円+税

 

 

2017年11月27日 (月)

心田庵の逆さ紅葉(長崎市)

目が覚めたらJR九州ホテル長崎に居たのだった。

昨夜はワインに酔って ? 随分はしゃいでしまったのではないかしら。

「長崎は今日も雨」だった、ではなくて、本日は、すばらしい快晴。

気温18℃くらいかしら。コートがいらないくらい。

フロントで読んだ新聞に「心田庵の逆さ紅葉」の紹介記事が掲載されていた。

これは行くべきだとの天の声がする。

本日の行程のなかに「心田庵(しんでんあん)」も急遽ねじ込む。

かくして、山王神社の二の鳥居(一本柱鳥居)・被爆クスノキ・浦上天主堂・

平和公園(平和祈念像)・原爆資料館を経て、築町に移動。
(原爆資料館のことは今回は書く勇気がなく、まだ頭の中の整理が出来ず。)


新地中華街で昼食。タクシーの運転手さんのすすめてくださったK●楼へ。

あれぇ、奥の方にNさん歌人ご夫妻が食事をしていらした。





ゆっくり食事をして、談笑。午後は「逆さ紅葉」を拝観するために

江戸時代から由緒ある日本庭園へ。

庭の紅葉が、部屋に置いている座卓(ローテーブル)に映って、それは見事な

紅葉である。まさに「逆さ紅葉」であった。

この心田庵の一般公開は1年のうちの春と秋の20日間ほど。

今年の秋は12月12日までとなっている。(ご確認のほど‥)

今日は大勢の見学者であったが、茶室ではお抹茶も点てられており(有料)

皆さん待っていらした。



かくして、かくして、2日間の長崎滞在は、みっちり、きっちり、充実していた。

26日の報告もあるような、ないような……(どなたか報告してくれる、かな。)



今回の長崎行きでいちばん感じたのは、紅葉が見頃だったこと。

モミジを筆頭に、ミズキの紅葉が目にまぶしかった。

街路樹の銀杏が真っ黄色で、はらはらと散っているさまはえもいわれぬ

風情であったことだ。

まさに、眼福・眼福の紅葉&黄葉であった。

2017年11月24日 (金)

『三枝昻之』 シリーズ牧水賞の歌人たち 青磁社

表紙の顔写真が実にいい。

穏やかな笑みを湛えており、上手に年齢を重ねた、白髪が美しい。

そういえば、歌集『上弦下弦』のなかに次の1首があることを思い出した。


      髪の毛は染めなくていい ハマ風(かぜ)のデキシーランドがわれに

      ささやく

最初の「三枝昻之アルバム」は愉しい。

1ページ目の40歳の肖像はナイーヴな青年の面差しである。1984年、40歳

なのに、未婚の男性みたいに初々しい。(巻末の自筆年譜で確かめると、

この年の1月に長男が誕生している。)


伊藤一彦氏との対談では、文学館(山梨県立文学館の館長)のことや、

歌の主題のこと、馬場あき子さんとの出会いのことなど多岐に亘って

語っている。

その中で大病をした40代のことが語られていたが、その時、奥様である今野

寿美さんが教職を辞めてしまい、三枝さんのフォローをするという背水の陣を

しいたことだ。「決断力、実行力がすごいんだね。」と、伊藤氏も語っている。

『やさしき志士たちの世界へ』から『それぞれの桜』までで、第12歌集。

代表歌、333首、和嶋勝利選が掲載されている。

その中からわたしの好きな歌を10首選んでみた。

       まみなみの岡井隆へ 赤軍の九人へ 地中海のカミュへ

       消してまた書く一行の詩の言葉こころざしこそ修辞に及かず

       灯の下に来し四歳のやわき掌がわが頭をなでて立ち去りゆけり

       千年の紆余曲折が瘤となるわたしは椨(たぶ)でそのうばたまで

       切れ目なき空の花火を見しことあり昭和二十年七月六日母の

       背中で

       マークシート塗りつぶし塗りつぶす一限目揺れているのはみずで

       あろうか

       還暦や ともかくもまた歩もうかほどほど古き松となるまで

       秋霜童子百年眠るいしぶみや寂しさはまだ摩滅できない

       農鳥はまだ現れず天からのあずかりものはゆっくり動く

       この丘と決めて二人は移り来ぬさねさしさがみと武蔵の境


もっともっと挙げたいのだけど、とりあえず10首に絞った。

最も好きなのは3首目。この歌を読むと胸がキューンとなる。

やわらかい、ちいさな掌。その掌はその時の掌であり、その時はもう2度と

還ってこないのだ。


         2017年11月15日 初版第一刷発行    1800円+税

2017年11月23日 (木)

映画「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」

オーギュスト・ロダンの没後100年を記念して製作された伝記映画。

カミーユ・クローデルはロダンに弟子入りを願い、彼女の才能に魅せられた

ロダンはクローデルを助手にする。モデルもつとめるクローデルは、やがて

ロダンと愛人関係になってゆく。






ロダンには内妻がおり、次第にその内妻のことや、自身の作品がロダンの

模倣としか扱われない屈辱感に侵されてゆく。ロダンによって女性彫刻家と

してその才能が華ひらく筈だったのに、芸術家同志の相克となり、愛が

いつのまにか嫉妬のかたちにかわってゆく。

師と弟子の関係は難しく、あやうい。

師が男性で、弟子が女性の場合は尚更だ。

カミーユ・クローデルを主人公にした映画は、1990年にも封切られている。

この時のクローデル役は、女優イザベル・アジャーニであった。彼女の熱演に

わたしはクローデルの精神の軌跡を思うと、せつなく、かなしかった。

40代で発狂し、48歳で精神病院に入る。それから30年の歳月を精神病院で

過ごしたクローデル。

        ーー略

        芸術創造の歓びと苦しみ。芸術と愛のはざまで精神のバランス

        を崩していったカミーユの狂気は、十九世紀末という当時の時代

        背景を別にしても、今現代を生きているわたしたち女性の誰もが

        陥りやすい、そして、だからこそ、超えなければならない命題の

        ように思えてならないのである。

                  映画「カミーユ・クローデル」の問い

                    『うたのある歳月』(本阿弥書店 2010年刊行)

上記の文章の初出は、朝日新聞1990年4月7日付けのわたしのエッセイの

一部である。「生きるとは、そして、愛するとは、どういうことなのだろうか。」と

このエッセイの冒頭には書いている。






娯楽作品とはちょっと趣きが異なるので、上映も限られている。

一日に一回の上映とは……少ないっ。

そういえば「海辺の生と死」も上映舘が限られていた、な。

2017年11月21日 (火)

『酔風船 Q氏のいたずら日記』 千々和久幸 ながらみ書房

「短歌往来」誌に2009年3月号より2018年1月号に亘って連載した、

エッセイ107篇のうち100篇をほぼ原文のまま収めたものである。

(2018年1月号は未刊)


「短歌往来」誌では1ページエッセイとして、前の方に組まれてあり、本が

届いたら、いつも真っ先に読むエッセイだった。このたび1冊になって読み

返していると、下記のように書かれていることに気がついた。

        




        --略

         ついでに老婆心ながら、本誌で「酔風船」を真っ先に読むような

         読者は、この業界における「出世」はまず見込みないことを

         承知されよ。ーー略

かように、身も蓋もない書きようである。率直過ぎるというか、あからさまで

ある。しかし、そこがまた面白いともいえる。

「酔風船」とは、著者の造語らしい。「風船は風まかせ気分まかせの浮遊物。

その風船が酔っ払っているのだから、もはや何をか言わんやである。」(「百回

目の休日」より」

どこから読んでもよく、目次のタイトルを見て、好きなところだけサーフィンして

読むのもいい。「本当の(私)と仮構の(私)の間には境界線が」ない、と言う

著者の考えを述べた章などは、真面目に考察している。

        一般に文芸作品では、作者と作品の語り手と作品上の人物は

        別々の筈だが、この業界では作者=作品上の(私)=ホンモノの

        (私)と読まれてきた。このような捉え方の根には、ホンモノの

        (私)が作品のリアリティを保証するとする事実尊重の歴史が

        あった。ーー略            「どの顔が(私)か」より

 

時々、ギクリとさせられ、身の縮む思いを味わうのも一つの効用であり、

愉しみと化す。たとえば「紙と鉛筆」や「歌集という罪」など、そのまんま私の

つぶやきでもある。「紙と鉛筆さえあれば気軽に歌が作れますよ」なんて、

今後は禁句だね。

著者の千々和久幸氏は詩集『ダイエット的21』などの詩集を3・4冊も出して

いる詩人でもある。それかあらぬかその発想が詩人的 (?) 様相を帯びる

ことがある。たとえば「アンドロメダの抒情ですね」と鑑賞した藪内亮輔の

作品。なるほど、なるほどと唸った。「ああ、バーツ(部分的なフレーズ)が

面白いですね、」。


などと、言いよんしゃー、よ。(笑 ここは、私の博多弁。)

                       

                        2017年11月15日   2000円+税

 

2017年11月19日 (日)

英彦山へ紅葉狩り

英彦山へ行った。

英彦山に登ったのではなく、英彦山神宮まで紅葉狩りへ。

もう紅葉も終りではないかと案じられたが、どうしてどうして、しっかり

観賞できた。


スロープカーに乗って神宮まで。(花駅から神駅まで)

この乗り物ははじめてだったけど、なかなか快適。紅葉のなかを7分くらい

かけての乗車。

英彦山は、日本三大修験山に数えられる霊峰らしい。

本日の温度は零度という予報に完全装備して出掛けたが、思ったより暖か

だった。

雲間から太陽が出て、紅葉がいっそう鮮やかに映える。

下りのスロープカーで思い出したのは鷹女の句。

         
         この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉     三橋 鷹女










「鬼女」となるのはやめて、おとなしく帰ってくる。

神宮で買った ?  午年のお守り。

4時間の逢瀬(笑)のために、某日に飛行機で来る「あなた」にあげるつ・も・り。

2017年11月18日 (土)

「六花(とっておきの詩歌)」 VOL.2 六花書林

「少し長めの編集後記」を読むと、この冊子の由来というか、刊行経過が

わかる。VOL.1の刊行されたのは1年前。その時の反響に驚き、それならば

……ということでの、VOL.2であろう。


70ページほどの瀟洒な体裁である。

表紙の「六花」の蒲茶色(柿茶色)の文字がいい。

今回は「とっておきの詩歌」という企画意図のもとに編集されており、中堅・

若手世代の執筆者、20人ほど。

巻末に執筆者の略歴・近況を付しているのは、さすが書籍の編集者の

心意気を感じる。




鈴木竹志・松村正直・石井辰彦氏らをはじめとして、皆さんの文章は

この企画に真摯に取り組んでおり読み応えがある。

そのなかで「奥村晃作への16の質問」は、愉しい(?)読み物だった。

奥村さんの妻君が歌人ということを初めて知った。

           ③奥様は歌人の佐藤慶子さんですが、普段作品を

            見せたりしていますか。

           答え 作品を見せ合ったり、見せることは一切しません。





今号の企画とはちょっと離れるが、注目したのは、桝屋善成氏の「とって

おきの詩歌書」のページ。古書のコレクターとしてつとに有名(?)な、

氏ならではの本の紹介である。

1953年の『未来歌集』、それにサインしている9人の名前が見える。

吉田漱・細川謙三といまはこの世にいない人たちの名前が……なつかしい。

「今後は年一回発行くらいのペースを守りたい、と思う。」と、T氏が書かれて

いるのが頼もしい。

                 2017年12月5日   700円+税

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寒い寒い1日。

書棚の整理をしていたら、本の間からはらりと落ちてきたハガキ。

そのハガキには「道浦母都子・河村盛明・大成憲二・……」などの10人の

サイン?がある。しかし、不思議なことにハガキの宛名はわたし宛ではない。

寄せ書きをしてこの宛名のかたに送ったものだろう ? か。

2017年11月15日 (水)

柳坂曽根の櫨並木(福岡県久留米市)

「柳坂ハゼ祭り」は18日の土曜日からなのだが、久留米に出掛けた

ついでに行ってみた。

久留米駅の観光案内所のかたが丁寧に教えてくださった。

久留米駅前から西鉄バスの⑳番系統に乗り、約30分、「津遊川」で下車。

櫨並木が延々と続いている。その並木の下には小川が流れている。

水草が生えていて水が澄んでいる。津遊川(つゆがわ)だろうか。







祭りの前なので人通りは少ない。

ご夫婦らしい2人連れを時折目にするくらい。

(お祭りの準備なのか、2・3人箒を持って掃除をしていた。)

お天気も上々で、櫨の真っ赤に彩づいているのに癒される。

この櫨並木の下は遊歩道になっていて、石畳なのが情緒がある。

真っ直ぐな一本道なので、ず〜っと先の方まで見渡せる。

         

         この柳坂曽根の櫨並木は、約250年前、灯用の蝋の原料として

         植えられたもので、幹周り1m内外、樹高5〜6mの堂々とした

         櫨、約200本が1Kmにわたって続いており、全国街路樹100選

         にも選ばれています。       「柳坂ハゼ祭り」チラシより


この櫨並木は、福岡県指定天然記念物にもなっている。

耳納北麓の紅葉・果物・緑花・野菜などを満喫して筑後路の秋を楽しむ、

のもいい。

近くの畑には柿も色づいていた。


         わが國は筑紫(つくし)の國や白日別(しらひわけ) 

         母います國櫨(はじ)多き國

                       青木繁(あおき・しげる)が詠んだ望郷歌

2017年11月14日 (火)

皇帝ダリアの花・花・花

午後出掛けたら、皇帝ダリアの花が咲いているのに目がとまる。

ああ、今年もまた皇帝ダリアに巡りあうことができた喜び。

春日市で何度も見かけた。塀のうちに咲いているのだけど3〜4メートルと

丈が高いのでよく目につく。

別名は木立(キダチ)ダリア。うすむらさき色の花が梢に何個も何個も咲いて

いる。(ちなみに、本日はpcの背景を皇帝ダリアの花に変えた。)


銀杏黄葉も散りはじめ、舗道が黄色に彩られ美しい。

銀杏並木の続く下を自転車で走りたい衝動に駆られる。

今日は無理だったけど、新しい自転車も届いたことだし、筑紫通りの並木の

下を走ってみたい。



時間があったので、図書館に寄り、新聞を閲覧。

西日本新聞に「河野裕子短歌賞」を受賞した修猷館高校の埋金桜子さんが

掲載されていた。セーラー服姿が眩しい。(息子の母校でもある。)

受賞作は、「読みかけの文庫のように連れてって休日の君もっと知りたい」

選者の永田和宏さんが「上句の比喩が素晴らしい。いつも学校で会う君では

なく『休日の君』と一緒にいたい思いを、『読みかけの文庫のように連れてって』

というところに、うーんと感嘆した」と講評している。






高校生や大学生などの若い世代に短歌が広がりつつあることを、このところ

感じている。善きかな、善きかな。

2017年11月13日 (月)

『散録』 外塚 喬 歌集   短歌研究社

2011年から2016年の作品を収載。但し「朔日」に毎月発表した作品は

除かざるを得なかったと「『散録』覚書」に記す。

歌集名の『散録』は、造語かと思ったら、「心に浮かんだことをとりとめもなく

書きしたためた記録」と『広辞苑』にあるそうだ。

 

   もしや今日は天老日(てんらうにち)かわだかまり何ひとつなく空は冬晴れ

   古書店を出て古書店に入りこむ無為なるやうな時間惜しまず

   退職してもう十年かいやまだか遊び足りない遊ばなくては

   何度癋見(べしみ)の顔したらうか焦(こが)れ死(じ)にすることもなく年を

   重ねつ

   連れ合ひといふ関係は貸借があるやうなないやうな不可思議

   生存の確認のためにくる葉書 年金受給者のわれはしたがふ

   敵が減り味方が多くなるころにエンディングノートが必要となる

   こころさへ人にあづけて空火照(そらほで)りするみんなみの街を帰り

      来(く)

   居士(こじ)などになつてどうするわたくしに忘れられない人増えてゆく

   七十歳(ななじふ)は通過の地点 生きぬきて原発ゼロとなる世を見たし

 

「心に浮かんだことを‥‥」さらり、はらりと、うたっている。そうは思うけど、

なかなかどうして手強い。たとえばこのパソコンで印字するのだって、クラウド

機能をつかわないと出てこないような「癋見(べしみ)」などという言葉がある。

①首目、歌集巻頭の歌だが、「天老日(てんらうにち)」に先ず躓く。

 調べると、陰陽道で万事に吉の日らしい。そうか、心にわだかまりが何

 ひとつなくか〜んと冬晴れなのだ。歌集巻頭にふさわしい歌でもある。

  (「天老日」って、次の歌集名にしたいくらいだ  笑 )


⑤首目の「連れ合ひといふ関係」は、いかがなものでしょう(笑)。貸借があると

 いえばあるような、無いといえば無いようなものかも。


⑥首目は、まことに最もでございます。(わたしは時折息子に生存確認をして

 いますが…)

⑧首目の「空火照(そらほで)り」も、はじめて知ったことば。

 すてきなことばが其処此処に。






⑨首目の歌は、かるくうたっているけど、死んで「居士」になったって、

 つまらん、つまらんという作者の嘆きが籠っている。






そして⑩首目、「原発ゼロ」の来る日を期待している作者の切なる心が

為政者の皆々様に届くように祈るばかりである。

前歌集『山鳩』が2015年の刊行だから、矢継ぎ早のこのたびの第12歌集で

ある。「短歌研究」誌上に30首連載があり、作品も溜っていたのだろう。

七十代男性の味わい深い〈生〉が満喫できる一冊ともなっている。








前歌集は母君が亡くなられ、息子としての母恋の歌に注目したが、

今回の歌集にも〈母恋〉の歌はかなりあった。その中の1首を紹介したい。

 

          咲くことが愉しいやうに山茶花の咲いて霜月 母の忌が来る

     
    

                      平成29年10月20日  2800円+税

 

 

2017年11月10日 (金)

『下谷風煙録』 福島泰樹  皓星社

福島泰樹の第30歌集が出た。

本歌集は2016年冬から2017年夏までの作品から選び、310余首を収めて

いる。

第一歌集の『バリケード・一九六六年二月』が刊行されたのは、1969年の

秋だった。以来48年、泰樹の激走はとどまることはない。

     

           御徒町大原病院ぼくを生んだ同じベッドで母ゆきたまう

     昭和十九年三月 ぼくは祖母に抱かれ遺骸の母を見ていたのだろう

     幼年の目が俯瞰する風景は地平線まで廃墟であった

     歳月の彼方にいまも燃えている曼殊沙華よりあかく切なく

     こみどりの冬のコートよ渋谷駅ホームに佇ちているヒヤシンス

     生きているうちにおのれの墓を建つ『寺山修司全歌集』はも

     祈るように君は手帳を胸にあて書いていたっけ歳月は風

     高橋和巳寺山修司春日井建、清水昶も五月に逝けり

     カーテンは睫毛のように擦(こす)られて涙を流しているのであった

     この俺の在所を問わば御徒町のガードに点る赤い灯である


8月30日、福岡市であった「短歌絶叫」コンサート。

K塾福岡校の文化講演会でのコンサート。

あいにくこの日私は、福岡に、日本に、いなかった。よってこのコンサートの

ことは新聞紙上で写真と共に後日拝見した。(「ダンス」が聴きたかったよ。)






死者に対する記憶を大事にし、その〈生と死〉を歌い上げる福島泰樹の

姿勢は変わることがない。

このたびの第30歌集も過ぎた歳月をいとおしみ、その記憶を克明に紡ぎ

出している。



①首目②首目の実母の死、18年3月に生まれた泰樹が満1歳になるか

  ならないくらいで覚えている筈はないと思うのだが、これは、想像の

  賜物「見ていただろう」なのだ。実母が死んだ悲しみをかなしみとして

  受け止めることさえできないみどり子の〈悲しみ〉を思い遣っている。


③首目は、昭和20年3月の東京大空襲であろうか。その風景は「地平線

  まで廃墟であった」のだ。


⑤首目の歌には詞書が付いている。「その日からきみみあたらぬ仏文の

   二月の花といえヒヤシンス」


⑦首目の詞書は「立松和平逝きて七年」とある。

  ふたりの交情の篤さは、たびたびその文章のなかで知った。


⑨首目には「北村太郎へ」と詞書が付いている。

 『荒地の恋』の北村太郎も逝ってしまった。享年69歳だった。



文章といえば『短歌往来』(ながらみ書房)で連載している「時言・茫漠山

日誌より」が面白い。面白いというよりそのただならぬ多忙ぶりに息を

ひそめつつ見守っている(笑)。11月号では187回となっているのでこの

連載は15年以上続いている計算になる。


短歌絶叫コンサートは1500回以上のステージを披露している。

そして、今もなお毎月10日には吉祥寺曼荼羅でのステージも開いて

いるのだろう。



「どんどん悪い時代になってきている。だからこそ死者の言葉に耳を傾け

ないといけない」と、新聞のインタビューに語られていたのが印象深い。

        
        

        ーー略

        死者は死んではいない。死者たちが紡いできた記憶と夢の

        再生 ! 歌がそれを可能にするのだ。

                      『下谷風煙録』 跋  福島泰樹

 


                  2017年10月30日 初版発行  2700円+税



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10時、N さんより珍しく電話あり。

とりたてて用もないのに、暢気な話を際限もなく(笑)する。

息子が結婚していない。(する気がない。)

従って孫もいない。(原因がないのだから、結果は望めない。)

というお互いの共通項に安心(?) したり、慰め合ったり、傷を舐め合ったり(笑)



考えると、なんと、非生産的な話を延々としていたのだろう。

 

2017年11月 8日 (水)

歌集『遠雷』 前川明人  本阿弥書店

2015年4月から2017年9月までの377首を収めている第八歌集。

作者は「未来」、「幻桃」(松村あや創刊)、「草笛」(桑田靖之創刊)に所属

している。「幻桃」も「草笛」も未来系である。

      
      鯉のぼり降ろされながら気を吐きていくばくの布になってしまいぬ

      死力とは一体どんな力だろう暈かぶる月見ながら歩く

      救急車のサイレン大袈裟に鳴りいるをわれのものとは思わず聞き

      おり

      鬼婆と天使がときどき入れ替わり点滴袋を吊るして去りぬ

      戦争は絶対勝たねばならないが勝っても負けても人間が死ぬ

      負け犬にならないうちにさあ踊ろうマラカス振って太鼓を叩け

      励まされ米寿となりたるうれしさよ街路樹のむこう光る塔尖

      世捨人になりたくはない立冬の狛犬見ながら石段のぼる

      東京の五輪までは生きたいなあひしめき群がる五彩の風船

      生きるため鳴いているのか死ぬために騒いでいるのか長崎の蟬

いずれの歌も平明で、生活の日常のなかからうたわれている。

7首目の歌にあるように、作者を米寿を迎えている。齢(よわい)、88歳にして

3つの歌誌に歌を出しているそのエネルギーと執着心、そして努力。

ちょっとやそっとでは真似できない。

3首目の歌は、おそらく作者が救急車で運ばれたのだろう。迎えに来るために

鳴らしているのか、あるいは救急車の中であのピーポピーポの音を聞いて

いたのだろうか。





4首目などを読むと、結構辛口の作者でもある。

点滴袋を吊るすのは、看護師さんだろうから、「鬼婆」や「天使」と評価された

看護師さんがいるのだ。病者となった作者とはいえ、8首目にある言葉の

「世捨人」にはちっともなっていない。その意気や善し。


5首目を読むと、作者の世代は戦争体験者であり、負け戦のみじめさを

存分に知っている。それゆえに「勝たねばならない」のだろう。しかし、「勝って

も負けても人間が死ぬ」道理を熟知している。戦争は避けなければならない

し、戦争はこの世に存在してはならないのだ。






ちょっと気になったのは、7首目の「塔尖」。さいしよのカキコミであやうく

「尖塔」とするところだったが、原作は「塔尖」となっている。

そうか、刀のきっさきなどを「刀尖(とうせん)」というから、塔のきっさきは

「塔尖」(とうせん ? ) なのかな。

高齢になると、女性よりも男性の歌の方が面白い。

それはなぜなのか、考えている。

男性の方が解放的になるからだろうか。

                      2017年10月17日  2700円+税


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夕刊(朝日新聞)を読んでいたら、「あるきだす言葉たち」に目がとまった。

きゃ〜、「未来」の西巻 さんだ。

タイトルは「横浜」。

このタイトルに目が行ったのかもしれない。「横浜」♥♥

8首中の3首を。

 

 

 

        横浜        西巻 真(にしまき まこと) 
   

     勤務終へて夜へ赴けばひろがりぬ開港祭のひかりの花火

     人のゐる窓から順に点(とも)りゆくみなとみらいの大きな団地

     まぼろしに白き船あらば春だらううつつにあらばさびしさだらう

 

2017年11月 7日 (火)

「八雁」 2017年11月 №.036

特集の「渡辺京二氏インタビュー&訪問記」がすこぶる面白い。

渡辺京二氏は『逝きし世の面影』(和辻哲郎文化賞)などの著書でつとに

高名なかたである。そして、石牟礼道子さんの介助(?)の様子を新聞などで

知るに及び、その動静に注目している一人でもある。

このたびのインタビューでの語り口が熊本弁 ? なのかどうかわからないが、

フランクな独特な味を醸し出し、思わず笑ってしまうこと度々であった。



    渡辺   うん、うまいっていうか、高度になってるわな。……あれは

          ヤツシカって読むの ? 八鹿って書いて。あなたの短歌雑誌。

    阿木津  ……あ、ヤカリ、です。カリ。

    渡辺   カリだったか、シカじゃなかった。やつしかーーあれは焼酎

          の名前だった。(笑) ごめんなさい。(笑)日本酒の名前

                       だったか。やかり、って読むんだな。


冗談とも本気ともつかぬ会話で、阿木津さんがからかわれたかな、(笑)と

思った次第。しかし、真面目なお話も勿論している。 

40年ぶりに作った歌を紹介したいが、読みたいかたは「八雁」の№ 036を

ご覧あれ。京二氏の言うには「療養所仲間が出した文集に掲載したもの

ですから。安心してーーというよりも、油断したんでしょうな。(笑)」らしい。






「文学に未来はあるか」の設問には下記のように答えている。

 

 

     渡辺  未来があるかないか、そんなことは関係ないよね。やりたければ

       やりゃいいわけでね。必要であれば。文学に未来があるかどうか

      なんて、そんな客観的なーー観察だからね。客観的にどうであろう

      が、未来がなくたってさ、自分が必要とすりゃ、やりゃいいだけの

      話ですね。うん。おわり。(笑)



この同じ号には渡辺幸一氏の「形式と韻律の力を信じて」の真摯な時評が

掲載されている。「短歌研究新人賞」受賞の小佐野弾氏の「無垢な日本で」

に触れつつ、下記のように記す。

       私が注目したのは小佐野の作品が同性愛者としての個人的な

       哀歓を超え、社会的な批評性を備えている点である。そのために

       作品は自閉的になることを免れ、むしろ読者との間に対話を

       求めている趣きがある。--略


そして、「重要なのは流行に乗ろうとして目先の新奇さに走るのではなく、

今自分にとって大切なものをまっすぐに見つめ、短歌の形式と韻律の力を

信じて詠う姿勢である。--略」と、自らに向けて書いている。

 

 

2017年11月 6日 (月)

『藍色の鯨』 栗原浪絵歌集 ながらみ書房

20代後半から40歳を迎えるまでの歌、356首を収めている。

「りとむ短歌会」所属の第一歌集。

結婚・出産・育児・そして就職とめまぐるしく変化した歳月の歌たち。

作者の健やかさと、一途さと、明るさがくみ取れる。

読後、爽やかな印象である。


     農学部法学部間の歩道橋百二段踏んで食堂へ行く

     来年は満天星(どうだんつつじ)も咲くだろうこの2DKがスタート地点

     白寿まであと三年の祖母(おおはは)の半纏を着る真夜の授乳に

     さっきまで小猿であったみどりごは菩薩の顔で眠り始める

     しっぽからししゃもを食べると今朝気付く結婚生活まだまだこれから

     あかねさす紫のスカーフ巻いてみる十年前の私は仔猫

     洗濯物無言でたたみゆくようなこういう日々がたぶん幸せ

     りなちゃんの家来になるのが大好きな我が子よそうだそれでいいんだ

     『夜と霧』君の棚より取り出して宿題とする夏の私の

     幼稚園のバッグに付けし藍色の鯨は泳ぐあしたの海を



とりたてて、何か大きな事件があるわけではない。

ただ淡々と過ぎてゆく日々、しかし、その日々がなんとも匂やかにうたわれて

いる。20代の後半からの人生は、女性から、妻へ、そして母へと。

6首目の歌にあるように10年前の自分は「仔猫」だったと思えるのだろう。




3首目の授乳する時に「祖母(おおはは)の半纏を着る」が、なんとも

微笑ましい。母の半纏ではなく祖母の半纏。偶々、祖母の半纏だった

にしてもここには、血の系譜といったことさえ考えさせられる。温かい家庭に

育ち、その家族に愛されて育ったのだ。



他人だった2人が結婚し夫婦になる。

最初は戸惑うことばかりだろう。たとえば5首目にうたわれているように、

「しっぽから」食べることさえ、はじめて知ったことなのだ。

そうして、9首目のような歌がさりげなくある。

幸せな育児とかけ離れているような『夜と霧』。ドイツ強制収容所の体験

記録を「夏の私の」「宿題とする」精神のありよう。

生活に日常に埋没されてしまうのではない、強い意思を感じる。





作者は『藍色の鯨』で、〈幸せ感〉に浸ってばかりではなかったのだ。

〈幸せ感〉を演出しているのでもない。

非常勤講師として英語を教えている働く主婦 ? でもある。


いつか、ああ、あのような日々があったのだと回想する日が訪れるのでは

ないだろうか。でも、今は走り続ける。

いや、「鯨は泳ぐあしたの海を」だろうか。



       跋  「満天星(どうだんつつじ)は来年も咲く」   三枝 昻之

                    2017年10月27日発行   2500円+税

 

2017年11月 1日 (水)

「じっと見る」 ブリヂストン美術館収蔵作品より 久留米市美術舘

以前から気になっていた「じっと見る」の会期が5日で終わるので

出掛けた。


石橋コレクションから選ばれた約130点の作品が展示されていた。

「人物」・「自然」・「馬」・「静物」・「都市」・「見えないもの」などのパートに

分けて展示されており、構成が素晴らしかった。各パートの説明がボードに

記されていたが、その文章が実に適格で惹き込まれてしまった。




藤田嗣治や青木繁の自画像は勿論だが、関根正二の「子供」に魅了された。

「自然」のコーナーでは、梅原龍三郎の「ナポリよりソレントを望む」のタッチに

釘付けに。「馬」のコーナーは、郷土の画家の坂本繁二郎の「阿蘇五景」の

なかの「水より上る馬」の水彩画に立ち止まる。


佐伯祐三の「テラスの広告」の油彩にはぐいぐい引き込まれる。

この雑然としたなかの調和というか〈美〉。

観ているだけで愉しくなってくるような絵だ。



それにしてもブリヂストン美術館(石橋財団コレクション)の凄さを改めて

感じ入った次第。



ミュージアムショップで藤田嗣治のポストカード〈猫〉と、坂本繁二郎の

〈放牧三馬〉を買い、「秋のバラフェア」の石橋文化センターの園内を散策。

バラはやはり春だね。秋のバラはちょっとさびしい。

うすむらさき色の「ブルームーン」が印象的だった。


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11月1日、今日は十三夜。

先ほど月を見たら輝いていた。十三夜は「後の月」とも呼ばれ、旧暦の

9月13日にあたるそうだ。

満月は、11月4日。

アメリカでは、11月の満月を「ビーバー月」と呼ぶらしい。(夕方のテレビで

聴いたばかり。)


お月さまを眺めながら、すこし飲むか、な。

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