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2017年11月23日 (木)

映画「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」

オーギュスト・ロダンの没後100年を記念して製作された伝記映画。

カミーユ・クローデルはロダンに弟子入りを願い、彼女の才能に魅せられた

ロダンはクローデルを助手にする。モデルもつとめるクローデルは、やがて

ロダンと愛人関係になってゆく。






ロダンには内妻がおり、次第にその内妻のことや、自身の作品がロダンの

模倣としか扱われない屈辱感に侵されてゆく。ロダンによって女性彫刻家と

してその才能が華ひらく筈だったのに、芸術家同志の相克となり、愛が

いつのまにか嫉妬のかたちにかわってゆく。

師と弟子の関係は難しく、あやうい。

師が男性で、弟子が女性の場合は尚更だ。

カミーユ・クローデルを主人公にした映画は、1990年にも封切られている。

この時のクローデル役は、女優イザベル・アジャーニであった。彼女の熱演に

わたしはクローデルの精神の軌跡を思うと、せつなく、かなしかった。

40代で発狂し、48歳で精神病院に入る。それから30年の歳月を精神病院で

過ごしたクローデル。

        ーー略

        芸術創造の歓びと苦しみ。芸術と愛のはざまで精神のバランス

        を崩していったカミーユの狂気は、十九世紀末という当時の時代

        背景を別にしても、今現代を生きているわたしたち女性の誰もが

        陥りやすい、そして、だからこそ、超えなければならない命題の

        ように思えてならないのである。

                  映画「カミーユ・クローデル」の問い

                    『うたのある歳月』(本阿弥書店 2010年刊行)

上記の文章の初出は、朝日新聞1990年4月7日付けのわたしのエッセイの

一部である。「生きるとは、そして、愛するとは、どういうことなのだろうか。」と

このエッセイの冒頭には書いている。






娯楽作品とはちょっと趣きが異なるので、上映も限られている。

一日に一回の上映とは……少ないっ。

そういえば「海辺の生と死」も上映舘が限られていた、な。

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