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2017年11月 6日 (月)

『藍色の鯨』 栗原浪絵歌集 ながらみ書房

20代後半から40歳を迎えるまでの歌、356首を収めている。

「りとむ短歌会」所属の第一歌集。

結婚・出産・育児・そして就職とめまぐるしく変化した歳月の歌たち。

作者の健やかさと、一途さと、明るさがくみ取れる。

読後、爽やかな印象である。


     農学部法学部間の歩道橋百二段踏んで食堂へ行く

     来年は満天星(どうだんつつじ)も咲くだろうこの2DKがスタート地点

     白寿まであと三年の祖母(おおはは)の半纏を着る真夜の授乳に

     さっきまで小猿であったみどりごは菩薩の顔で眠り始める

     しっぽからししゃもを食べると今朝気付く結婚生活まだまだこれから

     あかねさす紫のスカーフ巻いてみる十年前の私は仔猫

     洗濯物無言でたたみゆくようなこういう日々がたぶん幸せ

     りなちゃんの家来になるのが大好きな我が子よそうだそれでいいんだ

     『夜と霧』君の棚より取り出して宿題とする夏の私の

     幼稚園のバッグに付けし藍色の鯨は泳ぐあしたの海を



とりたてて、何か大きな事件があるわけではない。

ただ淡々と過ぎてゆく日々、しかし、その日々がなんとも匂やかにうたわれて

いる。20代の後半からの人生は、女性から、妻へ、そして母へと。

6首目の歌にあるように10年前の自分は「仔猫」だったと思えるのだろう。




3首目の授乳する時に「祖母(おおはは)の半纏を着る」が、なんとも

微笑ましい。母の半纏ではなく祖母の半纏。偶々、祖母の半纏だった

にしてもここには、血の系譜といったことさえ考えさせられる。温かい家庭に

育ち、その家族に愛されて育ったのだ。



他人だった2人が結婚し夫婦になる。

最初は戸惑うことばかりだろう。たとえば5首目にうたわれているように、

「しっぽから」食べることさえ、はじめて知ったことなのだ。

そうして、9首目のような歌がさりげなくある。

幸せな育児とかけ離れているような『夜と霧』。ドイツ強制収容所の体験

記録を「夏の私の」「宿題とする」精神のありよう。

生活に日常に埋没されてしまうのではない、強い意思を感じる。





作者は『藍色の鯨』で、〈幸せ感〉に浸ってばかりではなかったのだ。

〈幸せ感〉を演出しているのでもない。

非常勤講師として英語を教えている働く主婦 ? でもある。


いつか、ああ、あのような日々があったのだと回想する日が訪れるのでは

ないだろうか。でも、今は走り続ける。

いや、「鯨は泳ぐあしたの海を」だろうか。



       跋  「満天星(どうだんつつじ)は来年も咲く」   三枝 昻之

                    2017年10月27日発行   2500円+税

 

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