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2018年2月10日 (土)

歌集『褐色のライチ』 鷲尾三枝子 短歌研究社

2014年2月10日にお亡くなりになられた小高賢さん。

その夫人の鷲尾三枝子さん(「かりん」所属)の第3歌集。

 

     今日ひと日今日をひと日と生きて来しけんめいなりし母の晩年

     職退きしきみの心をしみじみと問うこともなく梅もうまばら

     亡き人は渇かぬゆえに墓石にそんなに水をかけてはいけない

     妻よりも先に死ぬこと当然と必然といい眠ってしまいぬ

     もっとそばにいてあげれば 悔いがいま夜の白雲のようにうごかず

     きみの言葉のどこにもきみの声があり最後の短きメールの中も

     いかなる科のわたしにありて 手もとらずひとりで夫を逝かしめたりき

     褐色のライチをむけばぽっとりときのうの月の白さ出できぬ

     夫のなき時間をわれは生きつぐか秋よぶ月光(つき)が軽羅のごとし

     かたわらにありし体温おもいつつ金曜のデモに行かんとおもう

本書の前半には母のいのち(死)のことが収められている。

1首目、3首目は「母」のことであろう。「五月の連休にわたしの母が亡く

なった。九十三歳だ゛った」との詞書もある。


小高賢さんの享年は69歳。

5・6・7首目と、慟哭のような歌がせつない。

「もっとそばにいてあげれば」の思い、「手もとらずひとりで」逝かしめた

悔いは、思っても思っても解決しない。

しかし、9首目の歌のように「夫のなき時間をわれは生きつぐ」しかないのだ。


小高さんといえば「棒を折るわけにはゆかぬ金曜日『国会議事堂』前の

夕暮れ」と、毎週金曜日に行われていた首相官邸前のデモに参加していた。

氏の遺歌集『秋の茱萸坂』も、国会議事堂の南側を下る坂のことで、歌集の

タイトルになっていた。


鷲尾さんは、氏亡きのちのつらい月日を過ごし、ようやく1冊に纏めたのだ。

「この数年の苦しい時間を、短歌は寄り添うように傍らにあったと実感して

います。歌は思っていたよりずっとつよく私を支えてくれるものでした。」と

記す「あとがき」のことばが重い。

                         平成30年1月18日  2500円+税



☆   ☆

小高賢さんの遺歌集『秋の茱萸坂』の感想は、当ブログの2014年11月26日に

あります。この中で小高さんの亡くなられた日付を2月11日としていましたが、

このたびの鷲尾さんの歌集の「あとがき」によって2月10日ということを知り

ました。2月11日は誤りでした。訂正してお詫びいたします。

2月10日、本日は小高さんの祥月命日でもあります。

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