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2018年4月

2018年4月26日 (木)

哀悼

定席の机の上に飾られたカサブランカと白菊そしてスターチスの白い花。

遺影と歌集『黒の瀬戸』を飾り、皆さんと同じように席にはお茶とお菓子を。



北九州のSさんが泣きながら、電話してきたのは3日ほど前だった。

息子さんと奥様の連名で亡くなられたことを葉書で知らせてくださり、

はじめてS・Kさんが亡くなったことを、私たちも知らされたのだ。

葬儀も家族葬になさり、高齢の奥様のために「弔問などは誠に

失礼ながらご辞退申し上げます。」と記されていた。


S・Kさんとは、長いおつきあいながら、ほんとうに S さんが云うように、

決してタメグチなどつかないかただった。

そして、歌会の詠草はいつも真っ先に届いた。

真面目で、勤勉家のかただった。


今日のお花を用意してくださった S さんが、「偲んでくださいね。」と、

帰り際にそのお花をくださった。

帰宅してその花を飾り、ひととき偲ぶ。


いまでもS・Kさんの声がきこえるような気がする。

本日は、239回目(月に1度)の北九州の歌会だった。


なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)の花が散らずに待っていてくれたけど、

あの白い花は、今日はなんだか泣いているように見えた。

夜、デスクトップの背景を「なんじゃもんじゃ」の花に代えた。

2018年4月24日 (火)

幹生花(かんせいか)

本日の宿題をする。

宿題をするといってもパソコンで検索すればたちどころに解る。

(この便利さに慣れてしまった。)


以前から気にはなっていたのだが調べることもなく過ぎてしまっていた事案。

桜の幹から直接、花が咲いていますよね。

              あれはなんというのですか ?

              何か名前があるのでしょうか ?


本日の質問に答えが出せずにいたのだ。

「蘖(ひこばえ)」は、稲などを刈り取ったあとに芽生えるものだけど、

桜の場合は「ひこばえ」とは言わないよね。



答えは「幹生花(かんせいか)」。

植物の幹に直接開花するのを「幹生花」という。そして、

植物の幹に直接結実するのは「幹生果(かんせいか)」。

カカオの実は幹生果である。

ウイキペデイアは、まこと親切。


そして、他にはベストアンサーたちの声。

「胴咲き桜」・「胴吹き桜」の呼称もあった。

このように幹から直接、花が咲くのは樹勢が弱っているのが原因らしい。



と、いうことで、知らないことばかり。

いつも何か教えられる。

質問されたり、逆にわたしが教えを乞うたり。


こんな時間のたいせつさを、しみじみ思う。

2018年4月22日 (日)

志垣澄幸歌集『黄金の蕨』 青磁社

     「ーー略ーー私たちの世代にとって、学童期に見た戦争は

     消えることがない。いつまで経っても、今そこにある現実と

     重なってよみがえってくるからである。ーー略」 あとがき、より。

志垣澄幸の第13歌集は戦争に関わる歌が多く混じっている。

前歌集『日月集』もそうであったが、本歌集の方が戦争に対する

拒否感がより強く前面に出ている。

昭和9年生まれの氏にとって、戦中・戦後はまさに学童期であった。

それだけに、その頃の記憶、そして、刻みこまれた戦争に対する恐怖は

はかりしれない。



      国のため老いは死んでといふ川柳お国のために征きし人おもふ

      戦争がそこまで来てゐるやうな夜 花の祭をみて帰りきぬ

      月のひかり身にしみとほる夜の道に死といふ難事思ひてゐたり

      撃沈されし日本の空母には触れず新聞は敵艦の大破をつたふ

      志願したのではなく志願させられて若きらあまた空に消えたり

      また会はむと別れきしかど会へる日のなきこと友もわれも知りゐつ

      戦争があれば徴(と)らるる若きらがリム光らせて朝の道とほる

      話題にものぼらなくなりし十二月八日若き人と居酒屋に飲む

      もう空のどこにも敵機のかげみえぬかかるさきはひをいかに伝へむ

      「故」をわれの名前につけて書いてみる書かれむ日々の先取りを

      して



①首目は、川柳の「老人は死んでください国のため」の現代社会を憂い

 ながら、戦争に征った人たちはきっと「お国のため」だったのだと、思いを

 馳せる。

②首目は、渡辺白泉の「戦争が廊下に奥に立つてゐた」を彷彿させる

 ような歌で、「花の祭」という日常の暮らしの中にそくそくと迫ってくる

 ような戦争の影を幻視している。

④首目では、報道に対する疑心がうたわれている。

 国民に知らせなくてはいけないことに蓋をして、あたかも勝ちすすんで

 いるかの如く報道する新聞。

⑤首目の「志願させられた若きら」への思い。

 そのような教育を受けて育った「若きら」であろう。

⑦首目の歌は、何気ない日常の若者たちの通学風景 ?   を、うたいながら

  一層、いまのこの平和が続いてほしい思いが込められている。

⑧首目、十二月八日と言ってもピンとこない子どもたちだ。

 むしろ、「レノン忌」と言う若者たちの方が多いかもしれない。

⑨首目、「かかるさきはひをいかに伝へむ」はせつない。

 たぶん、伝えたいひとたちの多くはもうこの世にいない ?

 


戦争体験者も年々老いてゆく。

そして、戦争体験者の歌も読むことが難しくなるだろう。

まして、「戦争を体験した人の歌集出版」は、なくなるかもしれない。

                          2018年4月1日

                          2500円+税

2018年4月18日 (水)

季節の便り⑦ ヒトツバタゴの花

久留米六ッ門の銀のすぷーんのパティオに咲いていた

ヒトツバタゴの花。

真っ白い花が陽に映えて眩しかった。


この花を見ると思い出すのは、松本健一さんのエッセイである。

もう、かれこれ20年前くらいか ?

まだ、この花が今みたいに世間に流通していない ?   時だった。

西日本新聞の50回連載のエッセイに書かれていたヒトツバタゴの花を

「海照らし」の花と紹介していた。

対馬にはヒトツバタゴの自生地(鰐浦)があり、3000本くらいの花の咲く頃は

海面を白く染めるという。海を照らすことから「海照らし」の花とも呼ばれて

いる。



そのエッセイを読んでから、まだ見たこともない幻の花を追い求めていた。

後年、歌人の山崎方代さんににヒトツバタゴの歌があることを知った。

方代さんはヒトツバタゴの別名「なんじゃもんじゃ」として、うたっている。


      生れは甲州鶯宿峠(おうしゅくとうげ)に立っている

      なんじゃもんじゃの股からですよ        

                           『右左口』 山崎 方代


北九州の歌会会場近くにはヒトツバタゴの並木通りがある。

毎年たのしみにしている。

その並木の下をゆっくり歩く。

花を眺め、写真を撮り、わたしの至福のひとときである。

ヒトツバタゴは、「一つ葉タゴ」とも書き、モクセイ科。



でも、今年はいろいろな花の咲き具合が早い。

せめて1週間くらい待っててほしいと思う。

1週間したらわたしが行くけん。

それまで、散らずに、待っといて‥‥ね。


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つらつら考えたら、

ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)の花のことは、このブログに

いつだったかカキコミをしたような気がしていた。

調べてみたら2014年5月2日に上記と同じように対馬の自生の

ヒトツバタゴのことを記していた。

あれから4年たつのにちっともわたしの心は変わっていない。

(と、云うか、退行かしらん。)


まだ、対馬・鰐浦の「海照らし」の花は見ることが出来ないでいる。

2018年4月15日 (日)

映画「ペンタゴン・ぺーパーズ/最高機密文書」

実際にあった事件を映画化したもので、政府がひた隠しにしていた

ベトナム戦争に関する機密文書をニューヨークタイムズが

スクープしたのだ。しかし、政府の圧力によってその記事は差し止められて

しまう。


その同じ文書をワシントンポストが入手。

さて、どうするか。

新聞発行人(社長)は女性(メリル・ストリープ)。

政府の圧力に屈するか。

編集主幹(トム・ハンクス)と、心を一つにして奔走する。


        我々が任を負わなければ誰がやる。

        報道の自由を守るのは、報道することだ。


はらはらドキドキだった上映時間中。

観終わったあとの爽快感は上々。



是非、是非ご覧あれ。

記者さんたち、そして、あなたも……

2018年4月14日 (土)

「おお雲雀よ」 坂元 元子(故人) 合同歌集 「陽だまり」より

10日のブログで、坂元 元子さんの追悼合同歌集のことを

お伝えしました。

降る雨を眺めながら、ああ、やっぱり坂元さんの歌を皆さまがたに読んで

いただきたくなりました。

明るくて、チャーミングで、誰からも愛された坂元元子さん。

その歌は、坂元さんの〈素〉の姿が、そのまま表現されています。



       おお雲雀よ          坂元 元子(故人)

   アンスリウムの赤い花穂はそれぞれにあっちにいきたいこっちにいきたい

   ことあらば阿吽の呼吸四っ人で竹屋の鰻がいいんじゃないか

   「百年の孤独」を抱え蚊口浜に小粒の牡蠣はこりこり美味しい

   おお雲雀よ朝日をあびて見てこんば椿の里は今が花季(はなどき)

   喉仏を上下に動かしぐいぐいとビールを呑むは私の息子

   妹よ同心円より飛び出して野辺の花でも描こうじゃないか

   父母の花冠の初子と生れ来て三日で逝きし姉の名「菊子」

   わたくしも逆さに読めば十八歳ちょっと気取ってミモザを貰う

   夜中には浄土旅行を考えてちょっと可笑しい朝日を見れば

2018年4月10日 (火)

合同歌集『陽だまり』 短歌サークル陽だまり

春日市ふれあい文化センターの短歌教室がこの4月から自主サークルに

なった。今迄の作品をかたちに残したいとの希望と、いま一つは

短歌教室のお仲間であった坂元元子さんがお亡くなりになられ、その

追悼の意味も込めて急遽、合同歌集を編むことになった。

これらすべてお仲間である皆さんの力の結晶ともいえる。

パソコン入力、校正、装幀、カットの絵など、おもに男性陣が労をとって

くださった。

本日、その合同歌集が出来上がり、感無量の思いをしている。

表紙の「陽だまり」の文字は、Y さんの奥様が書いてくださった。

そして、何より嬉しいのは「坂元さんを偲んで」というページを作って

くださったことである。各自、挽歌を1首ずつ詠んでいる。

すてきな合同歌集になり、わたしは皆さんにただただ感謝している。

「ありがとう。」、ほんとうに「ありがとうございました。」

そのなかのわたくしの文章を転載したい。


             今日しなければ        恒成美代子

      日々の過ぎゆく速さを痛感しています。明日があるからと

    若い時分には高を括っていました。しかし、このところの身廻りの

    方々の死を思う時、こうしてはおれないという気持が湧いて来ます。

      春日教室の坂元元子さんは明るいとても朗らかなかたでした。

    短歌が大好きで、人一倍熱心でした。彼女の新しい歌をもう読む

    ことが出来ないと知った一月三日のお通夜の帰り道。悲しみながら

    〈いのち〉について考えました。今日できることは、今日しなければと

    痛切に思います。

2018年4月 9日 (月)

歌集『いらっしゃい』 山川 藍   角川書店

1980年生まれの著者の第一歌集。「まひる野」に所属。

   いらっしやいませが言えずに泣いたことあるから人にやさしくしたい



歌集題にもなった一首。

山川さんの歌を読んでいると、心がやわらかくなる。

心も、体も、ほぐれてくるようなあたたかさだ。

この世で生きることや、生きている時間、経験などが、そのまま素朴に

うたわれている。この世で生きていること、山川さんの生存生活が直に

伝わってくる一集である。

   

   いつ飲んだ薬のせいかわからんが寝たい眠たい猫さわりたい

   涙腺の元栓さがす空港で出世したくてたまらなかった

   目を閉じてしまいあぶない階段でむずかしいこと言わんといてよ

   障害者用トイレから父に電話する電話しょうかと言われ断る

   可愛いかどうかは会ってから決める  知らない人の知らない子ども

   両耳をふさいで会いにゆく祖母はわたしの海馬に移住しました

   母の声刺さらぬように身を低くしつつご飯がそれでもうまい

   過呼吸のわたしを逃がしてくれた人も四月で派遣契約解除

   叫び声が台所からする兄だゴキブリ見たな 働きなさい

   友達はわかってくれる上司には伝わらないね日本語なのに


山川さんのいちばんの理解者の父親がいて、

けっこう口うるさい母親がいて、

無職の兄がいて、(だけど、大好きな兄ちゃん?)で、

猫大好きで、

祖母は死んでしまって ?    ‥‥‥


わちゃわちゃと生活の匂いのする一集である。

その生活の匂いは、よき時代のバランスのとれた家族の肖像のように

さえ思えてくる。



過酷な労働にもめげず、笑い飛ばす茶目っ気が備わっているのは、

愛情に包まれて育った所以であろうか。


身体的にはホントは逞しくはないのだろうけど、精神の健やかさを感じる。

「ご飯がそれでもうまい」と、言えるのはいいことなのだ。

「生活即短歌」、山川さんの歌には人生が詰まっている。


                帯文  津村記久子

                栞   あたたかさは隠せない  米川千嘉子

                     噺家の背後に       斉藤 斎藤


                        2018年3月27日 初版発行

                        定価 2300円+税

 

 

   





    

2018年4月 6日 (金)

花は葉にそれとも花はなかったか  池田 澄子

地禄神社の花は、葉になって了ふてゐました。

花冷えの夜です。

池田澄子さんの句集『思ってます』をぱらぱらと捲つて、

わたくしの心情を重ねてゐます。


            花冷えの我が身のなせる声と音   池田澄子


明日のお花見は中止いたします。

たのしみにしてゐた方々、ごめんなさい。

春風邪でもひかれたら、いつまでも愚図愚図と治らないさうですから…

それにしても高柳重信サンの「春の風邪」は艶つぽいです。


             マダムX美しく病む春の風邪    高柳重信


明日、お会ひできないかたは、日曜日、北九州でお会ひしませう。

昨年立ち寄つたお店で、美味しい珈琲を飲みませう。

2018年4月 4日 (水)

季節の便り⑥ 満天星躑躅(ドウダンツツジ)

近くの S 病院の花壇にはドウダンツツジが2本ある。

このドウダンツツジは秋になると紅葉が美しいのだが、今の季節は可愛らしい

白い花が満開である。近づいて見ないとわからないような小さな花だが

鈴蘭に似た壺状の花をつけている。

立ち止まって眺めていた。


今日は久留米まで出掛けたのだが、途中の筑後平野の田んぼには

レンゲ草が咲いていた。電車を降りて見たかったが、先を急いでいたので

残念ながら諦めた。



久留米の市街の通りの緑地帯には真っ赤な久留米ツツジの花が咲きはじめ

眼をたのしませてくれる。

二番街のミズキの花がすでに咲いていて、この通りを歩くのは楽しい。

白いミズキの花に混じってアメリカハナミズキの少し赤みがかったピンク色の

花が風に揺れている。

いいな、いいなと立ち止まって眺める。

そして、眼福、眼福とつぶやく。



この季節は花・花・花である。

わがやのプランターにはチューリップの花が5つ咲いている。

ムスカリのむらさきの花も愛らしい。



野菜といえば、ワサビ菜、これは冬を越して勢いを増している。

必要なだけハサミで摘み取り、細かく刻んでサラダに散らす。

ピリッと辛味がきいて味よし。



春は足早に過ぎてゆく。

2018年4月 2日 (月)

第56回北九州芸術祭短歌大会ご案内

   日時 平成30年4月8日  10時〜16時30分

 

   会場 北九州市立生涯学習センター

       北九州市小倉北区大門1丁目6-43

 

   講演 「短歌と人生」 10時45分〜12時 

                       講師 恒成美代子

 

               短歌大会選者  植村 隆雄

                      小林智恵子

                      下山八州夫

                      中村 重義

                      福田有公子

                       恒成美代子

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