« 季節の便り⑦ ヒトツバタゴの花 | トップページ | 幹生花(かんせいか) »

2018年4月22日 (日)

志垣澄幸歌集『黄金の蕨』 青磁社

     「ーー略ーー私たちの世代にとって、学童期に見た戦争は

     消えることがない。いつまで経っても、今そこにある現実と

     重なってよみがえってくるからである。ーー略」 あとがき、より。

志垣澄幸の第13歌集は戦争に関わる歌が多く混じっている。

前歌集『日月集』もそうであったが、本歌集の方が戦争に対する

拒否感がより強く前面に出ている。

昭和9年生まれの氏にとって、戦中・戦後はまさに学童期であった。

それだけに、その頃の記憶、そして、刻みこまれた戦争に対する恐怖は

はかりしれない。



      国のため老いは死んでといふ川柳お国のために征きし人おもふ

      戦争がそこまで来てゐるやうな夜 花の祭をみて帰りきぬ

      月のひかり身にしみとほる夜の道に死といふ難事思ひてゐたり

      撃沈されし日本の空母には触れず新聞は敵艦の大破をつたふ

      志願したのではなく志願させられて若きらあまた空に消えたり

      また会はむと別れきしかど会へる日のなきこと友もわれも知りゐつ

      戦争があれば徴(と)らるる若きらがリム光らせて朝の道とほる

      話題にものぼらなくなりし十二月八日若き人と居酒屋に飲む

      もう空のどこにも敵機のかげみえぬかかるさきはひをいかに伝へむ

      「故」をわれの名前につけて書いてみる書かれむ日々の先取りを

      して



①首目は、川柳の「老人は死んでください国のため」の現代社会を憂い

 ながら、戦争に征った人たちはきっと「お国のため」だったのだと、思いを

 馳せる。

②首目は、渡辺白泉の「戦争が廊下に奥に立つてゐた」を彷彿させる

 ような歌で、「花の祭」という日常の暮らしの中にそくそくと迫ってくる

 ような戦争の影を幻視している。

④首目では、報道に対する疑心がうたわれている。

 国民に知らせなくてはいけないことに蓋をして、あたかも勝ちすすんで

 いるかの如く報道する新聞。

⑤首目の「志願させられた若きら」への思い。

 そのような教育を受けて育った「若きら」であろう。

⑦首目の歌は、何気ない日常の若者たちの通学風景 ?   を、うたいながら

  一層、いまのこの平和が続いてほしい思いが込められている。

⑧首目、十二月八日と言ってもピンとこない子どもたちだ。

 むしろ、「レノン忌」と言う若者たちの方が多いかもしれない。

⑨首目、「かかるさきはひをいかに伝へむ」はせつない。

 たぶん、伝えたいひとたちの多くはもうこの世にいない ?

 


戦争体験者も年々老いてゆく。

そして、戦争体験者の歌も読むことが難しくなるだろう。

まして、「戦争を体験した人の歌集出版」は、なくなるかもしれない。

                          2018年4月1日

                          2500円+税

« 季節の便り⑦ ヒトツバタゴの花 | トップページ | 幹生花(かんせいか) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2032066/73351027

この記事へのトラックバック一覧です: 志垣澄幸歌集『黄金の蕨』 青磁社:

« 季節の便り⑦ ヒトツバタゴの花 | トップページ | 幹生花(かんせいか) »