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2018年5月 4日 (金)

1983年5月4日以降  『現代詩手帖』 1983年11月臨時増刊

      昭和十年十二月十日

      ぼくは不完全な死体として生まれ

      何十年かかゝって

      完全な死体となるのである

      ‥‥                寺山修司

1983年5月4日に亡くなった寺山修司を追悼する臨時増刊。

35年前の『現代詩手帖』を繙く。

「(寺山修司)周辺アルバム」は、寺山修司が15年越しに住んでいた

松風壮の写真なども掲載されている。



作家、詩人、評論家など多くの人が対談や執筆をしているのだが、

歌人では福島泰樹さん、岡井隆さん、佐佐木幸綱さん、篠弘さん、

馬場あき子さんの名前がある。

その中で佐佐木幸綱さんの文章の締め括りの言葉に注目した。


      ‥‥略 つまり、大きな「本当」をうたおうとした点で

      寺山修司はきわめて伝統的な歌人であったわけだが、

      誰もそうは言わない。ここに歌人寺山修司の後世での

      残り方の問題があるのである。

              「歌人寺山修司は残るか」  佐佐木幸綱




この文章に目が止まったのも、寺山修司の歌はフィクション即ち虚構ばかり

だと思われがちだが、あながちそうもいえないようだ。

晩年(と、言っても45歳の時)に出版した『月蝕機関説』に、掲載されていた

以下の短歌はどうだろうか。


       父親になれざりしかな遠沖を泳ぐ老犬しばらく見つむ

                      寺山修司『月蝕機関説』


この歌については、東陽一氏が「寺山修司氏の親和力」として触れている。

「‥‥しかしぼくはぼくの理由で、これが寺山の遺した『私』についての最期

のことばだと思わないわけにはいかないからである。」


それにしても『現代詩手帖』は、1992年5月号でも特集として「寺山修司

のポエムワーク」を組んでいるし、1993年4月臨時増刊は「寺山修司」だった。

今年は没後35年。


       私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。

       だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私の

       ことばであれば、充分。

                       「墓場まで何マイル ? 」  寺山修司

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