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2018年7月20日 (金)

不思議な縁(えにし)

水町京子は、大正・昭和期の歌人。

尾上紫舟の指導を受け、「水甕」に参加。のち古泉千樫の門に入り

青垣会に参加。大正14年「草の実」創刊。

昭和10年より「遠つびと」を主宰。

歌集に『不知火』・『遠つびと』・『水ゆく岸にて』などがある。

明治24年生まれ、昭和49年に亡くなっている。



その水町京子が櫻美林学園で国語教師をしていた昭和30年代の

教え子がTNC西日本文化サークルの教室に来ている。

S さんは、17歳頃に水町京子から「源氏物語」を習っている。

当時は水町京子が歌人ということも知らなかったようだ。

Sさん宛のハガキには本名の「甲斐みち子」としたためている。

当時のハガキや創作社発行の「創作」(若山牧水追悼號)のコビーを、

本日はお預かりした。




「牧水さんをおしのびして」と題した追悼文は、牧水の人柄を活写している。

「年の若い叔父さんにでも對するやうな気持でおすがりしてをりました」とも

書かれている。



1枚のハガキ、何年なのかはインクが薄れて判読できないが、5円であり、

現在のハガキの大きさより一回り小さめである。

S さんが大事に保管していたのだろう。

まさか自分が後年、短歌を作るようになろうとは思いもしなかったこと

だろう。


一葉の写真の裏には、「昭和31年頃 櫻美林学園校庭にて」とあり、

写真には甲斐みち子先生(水町京子)と S さんら15・6・名が並んで写って

いる。白黒写真なのだがSさんの凛々しい、賢そうな顔。

甲斐先生はゆったり優しそうなお顔である。


Sさんが「源氏物語」を習った甲斐先生が水町京子という歌人であったこと、

きっと S さんは不思議なえにしを感じているのではないかしら。






cat    cat

本日の福岡の気温38℃。

出かける前にシャワーを浴び、帰宅して真っ先にシャワーを浴びた。

まだまだこの暑さは続くようだ。ひぃ〜



今夜は上弦の月。

P・M 10:30   西の空に輝いている月。

                   月の前方(左側)には木星が呼応するように

         瞬いている。



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