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2018年9月10日 (月)

歌集『塩の行進』 春日いづみ  現代短歌社

2014年刊行の『八月の耳』につづく第4歌集。

著者は「水甕」副代表。

    「ネット銀行レモン支店」にタッチする葉つぱのお金を送る心地に

    妻にして母祖母娘嫁姑 年の始めのわが変化身

    踊り場にきんぴら受け取りポトフ置くいつからともなき沈黙交易

    くれなゐの非常ボタンが母の辺の三面鏡に三つ映れり

    年始客の四十人を賄ひしわれにやうやく女正月

    立ち止まり暮し見直す時間欲し積み上ぐる本崩れ落ちたり

    電話切り夕べに濯ぐ右の耳聴聞僧となりて半時

    伏し目なる阿弥陀如来と向き合へる卒寿の母の目力つよし

    四半世紀子らより長く暮らしたりけふさむざむし空つぽの膝

    三月の春のあけぼの杖を手にガンジーの発ちし「塩の行進」


読後、爽やかな風が吹き渡る心地がした。

その爽やかさとは、「しっかり生きている」ひとへの畏敬のまなざしでもある。


3首目、受け取るのが「きんぴら」で、置くのが「ポトフ」だから、おのずと

生活様式、食の好み、世代差などが伝わってくる。二世帯住宅などでは、

相手の生活にあまり立ち入らないことを基本にしているのだろう。

この相手への思い遣りがおのずと料理を運ぶ行動にうかがえる。


5首目を読むと、わたしには真似できない思う。二人だけのお節料理

だって、簡略したいくらいなのだから。


6首目は共感。立ち止まって暮らしを見つめ直し、自分を見つめ直す時間が

必要なのだ。積み上げ、積み上げてゆく本の嵩。本の方も悲鳴をあげてい

る。


7首目には笑ってしまった。きっと30分間をただただ電話相手の聞き役を

していたのだ。「夕べに濯ぐ右の耳」に、作者の遣る方無い思いがくみ

取れる。


9首目は、愛猫との暮らしを偲んでいる。もう、この膝に来る猫はいない。


家族を愛し、生活を大事にしている人の歌。

それはとりもなおさず、自分を大事にしていることにも繋がるような

気がしてならない。

                             2700円+税

                             2018年8月27日

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