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2018年10月

2018年10月31日 (水)

「今、もっとも関心をもっている歌人」 山下 翔    梧葉 秋号

山下 翔 さんが「今、もっとも関心をもっている歌人」に、長谷川銀作を

とりあげていた。

山下さんらしい選択に「なるほど、なるほど」と、よろこびをもって読了。

この地味さというか時流に阿らないところがいい。

いや、おもねらないというより、むしろ、逆らっているような選択に彼の

意思や意志を感じてしまう。


歌の解釈もへんに高等的でないし、自身のことばで綴っているところに

好感がもてる。

やっぱり、山下さんのセンス(笑)は、いいな。


      

本日は出来上がった「楯」の確認に行く。

選者選の楯はいままでにない斬新なものになった。

見てのおたのしみというか、頂いたかたのよろこびになりますように。


それにしても、きょうは迷子になりそうだった。

賞状を入れるためのクリアファイルをパッケージセンターまで買いに

行ったのだけど、あいにくなくて、出たとたん方向がわからなくなって

しまった。大橋の街をあっち行ったり、こっち行ったり、泣きそうになった。


疲れて帰宅したわたしだったが、夕方、M さんがものの見事に30分も

かからずに、スマホでお店を探 し、必要量の予約を入れてくれた。

なんとも手際のいいこと。

もう、これからはなんでも M さんに相談しょう。

2018年10月30日 (火)

「ギンナンと茂吉」 風車   西日本新聞  2018年10月30日   

ペンネーム(竹若丸)さんの「風車」のコラム を読む。

大正9年秋、斎藤茂吉が佐賀県の古湯温泉に湯治に行った折のこと。

その日録には、「山の祠の公孫樹の下には、いつしか黄色に熟した銀杏が

落ちはじめて、毎朝、それを拾うのを楽しみ」を引用し、次の歌をあげて

いる。

       けふもまた山に入り来て樹の下に銀杏ひろふ遊ぶが如く


ところが、そのイチョウの枝に「ギンナン ヒロフコトナラヌ 持主」という木札が

下げられた…(略)


この話は中公文庫の『日本の詩歌』 (8 斎藤茂吉)の書で読んだ時、

面白い話だと記憶に残っている。



そして、何より古湯温泉といえば、過ぎし年「未来福岡歌会」の皆さんと

訪れたからだ。招聘していた大島史洋さんの希望もあり古湯温泉まで

行ったのだった。

当日は鳥栖駅からマイクロバスをチャーターした。

       ほとほとにぬるき温泉(いでゆ)を浴(あ)むるまも

       君が情(なさけ)を忘れておもへや      茂吉


古湯温泉の茂吉歌碑の前でみんなで写った写真を見ると、2014・4・6

とある。

あれから、もう4年も過ぎている。

五所美子さん、村山寿朗さんの顔も見える。香椎教室のMさんの顔も、

「陽だまり短歌会」のNさん、Tさんの顔も。

「茂吉通り」の矢印に沿って歩いたこと。

昼食のあと、歌合わせをしたこと。

みんな、みんな、懐かしい。


「風車」執筆の(竹若丸)さんって、たぶん、わたしが知っている人だろうな  ?

ずいぶん昔、短歌のことで尋ねたいことがあると、電話があった人みたいだ。

違うかな   ?

作家さんでもあるし…


こんやはなんだか懐旧の念しきりである。

2018年10月29日 (月)

『短歌』 2018年11月号  角川文化振興財団

10月号を読み終らないうちに11月号が届いてしまった。

今号の「知れば得する歴史的仮名遣い」は、とても参考になった

「座右特集」であった。

       
        *旧かな採用の作者も外来語については新かな表記に従い、

         発音通りに書く。カタカナ語は新かなに従うというのは誤り

         である。植物名、動物名など一般的にカタカナで書く際も、

         あくまで和語であれば旧かなに従う。 例 カハセミ・

         アサガホ・ヰノシシ・カツヲ・アウム・ニツクワウキスゲ。

           「間違えやすい歴史的仮名遣い一覧」    今野 寿美




そうだ、そうだと思いつつ熟読。

それにしても、以前より一つ気になっていることがある。

会話のカギカッコの中の言葉は皆さんはどうしているのだろうか。

先だっての教室で旧仮名遣いの作者がカギカッコの中だけ新かな表記に

していたことだ。結社によってそういう慣例 ? でもあるのだろうか。



気になったので、あれこれ調べてみたのだけれど、「塔」の花山多佳子さんも

「かりん」の藤室苑子さんも、カギカッコの中の会話も旧仮名遣いに統一して

いたことだ。花山多佳子さんの跋文のある佐竹澄子さんの歌集『燭の火』の

会話も旧仮名遣いになっていたようだ。




どなたか、教えてほしい。

きっぱりと(笑)、教示されると納得できるのだけど。(わたし自身は旧仮名

遣いにしている…)


ところで、この11月号は、第64回角川短歌賞の発表号だった。

「ディテールの手触りと読む喜び」のタイトルがいい。

山川築さんの「オン・ザ・ロード」の選考座談会で、永田和宏さん曰く、

        一つ一つのディテールの手触りに歌を詠うことの意味を

        込めている。


東直子さんの発した「『私』を消すという手法じゃないかと思う。」は、まさに

受賞のことばと符号するようだ。


山川築さんって「未来」の人だったのだ。

巧いなぁと、感嘆しきり。


      

このところ心身共に、へたばっていて立ち上がれない。

そんな時に限って、息子からメールが届く。

心が飛んで行ったのだろうか。


来年の彼の誕生日は、ふたりで祝えそうだ。

泣いてしまった。

泣いている自分に、感動  ?  して、よけいに、

泣いてしまった。

季は今、晩秋である。

 

 

2018年10月23日 (火)

「私の作句信条」 月刊 俳句界  2018年10月号

池田澄子さんの「作句信条」に目がとまる。

      ①自分を恰好良く見せようとしない。

      ②知識を見せようとしない。

      ③伝えたい主題を説明せず、アピールせず、思いの素の

       具象を描く。

      ④時流に媚びない。

      ⑤名句は、少しの例外、失敗作の隣にある。


短歌にも通用する部分がありそうだ。

本日の「陽だまり歌会」では、この池田さんの信条を少し話す。


そして、歌集は本田一弘氏の『あらがね』(ながらみ書房)を取り上げる。

皆さんに好評だったのは、意外にも「猫のこども」の歌だった。


      梅の実の青水無月の夜をねむる猫のこどもの鼻のももいろ



Sさん手作りのカレーを保冷バッグに入れて歌会に持って来てくださる。

Sさんのカレーに何度助けられただろう。

夕食作りを助けて貰っているみたいだ。

帰りの早い連れ合いと美味しくいただく。


陽だまり歌会の皆さんが、日本歌人クラブ第22回全九州短歌大会に

出席し、懇親会まで出てくださると確約してくださったので、

うれしい1日になった。皆さんに感謝です。

2018年10月22日 (月)

『あらがね』 本田一弘歌集  ながらみ書房

2014年夏から2018年1月までの歌より自選した421首及び

長歌1首を収めた著者の第四歌集。

年齢でいえば45歳から48歳までの歌。

    山鳩はかなしみを啼く此世(これのよ)に生まれ出でたるたれの

    かなしみ

    樫の実のひとりに生まれ死にてゆくことを肯ふにんげんなれば

    豆をもて誰を打つべし責任をなすりつけあひ四ねんが経ちぬ

    みちのくのしのぶもぢづり誰ゆゑにわが産土を捨てねばならぬ

    忘れねば生きていけねどこのところ震災詠はめつきり減りぬ

    むらぎもの心を痛むみちのくの身元不明のなきひとのこゑ

    二学期は中島敦『山月記』から始めるぞ 教科書を出せ

    梅の実の青水無月の夜をねむる猫のこどもの鼻のももいろ

    自転車に乗りおほちちはやつて来る鉄(くろがね)色のペダルを漕いで

    「フクシマ」の表記はわれが知つてゐる福島ぢやない 大嫌ひなり


5首目、震災詠が減ってゆくのを憂う心。

7首目は教師としての現場の歌。

こういう歌を読むとほっとする。

日常のなんでもないようなことが、とても輝いている。

〈生きる〉とは、こういう日常の積み重ねなのだと、思う。




9首目は、在りし日の祖父の姿であろうか。

健やかであった頃の祖父の姿を活写している。



2018年10月21日の西日本新聞には、壊滅状態になった市街地を

ぼうぜんと眺める住民の2人の姿の写真が掲載されていた。

その写真に添えられた稲田記者の下記の言葉が胸に刻みこまれた。


          極限状態になると人は表情や言葉を失うことを

          初めて知った。

          (略)朝日が昇ると、街は消えていた。



2011年3月11日の震災。

決して忘れることのできない、忘れてはならない震災だった…


                            2018年5月28日

                             2500円+税

2018年10月18日 (木)

月と火星

久しぶりにあおぐ夜空。

月に寄り添うように火星が並んでいる。

月の左側(東)に、ぽっと点るような火星の煌き。


映画に行きたい。

映画を観に行きたい。


岩合光昭さんの「世界ネコ歩き 2」 の写真展も行きたい。

29日までに行けるのかしらん。


日めくりカレンダーも捲らないような日々。

ああ、わたしは何をしているのだ……ろう。


息子からのメールをしみじみと読み返す。

ちっともやさしい言葉はかけてくれないけど、以心伝心 ?

心にはかけてくれているのだろう。

2018年10月13日 (土)

「未来」800号記念特集号    2018. 10

                 「あした日田にアランドロンが来るんだってよ」

                 「何、それ〜」

                 「知らなかったの ? 」


なんて会話が飛び交う「未来福岡歌会」

本日は、6日に台風のために延期になった代替日であった。

昨日、ゆうがおの写真を添付してお誘いした M さんは、半年ぶりに出席。

(わがやの今年さいごの夕顔の花が出席率に貢献したわけだ。)

竹中優子さんも3ヶ月ぶりの出席で嬉しかったけど、少し風邪気味の

ようであった。


さてさて、冒頭のアランドロンなのだけど、「未来」の800号記念特集号を

しっかり読んでいる人がいる。

       若き日の大島史洋を河野愛子は「未来」のアランドロンと

       言いき                若林 直子




この歌のことで持切りだった。

アランドロンなんて言っても若者たちには知らない人の方が多いかも

しれない。むか〜しは、アランドロンは今風にいえばイケメンだったのだ。

わたしなど映画「太陽がいっぱい」を何度観たことだろう。

何度観ても陶酔感100%(笑)


       

       「大島さんのどこがアランドロンなの? 」

       「でも若い時はアランドロンに似てたんじゃない ? 」



とか、なんとか。

にぎやかなこと。

かくして、いつもの居酒屋さんでの飲み会になだれ込み、

生ビールと梅酒のソーダ―割りを頂いてしまった。


大島史洋さんは、明日、日田市で国民文化祭の短歌の講演が

ある模様です。

大島さ〜ん、講演、ガンバってくださ〜い。

2018年10月11日 (木)

秋夕映えの真顔ばかりが揺られをり    森  澄雄

夕方6時、駅前のミュージック時計の「夕焼小焼」の曲が流れてくる。

西の空を眺めると、真っ赤な夕焼け。

泣きたくなるような夕映えである。

久しぶりに夕焼けを眺めることができた。


ことし最後の夕顔の花か。

2つほんのりと咲いている。

そう手入れもしないのに、律儀によく咲いてくれたことよ。

たぶん、30個 ? くらいは眺めたような。




今日は、自転車に乗って美野島のN カップまで行って来た。

44個の注文をして、その足(自転車)で大橋のB電器へ。

プリンターのインキの無くなる速さ。ついこの前増量のブラックを

買ったのに、もうプリンターのスイッチが点滅している。


そういえば、この自転車は昨年の10月30日にわがやに届いたのだが、

数えるほどしか乗っていない。

あと何回くらい乗れるのかしらん。


          ーー略

          飛べ、という

          もうこの年齢になるとね、飛んだらあの世だよ

          五百塵点劫なんて称えて

          ほんのすこしでも天に近づこうなどと思ったら

          空気はうすくて危ない危ない

          身の丈を考えてね

          筋ちがえるよ

          無理しちゃあだめだってば

                          「飛べ」

                 『デジャビュ』以後    田村雅之詩集


この詩集は442ページもあり、なかなか読みこなせない。

常に机の横の手の届く所に置いているのだが、なかなか清澄な気分の

時がなくて繙けないでいる。


巻末の「田村雅之年譜」が愉快だ ?

極めてプライベートなことも綴っているのだが、関心のある人は

熟読することだろう。






そうそう同時に刊行された『オウムアムア』は、凄い。

何が凄いって。

蘇芳、媚茶色、檜皮(ひわだ)色、鶸萌黄、青藍、二藍、紅藍、滅紫

等々、色名に関してはかなりマニアックなのだ。


そして、わたしなんぞが知らない言葉ばかり。

詩集のタイトルの『オウムアムア』って、ハワイの言葉で「斥候」らしい。

その「斥候」だって、知らなくて、調べたよ。


と、いうことで、今夜はもう寝ることにする。

幸せな夢を見ることができますように。

2018年10月10日 (水)

ー人生の贈りものー  歌人 馬場あき子  朝日新聞

朝日新聞の連載 「語る 人生の贈りもの 」が実にいい。

〈90歳 なんだか毎日忙しい〉 このフレーズが何度も耳にこだまする。

「なんだか毎日忙しいのよ」と軽々と言ってのける馬場あき子の

おおらかさ。そして、その笑顔のなんと輝いていることか。

         昨年、夫の岩田を亡くしました。一人になって暇だと思うのか、

         いろいろ頼まれ、あちこち飛び回っています。なんだか忙しい

         のよ。


聞き手の岡恵里さんもきっと馬場さんの魅力に惹き込まれることだろう。

第1回目は、10月8日で、本日は第2回目。

1歳の誕生日、両親と一緒の写真が掲載されていた。

目のぱっちりした1歳児である。お母さんの理知的な瞳。


         夭死せし母のほほえみ空にみちわれに尾花の髪

         白みそむ


6歳の冬に亡くなった馬場さんの実母。

それからの人生を思いやる。


全14回のシリーズなので、たのしみ。

馬場さんの笑顔はほんとうにいい。

2018年10月 9日 (火)

季節の便り⑮ 金木犀の花

Nストアーの緑地帯の金木犀。

今年はじめて気づく香りだ。

買物をして角を曲がると塀の向こうの〇〇邸の金木犀の

芳香が追いかけてくる。

そういえば、もう晩秋 ?  に、なるのか。

ついこの前まで彼岸花、彼岸花と騒いでいたわたしなのに。

「あヽ おまへは何をして来たのだと…」

金木犀といえば、ただちに思い出す短歌がある。

故・竹山広氏の名前を詠み込んだ歌ながら、なんとも愉快な一首。


       「いつちよん好かん」竹山広云ひたりし金木犀は

       今年も零れ      田川喜美子歌集『何処へ』


       敬愛する竹山広をこのように歌う柔軟性。竹山広と身近に接した

       者のみが歌うことのできる「いつちよん好かん」の方言かもしれ

       ない。金木犀の濃密な香りは疎ましかったのだ、きっと。

                    「短歌往来」2018年8月号より




『何処へ』の書評より抜粋した。(恒成執筆)


出掛けると季節の推移を全身で感じる。

春日公園横の通りの銀杏並木が色づきはじめていた。

この真っすぐな道路は好きな通りだ。両側の銀杏並木の色づくころは、

コミュニティバスの「やよい」を下車して、歩きたい通りの一つである。

 

                金木犀ふりむく季節来てをりぬ     森川光郎

2018年10月 6日 (土)

未来福岡歌会、本日は中止いたします。

          台風25号のために、

          交通機関に乱れがありますので、

          本日は中止します。

          代替日は、13日(土)です。

          宜しくお願いします。

          みなさま、おだいじになさってください。

2018年10月 1日 (月)

『牡丹の伯母』  米川千嘉子歌集  砂子屋書房

2015年から2018年春頃までの作品、440首を収めた著者の

第九歌集。

歌集名は〈「どなた」には人が人にもつなつかしさと懐疑あふれて 

牡丹(ぼうたん)の伯母〉の1首からとられている。



    見つからぬ子を捜すため潜水士となりたるひとの閖上の海

    戦中のかの子の恋を読みて書く こころに滝があるといひしかの子

    死者の気配つもるうつつを高橋和巳死んで高橋たか子は書けり

    デモをゆくひとりひとりよ母親はみどりごの髪の匂ひをかぎて

    失恋や水害の傷 痕跡をただ消すことが生ときみ言ふ

    旧姓を筆名として捨てざるを誤魔化しと思ひ来し三十年

    改札を出でくる背広の子に遇へり裸で産み何になれと育てし

    検索をしてからひとに会ひにゆくあはあはとただ確かむる会ひ

    友部正人「密漁の夜」たはやすく二十歳のこころが甦るは怖し

    母性は国家のものとして保護すべしとぞらいてう言へりスマホなき頃


1首目、東日本大震災で子どもをなくした人が潜水士となっている。

          閖上の海のなかにいるかもしれない子を捜すためにライセンスを

     とって。

2首目、岡本かの子の〈恋〉、かの子は「こころに滝がある」と書いていた

     のか。その本来の意味はさぐりかねるが、米川さんらしい気付きの

     言葉のようだ。

            かの子は「私は三つの瘤を持つ駱駝だ。一つは短歌、一つは

     仏教、一つは小説」ともいっていたようだ。

3首目、米川さんの歌を読んでいると〈知の領域〉に踏み込むような

     たのしさがある。たとえば、人の書棚を覗くようなたのしみでもある。

     高橋和巳が亡くなってから、その妻の高橋たか子が夫のことを

     書く。あるいは今の自身の思いを書き綴るのだろう。

     (高橋和巳の名前も、高橋たか子の名前も郷愁が湧く。)

5首目はせつない。「痕跡」を消すのにはいたみがともなう。

6首目、米川さんの本名は〇〇さん。まぁ、歌人であればどなたも知って

     いると思うけど、下の句の「誤魔化しと思ひ来し三十年」には深い

     内省がくみとれる。

     ところで、これを書いているわたし自身のことは…

     書こうとしたけど、やっぱり、やめとく。(笑)

7首目、「裸で産み」は、みんなそうなんだけど、「何になれと育てし」が

     米川さんらしい。育てている時は夢中だったし、先の先のことまで

     わたし自身は考える余裕もなかった。

           この歌「改札を出でくる」と いうシチュエーションがいい。

          ふだんの自宅で見る子とは違った客観的な目線だと思う。

9首目、キャーと声をあげそうになった。此処にもかつての友部フアンが

     いたことに。二十歳の心に戻りたくて、わたしの留守中に聴いて

     いるひとがわがやには居る。

     米川さんは「二十歳のこころが甦るは怖し」なんだ。

     しかし、意外や意外であった。

10首目、与謝野晶子と〈母性保護論争〉が始まったのは、大正7年。

      スマホどころか固定電話さえ珍しい時代だったのでは。

      平塚らいてうは、明治44年「青鞜」を創刊、その創刊の辞の

      「元始女性は太陽であった」が大きな反響を呼んだのだ。

      スマホがある時代になったとはいえ、女性は未だ太陽になれず

      に、齷齪しているような…


米川さんの歌に出て来る人名は眠っていた〈知〉を揺さぶる。

すてきな歌集だ。この『牡丹の伯母』は。

そう、若い人、口語短歌を作る人に薦めてみたい。

                            2018年9月8日

                             3000円+税

 

 

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