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2018年10月 1日 (月)

『牡丹の伯母』  米川千嘉子歌集  砂子屋書房

2015年から2018年春頃までの作品、440首を収めた著者の

第九歌集。

歌集名は〈「どなた」には人が人にもつなつかしさと懐疑あふれて 

牡丹(ぼうたん)の伯母〉の1首からとられている。



    見つからぬ子を捜すため潜水士となりたるひとの閖上の海

    戦中のかの子の恋を読みて書く こころに滝があるといひしかの子

    死者の気配つもるうつつを高橋和巳死んで高橋たか子は書けり

    デモをゆくひとりひとりよ母親はみどりごの髪の匂ひをかぎて

    失恋や水害の傷 痕跡をただ消すことが生ときみ言ふ

    旧姓を筆名として捨てざるを誤魔化しと思ひ来し三十年

    改札を出でくる背広の子に遇へり裸で産み何になれと育てし

    検索をしてからひとに会ひにゆくあはあはとただ確かむる会ひ

    友部正人「密漁の夜」たはやすく二十歳のこころが甦るは怖し

    母性は国家のものとして保護すべしとぞらいてう言へりスマホなき頃


1首目、東日本大震災で子どもをなくした人が潜水士となっている。

          閖上の海のなかにいるかもしれない子を捜すためにライセンスを

     とって。

2首目、岡本かの子の〈恋〉、かの子は「こころに滝がある」と書いていた

     のか。その本来の意味はさぐりかねるが、米川さんらしい気付きの

     言葉のようだ。

            かの子は「私は三つの瘤を持つ駱駝だ。一つは短歌、一つは

     仏教、一つは小説」ともいっていたようだ。

3首目、米川さんの歌を読んでいると〈知の領域〉に踏み込むような

     たのしさがある。たとえば、人の書棚を覗くようなたのしみでもある。

     高橋和巳が亡くなってから、その妻の高橋たか子が夫のことを

     書く。あるいは今の自身の思いを書き綴るのだろう。

     (高橋和巳の名前も、高橋たか子の名前も郷愁が湧く。)

5首目はせつない。「痕跡」を消すのにはいたみがともなう。

6首目、米川さんの本名は〇〇さん。まぁ、歌人であればどなたも知って

     いると思うけど、下の句の「誤魔化しと思ひ来し三十年」には深い

     内省がくみとれる。

     ところで、これを書いているわたし自身のことは…

     書こうとしたけど、やっぱり、やめとく。(笑)

7首目、「裸で産み」は、みんなそうなんだけど、「何になれと育てし」が

     米川さんらしい。育てている時は夢中だったし、先の先のことまで

     わたし自身は考える余裕もなかった。

           この歌「改札を出でくる」と いうシチュエーションがいい。

          ふだんの自宅で見る子とは違った客観的な目線だと思う。

9首目、キャーと声をあげそうになった。此処にもかつての友部フアンが

     いたことに。二十歳の心に戻りたくて、わたしの留守中に聴いて

     いるひとがわがやには居る。

     米川さんは「二十歳のこころが甦るは怖し」なんだ。

     しかし、意外や意外であった。

10首目、与謝野晶子と〈母性保護論争〉が始まったのは、大正7年。

      スマホどころか固定電話さえ珍しい時代だったのでは。

      平塚らいてうは、明治44年「青鞜」を創刊、その創刊の辞の

      「元始女性は太陽であった」が大きな反響を呼んだのだ。

      スマホがある時代になったとはいえ、女性は未だ太陽になれず

      に、齷齪しているような…


米川さんの歌に出て来る人名は眠っていた〈知〉を揺さぶる。

すてきな歌集だ。この『牡丹の伯母』は。

そう、若い人、口語短歌を作る人に薦めてみたい。

                            2018年9月8日

                             3000円+税

 

 

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