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2018年12月26日 (水)

歌集『池にある石』 三井ゆき  六花書林

「あとがき」のことばを何度も何度も読んだ。

著者・三井ゆきさんの心の在り様がずしんずしんと伝わってくる。

       「(略)からだからどんどん毒気が抜けてゆき四十年以上

        住んでいた東京に居る意味も無くなっていった。」



「東京に居る意味」 ?  の本意まで窺えないが、東京での生活に区切りを

つけて、故郷に近い金沢への移住。


      「(略)何もかもリセットするつもりでの移住であった。じつにさばさば

       した気分になったが、‥‥」

      「現実が夢であり、夢が現実であるかのような境界線上をうろうろ

       していることがときどきあるので、意味不明ながら今回の題名と

       した。」



『池にある石』の題名については、上記のように、あとがきに記されている。

なんとも象徴的な歌集題ではないか。著者・三井さんにとって『池にある石』

は、やはり、たいせつな題名なのだろう。


       この先はいくらか己れを好きになり生きてゆかむか侘助が咲く

       父へ詫び母にも詫びて夫に詫び盆はかなしき身のおきどころ

       柚子の香の満つる浴室あともどり出来ぬことなどおもふはよさう

       ただよふごとくベッドによこたはる明日はいかなる渚に目覚む

       八十八歳すぎし大坂泰さんが黄色きバイクにまたがりてくる

       冷ややかに笑ふな土手の草もみぢ泣きたきときは大声で泣く

       若き日を捨つるおもひに捨つる本高橋たか子も二十数冊

       対話するために逝きしか亡き人に捉はれつづけし歳月のはて

       みじか世にあひあひしゆゑ忘れざる声音のありて睡蓮を見る

       母ありき養母もありて姑もありき母となりたることなきわれに


4首目の「明日はいかなる渚に目覚む」は、せつない。希望というより諦念の

    ような頼りなさが…


5首目の歌は明るい。88歳を過ぎた人が黄色のバイクにまたがって

    来るのだ。黄色は希望の象徴のような色であり、幸せなカラーだ。

7首目、若い頃に揃えた高橋たか子の書。そういえば、わたしも高橋

     たか子の愛読者の一人でもあった。その書籍もいつのまにか

     書棚から消えていった。

8首目、この歌の1首前には「二〇一五年を知ることもなく逝きにけり

     約束事でありしかそれは」の歌が置かれている。著者にとって

     この「亡き人」は、きっと歳月のなかで重い位置を占めている

     のだろう。   
  

9首目、睡蓮はどこに咲いている ?  と、つらつら考えたとき、ああそうだ

     「池にある石」の傍に咲いていたのかも知れない、などと思ったり

     した。深読みであれ、何であれ、この歌集は、たった一人のひとに

     捧げる挽歌集ではないか ?  と。



それにしても、ほんとうに、ほんとうに、せつない歌集である。

「からだからどんどん毒気が抜けてゆき」に、わたしはいつになったら

なれるのだろうか。


                          2018年12月7日 初版発行

                              2500円+税

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