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2019年2月 3日 (日)

歌誌「ぷりずむ」 2019・2 第34号

巻頭の「前田夕暮の歌」(長澤ちづ)執筆を読み、いつもわたしが贔屓に

している溝田ひろむさんの「歴爺の歌枕トレック」を読む。

そして、作品欄をぱらぱらと捲っていたら、いきなり目に飛び込んできた

「萍堂言道筆塚」の文字。


な、なんとしたことか、大隈言道の香正寺を訪ねた人がいた。


大隈言道は、幕末の歌人で亡くなって昨年で150年。

福岡市には、お墓や歌碑があり、言道が詠んだゆかりの地がある。

昨年の11月26日、KKRホテル博多にて開催された「日本歌人クラブ創立

70周年記念シンポジウム」ではテーマが「短歌の基盤としての風土」で

あった。

パネラーの一人としてわたしは大隈言道のことを先ずとりあげた。



      近世和歌史に名を遺す歌人、大隈言道の歌論集『ひとりごち』の

      中に次のような言葉があります。「博多福岡にすみながら、其地を

      詠める歌、当世すくなきは何ぞ。博多をよめる歌、続風土記にも

      数々見えたるを知らざらんや。」(略)





この言葉を知ったのも、大隈言道研究の「ささのや会」に一時期ではあるが、

学んだためである。当日のシンポジウムで、言道の来歴や歌のことなど詳しく

語る時間もなく、どれだけ250人の聴衆に伝わったのか、いや、失敗ばかりの

あっというまの時間だった。


ところが、といえばいいのか、幸いといえばいいのか、「ぷりずむ」に掲載

されていた歌を読んで、思わず涙ぐんでしまったほどだ。



        柳原 泰子    萍堂言道筆塚

     幕末の歌人大隈言道の筆塚のある香正寺(かうしやうじ)の庭

     言道を見出したるは文学者信綱なりと立札にあり

     墓石には萍堂言道(ひやうどうことみち)居士とあり萍とは浮き草

     自身のことか

     さうさうたる歌人の名もて囲まれし筆塚ありて没後百五十年

     自然愛で感性豊かに詠み給ひ視線は常にふるさとにあり

     ふる里を如何に詠むかと言ふ課題しみじみと聞く歌人クラブ大会

 


柳原さんの、作品の17首中の6首を引用した。

わたしが語った言道のことば。たった一人の人にでも届いたのだと信じたい。





そして、博多に住んで50年はとうに過ぎたわたし。

此処がわたしの第二のふるさとでもある。

博多の地を、博多のことばを、もつともっとうたってゆきたい。

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