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2019年3月22日 (金)

「西日本詩時評」 岡田哲也 西日本新聞

岡田哲也さん執筆の時評で、宗清友宏さんの『カタカナフォルム小曲集』(花書院)をとりあげていた。(2019年3月20日?)
宗清さんのこの詩集というか、研究書みたいな書をこのブログで1行も書くことが出来ず、ただただ眺めていたのだったが、岡田さんがとてもわかりやすく書いてくださっていた。


「イロハ48文字、その形や書く時の運動方向、あるいは文字自体の持っているエネルギー」を宗清さんは区分けしたり、分析しているのだ。当初、この書を開いた時は「何をはじめたのだろう?」と疑問符ばかりであった。

 



宗清さんといえば、『縁速』(あざみ書房 2001年12月刊)のれっきとした(笑)第一詩集があり、2016年1月には石風社より『時量師(ときはかし)舞う空に』という哲学的ともいえる書を出版している。
そして、わたしがいちばん馴染み深かったのが、同じく2016年1月に出された詩集『霞野』であった。その詩集の後半には「月讀歌」のタイトルの一連があった。

   ムーン・エア 夜半にそよぎ笹のゆれ 枕辺をゆくひとのあり
   雨の夜 アルミニュウムの光あり 月の子たちは鈍やかに
   下弦光 射しこむ隙間かすかなり いつか目にした歴史線
     


等々、150首ばかりの短歌(短詩)が収められていた。
宗清さんのこれらの軌跡?を思う時、わたしが考えるのは、才能のあるひとは何でも熟(こな)す、ということだった。だが、一方では、才能があり過ぎると、あれもこれもしてしまう〈こわさ〉でもある。

 



まだ1度もお目にかかったことはないのだが、あいにく西日本新聞の時評でも他のお二人の顔写真は掲載されていたのに、宗清さんのお写真はなかった。(断ったのかしらん(笑))




☆  ☆  ☆
と、いうことで、メンテナンスを終えてシステムが動きそうなので、
思いつくまま記した次第。
(万が一、消えてしまうことがあるやもしれないが、それもまた縁ということで……)


まだ、仮運転なのでつかいかたがよくわかっていない(泣)

 

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