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2019年3月 4日 (月)

歌集『木ノ葉揺落』 一ノ関忠人  砂子屋書房

2012年から2017年までのほぼ5年間の作品から

選び収めている。

成瀬有の死にともなって歌誌「白鳥」を解散、その後どこにも

属さずの作者である。


     風神と雷神が一夜争へばわづかに残るもみぢも消えつ

     自分勝手なをんなのやうにむらさきのもくれんの花ひらき散りゆく

     小走りに風の少女がかけぬけて後には木々の芽、草の葉の萌ゆ

     中庭のあけぼのすぎの枝さきの仄赤うして春が近づく

     ことし早き紅梅の花見まく欲り自転車に行く路地狭きところ

     海棠(かいだう)に満天星(どうだんつつじ)が咲きはじめ春茫洋と

     時のたゆたふ

     変節しまた裏切りもあつただらう六十年をおもふおもひて悔いず

     世の乱れを余所にかがやくメタセコイアこの木の陰に暫し憩ふ

     ナツツバキの小さな花がスギゴケのみどりに落ちて夕日が照らす

     この十年「死」は近傍に在り馴れて気鬱(ふさ)ぐときのしばしばなりき



1首目、上句の比喩が意表をつく。


2首目、むらさきの木蓮の花が開いて散ってゆくまでを、「自分勝手なをんな

     のやうに」と譬える。その是非は兎も角、これも作者の切り口だろう。


3首目、上の句から下の句への転換というか、流れがスムーズなのは、

     3句目を「て」で接続したためか。


4・5首目、いまのこの季節の歌。「あけぼのすぎの枝さきの仄赤うして」の

      微細な把握。「見まく欲り」などのことばの嫋やかさ、「国学の最後の

      一人」の釈迢空をおもわせるような ? 言葉の斡旋に溜息。


7首目、「五月三十一日は今年六十になるわたしの誕生日であった」の

     詞書が付されている。誰に対して、何に対しての「変節」や

     「裏切り」かは不明だが、齢六十の節目、本卦還(ほんけがえり)の

     感慨か。

9首目、いちばん好きな歌。「小さな花がスギゴケのみどりに落ちて」それを、

     「夕日が照らす」。何でもない光景ながら、きっと作者は泣きたい

     ような感動を覚えたのではないだろうか。一瞬の景でありながら、

     その光景は永遠の輝きをもっている。

10首目、2005年に発症した悪性リンパ腫は、5年後に再発、余命宣告された

     ものの、それから8年、この5月に病院通いから解放された…と、

     「あとがき」に記されている。

     健常者には図り知れない「気鬱(ふさ)ぐとき」もあったことは、朧気

     ながらも想像できる。

                                 2019年2月15日

                                  3000円+税

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