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2019年3月13日 (水)

『森鷗外』 今野寿美  笠間書院

コレクション日本歌人選 067。

「短歌という詩型に生涯愛情を持ち続けた文豪」の副題が付く。

『うた日記』、『沙羅の木』ほか全977首から48首を抄出して解釈。

と、同時に歌人・鷗外の軌跡を考察している。

 

     黙(もだ)あるに若かずとおもへど批評家の餓ゑんを恐れたまさかに   

     書く                              『沙羅の木』より

     君に問ふその唇の紅はわが眉間なる皺を熨(の)す火か

                                      『沙羅の木』より

とりあえず2首をあげてみた。

著者の丁寧な解釈・鑑賞があるのだが、「短歌には作家の素顔が表れる」

ものだと、つくづく思う。


1首目では、著者の今野は「皮肉というよりは、鷗外独特の語りのユーモアを

味わいたい歌。」と記し、「けっこうおもしろがって悦に入っていたのではない

だろうか。」とも、記している。(わたしなど、料簡が狭いのか、なんか鼻もち

ならない歌だなぁ、と思ったりしている。批評家を揶揄しているというか、

扇動しているみたいな、イヤミな歌だ。)


2首目では、「女人の唇の蠱惑的ないざないと、恋につきまといがちな苦悩で

あって、その対象には少しの不足もない。」(「恋につきまといがちな苦悩」など

この歌から、わたし個人は感じることが出来ない。)


翻って、思うだに、わたしは鷗外という作家を好きでないのだろう。

だから、その短歌に対しても冷静な判断が出来ないというか、好意的な

解釈や鑑賞ができないのだ。


鷗外で素晴らしいとわたしが思う点は、たった一つ。

「観潮楼歌会」を主宰したこと。その成立と展開、並々ならぬ苦労が

ともなったことだろうと推測している。


巻末の鷗外の略年譜を読んだら、「明治21年、9月12日、エリーゼ・ヴィー

ゲル来日」と記されている。

しかし、このエリーゼに関することは、一行もこの書の中では触れてはいな

い。略年譜に入れる必要があったのだろうか ? 。


そんなこんなで、読み終えたのだが、このシリーズの〈鷗外〉の担当に

あたった、今野寿美さんに少しく同情 ? ? (ごめんなさい)  している。

                            2019年2月25日 初版

                                1300円+税





     

22:30   弓張月が綺麗。

           そういえば明日は上弦の月になる。

 

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