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2019年4月

2019年4月29日 (月)

歌集『さらぬ別れ』園部みつ江 ながらみ書房

平成21年から10年間の中から選んだ417首を収めた著者の第3歌集。「国民文学」所属。なお、歌集題に込められた『さらぬ別れ』は、(死別)の命題だと記している。

 

高齢化社会となった現在、この歌集を読むと老々介護のことや、老いるとは生きるとはなど改めて考えさせられる。だけど、著者の園部さんの在るが儘の姿がなんとも潔いというか、お手本みたいで心強い。そして、集中には平成23年の東日本大震災に寄せる歌が収められており、著者の悲憤が伝わってくる。

 

  つつしみて農に漁りに栄(は)えきたる地震島に何とす五十四の炉

  汚染濃く溜りたる水汲み上げて濃さのまま捨つ足下の海へ

 

高齢となった夫婦の姿がなんとも自在にうたわれており、その中で夫を詠んだ歌には、長く連れ添った夫婦ならではの信頼と愛が溢れている。

 

  いつの間に車のマークを高齢者としたるや夫の二年早きに

  給付金当てて買ひたるアイロンの五年を経たり夫の備品

  寒しるき夜の湯殿に声しぼりわれを呼ばふよ脚が立たぬと

  ごちそうさまごそまつさまと言(こと)交す声音(こわね)に

  夫のけふを確かむ

  湯にふるふ豆腐ばかりを掬ひにき魚肉に君の箸は向くなく

 

素っ気ないようでいて、夫婦の気持ちの齟齬はない。お互いがお互いを知り尽くしている安心感がほの見える。著者自身をうたった歌のなかに「傘寿」という言葉があった。それにしては「あとがき」の言葉の闊達さ、達観しているような大らかさを感じた。

 

  (略)後期高齢夫婦の眼前に映る風景は、里山の滑り台を一瞬の

  うちに駆け降りて、老々介護駅というステップに立つがごとくに

  あります。              「あとがき」より

 

  夕くらむ路肩を外れ自転車ともろとも打てる片腹熱し

  あなたより半歳早きわが老いを言はば言へ庭に梅が明るむ

  鄙の道踏みて傘寿を自転車にめぐりめぐれるいま郵便局

 

誰もが通らなければならない〈老い〉。その老いに対して、楽観も悲観もしていない、在るが儘の姿を真摯にうたっている。

最後に印象的な歌をあげたい。

 

  先生の部屋の長押(なげし)にかけてある長着を風が過ぐる時をり

  葉の上に伸び立ちシャボン噴けるかの花群(むら)木札に「けむりの木」と書く

 

「長押(なげし)」などという言葉を若い人は知らないのではないか。和風建築で柱と柱を繋ぐ水平材である。この長押が1首の歌のなかで機能している。そして、2首目の「けむりの木」はたのしい。わたしも先年、福岡市植物園で初めて見た時は驚いた。まさしく〈けむり〉の様相をしていた。歌仲間の連れを集め、写真にとったりしてつくづくと眺めたものだ。別名「霞の木」とも呼び、「スモークツリー」の呼び名で花屋さんに売られていたりする。

 

 

                  帯文  御供平佶

                  2019年4月19日発行

                   2500円+税

 

   

 

      

2019年4月28日 (日)

『ツバキ文具店』 小川 糸 幻冬舎文庫

鎌倉で小さな文具店を営む鳩子。

鳩子は文具店を営むかたわら、代書を請ける仕事もしている。

代書とは手紙や葉書などを依頼人に代わって書く仕事である。

時に風変りな依頼が舞い込む。

その一つ一つに心を込めて便箋や封筒を選び、貼る切手まで考える。

筆記用具を何にするかというのも大事なことで、その依頼にいちばん

相応しい筆やペン、ボールペンなどを選ぶ。(いまどき、代書屋って

あるのかとネットで調べたら、あったのだ。)

 

折々に登場する鎌倉の風物。

そういえば、数年前に江ノ電に乗って鎌倉に行った。

Kさんと歩いた小町通り、鶴岡八幡宮などを思い出した。

あじさいの季節ではなく、長谷寺には行かなかったけど、鎌倉は

また行きたい所だ。

そして、由比ヶ浜海岸の夕日も見たい。

 

 

絶縁状を書いてほしいとの依頼が舞い込む。

七転八倒の末、考えだしたのが鏡文字で書く絶縁状である。

鏡文字とは、上下はそのままで左右を反転させた文字であり、鏡に映すと

正常な文字が読み取れる。

(たまに子どもが「く」とか「と」などを逆に書いているのが鏡文字。)

 

    こうなったら、完璧な絶縁状を書きたかった。斧は力いっぱい振りかざさ

    なくては絶ち切れない。

 

と、まぁ物騒な依頼もあったけど、モリカゲさん父子のやさしさに遇う。

 

    私、もうこの記憶だけで、一生、生きていけるかもしれません。

 

そして、厳しかった先代の亡くなったおばあちゃんに手紙をしたためる。

(この文庫の中では、手紙が全て活字体ではなくて、手紙文のまま印刷されている。また、手紙の作法も折々書かれており、参考になることが多い。)

 

                平成30年8月5日 初版発行

                   600円+税

 

 

☆     ☆     ☆

連休の間に読み終える予定だったのに。はや読んでしまった。

辻 仁成 の本でも買ってこなくちゃ。

 

2019年4月27日 (土)

「ヘビーヴァース 人間を差し出す歌」『短歌』 2019年5月号

編集後記によると「(略)歌いぶりや歌のテーマの軽重ではなく、

そこに『人間が差し出されている』歌を『ヘビーヴァース』と呼んだ。」

と書かれている。なるほど、なるほどと思いながらページを捲る。

 

 

鼎談の「人間・命・短歌」の三名の高野公彦・大下一真・栗木京子氏(司会)の

とりあげた歌も話も興味尽きず、参考になる。

 

   (略)人生と向かい合って、人生をどう生きるかということをテーマに

   した作品を作る人がディヒタ―、詩人ですね。    高野 談

   重いことをさらりと軽く歌えるのは凄いですね。   高野 談

 

   語れない心の傷の深さ               栗木 談

 

   これが老年だなと思いますけど、すごく自在になっていますよね。 大下談

   (橋本喜典氏の歌に)



兎も角、この鼎談読んでほしい。あげた歌も。

そういえば、この特集に関わる佐佐木定綱氏のエッセイが良い。

 

    (略)いい歌を食べると力がでる。じゃあなにが歌のタンパク質なのか。

    ということを馬場あき子に聞いたら「人間が差し出された歌だよ」と

    言われた。なるほど。       「希求の歌」佐佐木定綱

 

 

ここまで読んで、『歌壇』2018年6月号の定綱が訊く「ぶっかりインタビュー」の

第1回・馬場あき子を読み返した。このインタビューはコピーの必要あり、だな。

 

こうして、次から次へと、関心が広がってゆく。

 

   

 

2019年4月26日 (金)

ネットプリント 「初夏のはじまり」 山下 翔

71首の短歌を収めたネットプリント。略してネプリ。

このネットプリントも歌人たちにどうやら定着したようだ。

とはいえ、機器に弱い高齢者には難儀なことで、はじめはどうやって

取り出すものやら狼狽えた。教えられた通りにすれば簡単 ?  に、

取り出すことが出来る。

 

このネットプリントのメリットもデメリットもそのうち誰かが考察して

くれることだろう。

さて、今回は新進気鋭の山下翔。

作品は全て未発表らしい。その未発表の作品を惜しげもなく公開する

あたりの感覚が今ひとつ解せないのだが、まぁいい、平成最後の

セールみたいだ(笑)



ここで、あんまり引用してしまうと、コンビニさんが儲からないので ?  

ちょっとだけ。

 

  固有名詞のちからにたぐりよせうたふ小池光がむかしのことを

  ラーソーメンのふとつぱらに来てラーソーメン食べるか否か食べると

  おもふ

  藁焼きは穴子のにくのだんりよくを塩で食べ山葵で食べ醤油で食べる

  きみと会つてきみの作つてくれるもの食べられる時間のいつまでつづく

  会ふことがこはいよあなたが生きてゐることがこはいよ同じ市内に

 

 

後半の方から、ちょっとだけ抓み食いした5首。

山下翔の食べものの歌は迫力がある。迫力というか、ほんとうに

心底食べることが好きなんだな。

4首目、「しらんがな〜」って言いたいよ。

5首目、「死んだらよかなん」なんて、きっと「あなた」は

            言わないよね。

 


真面目に感想を述べなくて、ごめんなさい。

読み応えある、ある。

 

さぁ、急いでコンビニに走れ !

28日までらしい、よ。
 

 

 😃    😃  

明日から10連休。

うれしいような、嬉しくないような……

とりあえず、うれしいことにしておく。

 

 

 

 

2019年4月25日 (木)

歌集『スマトラトラ』宗形 光  本阿弥書店

「塔」所属の著者の第一歌集。

2010年から2017年までの歌の中から、467首をほぼ編年体で収めている。

 

   送信をすればたちまち返信を求める自分に変身したり

   ホッチキスの針を外してコピーして針穴にまたホチキスをする

   ハンガーの ?(クエスチョン)の向きが気になりて夜中にそろり

   直していたり

   枕元に穂村弘の歌集置くスマホと眼鏡を載せんがために

   ベランダに洗濯物を干すたびに妻は麦藁帽子をかぶる

   右に箸左にスマホを離さずに若き男は牛丼を食ぶ

   100ページと101ページの両側に栞の紐の円き跡あり

   寝ていてもあなたはずっと食い縛っているのですよと歯科医

   言いたり

   モルヒネのような呼び名のネモフィラを覚えられずに到着したり

   巨人は巨、なれども阪神は阪ならず「神」と記せるスコアーボード

   順番に受けたる名刺を順番に歌留多のように並べていたり

 

 

あげた歌が11首になってしまった。

だいたい10首をめやすに付箋しているのだが…

気付きの歌(発見の歌)が面白いと思った。歌集の後半にいくに従って

付箋の数が増えた。

日常のディテールを切り取り、現実感が伝わってくる。



2首目は、帯で永田和宏さんもあげている歌だが、やっぱり同じようなことをする人がいるのだと共感した歌。

3首目の歌は、同工異曲みたいな「店頭に高く積まるる新刊のずれたる角をそっと揃える」にも目がとまった。宗形さんって、きっと几帳面な人なのだ。(私なども洗面所のチューブ歯磨きなど、正面を向くように並べ替えたりしている。浴室のシャンプー などの並びも勿論、正面を向かせ一列に。いやな性分の私。)

 

4首目、思わず笑ってしまった。だが、これは多少のウソ(笑)が。穂村さんの歌集は 誘眠剤かしら ? 


5首目、女性はそうです。主婦はそうです。麦藁帽子ではないけど私も帽子をかぶって干す。

 

6首目は「右の手は✔の字書くため左手の指三本で電卓打てり」があり、「若き男」と同じようなことをしている ?  いや、違うかな。電卓を打っているので、仕事中みたいだし。

 

7首目、この『スマトラトラ』の栞は172ページと173ページの間に挟まれていたけど、跡は付いていなかった。どうでもいいことだけど。

 

8首目、この歌は深刻。寝ていても体(歯)は、緊張している。サラリーマンの悲哀がこんなところに。

 

9首目の歌、日曜日に行った能古島のアイランドパークのネモフィラの綺麗だったこと。同行の男性2人とも花の名前を知っていたような… (もう、覚えたでしょ。)

 

11首目、これも仕事の歌。歌留多のように並べるくらいだから多くの人との接点がある 職務と推察できる。   

 

 

実直で、現実に根ざした歌が多く並び、働く男性の姿を彷彿とさせる歌集だった。

こんな歌が少なくなったような危惧もあり、久々に身(心も)を入れて、読み終えた。

 

 

                      帯文  永田 和宏

                      解説  三井  修

                      2019年3月21日 初版発行

                        2600円+税

 

 

2019年4月24日 (水)

テレビ NHKBSプレミアム「平成万葉集 女と男」

21時から22時30分までテレビの前に。

第2回目の今夜は「女と男」だった。

どんな構成になっているのかと、興味津々で視聴。


先ず、浅羽佐和子さんや野口あや子さんの短歌の紹介があった。

「モモカとヒロキ」のモモカは吉村桃香さんだった。短歌甲子園で

知りあった2人が遠距離恋愛の末に、桃香さんが仙台に移住、そして

結婚している。桃香さんには福岡で2度ほど歌会で同席したことが

あるが、お元気な様子。「今は生活…」と呟かれた言葉が耳に残った。

 

山川藍さんがドラムを叩いていたのには驚いた。

ユニークな歌を作る人だが、猫にブラシを掛けている姿が

可愛いかった。


この「平成万葉集」の監修 ?  は、永田和宏さんだったと思うが、

短歌を朗読している生田斗真・吉岡里帆さんが適役だった。

そして、何より今回は、永田和宏・河野裕子さんお二人の歌に

胸が詰まった。

 

平成の30年を短歌で辿る、次回は5月1日(水)の同時間に放映。

タイトルは「この国に生きる」。

「歌の季節は終わることはない」って……

 

☆    ☆    ☆

昨日、春日でアオダモの花を初めて見た。

モクセイ科トネリコ属。シマトネリコは常緑樹だけど

アオダモは落葉樹。真っ白い花が涼しげであった。

5〜7年に1度しか咲かない花らしいので、今年見ることが

できたのは幸運。

5〜7年後も生きていれば、あの場所に行ってみるつもり、

などと果敢無いことを思ったりしている。

 

 

 

2019年4月22日 (月)

日がな一日家事に奮闘 ?

洗濯のかたわら、掃除機をかけ、買い出しのメモをとる。

 

陽射しが強くなったので簾を天袋から取り出し、リビングの前に掛ける。

かわりに電気ストーブを仕舞い、扇風機を出しておく。

気温の変化が激しいので衣類の入れ替えも少しずつだったが、

今日は思い切って入れ替える。もう厚手のものは着ることないよね。

 

家事をしていると普段忘れていることが気になったりする。

非常用の水をケース買いしているけど、あれってどのくらい持つのかしら。

いったん使ってしまい、また配達して貰った方がいいのかな。

 

朝顔の種を蒔く。

これは昨年、種をとったわがやの曜白朝顔。

わたしの好きな白い筋の入ったピンク色。

(たくさん種が余ったので、教室の皆さんに10個ほどの小袋に。)

ゴーヤの種は水につけて1晩おくことに。

(これも多すぎるので小袋に。しかし、苗を買った方が育ちがいいかも ? )

 

U さんより電話があり、山椒の苗を明日持って来てくださるとのこと。

うれしい。でも、ベランダで育てられるかな。

 

日曜日に初めて郁子(ムベ)の花を見た。そして、春リンドウの花も。

浜大根の薄紫色の花が目に残っている。

それにしてもよく歩いたことよ。

 

大島産の乾燥フノリを水でさっと洗い、海藻サラダに。

(Sさん、ありがとう。美味しく頂いています。)



家事をするのも嫌いではない、

などと独り言ちて、家事に奮闘(笑)の1日であった。

 

 

 

 

 

2019年4月18日 (木)

祝 第63回現代歌人協会賞 歌集『温泉』山下翔

念願だった「現代歌人協会賞」受賞、おめでとう。

受賞の報を知って、うれしい、とても嬉しい。

先ず先ず良かったねぇ、の一言のみ。

 

現代歌人集会賞・福岡市文学賞、そして現代歌人協会賞とトリプル受賞。

もう「知らんがな〜」と、嫉妬(笑)されそうだ。

同時受賞は、小佐野彈さんの『メタリック』(短歌研究社)。

2冊の歌集が選ばれたというのも、少しわかるような気がする。

評がたのしみ。

 

短歌史に名前が残る ?

歌が残る。

 

どうぞ、慶び過ぎて、飲みすぎないように。




☆   ☆   ☆

昨日、久留米シティプラザのパティオ(銀のすぷーん前)で見た

「満天星躑躅(どうだんつつじ)」。壷形の小さな白い花が可愛かった。

屈みこんで、注意してみないとわからないくらいの、

小さな鈴蘭みたいな白い花だ。

 

こんな小さな白い花にも憧れる。

 

 

2019年4月16日 (火)

季節の便り (23) チャンチン(香椿)の新芽

博多駅前でチャンチンの三本の木に気がついた。

このチャンチンは新芽の頃がいちばん美しい。

桃色のうっとりするような色合いは、街中でそこだけほんのりと

光が射しているように見える。

 

14日の日曜日にMさんと天神を歩きながら2本のチャンチンの木に気付き

教えてあげたばかりだ。

パルコの前あたりだったか、その1本の木には根元に、名前のプレートがあった。

「ね、やっぱりチャンチンよ。」などと、わたしは自慢(笑)した。

中国を原産とするセンダン科の落葉高木である。

 

 

今日は天神中央公園を散策。

此処には1本の八重桜がある。みんな気がついているかなぁ。

たぶん「関山」という種類と思うのだが ?

めぐりのソメイヨシノはすでに葉桜だが、それでも残りのはなびらがはらりはらりと散っていた。




家の近くのアサヒビール園の庭にはハナミズキの木が1本ある。

この2・3日のうちに咲きはじめ、ピンク色がカワイイ。

土曜日あたりは見頃かな。🎶

それにしても花季が昨年よりも早いような。

ビール園前の歩道の脇に植え込まれたツツジはすでに咲きはじめている。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月14日 (日)

山下翔・歌集『温泉』を読む会&出版お祝いの会

福岡市中央区の「あすみん」にて、歌集『温泉』を読む会があった。

四国や長崎からの参加者、そして版元の現代短歌社の編集人・真野少さんも

駆けつけて、盛会であった。

 

本日のお膳立てをしてくださった竹中優子さんはじめスタッフの方々の心の
籠った手作りの「読む会」になった。受付でひいた籤(栞)には歌1首が印刷
されており、その歌の書かれた席に銘々が座るという形式が珍しかった。

ほぼ全員が必ず1度は発言するということで、いろいろな意見や批評や感想に

耳を傾けた。

 

 

  感情を断言する歌が多い(竹中優子)

  山下さんの時間の向き合い方・自分の在り方(水本)

  食べ物の歌について(南)

  斎藤茂吉の歌を巻頭に持ってきたのはなぜか ? (相良)

  28歳の青年がうたうか?「うどんのつゆにくづれてしまふかき揚げの

      からつとかたしかつて家族は」(古賀)(注、これは否定的意見ではなく

      感嘆だったような)

  ふるさとへの思い(樋口)

  「知らんがな〜」と思うような歌がある。(石井大成)

  「歩く」歌が良い。読み手をかすめていって反射してくる歌が多い。(松本千恵乃)

 

 

そういえば結句に「歩けば」・「歩む」・「歩く」の歌があり、

なかでも以下の「歩く」の歌の「へんなをぢさん」。

  はつなつのわたしはへんなをぢさんなり太き枝細き枝ひろげて歩く

破調だが、決意表明のような以下の歌。

  

      歩く わたしの自由な意思にあらゆるわたしが連携をしてわたしは歩く

       

 

まだまだ色々な批評や感想があったが「ボーっとしていて」書きとれなかった。その中で話題になったのは「山下翔の歌の食べ物は、おいしいか、おいしくないか ? 」とか、「読後、もやもやとしたものが残る」とかが、印象に残った。

 

場所を移しての「お祝いの会」で山下さんが自ら作った「山下翔自筆年譜」を配布。

これは貴重な資料になりそうだ。(「はじめて好きな人に告白。やわらかにふられる。」の

記述あり。(笑))


なお、漆原涼さん編集の「温泉街」(山下翔の短歌を語るときわたしたちがうたうこと)の副題付き。山下さんには当日までナイショで作業を進めた極め付き(笑)の冊子で、山下さんに贈呈。これは『温泉』より各自1首を選び、260字以内の寸評+返歌を付けるというもので、25名が参加。濱松哲朗・山階基・龍翔・生田亜々子・白水ま衣なども参加している。(漆原さん、冊子作りお疲れ様でした。)




そして、中村さんのスピーチには泣いてしまった。

山下さんは、みんなから期待され、愛され、守られていることを痛感。

ゼッタイ歌をやめたらいかん。「やまなみ」を退めたらいかん。(そんな心配は勿論、無用か。)

 

ほんとうにほんとうに良い会でした。

 

             (評と名前の誤記がありましたら、ごめんなさい。)

 

 

☆    ☆    ☆

21時よりNHKラジオ第2放送の文化講演会視聴。

「短歌の明日へ〜日常からの発見」大島史洋・三枝昻之。

これはNHK学園松山市短歌大会(2月23日)の開催のもの。

 

    生活の微妙な機微を掬いとる。

    何でもないことがテーマになり得る。

    生活が歌のなかにくっきりと浮かびあがる。

    短歌だから掬いとれることもある。

 

大島さんの元気な声を聴くことができて、うれしかった。

 

 

       

 

 

      

2019年4月13日 (土)

『季刊 午前』 第57号 季刊午前同人会

特別企画「平成 思い出の場所」

 

   ひとつの年号が終わる。それは、記憶を思い出すきっかけになるかも

  しれない。それは、切れ切れの記憶を修復することになるかもしれな

  い。それは、書きかえられた過去になるかもしれない。そうして、それ

  は、忘れ去られる前のあいさつなのかもしれない。(略)

 

 

時宜を得た「特別企画」は、とても読み応えがあった。

何より評論の吉貝甚蔵の「その場所を今は 昭和喪失ーー平成へ」が、

本誌分18ページに及び、その考察には畏敬の念にも似た思いで読み終えた。

 

  (略)平成は1989年に1月に始まる。一週間の昭和を経て89年は平成になる。

  この年の社会的な出来事は、僕には「六四天安門事件」と「ベルリンの壁」

  である。

 


社会的な動きを軸に文学作品に触れて書かれてあり、集中の引用作品は十指に余る。

吉本ばななの『キッチン』・最果タヒ『死んでしまう系のぼくらに』・『長田弘

全詩集』等々。うまく読解できていないので、うまく紹介できないのが残念でもある。

兎も角読んでほしい。きっと何かを得る ? というか、「平成」という時代を摑むことが

できるかもしれない。

 

小説では、欅わたる「ヘイセイの居場所」を先ず読んだ。

この小説の掉尾には、わたしの好きな飯田蛇笏の俳句「魂の 例えば秋の 

ホタルかな」が引用されていた。

 

それにしても、吉貝さんも書いていたけど「年末に最も頻度が高かった言葉の

ひとつが〈平静最後の〉である。あらゆる事柄にこの言葉がもれなく付いてきた。」

みたいだ。短歌雑誌の後記などにもこの〈平成最後の〉が、枕詞みたいな遣われかたを

していたようだ。

 

そういえば、あと半月もすれば「平成」が終わってしまう。

 

                        発行日 平成31年3月31日

                        編集    季刊午前編集委員会

                        制作     (株)梓書院

                                                                     定価     800円+税

 

                          

 

 

 

 

2019年4月12日 (金)

『冷静と情熱のあいだ Blu』 辻 仁成  角川文庫

      この街はいつだって光が降り注いでいる。

  

      ここに来てから、ぼくは一日たりと空を見上げなかった日はない。

      青空はどこまでも高く、しかも水で薄めた絵の具で描いたように涼しく

      透き通っている。‥‥

 

 

昨日立ち寄った書店で手にした『冷静と情熱のあいだ』。買ってしまった。

2011年の9月の末から10月に訪れたイタリアのことを思い出すために。

読み進めながら、とうとう最後まで読み続けた。

順正とあおいの交わした約束、「2000年の5月25日。フィレンツェのドゥオモのクーポラの上で…」

その約束は、10年後はたして叶えられるのか、どうか。

 

 

      約束は未来だわ。思い出は過去。思い出と約束では随分と意味が違ってくるわね。

 

      未来はいつだって先が見えないからいらいらするもの。でも焦ってはだめ。未来は

      見えないけれど過去とは違って必ずやって来るものだから。

 

 

フィレンツェで、美術品のレスタウロ(修復)の仕事をしている順正(ジュンセイ)。その先生であるジョバンナ。

母のように順正は慕っていたし、ジョバンナのことばは冷静だが、母親のような大きな愛を感じる。

 

     人はみな未来を向いて生きなければならないのだろうか。

 

サン・マルコ修道院。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の「最後の晩餐」。

わたしは私自身の8年ほど前の旅を思い出していた。

 

この書は、同じタイトルで2冊の本が出版されている。江國香織の『冷静と情熱のあいだ Rosso』は、

女性の視点から。珍しい企画である。そして、映画化もされている。

 

 

                                    平成30年4月10日 48版発行

                                         480円+税

 

☆   ☆   ☆

   サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の扉をおそるおそる開きぬ

   蝋燭のほあかり揺らぎ信徒ならぬわたしも祈るかうべを垂れて

   ダ・ヴィンチの描きし「最後の晩餐」を鑑(み)むとて並ぶ人、人、人が

   裏切り者とされたユダなり 裏切るためこの世に〈生〉を享けたのだらうか

   十三個のグラスの並ぶ卓のうへたれも明日(あした)のことさへ知らず

          恒成美代子歌集『暦日』(角川平成歌人双書 平成24年7月)より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月10日 (水)

「チコちゃんに叱られる!」 NHKテレビ

昨日の歌会で、「チコちゃんに叱られた気がする」という言葉があった。

わたしは「チコちゃん」って、お孫さんのことかしら ?

それにしても「チコちゃん」と作者の関係は?  などと思いながら話していたら、みんなが

くすくす笑う。

え〜っ、なんなの ?  

知らなかったのはわたし一人くらいで、皆さんご存知だった。




NHKテレビで放映している番組で「チコちゃん」がいろいろな質問に答えてくれる

そうだ。普段わたしたちがあまり気にもとめないようなことを正確 ? に、それはどういうことか

教えてくれるらしい。(「らしい」と言うのも、まだ1度も観たことがないので…)

 

ちなみに先週のテレビ番組を調べると、金曜日の夜7時57分から放映していた。

        夜はどうして暗いの?

      「愛想笑い」って何?

                  握りずしはなぜ2つ?

 

などの答えをチコちゃんが教えてくれたのだろう。

あの「ボーっと生きてんじゃねーよ」は、チコちゃんが発信源だったのかしら。

「ボーっと生きてる」わたしには、世の中知らないことばかり‥‥

 

 

 

 

 

2019年4月 8日 (月)

「平成文語短歌という新しい様式‥‥」 うた新聞 平成31年4月10日

今号より「短歌想望」の執筆は、まひる野の島田修三氏。

「平成短歌史のこと」に触れて書いてあったけど、終わりの方の5行から先が読みたくなった。

 

          (略)

          平成文語短歌という新

          しい様式もあるような気

          もするが、そのあたりは、

          私なんぞも考えて見なけ

          れば、いけないんだろう

          と思う。

 

「結社を基盤とする旧来型の文語短歌‥‥」に、若い世代(平成生まれの作者たちが)の一群が

意識的に馴染もうとしていることは薄々ながら感じとれる。(たとえば、山下翔「やまなみ」や、

門脇篤史・山川築「未来」や藪内亮輔「塔」など、いずれの方々も旧仮名遣いの文語寄りである。)

分析力もないわたしには、これ以上の深いことは言えないし、他の方々を知らない。

 

そこで、やっぱり、いいだしっぺの(笑)島田修三氏に是非とも「平成文語短歌という新しい様式 ?」

について考察してほしいものである。

「短歌想望」が島田氏の連載とならば〈渡りに船〉(笑)

                      書いてくださ〜い。

 

 

 

2019年4月 7日 (日)

『福岡の休日』川上信也 海鳥社

蔵書の整理をしていたら写真集『福岡の休日』が目にとまり、しばらくこの写真集を眺めていた。

福岡の四季を写真家の川上さんが写したもの。

「生まれたての朝を迎え、これまで見たことのない福岡と出会うためにーー。光と風に描き

上げられた一瞬の光景。(略)」の帯文のことばのように、いずれの写真も美しいのひとことに尽きる。

 

 

最初のページは能古島から望む日の出、福岡タワーが真っ赤な空にシルエットとなっている。

写真の美しさもさることながら、折々に挟められた文章が実にいい。

 

       福岡市沖にぽっかりと浮かぶ能古島。すぐ目の前に100万都市を望む。周囲8キロの小さな島。

       とある夏の日、風の香に誘われるがまま、フラリと島へ渡ってみた。気軽に味わえるちょっとした

       島旅という感覚で、気晴らしにはちょうどいい。船で10分渡っただけなのに、街とはまったく違う

       のびやかなる雰囲気が漂う。(略)

 

川上信也さんといえば、5年ほど大分県くじゅうで山小屋生活をしていたみたいだ。

下山後はフリーの写真家として活躍している。

この写真集には、桜の花や早良区椎原のれんげそう、志摩町のハマボウなども収められており、

見飽きない。

前原市加布里漁港よりの夕景は圧巻。「今日の夕焼けはいいねえ」漁師さんの言葉に実感がこもる。

 

                              2006年4月27日 第1刷発行

                                   2000円+税

 

☆    ☆    ☆

ところで、肝心の蔵書の整理だが、それがとても難儀なことで、始末するには忍び難く、

出したり戻したり、なかなかはかどらない。シリーズ本の購入が随分あって未だに処分するのに

迷っている。

     ①『愛の現代史』全5巻  中央公論社 昭和59年

     ②『王朝の歌人』全10巻 集英社 1985年

     ③『君も雛罌粟われも雛罌粟』渡辺淳一 上・下巻 文藝春秋  1996年

     ④『諧調は偽りなり』瀬戸内晴美 上・下巻 文藝春秋 昭和59年

     ⑤『青鞜』瀬戸内晴美 上・下巻 中央公論社 昭和59年

     ⑥『詩歌 日本の抒情』全8巻 講談社 昭和61年

                              等々

 

これらの書はソフトカバーでないし、とにかく厚い、かさばる。それが困るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月 6日 (土)

『久保猪之吉・より江 作品集』 福岡市文学館選書 6

  久保猪之吉は、東京帝国大学卒業後ドイツに留学し、その後九州帝国大学に勤めている。

  福岡では「エニグマ」という同人雑誌を創刊し、加藤回春や若山牧水や伊藤燁子(白蓮)などの

  作品も掲載し、自身も俳句を作っている。

  より江は、松山で小学校入学のため祖父母の家に下宿していたが、同じく下宿していた夏目漱石や

  正岡子規に俳句の手ほどきを受ける。明治40年、猪之吉と共に来福し自宅で文学サロンを形成。

  多くの文人たちと交流した。

  久保より江で先ず思い浮かべるのは、長塚節との交流であろう。節の身元保証人であった久保猪之吉、

  その夫人という立場と共に、正岡子規の相弟子としての親しみ、俳句と短歌と道は違えど同じ文学を

     志す者として、より江はことに節に目をかけている。

  長塚節は、平福百穂の秋海棠の絵を、より江夫人に贈っている。高名な「白埴の瓶こそよけれ霧ながら

  朝はつめたき水くみにけり」の歌は「秋海棠の絵に」寄せられて作られたものである。

 

と、まぁ、ここまでの知識はあったものの、本書は『久保猪之吉・より江 作品集』と銘打つだけあって、

実に綿密に調査され、猪之吉の短歌・俳句・詩・評論を網羅している。

そして、より江の短歌・俳句・小品(エッセイ)などを収めている。

巻末には、歌集のそれぞれの書影も収めてあり、さらに、各々の歌集・句集の目次まで転載している。

 

 

こんなに大変な作業 ? を。どれだけの時間をかけて、何名で執筆したのかと驚いている。

とても貴重な1冊だから、関心のあるかた、或いは研究しているかたは是非、手にとって読んでほしい。

ちょっとだけ久保より江の春にちなむ俳句を紹介しよう。

 

      猫の子の名なしがさきにもらはれし    久保より江

      猫の子もひいなの前に籠ながら        〃

      泣き虫の子猫を親に戻しけり         〃

      春愁やこの身このまヽ旅ごころ        〃



        紫羅欄(あらせいとう)の花 (日記)          久保より江

      (略)私はこの十数年住み馴れた福岡がすきである。博多といふひヾきもなつかしい。

       博多児の意気も嬉しい。唯もすこしすべて大様だつたら尚よからうと思ふ。この

       頃は何だか世の中が面倒くさくしやうがない。狭いうるさい世の中なんかに出よう

       より、うちの庭で草花でも相手にしてゐる方がよつぽどましなやうな気がする。

                                      (大八、四)

 

                             

                             企画・編集  坂口博/神谷優子

                                 2019年3月28日発行

                                   1500円+税

                                   発売  花書院

                    

 

      

 

 

2019年4月 3日 (水)

季節の便り (22) 一文字ぐるぐる

鹿児島本線が人身事故のため、電車の遅延や快速の運休となり、

3度も乗り換えて、ようよう久留米に。

どうにか遅刻はせずに済んだが、疲れてしまった。

 

Mさんから沢山、分葱をいただいたので「一文字ぐるぐる」に。

筑後出身の連れ合いが懐かしがって食べていた。

分葱の「ぬた」も美味しい筈。明日はマグロの小口切りを入れて「ぬた」にしてみよう。

 

そういえば、筑後平野の田んぼのレンゲソウが咲きはじめていた。

次回には、途中下車して田んぼの畦を歩いてみよう。

 

2019年4月 2日 (火)

馬場昭徳歌集『夏の水脈(みを)』 なんぷう堂

2013年から2018年までの作品から400首を選び収めた第五歌集。

著者は長崎にお住まいで「心の花」所属。

 

 

   この春もこれみよがしに桜咲きこれみよがしがわれは好きなり

   日本語にこれまではなき斬新な語法駆使せし歌をボツにす

   癌病むと聞きしは八月十日なりひと月も経ず逝きてしまへり

   釣り竿の六本残しこの家にもう五年ほど帰らぬ息子

   被爆後の七十一年を生きて来し九十二歳が声ふりしぼる

   一年に三百六十五回ある十一時二分の今日のそのとき

   二発目を終戦前にどうしても落しておきたかつたのだ きつと

   四百八十メートル 原爆が爆発したる高さ忘るな

   あと十年一緒に暮すべき人が隣の部屋でテレビ見てをり

   長崎の港はるかに見下せば夏の水脈曳き船は出でゆく

 

 

1首目、まさに「これみよがし」の桜のようだ。その「これみよがし」がわたしも嫌いではない。

   今日も今日とて、桜の下を歩いてきた。

 

2首目、結句がいかにも馬場さんらしい。斬新は〈奇抜〉と表裏一体。そういう技はアウトなのか。

 

3首目、2人に1人は癌に罹る ? ともいわれている現在、他人ごとではない。「ひと月も経ず」なんてコワイ、

    悲しい。

 

4首目、「五年ほど」なら、まだまだ上出来。息子には息子の生活や信条があるのだ。

 

5首目、「被爆後の七十一年」・「九十二歳」の数詞によって、この歌にいのちが。

 

6首目から8首目にかけては「四百八十メートル」の章の連作の中の3首。

    原爆を直接には体験していない著者が、問題意識を持って成した一連である。

    この章があることで、この歌集はぐ〜んと重みと深みを増したようである。

 

9首目、「一緒に暮すべき人」をうたった歌が他にもあるが、いずれの歌も素っ気ない。

    素っ気ないふりをしているのだが、その愛情(笑)は、伝わってくる。

    それにしても、馬場さんはもっと太らなくちゃ。44キロとか43キロだと春の風にも

    吹き飛ばされそう ? でもないか。

 

 

ところで、「なんぷう堂」って、南風の「なんぷう」かしら。

これって、馬場さんの……

 

 

    

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