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2019年6月 1日 (土)

『遅速あり』三枝昻之歌集 砂子屋書房

「現代三十六歌仙 35」。前歌集の『それぞれの桜』と制作時期の重なる著者の第13歌集。

平成22年から30年の作品477首を収めており、290ページに及ぶ大冊。

 

    丘の辺に三十年を重ねたり薬の数を二つ増やして

    風を生むクロスバイクと漕ぐ脚とひかり隈なき河口へ走る

    ペーパーゴミ四つ束ねて捨てに行くそこから土曜の朝がはじまる

    菊名にて乗り換え茂吉に会いに行く少年日記の中の茂吉に

    結核という近代のほのぐらさ子規を盗り啄木を盗り節を盗りぬ

    青春に見ない見えないもの多しああこんなにも銀杏の早稲田

    七草に六つ足りないなずな粥仮のこの世に二人して食む

    非力なる歌と歩みて五十年非力なる力にこだわりながら

    世間からゆっくりゆっくり遠ざかる日の暮れ方をひとり酌むとき

    「たかゆきは間遠だねえ」と病室に嘆きし母をときに思うも

    早過ぎたtake off だよ冬枯れの滑走路には夕日が残る

    青春の、子を抱く日々の、晩年の 届かぬままの青空がある

 

 

読むたびに挙げたい(引用したい)歌が違ってくる。何度も付箋を貼りかえ、ようやく12首に抑えた。それでも恣意的だなと思いつつ、これも個人の感想なのだから……

 

1首目、多摩丘陵を夕日が沈む頃歩く著者。その丘の辺に30年の歳月を重ねている。

 

2首目、風と一体になり、河口へ走るクロスバイク。そのバイクも「二十四年 愛車ルイガノ禁止令が連れ合いから出る」の詞書の付いた歌が後半にある。その歌がなんとも遣る瀬なさを醸している。「息子からのプレゼントだし筋トレにもなるし転倒は一度だけだし」(この駄々っ子ぶりが好き。)

3・ 7・ 9首目は日常の暮らしの歌。3首目、生ゴミでなくて良かった。(何が?)7首目、1月7日の七草粥を食べるしきたりを曲がりなりにも実践している「なずな粥」がいい。9首目、ひとりの豊穣のひととき。

 

4・5首目のような歌がこの歌集の根幹をなすとも思える。そういえば、三枝さんはどこぞの文学館の館長だったか? 

10首目、母の嘆きは重重知りながら、多忙ゆえに見舞うのが「間遠」になるのだろう。


最後の歌は、東日本大震災をうたっている。詞書「死者一〇三三人、関連死一〇八人」。 

 

                           りとむコレクション

                           2019年4月20日

                            3000円+税

 

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5月がまたたくまに過ぎて、6月。

6月は「夕映忌」、「柘榴忌」、そして近藤芳美先生の忌日が6月21日。

 

    

    

    

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