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2019年5月19日 (日)

歌集『光のアラベスク』松村由利子 砂子屋書房

「令和三十六歌仙」と銘打たれた歌集。

発行日、2019年5月1日。

今度の「陽だまり歌会」の資料にするため、作品を選ぶ。選んでいるとおのずと著者・松村由利子さんの思惟のほどが窺える。元・新聞記者であった経歴もさることながら、渾沌とした世界の状況、そして日本は‥著者自身が住んでいる石垣は、とその考察が手堅い。

 

   全国紙の配達されぬわが家なり沖縄タイムスも昼ごろ届く

   メディアとは太鼓叩いて笛吹いてその場限りの祭りを好む

   首都の雪ばかり報道するテレビ南の抗議行動続く

   スマートフォンで撮らねば見たことにならず網膜という薄きさみしさ

   アングルを変えれば違うものになる写真も歴史もあなた次第だ

   人乳が臓器が売られ八つ目の大罪として長寿加わる

   どこか摩耗してゆく世界コンビニで働く外国人にも慣れて

   絶滅危惧種なること母に言いたれど鰻重届いてしまう帰省日

   贈与とは文化であった女らも女の子宮もやりとりされて

   

 

恣意的な選歌になってしまったが、いずれの歌も具体的であり、著者の経験や考察が根底にある。

3首目など、首都のちょっとした雪でも大仰に報道しているのを観ると、雪深い東北のことや、南のこの「抗議行動」は、報道の対象にもならないのかと悲憤している。5首目も、アングルによって違うものになってしまう危惧をうたっている。

 

固い(?)歌ばかり引用してまったが、叙情的な歌にも心惹かれる。だが、その叙情質も極めて思索的というか、醒めているように思えるのはなぜだろう。理系女子(笑)みたいな感覚が過る。

 

    逢えばまた深き淵へと沈むから今宵の月は一人で見ます

 

潔いというか、理知的なのだ。かつてわたしは「逢へばさらにふかみゆく愛」などと、うたったことがあるのが恥ずかしい。でも、これも性分かな(笑)そういえば今宵は満月。現在、夜の10時。全天雲が掛かって月は見えない。

 

 

                 かりん叢書第343篇

                  2800円+税

 

   

  

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