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2019年6月10日 (月)

歌集『寒椿』林ひかる 株式会社 GC

「八雁」所属の第一歌集。1994年より2018年までの作品を収める。

25年の歳月は、著者の魂の記録でもあり得よう。

離婚や再婚や死別の人生上の経歴よりも、それらを乗り越えて今の著者があること。

生きてゆくくるしみや悩みの歌もさることながら、わたしは色々な人生上の経験が現在の著者の

精神界を形成していることに興味がある。

従って、そんな歌を個人的には10首選んでみた。

 

   灯のともる窓辺に見えて夕餉する一家族ありひとは哀しも

   病む友に手紙を書きたりわが庭に居眠る猫のことなど記して

   抜け落ちたる猫の乳歯を手のひらに転がしており外は雨降る

   振り向くな泣くな怒るなまだ死ぬな呪文のごとく吾呟けり

   飼い猫のつぎに老人はかわいいと施設に働く息子言いけり

   玄関の狭くて柩の入らぬゆえこころ奮いて日日を働く

   延命のための治療を拒絶すと書きて一枚財布に入れつ

   われに向き汝はバツイチ没イチと嬉しそうなり平井靖治

   もの知りに心のケアなど言うなかれ時の過ぐるに優るもの無し

   爺さんはみな婆さんに付き添われ待合室のソファに坐る

 

 

1首目の作者のまなざしには孤独感が滲む。

2首目の病む友に送る手紙、病のことを労わるよりも著者のさりげないユーモアが良い。

3首目も1首目と同様に所在ないようなさみしさが漂う。

4首目はそのまま自励の歌。自分で自分に気合を入れているのだ。

5首目を読むと、息子さんは精神的に豊かに育っている。(よかったねぇ。)

6首目、笑ってしまったが、そういえば、わがやだって玄関から柩は入らぬことだろう。

7首目、先日つれあいは「日本尊厳死協会」に入会した。じゃあ、わたしもということで、夫婦で入会。

8首目、平井靖治さんが面と向かってこんな軽口が叩けるのも親しいからだろう。一歩間違えばハラスメントに

    なりかねない。著者がこうして歌にするあたり、器が大きいというか、これこそ著者の全人的な表われで

    あろう。(スゴイ、わたしには真似できない。)

9首目、〈一億総評論家〉みたいな世の中、何かあるとよってたかって(笑)訳知り顔で物申す世の中。

10首目、まさに、まさにである。「病院にて」の詞書がある。著者がその様子を見て、羨ましいのかどうかは

    わからない。主観を入れていない所が良い。

 

 

                    跋文 阿木津 英

                    2019年6月15日 第1刷発行

                       2500円+税

                      

 

 

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