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2019年6月28日 (金)

「語らざるものたちの言葉を引き受けて」 『図書』2019年6月号

岩波書店の『図書』6月号の対談は読み応えがあった。

梯久美子さんと若松英輔氏のお二人が「誰を書くか、いつ書くか」について語っている。

その中で梯さんは『狂うひと』を書くことになった動機を「写真を見て惹かれたのが

最初です。」と応えている。

若松氏の言葉の数々がビンビン胸に迫ってくる。

 

    (略)文字は過ぎ去ってしまうであろうかけがえのない出来事を

       この世に定着させるために、ある力がわれわれに与えたのだと。

 

    (略)無知は許されるが、欺きはいけないと思っています。

 

    (略)現代では、書き手が書いたものが完成形で、それをどれだけ正確に

       理解するかが読み手の仕事だと思われがちですが、ほんとうは書き手

                   すら気がつかなかったこと、もしくは書き手が深層意識でとらえなが

                   らも意識できなかったことを読み手が新しく求めていくのが、「読む」

                   ということです。

 

 

上記は全て詩人・評論家である若松氏の発言であるが、ことに赤字部分は「短歌の

読み」についてもいえることではないだろうか。短歌作者がその作品で「深層意識

でとらえながらも意識できなかったこと」を読み手が求めるというのは、難しいこ

とのようだが、そうあってほしいし、そうありたいものだ。

 

若松氏はこうも語っている。「詩を書いた人が詩人ですよ。厳密に言うと、書いて

いるときに詩人になる。」と。ゆえに、わたしの独言だが、短歌に置き換えると

「短歌を書いた人が歌人ですよ。厳密に言うと、書いているときに歌人になる。」

なんて。甘いかなぁ(笑)

 

 

☆    ☆    ☆

この『図書』の同号に、文芸評論家の加藤典洋氏の「私のこと」(その5  新しい

要素が掲載されていたけど、絶筆かしら? 氏は5月16日に71歳でお亡くなりに

なられている。哀悼。

 

 

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