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2019年9月

2019年9月28日 (土)

「石牟礼道子と短歌」 ふるさとの歴史と文化

遊学講座の第4回「石牟礼道子と短歌」の講演が福岡アジア美術館

あじびホールであり27日、出掛けた。(行くのを躊躇っていたのだが、

チケットを取るのを勧めてくれたのは、ほかならぬ連れ合い(苦笑)。)

その前に櫛田神社にお参り。境内で真っ赤な彼岸花の咲いているのを

見かける。傍らには桔梗の花が咲いていた。


石牟礼道子の短歌については、わたしが属していた同人誌「飈(ひょう)」の

1989年11月№32で本誌3ページに亘る一文を寄せている。

その文章を思い出しながら前山光則氏(作家・八代在住)の講演に耳を傾ける。

 

石牟礼道子の文学的出発を「短歌」だと説き、レジュメには100首ばかりを引用。

短歌集『海と空のあいだに』の「あとがき」全文を引用している念の入れよう

だった。俳句・略年譜などを含めてA4用紙10ページ分のレジュメに感嘆。

 

   ひとりごと数なき紙にいひあまりまたとぢるらむ白き手帖を

   さらさらと背中で髪が音をたてますああこんな時女の言葉を

   聴いて下さい

   雪の辻ふけてぼうぼうともりくる老婆とわれといれかはるなり

   まぼろしの花邑(はなむら)みえてあゆむなり草しづまれる来民(くたみ)

   廃駅

   花びらの吐息のごとくてのひらになでられつゆく冥土への旅

 

 

前山氏の選んだ石牟礼道子の代表作7首中の5首を上記に紹介。

「青春を謳歌しなかった歌人」と話されたのが印象深い。「しなかった…」

と、言うより、この世に生きることの生きづらさを負っていたのだろう。

 

    *

   短歌は私の初恋。

   常に滅び、常に蘇るもの。

   短歌はあと一枚残った私の着物。このひとえの重さを脱いで

   了えば私は気体になってしまうでしょう。今暫くこの薄絹につゝまれて

   私を育みたい。私の抱いているもの、その匂いをたどる触感だけは、

   持っています。      短歌への慕情   石牟礼道子    

              「南風」1953(昭和28)年4月号所載

 

句集『天』(昭和61年 天籟俳句会・刊)と『石牟礼道子全句集 泣きなが原』

(平成27年 藤原書店・刊)の中から、各33句の合計66句の紹介も嬉しい。

 

   死におくれ死におくれして彼岸花     『天』

   満月のひかり地上は秋の虫         〃

   にんげんはもういやふくろうと居る     〃

   来世にて会はむ君かも花御飯(まんま) 『泣きなが原』

   おもかげや泣きなが原の夕茜        〃

   向きあえば仏もわれもひとりかな      〃

 

 

豊穣な1時間半を感謝。

連れ合いに、そして、講演者の前山光則氏に。

   

   

 

 

 

2019年9月27日 (金)

『以後』石 寒太 句集  ふらんす堂

9月25日の当ブログ『犬が見ている』(岡部隆志句集)に続いて、

句集の紹介。時節柄、秋の句ばかりを選んでみた。

 

   らふそくの泪のしづく秋の修羅

   手をつなぐ佛まばたく秋日燦

   いつよりの鬱の兆しやいわし雲

   桔梗や引き返すならこのあたり

   のぼりゆく梯子段消ゆ鰯雲

   茎ばかりつつ立つ曼珠沙華の夜明け

   いちめんのほろびのはじめ曼珠沙華

   秋の水こころの芯を通りけり

   秋風や先に死なれしはなしなど

   何をしてゐても風吹く九月かな

   加齢とは華麗のことよふぢばかま

   秋薔薇剪り口にわが詩の生れよ

 

   十年前がんを患い手術。生還以来ますます忙しく、以前より

   東奔西走の毎日を送っている。退院以後の十年の句を纏めて、

   ここにささやかな記念としたい。

                  (あとがきより)

 

この句集は2012年の刊行だから、あれから約7年が経過。

石 寒太さんは、<以後>お元気でしょうか。

「東奔西走」の日々であってほしいことを祈りつつ‥‥

 

         2012年12月25日

          2517円+税

   

   

   

   

   

  

2019年9月26日 (木)

『梨の花』小池光歌集 現代短歌社

2014年から2017年の作品を収めた第10歌集。

年齢では67歳から70歳である。

 

  女子会のとにもかくにも盛り上がるとなりの席にひとりもの食ふ

  手に入れし古書を開きてぞんぶんにさしくる春のひかりを吸はす

  をりをりにリップクリーム塗ることあり六十七歳のわがくちびるに

  板の間に横たはりつつ「ぼろ切(きれ)か何かのごとく」なりたる猫は

  伯耆の国より送られきたる干柿はわれに食はれて種のこりたり

  未発表の歌百首ばかりたまれるは財布に金の唸(うな)るがごとし

  革靴の先そんなにも尖らせて何にいらだち歩くといふや

  わが希(ねが)ひすなはち言へば小津安の映画のやうな歌つくりたし

  すがすがとわれは居るべし雪ふる夜(よる)再婚話のひとつとてなく

  「はい」とのみ返信一語娘(こ)のメールすなほにあればかなしかりける

  わが半生かへり見すれば自転車泥棒いちどもせずに来たりしあはれ

  百円ショップで買つたと言ひてヘアブラシ長(をさ)のむすめがわれに

  くれたり

 

『思川の岸辺』で泣いたわたしたち(?)は、このたびの歌集でちょっと安堵し、

それでもやっぱり何かしら背中をトントン叩いて、励ましてあげたくなる。

 

1首目だってさみしい。初老の男が「ひとりもの食ふ」のは。よりによって盛り上がる

 女子会の隣とは…


2首目、古書ってどうしてあんなに匂いがきついんだろう。「春のひかりを吸は」して、

 正解。


3首目は、小池さんでも(笑)そんなことするのかと驚き。若い男性が人前で塗って

 いるのを見かけると、いゃーな感じになるのだけど。


4首目、鈎括弧の中の言葉は、茂吉の『白桃』の中の「街上に轢(ひ)かれし猫は

 ぼろ切(きれ)か何かのごとく平たくなりぬ」を引用している。それにしても、

 小池さんちの猫ちゃんも老衰で昇天なさった。

   (『文藝春秋』2014年12月号に掲載された「死にたる猫」の連作を思い出す。)

 

5首目も茂吉ばり。「ただひとつ惜しみて置きし白桃(しろもも)のゆたけきを

 吾は食ひをはりけり」を思い出す。

 

6首目は、面白い、愉しい。下句の譬えがなんとも小池さんらしい。

 

7首目、苛立って歩いているのと違う。あの先の尖った革靴って流行(はやり)

 なのかしらん。似合う人も居るにはいるが…

 

8首目、そう、小池さんの短歌は小津安二郎の世界に通じるものがある。

 ご自分でわかって(笑)いらっしゃる。

 

9首目、「居るべし」だなんて…。心底では、期待している?のかしら。

 

10首目、素直に育ったのも、親の教育(躾)のせいでしょう。

 

11首目の「自転車泥棒」には、まいったなぁ。まぁ、要するに半生をかえりみた時、

 法に触れるようなことはしてこなかったという自恃にも繋がる。

 

12首目、百円ショップで買ったというのがいい。ヘアブラシというのが実にいい。

 (14000円のおせちとどちらが嬉しかったのだろう。どちらも嬉しい(笑)。

  そりゃあそうだ、娘からの贈り物だし…)

 

 

恣意的な引用で小池ファンの方々にはごめんなさい。

どうぞ、是非お手にとられて<小津安>短歌を味わってください。

 

 

          2019年9月14日 発行

            3000円+税

       

 

2019年9月25日 (水)

『犬が見ている』岡部隆志句集  ふらんす堂

2015年、ながらみ書房より『短歌の可能性』を出版している

著者の第一句集である。あとがきによると「(略)私は俳人でもないし、

句会などで句作を続けてきたわけでもない。」と記されている。

俳人でもない著者があえて句集を刊行していたのは、それなりの理由が

ある。それはおいといて、私がこの句集に引き寄せられたのは、福島泰樹

主宰誌の『月光』(2019年6月 №59)の氏の文章(「渡邊浩史歌集

『赤色』の世界」)を読んだ時のひらめき(感動)による。

 

            秋雨やたまには良いことだってある

      天高く誰もが愉快であればいい

    秋天や人の生き死に無きが如

    たましいを込めたつもりだが秋の空

    虫たちよ鳴いてばかりじゃ分からない

    秋めくや書棚の本の自己主張

    秋桜や背の高きから折れていく

    死者の記憶抱え切れずに彼岸花

    犬だけが空を見ている秋日和

    誰も死ぬじたばたするな秋の空

 

先日の小さな旅に携えたこの句集。

従って、秋の句ばかり選んでみた。

何度読んでもいい。何度読んでも心がひりひりする。

そして、氏の「あとがき」の言葉が美しい。

 

    (略)…それにしても日本の自然は優しい。この

     優しさがなければ、私は俳句を作り続けることは

     できなかった。…(略)

 

 

        2018年10月1日 初版発行

           2500円+税

 

 

 

    

2019年9月17日 (火)

真玉(またま)海岸の夕陽 「日本の夕陽百選」

墓参を兼ねて故郷へ。

T ちゃんの運転で墓参の後、夕陽をみるために海岸の方へドライブ。

すでに真玉海岸には大勢の人たちが夕陽を待っていた。

まだ、時間がありそうなので、ちょっと先の粟嶋公園へ。

ここは「恋叶ロード」などと銘打って若い人たちがよく訪れる所。

見晴らしが実に良い。崖の下には大きな海が広がる。遥か向こうに水平線が。

 

真玉海岸に戻り、夕陽を待つ。

みな思い思いのところで太陽の落ちてゆくのを待っている。

そう、2・30人以上の人たちが海からの涼風に吹かれながら。

ここの海岸は遠浅の干潟が美しい模様を描くことで有名。

夕焼けにその干潟が染まり、干潟と干潟の間の海面に夕焼けが映る。

 

真玉海岸は「日本の夕陽百選」に選ばれている。

わが故郷の自慢(笑)したい場所の一つでもある。

暮れてゆく干潟で遊ぶ人たちもちらほら居てその姿がシルエットに

なるのもロマンチック。幻想的な風景である。

 

Kさんの庭に咲いていたフィソステギア(角虎の尾)を沢山頂いて帰る。

よき休日であったことよ。

これからの多少の苦難も乗り越えられそう……

 

2019年9月16日 (月)

『図書』2019年9月号 岩波書店

「こぼればなし」を読む。

 

    ◎こういう時代状況では、PR誌のあり方も変化していくのが

    趨勢ということでしょうか。KADOKAWAのPR誌『本の旅人』が

    七月号をもって休刊するとの報に接することになりました。

    九五年の創刊からほぼ四半世紀、二三年にわたる刊行でした。

 

おやおや、他版元のPR誌のことに編集子が触れている。

 

    ◎小林さん(『本の旅人』編集長)の指摘するように、紙媒体と

    電子媒体が単純に対立するものではないでしょう。電子書籍が

    紙媒体を近いうちに駆逐すると思われていた米国でも、紙の本

    への回帰ともみられる現象があるようです。

 

当ブログ(「暦日夕焼け通信」2019年7月4日)で『本の旅人』の休刊に

ついて悲鳴(笑)をあげた私としては、この「こぼればなし」に注目をした。

「紙の本への回帰」。そうあってほしいものと願っている。

 

さてさて、同・9月号の小池昌代さん(詩人)の「別離」は読み応えがあった。

梅を収穫し、梅酒に仕込む話なのだが、微に入り細に入り観察・考察して

いる。このエッセイの起承転結の「転」の部分で、若い頃の恋のことに

触れている。

 

    あの時、世界は崩壊した。

    約束というものは、はかないものだ。何の保証もないそんな危うい

    ものをかわし、わたしたちは平気な顔で断崖を生きていたのだ。

 

そう、このエッセイの「結」の部分は、どうぞ、ご興味のあるかたは、

『図書』9月号をゲットしてお読みください。(さぁ、走ってください。

なくなりますよ〜(笑))

考えさせられたエッセイ(短篇小説のような)でした。

 

    

2019年9月10日 (火)

季節の便り(31) 死なばこの重き大地よ曼珠沙華  石 寒太

本日は春日まで。

途中、曼珠沙華を見かける。「はやっ!」と思わず声に出る。

 

   マンジュシャゲは、法華経の「魔訶曼陀羅華曼珠沙華

   (まかまんだらけまんじゅしゃげ)」から出たもので、これは

   梵語の「天上界の花」「赤い花」の意味だという。そこで昔の

   人は墓地に植えたのである。

          『季語深耕[花]』(青柳志解樹 角川選書 より)

 

夕方、6時半過ぎ法師蟬がまだ鳴いていた。

   また微熱つくつく法師もう黙れ  川端茅舎

こんな台詞をたまには吐いてみたい。

夕顔の花は、昨日に続いて3つ開く。(そういえば「夕顔」は夏の季語だった。)

 

週末に墓参がてらふるさとに曼珠沙華を見に行きたい。(予定は未定)

お天気は大丈夫かしらん。

 

 

2019年9月 9日 (月)

『紫のひと』松村正直 短歌研究社

「短歌研究」作品連載他、総合誌などに発表された作品を収めた

著者の第五歌集。

表紙にも背文字にも「歌集」の文字は見当たらない。かろうじて帯に

「静けさと不穏が隣り合う第五歌集」の惹句がある。

 

歌集題も装幀も今までの歌集からはちょっと想像できないような艶っぽさがある。

「(略)新鮮な気分で歌に取り組みたいと考えた‥‥」(あとがき)の結果、かなり

構成された、練られた、一集の印象がした。

 

ただ、思うのは(個人的だが)作者の意図した方向へ誘引されてしまいそうになり、

「物語読み」したくなるのを、なるべく抑えて読んだことだ。

 

    上流へむしろながれてゆくような川あり秋のひかりの中を

    もう一度分岐点までさかのぼることはできずに枇杷の咲く道

    四天王のうちの二体は東京と京都に行きて本堂広し

    ふくざつな建物なれど矢印の向きに従い出口まで来つ

    皮膚が砂に覆われてゆく、感情の薄さを君に言われるたびに

    つかまえたはずが捕まえられていた洗濯ばさみに垂れるハンカチ

    生まれつき癇の強い子でありしかな柿の若葉をいつも見ていた

    連れ合いが死に、犬が死に、猫が死に、日当たりの良い家に母住む

    正直(まさなお)もずいぶん白髪が増えたわね食事の間に四度言われる

    どこへ向かうわけでもなくてまたここに戻りくる舟、ふたり乗り込む

 

1首目から4首目まで、方向を指示するような歌を偶々あげてしまったが、

これってかなり意味があるかもしれない。というのは10首目にあげた歌を

とても好きなのだが、この歌は『紫のひと』の全体の感じを象徴している

ように思えてくる。

集中の終りの方の「みずのめいろ」の1首。小題は漢字で書けば「水の迷路」

だろうか。

「上流へむしろながれてゆくような川」は、錯覚であり「分岐点までさかのぼる

ことはできず」に、「矢印の向きに従い」、結局「またここに戻りくる」

しかないのだ。

 

「物語読み」を禁じていた筈なのに、やはり誘引されたみたいだ。

集中の「君」や「あなた」の使い分け様は、なんなの? と、愚痴りたくもなる。

(5首目の「君」は、「妻」でないと言えないような言葉だけど、どうかな?)

そして、何より「書き下ろし」までして、加えて、構成していることだ。

 

歌を面白くするための、読者にサービスするための、

「性愛の歌」、ではないと信じたい。

切羽詰まった〈いのちの叫び〉であってほしいのだ。

謹厳実直な松村さんは「この先どこへ向かって進んで行くのか」(あとがき)

……行くのでしょうか。

 

 

           塔21世紀叢書三五七篇

            2019年9月3日

             2500円+税

 

 

 

 

 

    

 

 

 

2019年9月 8日 (日)

季節の便り(30) 栗ごはん

Mさんから頂いた栗、今年の初物。

早速、栗ごはんにした。

剥くのが大変だったけど、いまは便利な「栗剥き器」が売られている。

ほっこりと栗沢山のごはんになった。

 

今朝の朝顔の花は数えたら29個。

みんなピンクの曜白朝顔のつもりだったのに、2つだけ白いのが咲いている。

え、なんなの? と、つくづくと見る。(突然変異?なの。)

ゴーヤーは小さなのも含めて12個さがっている。

なかの1個が黄熟していたので、洗って種子を採る。

 

昨夕は夕顔の花が2つ咲いた。

9月に入って毎夕、2つ3つと咲いてる。

夕顔の花を見ると、亡くなった母を思い出す。

そういえば母の夢もこのところ見ない。

 

先週もあわただしく過ぎ、あっというまの(笑)1週間だった。

毎日文化教室の例年出している「合同歌集」(小冊子)は、原稿も全て集まり、

これから編集段階。今年は事務所の佐藤さんが入力・編集してくださるそうで

大いに助かる。

 

9月、10月、11月とあわただしい日々が続きそうだけど、体力の温存をして

無事に乗りきりたい。

それにしてもこのところつくづく思うのは「生活を慈しみたい」ということに

尽きる。

生活あってのわたしだから……

 

 

2019年9月 1日 (日)

歌集『人間旦暮(秋冬篇)』坪野哲久 不識書院 

本日は9月1日ということで「関東大震災記念日」でもある。

それによって「防災の日」も出来たわけだと知った。

 

明治29年9月1日生まれの坪野哲久に『九月一日』の歌集がある。

この歌集は紅玉堂書店より昭和5年に刊行されているが発売禁止に

なっている。この幻の歌集については歌誌「月光」の2019年4月 №58で

福島泰樹が「野晒の歌 坪野哲久 壱 『九月一日』前後 」として同誌に

13ページに及ぶ論を執筆している。(なお、同号では「坪野哲久没後三十年」 

の特集を組んでいる。)

 

今、わたしの手元にある坪野哲久の歌集は『人間旦暮 春夏篇』・『人間旦暮 

秋冬篇』(2冊ともに不識書院にて1988年12月に出版。)『留花門』(邑書林 

1989年11月刊)の3冊である。

9月1日生まれの哲久にちなんで、本日はこの3冊の歌集を繙く。

 

    輪読の果てたるあとに座の五人もりそばを食うわれの生日

    人間にいかなる虚位が要(い)るものぞ働かずして罪ふかく食う

    つつましく原初を想え人間は貴も賤もなく生まれいでしを

    いまの世のうざうざしきを拒むわれ思惟の残りを星へと運ぶ

           『人間旦暮 秋冬篇』「九月一日」より

 

 

連作の9首の中から4首のみ引用した。

書き写しながら身のひきしまる思いがしてくる。

安穏と生きている自分自身が鞭打たれる。

哲久が生きていたら「いまの世」をなんと詠むだろうか。

 

坪野哲久は「関東大震災に遭遇。在日朝鮮人の虐殺を目撃したことが、以後の

哲久に、大きな影響を与えることになる。(略)」(福島泰樹・「月光」文より)

関東大震災の日に17歳の誕生日を迎えている哲久。

 

本日は9月1日なり。

 

  

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