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2019年10月

2019年10月30日 (水)

ご案内 「草紅葉ー久保猪之吉とより江」 令和元年度福岡市文学館企画展

   令和元年11月8日(金)→12月15日(日)

    福岡市総合図書館 1階 ギャラリー

   久保猪之吉・より江の生涯を追いながら短歌・俳句・小品を

   ご紹介します。

    観覧料:無料

 

なお、期間中に下記の講演会があります。

お時間のあるかたはどうぞお出掛けください。

お待ちしています。

 

   企画展記念講演会

   日時/ 11月17日(日)14時~15時30分

   場所/ 福岡市総合図書館 3階 第1会議室

   演題/ 「久保猪之吉・より江の短歌」

   講師/ 恒成 美代子(現代歌人協会会員)

 

なお、お申し込みは福岡市総合図書館文学・文書課(TEL 092-852-0606)まで。

   11月6日(水)までと、なっています。

 

       期間中には、読書講座も三回開かれています。

       11月16日(土)14時〜16時 大久保 京氏(書肆吾輩堂店主)

   12月1日(日)14時〜16時 柴田 浩一氏(柴田クリニック理事長)

   12月7日(土)14時〜16時 岩田 文昭氏(大阪教育大学教授)

 

 

 

P・S  11月17日(日)の講演では、福岡にゆかりの久保猪之吉・より江の

    短歌の紹介、長塚節との関わりなどをお話いたします。

 

    より江は幼少の頃から夏目漱石や正岡子規と交流がありました。

    長塚節が久保博士の診察を受けるため来福していましたが、その折に

    秋海棠の絵(袱紗に描いた絵を画幅に仕立て)を、久保夫人に土産として

    います。

    猪之吉・より江夫妻の短歌の紹介に加えて「文学の仲間」としての

    夫婦の在り様、更に現代歌人の夫婦の短歌にまで話を広げたいです。

    とりあげる現代歌人夫婦の短歌は、岩田正・馬場あき子夫妻、

    永田和宏・河野裕子夫妻などを予定しています。

    

    

 

 

 

   

2019年10月29日 (火)

歌集『手のひらの海』平山繁美 本阿弥書店

短歌を初めて14年、「かりん」に入会して5年の著者の第一歌集。

時系列に纏められており、Ⅰ章、Ⅱ章あたりは過去を振り返り、当時の

思いや状況を、現在形でうたっているようだ。

子を身籠り、出産するあたり、体験者ならではの迫力と真情が直に伝わって

くる。

 

   黙禱の時間増えゆく地球(ほし)に生く手のひらの地図をひたりと合わせ

   大潮に呼ばれています産気付く私の身体は地球の一部

   ねむりからはいあがるがごとみどりごのさんぜんぐらむのおおきなあくび

   ガスの火を赤から青に絞りたりこの子の未来はわたしが護る

   夫から子を護らずに加担するいかなる場にも女は慣れて

   少しだけわかる気がして貝になる一線越えない母だ。わたしは

   ぼくのふく ぼくのながぐつ ほくのはし ぼくぼくぼくがいっぱい

   あるね

   やわらかき新芽食むごと子に呼ばれかあさんはわたしわたしがかあさん

   「かえるはね、かあさんがいないからなくんだよ」そうかもしれぬ

   お前が言えば

   じゃこ天は中から外へ膨らみぬわくわくするってこんな感じだ

   玄関はツバメと人の出入り口子育て終わりわたしが残る

   土の香の似合う子だろう息子より六回多く春を知る人

 

こうして、あげてゆくと著者の25年間くらいが1冊の中に込められている。

一人の女性が生きて、子どもを産んで、その子を育てて(母子家庭)、自立

させるまでがうたわれている。

 

時に、5首目、6首目のようなあやうい時期もあったのだが、そこは聡明な

著者のこと、回避できて、無事巣立って行った息子さん。

「必要以上の愛情はもらった。」と告げられた著者。

 

帯文の馬場あき子のことば「(略)すべて今日的社会問題そのものを生きて

苦しみ、行動した女性の姿がここにある。(略)」に尽きていよう。

 

多くの方々にこの一集を薦めたい。(ことに女性たちに。)

きっと、得るものがあると思う。

 

 

       

      帯文 馬場あき子

      解説 川野 里子 現代の聖母子像ーー命の現場を見つめて

        2019年9月27日

         2700円+税

 

2019年10月28日 (月)

藤島秀憲歌集『ミステリー』 短歌研究社

『すずめ』(第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞作)に続く第3歌集。

前歌集の『すずめ』の1首が今もなお印象深い。

 

   学歴にも職歴にも書けぬ十九年の介護「つまりは無職ですね」(笑)

 

それからの著者の姿が本集では或る初々しさをもって詠まれている。

それは、19年にわたっての介護ののちの、心の平安即ち「妻と呼ぶ人」を

得たことかもしれない。

 

   引き出せば二百枚目のティッシュかな死ぬことがまだ残されている

   献体を終えたる父を連れ帰る父が来たことないアパートに

   これからをともに生きんよこれからはこれまでよりも短けれども

   七月のすずめはスリム足もとに来たるすずめにパン屑落とす

   「あの場所」で君に伝わるあの場所に行こうよ花を浴びに行こうよ

   お知らせがあります五月十五日今日から君を妻と詠みます

   箸置きのある生活に戻りたり朝のひがりが浅漬けに差す

   中野より帰りし妻と港より帰りしわれは翌朝会えり

   岩塩と助詞にこだわり生きてます。はいA型です、いえ短歌です。

   五月野を越えてとなりに越してきた蛇の目ミシンと古文先生

 

いずれの歌も平易である。

平易であるが、作者の心情は深く豊かである。

 

2首目の「献体を終えたる父」の亡くなったのは、すでに5年程前?遺体の

 引き取りにはそれくらいの年月がかかるのだろう。従って、父はその後の作者の

 引っ越し先には「来たことがない」のだ。

 

3首目のすずめ。前歌集では「来る人と去る人の数合っていて結局ひとりぼっちの

 すずめ」と詠まれていた。「ひとりぼっちのすずめ」は、作者自身でもあった

 のだろう。

 

5・6首目の恥じらうような歓び。そして、7首目では、具体的に「箸置き」や

 「浅漬け」を通して、幸せ感がそこはかとなく伝わってくる。

 若い作者ならかえってイヤミにもなるのだが、齢(よわい)50歳を越えた

 作者ゆえ、この手放しでのろける(笑)のも、許せそう。

 

9首目、「いえ、短歌です。」は「うた新聞」の2019年5月号の巻頭作品のタイトルで

   あった。その時も面白いなぁと思って読んだものだが…

 

 

そういえば、「梧葉」の2019年4月発行の「春号」で下記のように述べていた。

  

    「なんでもないこと」に詩を見つけること、それが私の大きなテーマだ。

    少しでも新しい表現をして、一方で短歌が持つ豊かな表現を探り、一編の

    詩に仕立てる。

 

 

 

藤島さん、おめでとうございます。

幸せの〈お福分け〉をいただきました。

 

 

               令和元年9月27日

                2500円+税

           

 

   

2019年10月22日 (火)

『現代短歌』2019年11月号 現代短歌社

巻頭作品「うたびとに死を」水原紫苑さんの100首を

ふたたびみたび読む。浅学なわたしには理解できない歌も

少なくない。

 

  白壁(しらかべ)の家に暮らしてまぼろしを書きやまざらむ

  うたびとに死を

 

掉尾の1首。この歌は自身の〈死〉を乞いねがっているのだろうか?

孤高なひとの、孤独なたましいを思い遣る。

水原さんの歌は旧仮名・旧字(正字)に惹かれる。

しかし、これを編集するのは大変だろうな、とよけいな心配をする。

 

さてさて、今号でショッキングな「お知らせ」を読む。

真野編集長の「小誌発行に関するお知らせ」。2ページにわたって書かれている。

 

   批評とは何か、を問い続けます。

   発売は奇数月の16日です。

   B5版です。

   電子判を廃止します。

 

お、お、と声に出しながら読む。

今後の発売は次号は11月16日、1月16日、3月16日と奇数月になる。

B5判といえば週刊誌サイズ。なかなか意表を突いていて愉しい(笑)

そして、「雑誌を手にした際の質感を大切にすべく、電子版は今号(75号)を

もちまして終了します。」と記す。

 

動いているなぁ、と、感嘆。

奥付の編集の名前に「藤井草平 廣野翔一」とあったけど、あの廣野さんなの?

気付かなかった~

9月号から廣野さんは編集に携わっていたのか。

 

 

 

 

  

 

2019年10月21日 (月)

歌集『うたとり』和嶋勝利  本阿弥書店

1966年東京都生まれ。1992年「りとむ」創刊に参加。

『雛罌粟(コクリコ)の気圏』に続く第4歌集。

 

昨今では珍しい箱入り。箱の色は御召茶?で金箔の白鳥座?が描かれている。

歌集の表紙の色は薄鈍色? なにげに瀟洒な造りであり、装幀者の渡邊聡司氏の

美学と著者の好みが合致したのかしらん。(すてきな造本。)

 

   平成は昭和の二日酔ひのごと無為の時間に出口が見えぬ

   葷酒とふ楽しきことはやめられず味噌をつけては食むエシャロット

   人の名は時代をうつすものなれば勝たねばならぬ戦争なれば

   にんげんの必死のすがた見せながら25メートル子は完泳す

   福島泰樹みたいと妻に疎まれて中折れ帽子もそれつきりなり

   ひいやりと朝の空気は黙しをり やあ樅の木よまた会ひに来た

   タラップを降り来る四人の法被にて永久に残らむJALといふ文字

   五十二で逝きたる父にあと三年かぞへてわれの元旦はある

   表情を苦き果(このみ)であしらへた雪だるま おお、それがぼくだよ

   『三省堂例解小学国語辞典』子の手を離れわが愛用す

   ちちのみの父の背丈は越えたのか越えられぬのか 夏、十四歳

   "うたとり〃は美しい声の鳥にあらず報告さるる疑はしい取引

   恋人をぼくから奪つた俊介とそれには触れず酒さし交はす

 

 

〈暮らし〉が丹念に描かれている。

歌が、絵空事でないのが良い。にんげんは働いて生きていかなければならない。

それがごく当たり前にうたわれている。生活の実感がある。

 

3首目、著者自身の名前のなかに「勝」があるのに拘った歌が他にもあった。

   「人の名は時代をうつすものなれば」は、現今の子どもたちの名前からも

   窺える。(正しく読むのも難儀な名前が多いし…)

 

4首目・11首目、おのが子をうたって出色。

10首目もいいな。子のお下がりの辞典をつかうお父さん。

 

5首目、福島泰樹の中折れ帽。(そういえばわがやに一つある。

   昔々、なんのはずみにか頂いたものだ。)

 

7首目、1966年のビートルズの来日、記憶に刻まれているのは羽田空港の

   タラップを降りる4人の姿だ。JALのロゴ入りの法被を着た4人の姿は

   記憶に刻まれている。とは云っても映像で観たのだが…

 

12首目、「うたとり」とは、証券業界の符牒らしい。疑わしい取引を簡略化して

    「うたとり」。あえて、歌集名にした著者。「うた」という響きゆえか。

 

13首目、あげなくても良いような歌だが、次の歌によって俄然ひかりを放っている。

    「その女(ひと)は半年のちに見合いして結婚したり ざまあみやがれ」

    正直な人だ。

 

 

和嶋さんは、丙午年生まれ。

わが愚息と同年同月生まれなのだ。

そう思って読むと、一層に生活者としての逞しさと苦悩?が、伝わってくる。

 

 

                  2019年9月20日 初版

                   2700円+税

 

 

*   *   *

午後7時35分、夕顔の花が1つ咲いていた。

やっぱり蔓を残していて良かった。

10月21日の夕顔の花、あなたは逞しい。

あなたはエライ🎵🎵🎵。





 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

2019年10月17日 (木)

季節の便り(33)金木犀

金木犀の香りがしている。

ことしは遅いなぁ~と思っていたが、どうも夏が暑かったための

ようでもある。昨年はたぶん10日前後だったような気がしている。

 

金木犀の花の香りを嫌いな人もいる。

 

     「いつちよん好かん」竹山広云ひたりし金木犀は

      今年も零れ    田川喜美子歌集『何処へ』

 

 

そういえば、9月に墓参のために実家に寄ったのだが誰も住んでいない

家のお座敷の長押に並べて飾られていた遺影が1枚畳の上に落ちていた。

それは、祖母の写真だった。

それよりも、もっと驚いたのが金木犀が大樹になっていたことだ。

あれぇ、いつのまにこんな大樹に…と、思いつつ見上げたものだ。

今頃、その芳香はあたりいちめんただよっていることだろう。

 

本日はようやく、ホントに漸くだが、朝顔の棚を片づけた。

45ℓ入りのゴミ袋にいっぱいになるくらい蔓や葉っぱがあった。

朝顔の棚を片づけると、明るくなった。

それでもミニトマトは切ってしまうのが忍び難く、残しておいた。

まだ青い実が付いている。そして夕顔の蔓、というより葉っぱは逆光線で

見るとカワイイ。綺麗なハートの形なのだ。まだ枯れもせず勢いが良いので

残しておく。

 

先日、Eさんに頂いたグァバの種をとっていたので、鉢に埋める。

発芽するかどうかは不明。もし、発芽したら真っ先にEさんに報告しなくちゃ。

 

       木犀や手を洗ひ来て主婦読書   橋本美代子

 

それにしても、読書する時間がない。

 

 

 

2019年10月16日 (水)

「まいにち文化祭」のご案内

       2019  まいにち文化祭

               (まちなかカルチャー 久留米毎日文化教室)

 

       2019年11月4日(月・祝)

       11:00〜〜16:00

       入場 無料

       会場 毎日文化会館

                    久留米市東町31-34

       アクセス 西鉄久留米駅より徒歩7分

            東町公園の東側に面した白い建物 

        

       3F   特設ステージ

       4F   作品展示 茶道お点前

 

 (当日は、短歌教室の方々の小冊子「ちっご川」を配布。

  但し、数に限りがありますので、欲しいかたはお早目に

  お越しください。)

 

 

 

 

2019年10月15日 (火)

『麻裳(あさも)よし』久々湊盈子歌集 短歌研究社

前歌集『世界黄昏』に続く第10歌集、524首をおさめている。

 

   六度目の年女だもの言うべきはおそれず言わん 玄冬がくる

   組織的犯罪集団にはあらず組織的短歌集団ひとつを統べる

   自己愛の最たるものにてしねしねと己が身を舐め飽がざるよ 猫

   心を容れるによき器なり歌という遊びにひと生(よ)退屈をせず

   追熟を待つ一箱のラ・フランス明日あることをつゆ疑わず

   それぞれに持ち合わす常識に差異あれど朝の六時に電話よこすな

   他人の不幸ツィートしては留飲を下げる下郎がパソコンに棲む

   麻裳よし紀路は卯の花曇りにて瀬音に耳をあずけて眠る

   戦火のにおいは男を誘(おび)くか「積極的平和主義」なる戦の備え

   鞘走りしたがる性(さが)は母譲り「おきゃん」のままにて古稀を越えたり

   六十からの時間は韋駄天走りにてこの手をこぼれてゆきし誰かれ

   朝プールに出でゆきしあと起きだして夫の作りし味噌汁を飲む

 

 

以上、集中から、12首を私の好みで選んだ。

 

1首目、「言うべきはおそれず言わん」に彼女の真骨頂を発揮している。

    10首目の「おきゃん」、11首目の「韋駄天走り」など自身の性状?を

    認識していて、ある意味スゴイ。(そうであってもなかなか発語でき

    ないのは肝が据わっていない小心ゆえのわたし、であろう。)

 

2首目、「組織的短歌集団」の「合歓」を率いて、やがて30年になんなんと

    する。確たる覚悟なくしては「ひとつを統べる」ことは出来ないだろう。

 

5首目、「明日あることをつゆ疑わず」だから、生きていけそうな気もしている

    のはわたし。

 

6首目、結句の「電話よこすな」の命令形の恰好良さ。

   

7首目、「溜飲を下げる下郎」が、世の中に居るには居る。

 

8首目、歌集題にもなった1首で、

      (略)『万葉集』には「麻裳よし」という枕詞を使った長歌・反歌が

       六首あるが、その昔、紀伊の国から良質の麻を産出したことから

       「紀・城」にかかる枕詞に なったという。(略)            

                           「あとがき」より

 

12首目、まことよきあけくれであることよ。

    「夫の作りし味噌汁」の味の、なみだぐましさ(笑)

    詞書に「夫が三食作ってくれるようになってもう長い」と記す。

    平成元年から31年までを、31首にした「時は韋駄天ーー

    平成じぶん歌」の中の1首。

 

 

久々湊さんの歌を読んでいると、胸の中のモヤモヤも吹っ飛んでいってしまう。

気風(きっぷ)がいいというのは、たぶん久々湊さんのような人をいうのかも

しれない。うじうじしていなくて<竹を割ったよう>な、お人だ。

 

社会に向ける眼差しにも凛としたものがみなぎっていた。

この一集は是非ともテキストとして使いたい。

 

 

                 令和元年9月20日

                   3000円税

 

 

 

 

 

 

 

2019年10月14日 (月)

映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」蜷川実花監督

小栗旬演ずる太宰治を観たくて行った。

3人の女優さんたちの演技に見惚れる。

やっぱり正妻役の宮沢りえは巧い。正妻という立場を見事に演じ

きっていた。(ますます、すてきな女優さんになっている。)

 

       「お父ちゃまはお仕事なの。」

       「お父ちゃまは女のひととお仕事なの?」

 

幼い子どもの発する言葉は無邪気ではあるが、残酷だ。

 

太田静子役を沢尻エリカ。欲しかった太宰の子どもを産む。

太宰の一字を頂いて「治子」と名前を付けて貰えたのは認知の証?。

 

愛人の山崎富栄役に二階堂ふみ。彼女は太宰と共に入水自殺という

死を決行したのだから、勝ち負けでいうと「勝」ったのだろうか?

 

ともあれ、支離滅裂な男、破滅型の男が太宰治だ。

 

      大丈夫、君は僕が好きだよ。

 

なんて、云う男が太宰なのだ。嗚呼……

 

 

*  *  *

夜、珍しくミルで緑茶を粉砕して、お抹茶にしていただく。

「銀のすぷーん」のクッキーには紅茶の方が良かったのだが、

今夜は緑茶が飲みたかった。

 

 

 

2019年10月11日 (金)

『ていねいに生きて行くんだ』 前山光則 弦書房

<本のある生活〉の副題付。

 

    加計呂麻、水俣、東京、福島……石牟礼道子、島尾敏雄との交流も

    含めて過去から現在まで、小さな旅の記憶をたどり書きとめた70の

    エッセイ集          (帯文より)

 

一の「孤」は島尾敏雄の章。

「加計呂麻島の浜辺を歩いた」には、「島尾敏雄生誕一〇〇年記念祭」の

イベントに参加した時のことが綴られている。

2017年7月7日から9日にかけての日程、行事が詳細にあり、参加しなかった私と

しては垂涎もの。

 

7月7日、「海辺の生と死」の上映

7月8日、加計呂麻島散策ツアー

7月9日、講演とシンポジウム

 

著者の筆致にたのしさが伝わってくる。この100年祭には参加出来なかった。

しかし、2015年の7月9日から11日にかけて奄美大島に行き、「郷土料理かずみ」で

島の料理を堪能し、島尾敏雄の旧居・文学碑も見学、加計呂麻島ではゆっくり

1日かけて散策したことが思い出された。(当ブログの2015年7月に

この旅のことは記している。もう随分前のことのようにも思われてくる。)

 

著者・前山さんの奥様は2017年9月に膵臓癌の診断が下り、10月4日に膵臓の

手術を受けている。その妻の使っていた「3イヤーズ・ダイアリー」との名が付いた

手帳の最後のページに書かれていた言葉。

 

     美しいものを

     信じることが、

 

     いちばんの

     早道だ。

 

     ていねいに生きて

     行くんだ。

 

淵上毛錢の「出発点」の詩である。

 

     妻が毛錢の「ていねいに生きて/行くんだ」との

     意志表明に共感しているという、

     そのことだけははっきりしている。 

         「ていねいに生きて行くんだ」より

 

9月27日、前山さんの講演を聴きに行くのを躊躇っていたのに、

行くように勧めてくれたのは連れ合いであった。予備知識もないままの

前山さんのご家族のことであったが、この書を読み進めるにつれて、

なんだか〈巡り合わせ〉というか、何かを感じている。

 

ほんとうに「ていねいに生きて行くんだ」と。

 

                2019年9月30日

                 2000円+税

        

 

 

    

2019年10月 5日 (土)

未来福岡歌会

会場のカギを8階のIさんちに借りに行く。

会場は神社の一角にある。いつものように、玄関に水を撒いて清やかに。

今日も北九州からKさんが早めに出て来てくれたので、2人で長机と椅子を

並べて準備。

彼女がお手製のクッキーと紅茶持参。別にお菓子係はMさんが調達。

本日の出席者は9名。詠草のみが2名。

 

歌会のスタイルは新作5首を人数分コピーして各自持参。

従って55首を13時から16時の間に互評。順番は出席者順。

会費はこの値上がりのご時世に値下げして各自500円徴収。

これは、会場費と茶菓子代にあて、残金はプールして講師招聘の時の準備金に。

和気藹々過ぎて、時に脱線したり、横から割って世間話(笑)をしたり、

愉しい歌会である。しかし、必ず16時には終わるように軌道修正するのは私?

終わって二次会に行く人たちのため(ホントのような嘘)でもある。

 

本日は久々にアサヒビール園に7名で行く。

やっぱり生ビールは美味しい(笑)

飲んで、食べて、この二次会で情報収集?

現代短歌社の300首に応募しなさい、などと時に発破をかける。

本日はうれしいことがあったが、これはナイショ。

愉しかったなぁと、いい気分で帰宅。

 

喜び過ぎて、帰宅したら眼鏡がないことに気付く。なんとも、かんとも…

アサヒビール園に探しに行ったけど、此処にはなかった。

カギを返しに行く前に気付いたので、こわいけど真っ暗な会場に探しに。

バッグなどを置いていた所の一段下の床に落ちていた。良かった、良かった。

なんだか「未来福岡歌会」顛末記みたいになってしまった。

 

欠席者2名には本日の皆さんの批評を添えて発送準備。

来信のN・Uさんに返信。

本日の写真をハガキに印刷してNさんに一筆。

 

 

横浜には届いているらしい「未来」10月号はまだ届かず。

明日かな、明後日かな。

 

 

 

 

2019年10月 4日 (金)

季節の便り(32) グアバの果実

グアバの果実の歌を先だってEさんが作っていた。

「グアバ」って何なの?

庭に植えているらしく、その実を是非とも見たいと思っていた。

 

フトモモ科の常緑小高木。熱帯アメリカ原産。

高さは5メートルほどになるらしい。開花時期は2~6月。9~10月に収穫。

果実は倒卵形で生食できる。

ストローベリーグアバやイエローストロベリーグアバと品種があるらしい。

そういえばグアバジュースって聞いたことがある。

 

そのグアバの果実をEさんが今日持って来てくださった。

ちょっと「いちじく」に似た感じ。麝香のような独特の香りがして、甘い。

小さな種がたくさん果肉の中にあり、生食するよりミキサーで潰し、漉して

ジュースにした方がいいかもしれない。(このグアバの葉には果実の10倍の

ポリフェノールが含まれているとか…)

 

Eさんはご近所のかたが種を蒔いて育った苗を頂いたそうだ。

熱帯でしか育たない植物かと思ったら、このところの日本の気候は温暖化

しているので、果実のなるまでに育ったのだろう。

わたしもこの種子を鉢に蒔くことにした。2週間から1ヶ月ほどで発芽するらしい

ので、ダメモトで試してみよう。

 

果実といえば、わがやのミニトマトは育ちに育ち、ゴーヤのネットの高さの上で

まだたくさん実をつけている。今朝数えたら93個?くらいあった。

10月になっても、毎朝5~6個の収穫。

 

夕顔の莟があと1つあるので、明日には今年最後の花が咲くであろう。

突然変異種かと思っていた白い朝顔は、どうやら1本だけ白色が混じっていた

みたいだ。今朝も白い朝顔が1つ咲いていた

今年は曜白朝顔の種子も沢山(10人分くらい)とれたので来年の4月には

皆さんにお配りしよう。早く渡すと、みんな忘れるので、4月までわがやに保管(笑)

 

折鶴蘭の折鶴が次から次へと出来て、ガラスのコップに挿して部屋のあちこちに

置いている。

 

植物はわたしの癒しになっている。

 

 

 

2019年10月 3日 (木)

『混乱のひかり』加藤治郎歌集 短歌研究社

帯に書かれている「今度は、『普通の歌集』を作ろうと思った。」は、

著者の言葉なのか、版元が考えたのか、判然としない。「あとがき」にも

その言葉は見当たらない。

加藤さんが言いそうな言葉でもあるが、事実はどうなのだろう。

帯文のことは刊行前に承知だろうから、先ずここで読者は(わたしは)

一発咬まされた(笑)ような気がしないでもない。

「普通の歌集」って、なんなの?

じゃあ、今迄の歌集は「普通の歌集」じゃあなかったの?

 

なんて文句タラタラみたいだけど、はっきり言ってこのたびの第11歌集は

スゴイ。やっぱり彼は<歌の申し子>みたいな存在だ。

 

  栞紐はねのけて読む冬の朝 歌はひかりとおもうときあり

  あかあかと内なる肉の輝けり生きてゆくほか生きるすべなし

  貝殻にみちているのは貝の肉 兵役義務兵役免除兵役拒否

  めやべあろめまぐるしくて嘔吐する 俺はしずかにNOを言いたい

  すきとおるオニオンスライス酢にひたす兵役のない国に生まれて

  じゃあまたと呪文のように言い放つ五条通のおとこはふらち

  とまります呼続大橋(よびつぎおおはし)ねむたさはどうやら

  きっと目の奥にある

  自転車に乗れなくなった母がいて珈琲豆をこりこりと挽く

  幾本も錆びた線路が横たわる俺の居場所はおれの体だ

  母がいてほかにはだれもいないから実家というのは果樹園なんだな

  そうじゃんか純粋だって思ってもだれかのいいね欲しがっている

  ちりるると水にちいさな声がしてかなしみなさい人生は長い

  みなもとは世代の憎悪と知っている鏡の奥に散るさくら花

 

1首目、「おもうときあり」は、思わない時の方が多いのかしらん。

 

2首目、下の句は「小池調」みたいでもある。

 

3、4首は『歌壇』の2015年10月号に掲載された「存立危機事態」の20首

 連作中の2首。なぜ私が覚えているのかというと、読後、衝撃を受け

 「時代の危機をうたう」として作品評に取り上げたからである。

 ことに4首目の初句を「あべやめろ」と読み解いたことを或る人から褒められた?

 けど、加藤さんにとっては「めやべあろ」なんて発想はお手のもの。政治や社会の

 ことは直球では詠まない、韜晦のすべを心得ている。

 

5首目、詞書に「二〇一六年五月、オバマ大統領、広島訪問」とある。この時期、

 大統領の折鶴を詠んだ人が結構いたような。加藤さんはそういう轍は踏まない。

 

6首目、「ふらち」にドッキン。「不埒」と漢字でないところがいい。

 

8・10首目、鳴海のおかあさん、加藤ミユキさんを思い出す。お洒落でヘアカラーが

 むらさき色で、それがとても似合っていた。加藤さんに実家があり、母親が居る

 というのは何よりの心のアジールなのだ。(もっと、もっとおかあさんのことを

 歌ってほしい。)

 

9首目、これぞ、加藤治郎 ! ! 「俺の居場所はおれの体だ」なんて、どこかの

 健康食品のコピーにでもお買い上げ頂きたい(笑)くらいだ。(この歌、スキデス。)

11首目、わたしはツイッターもフェイスブックもしないので、よくわからないのだけど、

 「いいね」を、みんな欲しがってるの?

 

12首目、人生が短いひともいるのよ。

 

13首目、「世代の憎悪」って、なんておぞましい言葉だろ。これって世代の下の人が

 上の人に向かって言うのだろうか。それとも……

 

 

と、いつものように軽口でごめんなさい。

ショッキングな第11歌集でした。

そして、「あとがき」の言葉はいたって真摯なもので、感動しました。

 

 

  (略)私は、成熟には程遠い。今年の十一月に還暦を迎える。

   しかし、今も意識は、青春を走っている。そのギャップに愕然と

   する。混乱のひかりを抜けてどんな世界が開けるか。実り豊かな

   第二の歌人生(うたじんせい)を夢みている。(略)

 

 

              令和元年九月十日

               2500円+税 

 

 

 

 

 

 

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