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2019年10月 3日 (木)

『混乱のひかり』加藤治郎歌集 短歌研究社

帯に書かれている「今度は、『普通の歌集』を作ろうと思った。」は、

著者の言葉なのか、版元が考えたのか、判然としない。「あとがき」にも

その言葉は見当たらない。

加藤さんが言いそうな言葉でもあるが、事実はどうなのだろう。

帯文のことは刊行前に承知だろうから、先ずここで読者は(わたしは)

一発咬まされた(笑)ような気がしないでもない。

「普通の歌集」って、なんなの?

じゃあ、今迄の歌集は「普通の歌集」じゃあなかったの?

 

なんて文句タラタラみたいだけど、はっきり言ってこのたびの第11歌集は

スゴイ。やっぱり彼は<歌の申し子>みたいな存在だ。

 

  栞紐はねのけて読む冬の朝 歌はひかりとおもうときあり

  あかあかと内なる肉の輝けり生きてゆくほか生きるすべなし

  貝殻にみちているのは貝の肉 兵役義務兵役免除兵役拒否

  めやべあろめまぐるしくて嘔吐する 俺はしずかにNOを言いたい

  すきとおるオニオンスライス酢にひたす兵役のない国に生まれて

  じゃあまたと呪文のように言い放つ五条通のおとこはふらち

  とまります呼続大橋(よびつぎおおはし)ねむたさはどうやら

  きっと目の奥にある

  自転車に乗れなくなった母がいて珈琲豆をこりこりと挽く

  幾本も錆びた線路が横たわる俺の居場所はおれの体だ

  母がいてほかにはだれもいないから実家というのは果樹園なんだな

  そうじゃんか純粋だって思ってもだれかのいいね欲しがっている

  ちりるると水にちいさな声がしてかなしみなさい人生は長い

  みなもとは世代の憎悪と知っている鏡の奥に散るさくら花

 

1首目、「おもうときあり」は、思わない時の方が多いのかしらん。

 

2首目、下の句は「小池調」みたいでもある。

 

3、4首は『歌壇』の2015年10月号に掲載された「存立危機事態」の20首

 連作中の2首。なぜ私が覚えているのかというと、読後、衝撃を受け

 「時代の危機をうたう」として作品評に取り上げたからである。

 ことに4首目の初句を「あべやめろ」と読み解いたことを或る人から褒められた?

 けど、加藤さんにとっては「めやべあろ」なんて発想はお手のもの。政治や社会の

 ことは直球では詠まない、韜晦のすべを心得ている。

 

5首目、詞書に「二〇一六年五月、オバマ大統領、広島訪問」とある。この時期、

 大統領の折鶴を詠んだ人が結構いたような。加藤さんはそういう轍は踏まない。

 

6首目、「ふらち」にドッキン。「不埒」と漢字でないところがいい。

 

8・10首目、鳴海のおかあさん、加藤ミユキさんを思い出す。お洒落でヘアカラーが

 むらさき色で、それがとても似合っていた。加藤さんに実家があり、母親が居る

 というのは何よりの心のアジールなのだ。(もっと、もっとおかあさんのことを

 歌ってほしい。)

 

9首目、これぞ、加藤治郎 ! ! 「俺の居場所はおれの体だ」なんて、どこかの

 健康食品のコピーにでもお買い上げ頂きたい(笑)くらいだ。(この歌、スキデス。)

11首目、わたしはツイッターもフェイスブックもしないので、よくわからないのだけど、

 「いいね」を、みんな欲しがってるの?

 

12首目、人生が短いひともいるのよ。

 

13首目、「世代の憎悪」って、なんておぞましい言葉だろ。これって世代の下の人が

 上の人に向かって言うのだろうか。それとも……

 

 

と、いつものように軽口でごめんなさい。

ショッキングな第11歌集でした。

そして、「あとがき」の言葉はいたって真摯なもので、感動しました。

 

 

  (略)私は、成熟には程遠い。今年の十一月に還暦を迎える。

   しかし、今も意識は、青春を走っている。そのギャップに愕然と

   する。混乱のひかりを抜けてどんな世界が開けるか。実り豊かな

   第二の歌人生(うたじんせい)を夢みている。(略)

 

 

              令和元年九月十日

               2500円+税 

 

 

 

 

 

 

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