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2019年10月28日 (月)

藤島秀憲歌集『ミステリー』 短歌研究社

『すずめ』(第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞作)に続く第3歌集。

前歌集の『すずめ』の1首が今もなお印象深い。

 

   学歴にも職歴にも書けぬ十九年の介護「つまりは無職ですね」(笑)

 

それからの著者の姿が本集では或る初々しさをもって詠まれている。

それは、19年にわたっての介護ののちの、心の平安即ち「妻と呼ぶ人」を

得たことかもしれない。

 

   引き出せば二百枚目のティッシュかな死ぬことがまだ残されている

   献体を終えたる父を連れ帰る父が来たことないアパートに

   これからをともに生きんよこれからはこれまでよりも短けれども

   七月のすずめはスリム足もとに来たるすずめにパン屑落とす

   「あの場所」で君に伝わるあの場所に行こうよ花を浴びに行こうよ

   お知らせがあります五月十五日今日から君を妻と詠みます

   箸置きのある生活に戻りたり朝のひがりが浅漬けに差す

   中野より帰りし妻と港より帰りしわれは翌朝会えり

   岩塩と助詞にこだわり生きてます。はいA型です、いえ短歌です。

   五月野を越えてとなりに越してきた蛇の目ミシンと古文先生

 

いずれの歌も平易である。

平易であるが、作者の心情は深く豊かである。

 

2首目の「献体を終えたる父」の亡くなったのは、すでに5年程前?遺体の

 引き取りにはそれくらいの年月がかかるのだろう。従って、父はその後の作者の

 引っ越し先には「来たことがない」のだ。

 

3首目のすずめ。前歌集では「来る人と去る人の数合っていて結局ひとりぼっちの

 すずめ」と詠まれていた。「ひとりぼっちのすずめ」は、作者自身でもあった

 のだろう。

 

5・6首目の恥じらうような歓び。そして、7首目では、具体的に「箸置き」や

 「浅漬け」を通して、幸せ感がそこはかとなく伝わってくる。

 若い作者ならかえってイヤミにもなるのだが、齢(よわい)50歳を越えた

 作者ゆえ、この手放しでのろける(笑)のも、許せそう。

 

9首目、「いえ、短歌です。」は「うた新聞」の2019年5月号の巻頭作品のタイトルで

   あった。その時も面白いなぁと思って読んだものだが…

 

 

そういえば、「梧葉」の2019年4月発行の「春号」で下記のように述べていた。

  

    「なんでもないこと」に詩を見つけること、それが私の大きなテーマだ。

    少しでも新しい表現をして、一方で短歌が持つ豊かな表現を探り、一編の

    詩に仕立てる。

 

 

 

藤島さん、おめでとうございます。

幸せの〈お福分け〉をいただきました。

 

 

               令和元年9月27日

                2500円+税

           

 

   

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