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2019年11月21日 (木)

歌集『亡友(Boyu)』 福島泰樹 角川書店

第一歌集刊行から50年、福島泰樹32冊目の歌集である。

著者本人の「跋」の文章が実に良い。

 

     友とは記憶の共有者であり、

     友の死は、友の記憶に生きている

     私の死に他ならない

 

   輸血に加え食事の停止命じたと柔らかに笑み笑みて告げにき

   雨の朝青梅に死すや白玉の 霜月二十三君を喪う

   名を問わば村上一郎、罵詈山房海軍主計大尉某(それがし)

   東京市下谷區下谷一丁目「東京市民」としてわれ生まれ来し

   省線の過ぎゆく音よぼくを生み同じベッドで母逝きたまう

   わが終の住処(すみか)を問わば東京市下谷區入谷 父母

   (ちちはは)眠る

   被害者意識相互慰謝的私(わたくし)短歌寺山修司、斯(か)く

   語れるを

   「わたくし」を世界の唯中に解き放て一人称を逆手にとれよ

   「ヤスキ!」と呼ぶは英之、見上げれば羊雲 君と茂樹なるらむ

   人生の渚に浮かぶ白い雲 波に呑まれて消えてしもうた

 

 

読みながら、書き写しながら、福島泰樹の熱い血がかけめぐるようである。

 

1・2首目は、画人として近現代美術に造詣の深かった松平修文氏のことである。

2017年11月23日、お亡くなりになられている。氏の第一歌集『水村』(1979年)

の歌の瑞々しさは忘れ難い。「水につばき椿にみづのうすあかり死にたくあらば

かかるゆふぐれ」。夫人は歌人の王紅花さん。個人誌の「夏暦」を出している。

2017年の44号のあとがきには「松平は、重い病気が四つもあるが、現在小康状態。

毎日歌をつくり、絵を描く。その熱心には感心する。(略)」と綴られていた。

 

3首目、「村上さんと会ったのは目黒、喜多能楽堂」の詞書あり。

村上さんへの追悼歌集『風に献ず』(昭和51年7月 国文社刊)には「自刃せる

村上一郎氏に」と添えられていた。1ページ1首組の贅沢な構成で、表紙は濃紺

だった。

 

   弥生三月なにを悲しむ汽車は野に医者は花見にゆきしとぞ聞く

   椿落ちおれはせつなき歌つくる いざ鎌倉へゆくこともなし

                   『風に献ず』福島 泰樹

 

4・5・6首目は、福島泰樹の「わたくし」の歌。

 

9首目の詞書には「八月、小中英之死去。押しかけ兄貴小中は、私を呼び捨てた」と

あり、「羊雲」は小野茂樹のことだろう。2001年のこと。

 

10首目の詞書には、「五月、若き日の相棒、清水昶逝く」とあり、2011年のこと。

 

歌集題が示すように、亡くなった友を悼み、詠んでいる。

福島さんには、2015年刊行のエッセイ集『歌人の死』(東洋出版)があり、

2016年には『哀悼』(皓星社刊)の歌集がある。

こうしてうたうことによって「死者は死んではいない!」と思いたいし、

そう思っているのだろう。

 

 

 

           2019年10月25日

            2600円+税 

 

 

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