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2019年12月

2019年12月26日 (木)

年末のご挨拶

2019年、今年も残すところわずかとなりました。

ツイッターの拡大版のような、極めて個人的な感想のみを綴って

まいりましたが、1年間お読みいただきまして、ありがとうございました。

 

本日が年内最後の「暦日夕焼け通信」です。

来年もこのブログでお会いできますように祈念しています。

みなさま、どうぞ、よいお年をお迎えください。

 

           2019年12月26日    miyoko

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年12月25日 (水)

「COCOON」TANKA MAGAZINE 1SSUE 14

  いにしえの秋のあけぼの楓(ふう)の葉の小舟に乗りてさあ

  漕ぎ出でな

  申し訳なくいたたまれなくなりぬ「金融筋の人」と呼ばれて

  アイロンの余熱でシーツ仕上げいるごときに今日を働いており

       巻頭作品・大西淳子「湖底の声」32首より。

 

  クレープのように繊細なる君をこぼさぬようにちぎれぬように

  車でもいいのにあえて自転車の通勤を選ぶ自分が好きだ

            早川 晃央「夏から秋へ」より

 

  銃口をだれかに向けたことはなし向けたらわれは撃つのだろうか

  ふたたびを新人教師にならなくていいやすらぎにほんとやすらぐ

            大松 達知 「トリガー」より

 

  天体のような背中の大亀が作った影で眠る小魚

  学名はホモ・サピエンス通称は水槽叩く遠足児童

            渋谷 美穂 「博物館の魚」より

 

 

全88ページの中に時評あり、評論あり、同人歌集評あり、エッセイありと

盛沢山。同人は全国にかけての、現在29名。

大松達知が「第十三号批評会無かったの記」を執筆。そうすると、普段の号は

前号批評も入るのかしら。

読み応えのある同人誌である。

表紙の 「COCOON」TANKA MAGAZINE などの英文字を眺めていると、

一見して歌誌とは思えない斬新さである。

 

今号のわが一推し(笑)は、小島ゆかり質問の、

 「AKB48あまりにも遠すぎて何の感想もなし」REMIXを作るなら?

 

*君のする昨日見た夢のお話しは遠すぎて何の感想もなし 島本ちひろ(埼玉)

*中野駅徒歩十二年走っても遠すぎて何の感想もなし   伊藤 祐楓(茨木)

*そののちの福山雅治夫婦仲遠すぎて何の感想もなし   小島 なお(東京)

*体重計の目標目盛り60度遠すぎて何の感想もなし    山田 恵里(愛知)

*大叔母がよこす縁談 もうすでに遠すぎて何の感想もなし 有川知津子(福岡)

 

面白い試みというか、遊びである。

読んでいて愉しいのは何より。

「遠すぎて何の感想もなし」などとは、申しませぬ。

 

        2019年12月15日

        年間予約購読料 2000円

        一部定価     500円

        発行人 大松 達知

        編集  COCOONの会 編集委員

        編集協力 小島ゆかり

   

 

2019年12月21日 (土)

『廃人』北大路 翼  春陽堂書店

「半自伝的エッセイ」と銘打たれた一書。

お正月の旅行に携えようと思っていたのに、つまみ食いならぬ

<つまみ読み>をしてしまった。読みかけたらとうとう全部読んで

しまった。

写真が沢山ちりばめられているし、俳句を筆書きしたのなどがあり

読者を飽きさせない(笑)。

 

    (略)この頃からアウトローをウリ(、、)にした俳句の出演が

     増えた気がする。前歯がないまま人前に出ることにも慣れてきた。

     だってアウトローだもん。スタジオに酒を持ち込んだこともあるし、

     アウトローっぽく振る舞うことが世の中の期待に応えているんだと

     思うようにもなってきた。真面目だなあ。まあ、だらしなくしていれば

     いいだけなので、それはそれで好都合なんだけどね。(略)

 

やっぱり、真面目。そして正直なんだ。

「自序」も、あとがきの「それでも明日はやってくる」もカッコいい。

     

     俳句は死んだ僕が生きていたときの記録だ。墓碑だ。

     下手くそな字を刻んだので笑って欲しい。

 

     「今」は一瞬だ。

     次々に死んで行く。

     お前も墓を作って一服しようぜ。

              (「自序」より抜粋)

 

「能ある鷹は爪隠」さず、章立てが「あめつちの詞」にならっているのには

魂消た。仮名48字の組み合わせで平安初期に作られたものを踏襲している。

「あめつちの詞(ことば)」とは、恐れ入った。(笑)

 

ともかく、読んで、愉しめる。

むかしの彼女から「相変わらずガラ悪いね i 」と言われるのも、宜なるかな。

 

しかし、写真がどれもいい。

どの写真も<北大路翼>を具現している。

(「ぼろぼろの小筆のやうな残暑かな」の、右ページの写真がいい。)

(「明滅は悲憤即ち朝と夜」の写真も好き。)

 

そして、そして、やっぱりいちばん好きな俳句は、

 

     俺のやうだよ雪になりきれない雨は

 

 

        2019年11月13日 初版第1刷発行

             2000円+税

 

 

 

 

 

2019年12月20日 (金)

『老いて歌おう』2019 全国版 第18集

『老いて歌おう』とは、介護や支援を受ける高齢者や家族、施設職員、

ボランティア、介護の勉強をする学生たちから募った短歌を各人1首ずつ

収めた短歌集……だということが帯に書かれている。

 

初めて手にとった短歌集だが、「介護者の現場、高齢者のいま」が、理解

できる227ページの大冊である。

「発刊にあたって」の社会福祉法人宮崎県社会福祉協議会の会長の

川崎新一氏の言葉の中に、寄せられた作品の数を記していたが3117首

(1909人)に及ぶそうである。

 

選者でありこの大冊の編集をした伊藤一彦さんの「時に喜びを、時に哀しみを」

を読むとこの「心豊かに歌う全国ふれあい短歌大会」も今年で18年目を迎えた

そうである。2019年の100歳以上の応募がなんと15名。

 

   職員の目艶髪艶眉艶(めつやかみつやまゆつや)を「きれかねぇ」

   ほめて始まる良き日        平川すみ子(107歳 長崎県)

 

最優秀賞の作品1首と優秀賞の作品の中から1首紹介したい。

 

   先逝きし父と母とはどうしている信じられない吾百歳

                    大畑シツエ(99歳 宮崎県)

   われ選(え)りしえ柔らか靴を履く夫が歩数を伸ばす一・二・三歩と

                    長尾 之子(87歳 福岡県)

 

おめでとうございます。これからも深い想いをうたい続けて欲しい。

そして、この書を作るためにシルバーケア短歌会の「空の会」の方々の努力に

拍手を贈りたい。

 

             令和元(2019)年12月15日発行

              編集  伊藤 一彦

              発行所 鉱脈社

              1800円+税

    

 

 

 

2019年12月15日 (日)

今日の今日燗熱うせよ越の酒  角川照子

角川照子さんの『秋燕忌』(角川書店 平成7年10月刊)の中の1句。

この句には詞書が付いている。

「春樹帰る 三句」と。春樹さんは義理の息子さんらしいが、母親の

心情が伝わってくる句である。

「いつの間にか、私は還暦も過ぎ、古稀に近くなりました。」と、あとがき

(平成7年8月)に記されている。

 

終わりの方から読んでいるのだが、秀句が並んでいて前に進まないほどだ。

 

    湯豆腐の踊り倦みしは沈みけり

    子別れの狸のその後冬の月

    侘助の伏目の紅や己がじし

    思案やや傾きかける時雨傘

    不読の書身の丈ほどや冬安居

 

ググって調べてみると、照子さんは2004年8月9日、75歳で

逝去している。

わたしの手元にどういう経緯で届いたのやら今やおぼろであるが、

俳句大好きなわたしとしては句集の贈り物は嬉しいことである。

 

 

*   *   *

3日がかりの資料本探しについに音をあげた。

4つの部屋を隈なく探すのだけど、見つからない。

どうも、段ボール1箱が行方不明。

『九州の歌人たち』の折の資料本が全てない。

3日も探し続けていると頭の中はぽあ〜んとしてしまった。

ともかく「日本の古本屋」に2冊注文する。

まさか、廃品回収の時に間違えて箱ごと出したのでは ?

犯人(笑)は、わたしなのか………

 

まぁ、本探しのお陰で上記の角川照子さんの『秋燕忌』に

まみえることが出来たので佳しとしょう。そして下記の3冊もうれしい。

 

   島田修二歌集『東国黄昏』(花神社 1986年6月)

   百々登美子歌集『天牛』(砂子屋書房 1989年8月)

   歌集『風に伝へむ』長谷えみ子(砂子屋書房 昭和60年5月)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年12月12日 (木)

『海、または迷路』 小田鮎子 現代短歌社

2011年、第26回短歌現代新人賞を受賞した著者の第一歌集。

「牙」及び「八雁」に発表した作品など、413首を収めている。

 

   陣痛を待つというより待ちわびる我よりも母 母よりも父

   母乳だけ飲んで半年生きる子と食べなくなって死にゆきし祖父

   自転車の前と後ろに子を乗せて漕ぎ出すペダル最初が重し

   眠らせておかねばならぬ我ありて春の日溜まり避(よ)けて歩めり

   亡き人の乗りし自転車よく見ればサドルが左に少し傾く

   詳しくは知らず互いのことなどはみなママという皮膜を持てば

   午後四時の公園に来て子とふたりさ迷えりここは樹海のひとつ

   子がわれの歌を読みつつ悲しむ日いつの日か来る必ず来べし

   職業のなきわれゆえに契約は夫の名前を書かされている

   洗濯物が良く乾くというそれだけで平和と思う馬鹿かわたしは

   思い出せないほど海を見ていない天草の海まだ帰れない

   ブランドのもので覆って悟られぬようにしている心の値段

 

跋文で、阿木津英さんが「相対化することのできるまなざしをもっている。」と

書いていたが、聡明な著者のありようが歌集全体から窺える。

 

2首目の歌、生まれて半年のわが子の〈生〉と、死んでしまった祖父の<死>を

等価で詠むあたり、怜悧な知性を感じる。ふつうだったら、母乳を飲んで育つ

わが子に愛情どっぷりだけの歌になってしまうところだが。

 

4首目、上の句には溢れ出るような自我を押し殺しているせつなさがある。

 

6首目、9首目。「ママ」ということでしか認知されない悲しみ・口惜しさ。

それは、職業を持っていないがゆえに契約だって「夫の名前」を書かされることに

なる。それが、現実なのだ。

 

10首目の<平和>。平和と思う自身の心処を嫌悪し「馬鹿かわたしは」とうたう。

洗濯物が良く乾いて、平和と感じる心は「馬鹿」とも思えない。だが、そこに埋没

してしまう自分がやりきれないのだ。

 

12首目の自己評価。それさえも「ブランドのもので覆って」いる。

(この歌は『月明りの下 僕は君を見つけ出す』抄 私家版歌集より)

 

 

母として、妻として十全に生きようとすれば、「私」を覆って、私が私であることに

眼を閉じなければならない息苦しさ。しかし、著者はすでに目覚めている。目覚めて

いるがゆえの葛藤をうたっているともいえる。

 

そんな歌集全体の流れのなかでの故郷の歌。

11首目の「天草の海」。歌集題にもなった「海」は、きっと天草の海なのだろう。

帰れないねぇ。帰りたいねぇ。

 

 

                 跋文 阿木津英

                 2019年12月3日 

                  2500円+税

 

 

*    *    *

旧暦、11月16日。

今夜は満月です。まんまるなお月さまが東の空に。

   酒呑みが酒を呑めない冬満月  miyoko

 

 

 

 

 

 

 

   

 

  

2019年12月 8日 (日)

季節の便り(37) 忘れないために

12月8日といえば、若い人たちは即座に「ジョン・レノン忌」と答えるらしい。

20世紀の偉大なアーティストだったジョン・レノン。

今年はそのジョン・レノンの40回目の忌日とか。

 

でも、でも、忘れてならないのは太平洋戦争開戦日(真珠湾攻撃の日)だった

ということである。

「うた新聞」(12月10日号)に志垣澄幸さんが「平和の大切さ」として、

一文を書いていた。

 

    話題にものぼらなくなりし十二月八日若い人と居酒屋に飲む

                       志垣 澄幸

 

その文章の終わりに記されていた言葉「今や、戦争を知らない人が多く

なったが、私にとって八月十五日と十二月八日は生涯わすれえぬ日なのである。」

 

わたしにとっても「生涯わすれえぬ日」の12月8日である。

それは、義母の祥月命日なのだ。

今日はお花屋さんでお花を買って来て、母の好きな草餅を遺影の前に供えた。

 

午後4時過ぎ、TNCテレビの「伝説の母ちゃん」を視聴。

福岡八女出身の黒木瞳さんの<母ちゃん>、作家でミュージシャンの

辻仁成さんの<母ちゃん>の、愛情たっぷりの母物語をしみじみと視聴した。

 

 

2019年12月 5日 (木)

歌集『雲の行方』上野春子 六花書林

第一歌集『虹の食べ方』から19年を経ての第二歌集である。

石田比呂志率いる「牙」の編集委員を解散まで務め、2013年

雑誌「芽」を立ち上げ、代表となっている。

 

石田さんが亡くなられたのは、2011年2月24日であった。

享年80歳の死によって「牙」の同志・仲間たちが歌を発表する場を

失った。そのご、それぞれがそれぞれの場を築きあげ、現在に至る。

上野春子さんのこのたびの歌集には石田さんの影が色濃く反映している。

そのことを思いながら読み終えた。

 

   あの雲の行方を知っているのなら鳥よ帰らぬ人に告げてよ

   純白のままでいたいと願っても雲の逃げ場は空しかないぞ

   さよならと言えば終れると限らない嫌いな者は縁(えにし)

   が深い

   七味より一味が辛い鍋の中いびり蒟蒻いびられ踊る

   めくっても裏がないほど薄っぺらいい人だけど好かれぬ人よ

   終点の健軍下車後徒歩十分長酣居ありき石田さんありき

   待つ人も待たせる人もなき街に用なく立てり夏至の夕べを

   お下がりの亡き師のシャツを纏いたる夫が石田節にもの言う

   翼など持っていたとて何になる飛び立つあてはどこにもないさ

   プリンター、パソコン、テレビ突き上げて飛ばして落とすこの

   大き揺れ

   悲しみは五月の風に乗せてやれまどろみながら鳥が櫓を漕ぐ

   嫁役と母役終わり妻役は終身刑の如く続けり

 

 

喪失感の滲む歌集であるが、うたいくちが潔いというか、いずれの

歌にも曖昧さがない。断定語のためかと思いつつ、これは著者の性分では

ないかしらん、とも感じている。

 

10首目の「熊本地震」の歌、2016年の4月に起こった地震は2度目の本震の

震度7によって、熊本周辺は壊滅の状態であった。「突き上げて飛ばして

落とす」揺れの酷さは、考えただけでも恐ろしい。

地震国・日本は、これからだって、いつ、なんどき、あのような地震が起きる

かもしれないのだ。

 

最後の12首目の歌、「終身刑の如くに」と素っ気ない。そうは言っても彼女の

情(じょう)の熱いことは、夫君がいちばん知っていることだろう。

 

そういえば、上野さんにはもう随分お会いしていない。

 

 

                2019年9月24日 初版発行

                  2500円+税

             

 

 

 

 

2019年12月 2日 (月)

季節の便り(36)湯豆腐やいのちのはてのうすあかり 久保田万太郎

この時節届く「喪中欠礼葉書」が9枚になった。

82歳で亡くなられたかたはお二人、81歳のかたがお二人だった。

いちばん若いかたで70歳。

にんげんの命は有限なのだということをつくづくと考えさせられる

昨日今日である。

 

   湯豆腐やいのちのはてのうすあかり  久保田万太郎

 

急逝する5週間前の句らしい。

妻にも子にも先立たれ、孤独な晩年だった万太郎。

豆腐の白さとともに「いのちのはてのうすあかり」がなんとも

胸をしめつけられる思いがする。

 

ところで、厚生労働省医政局が作った「人生会議」のPRポスターが

掲載停止を決めたそうだ。患者や遺族に評判が悪かったらしいポスター。

インパクトがあり過ぎたのではないかしらん。

そもそも「人生会議」とは、なんぞや? って。

ACP→アドバンス・ケア・プランニング、要するに「人生会議」とは、

「もしものときのために、望む医療やケアについて前もって考え、家族等や

医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組のこと」らしい。

 

終末期の患者だけが対象ではなく、誰も、いつか訪れるであろう医療やケアに

ついての対策?でもあろうか。

 

湯豆腐を前にして、今夜はしみじみと<おのがいのち>のことなどに

思い及んだことであった。

 

 

 

 

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