« 2020年1月 | トップページ | 2020年3月 »

2020年2月

2020年2月29日 (土)

未来福岡歌会 3月7日(土)は中止します。

新型コロナウイルス感染拡大を案じて、3月7日の「未来福岡歌会」は

中止することにしました。

 

他の教室などで出席者から「娘に〈外出禁止令〉を申し渡された」とか

「息子からメールが来て〈外出するな〉と言い渡された」とか、連絡が届いて

います。親思いのお子さんたちが心配しています。

(ちなみに、毎日文化教室(久留米)の3月4日はお休みが確定しています。)

 

 

ここはぐっと我慢して中止にすることにしました。

皆さまよろしくお願いします。

 

 

 

 

2020年2月26日 (水)

「岡井隆論のためのノート」ー私的フラグメントー ②         中野 修

     <詞書>わたしが何者なのか、どんなに考えてもわかりはしない。

         わたしは、人間の〈選外佳作〉なのだ。

 

   今世紀はじめ病子規のひらきたる大きな傘にかくれてもとな

 

     <詞書>月々もらうだけをことごとく費消しつくし、経済には

         つねに未来がない。

 

 事実と事実性を仮構してゆこうとすれば、そこには何かの欠損がひそんで

いるはずである。関係の欠損としての喩が、いたい全体性をもとめて

のたうっている。岡井はここが「人生の視える場所」だと言っているのか。

詞書との関係で一首全体が何かのメタファーとなっている。この〈なにか〉

とは何か。いたい渦動のなかにいる自己史が視えている。

      問がするどく曲がってゆく。

 欠損としての喩ー喩としてしか全体性を獲得しえなくなっている現在ー

対幻想〈家族の問題ー対国家としての表現〉の不可能性。わたしはひとつの

場所を想っている。言語論ー表現論ー国家論を同一のものとして扱いうる。

そんな思想の場所。短歌の時間性のうちに、一瞬だが視たと思った。

 

 ここまで行きつく論理をもちえないことによって何かをあきらめた地点で、

再び岡井隆論のモチーフに帰らなければならないのかもしれない。

 

     五七調、七五調を主体とした定型音数律は、風土的韻律である。

     この韻律の内部では、仮構が風土性として、風土が仮構性として

     あらわれる。その累積された呪縛を自由となしうる資質の内部に

     だけ、詩が威力として維持される。

          北川透『熱ある方位』(思潮社 1976年8月)

 

 いま書かれている短歌が、自己史の渦動をうたったものだとすれば、それが

結ぶ像は、像そのもののなかでしか運動しえない弱さをもっている。「累積

された呪縛」にたいして弱いのではなく呪縛を対象化することに弱い場所で

書きつづけられている。日常的な感性の幅におしこめてしまうのである。

そこから〈渦動の自己史〉と「人生の視える場所」を名付けてみる。渦動その

ものがまきおこす渦動が産んでゆく、像の不安な自由。反風土的契機に規定

されて、短歌の始源と先端を時間がわたりあっている。それは仮構への意志

によって産みだされた自己史である。

 

   歌はただ此の世の外の五位の声端的(たんてき)にいま結語を言へば

 

 この一首を掉尾にすえた「西行に寄せる断章・他」でもって短歌を再び発表

しはじめたときに、〈自己史の渦動〉を〈渦動の自己史〉に転換するという

困難な視点をみずから不可避なものとして負いこんだのではないか。資質と

しか言えないものによって。初出誌の「磁場・四号」(昭和50年2月)にのって

いる吉本隆明の〈何処へゆくのか〉との関係においてもそう考える。

 

 〈人生〉とは何か、〈場所〉とは何か。問いはそこに行きつき、「あざ

やかに咲け人の世の一回性」(「百歳」清水昶)とうたいだす。

 

『「西行」という宿題を与えられてからもう二年になる。わたしは彼の

同情者ではない。しかし、論が書けぬのはそのためではない。』情動の

おもむくままに、この岡井隆をめぐるフラグメントは解体し、喪失を

してしまっている。それはわたしに似てか、それとも彼に似てか。

やはり、失意のひかりにむかって書いてゆくほかはなかったのだ。

 

 

        季刊短歌同人誌「飈」第9号

           1983・2

                           頒価 700円

 

 

 

 

 

2020年2月24日 (月)

「岡井隆論のためのノート」-私的フラグメント-①           中野 修  

 情動はいつも飼いならされている。不穏なさざなみが思考のすきまを

つっきってすぎるとき、刺しちがえることができるな、と想う。視えない

始原と先端を行き交う時間にからめとられて、なおもその意識を〈自己史の

渦動〉のなかにほうりこませるなら〈渦動の自己史〉はどのような像を結ぶ

か。わたしよたえず不安であれ。

 

   《ヒトリ孤独ニドコヘユクノカ》

   とハミングしていると

   ほんとにそういう気がしてくる

   とひとはいうが 逆だ

   ひとり孤独にどこへゆくのか ひとりひとり

   どこへゆくのかもわからない だから孤独だ

   きみの そして時代の

     〈何処へゆくのか〉吉本隆明

         (『磁場』四号 昭和50年2月)

 

 救済がないという諦念がひとつの救済だというところに立たされているわたし

たちの関係性が不安にうらうちされているのなら、ある全体性も像の不安によって

見えにくくなっている。吉本が〈何処へゆくのか〉と書いたあとに、〈ばってん、

泣こうごとある〉と男の声。「杏(あんず)しぼって下さいますか」と悲しみの追い

うちをかけるのは誰なのであろうか。岡井隆、いつ彼はわたしの視野で戦ぎ

はじめたのか、遠いことだ。

 

 『人生の視える場所』とは何のことであろうか。そのような<場所>に思いを

はせるところまで、岡井がそして時代がきたというのか。<私性>の問題とは

そういうことだ。内部の憤怒の抒情をたたえながらも、政治思想的には皮相な

ものしかもちえていない初期の歌よりも、<私>に徹することで、情況の地

すべりの根源をおさえている現在の岡井のほうがラディカルな意味において

思想的である。岡井は変ったと言うのではない。同じモチーフによりながら、

そのマチエールを深化させようとすれば、どうなるのか、身をもってわたしに

対しているのである。いま岡井がいる場処はどこか。問いは問いを産んで

自己運動している。うまく行けるかおぼつかない。問いにまかせるだけだ。

 

 『人生の視える場所』一巻は、詞書と一首の共鳴がくりひろげる喩の連続で

ある。正確に言うなら喩は一首のなかでは機能しえないところにきてしまって

いる。詞書と一首がメタファーの関係にある。これは喩の拡大なのか、質的な

転換なのか。

 

    今世紀はじめ病子規のひらきたる大きな傘にかくれてもとな

 

 ここには場面の転換も、上句と下句の喩的な関係もない。あるのは岡井に

とっての事実性しかないのである。喩が喩としての機能を失くしたと言って

いるのであろうか。そうではない。喩の可能性をもとめる行為、詞書はその

ひとつなのだろうか。

                            続きは②へ

 

           季刊短歌同人誌「飈」

              1983・2

            頒価 700円

 

 

 

            

 

 

   

   

2020年2月22日 (土)

歌集『東京(とうけい)』田中拓也 本阿弥書店

「心の花」所属の第4歌集。

著者は、歌集を出すたびに何かの賞を受賞している手堅い実力派。

第1歌集『夏引』(ながらみ書房 2000年) 第9回ながらみ書房出版賞受賞

第2歌集『直道(ひたちみち)』(本阿弥書店 2004年) 日本歌人クラブ北関東

                       ブロック優良歌集賞受賞

第3歌集『雷鳥』(ながらみ書房 2011年) 第17回寺山修司短歌賞受賞

 

   勿来には勿来の春が訪れて桜の花は白く咲きおり

   黄昏は誰の上にも訪れて心を淡く染めてゆきたり

   蝦蟇(がま)が螻蛄(けら)を食みいる様を眺めおり朝の眩しき光の中で

   人は生き人は死にゆくばかりなり夏草茂る縄文の村

   子のいない人生半ば思いつつ洗濯物のタオルを畳む

   夕空を流るる雲の影ひとつ 人はせんなきものと思えり

   十二月の満月のぼるひとときの心楽しも 四十四歳となる

   浅春の薬草園で出会いたる固き蕾の紅白の梅

   大島の団地の壁に映りたる雲の影ありしばし動かず

   とうけいと口ずさみたる人々の行き交う道に砂埃立つ

 

あげた10首からもわかるようにとりたてて珍しい歌や奇を衒った歌は

ない。生活の延長線上に歌があり、極めて自然体である。四十代の作者に

しては寧ろおとなしいくらいである。地味であるが滋味がある。

 

集中、〈時間〉を意識した歌が何首かあったのに注目した。たとえば

1首目の歌の「勿来には勿来の春が訪れて…」みたいな詠風。

「岬には岬の時間流れおり…」ともうたっている。

 

   卯月には卯月の神が綾をなす時間もありぬ金の時間を

 

なお、歌集題の『東京(とうけい)』は、明治の初めに東京を「とうけい」とも

呼んだことにちなむ。時間意識の濃い一集であった。

 

 

              令和元年9月30日 初版発行

                  2700円+税

               

2020年2月19日 (水)

同人詩誌「氷炭」№4

             

              形成への断章 Ⅰ     

                中野 修

 

   それはことづてだった

   河床をはいでいくごとにあらわれる血管は破れ

   口もとにぬめる廃血にくちづけする

   かすかな温もりでかえる遺伝の子

   逆さにつるされたままに夢みつづける

   いつかまた産まれてこないために

   死者たちはわたしを分けようとし

   なおも死につづけるために労働は夜々

   機械的にくみたてられた目覚めさえ

   いまは淋しい気配でしかない

   まだ産まれるわたしの死児へ

   しずかに狂ってゆくのだ

   ひとつのたたかいのあとに咲く黒葬花ににて

   笑癖のわたしがことつけるもの

   死を指令するゆび先に何をたくそう

   ことばの解放がすなわちわたしだけの終りであるとき

   笑いだすものがないように殺しておくこと

   はぎとってきた河床に胎む思考する魚

   ついに誰のものでもない朝靄をぬって

   ひとりの男がわたしを出る

   つぎつぎにわれる食器を腰にさして

   ことづての声は読みさしの弔辞

   ひたいにくぎうつ

 

 

       1984年5月1日 発行

       編集 是永 秀喜

       表紙 池田 由美

            200円

   

   

 

   

2020年2月16日 (日)

黄梅に佇ちては恃む明日の日を 三橋鷹女

雨に濡れている黄梅の花。

別名「迎春花」。

しばらく眺めていた。

中国原産の、モクセイ科の落葉低木。

鮮黄色なのがいい。

 

帰宅して頂いた玉露を淹れる。

第73回全国茶品評会において、日本一の一等一席に輝いた

八女伝統本玉露。ちいさな木の箱に2袋入っていた。

生産家の山口さんの笑顔が実にいい。

 

50℃のお湯で浸出時間2分。

日本一玉露の渾身の一滴をゆっくりいただく。

茶葉の薫りが、豊かな心に誘(いざな)う。

 

PCの背景を黄梅に換えた。

雨の雫を含んだ黄色の黄梅の花が、わたしの心を慰めてくれる。

 

 

 

 

 

2020年2月12日 (水)

『土のいろ草のいろ』飯沼鮎子 北冬舎

2011年刊行の『ひかりの椅子』(角川書店)に続く第五歌集。

集中に「アダンの木陰」のエッセイが収められている。

奄美の亜熱帯の動植物を濃密な筆致で描いた田中一村のこと、そして、

奄美南部の加計呂麻島の島尾敏雄のことなども書かれている。

著者には、奄美大島の染色工房に寄宿している娘さんがいる。

日常から逸脱するように、奄美へ旅をする著者。

 

    (略)人のいない静かな遠浅の海辺にいると、なにか私の

      芯までふんわりとほどけるようで…(略)

 

こんな数行を読んだだけでもわたしの心は癒やされる。

このところの荒んだ心に飯沼さんの『土のいろ草のいろ』は、せつなく

かなしい。

 

   誰だっていつかは死ぬという声がすべてを殺してしまうのだろう

   さびしさの沼に沈んでゆく感じ浅く乾いた咳が聞こえる

   無かったと思いたいのが人間で忘れないのも人間だから

   歳月は断念を生み断念は希望をうむと ほんとうだろうか

   終わらせたくないと確かにそう言った 声は乱れて夢に入りくる

   われは激しき風であったか雨であったか 壁が崩れていくような日々

   絶望というほどでなく寂しさはチキンスープのかすかな濁り

   ユリノキの葉擦れの音が従いてくる誰も悪くはないという嘘

   いつ死ぬかわからない気がしています 読み過ごしていしこの幾年を

   来いと言い来るなと言いし気紛れな青きパパイヤのようなる娘

 

長く病んでいた父君がお亡くなりになり、その前後の歌もさることながら、

母をうたった歌もせつない。

この一集の、せつなさも悲しみもわたしのものでもある。

恣意的な歌の引用になってしまったが、帯に書かれている「〈わたし〉は

どこを生きているのだろう?」は、わたし自身にも重なってくる。

 

          2019年12月20日 初版発行

             2400円+税

 

 

 

2020年2月 9日 (日)

同人詩誌「X (えっくす)」

    

      彼方への記憶

             中野  修

 

    昏い岸辺に最初の死がおりてくる

    まあたらしい分割へと時刻はつづき

    <春>への陣型を整えないまま

    胸のあたりの風どもと結びゆく

    切れぎれの音声が聴こえてくるのみの

    はるかな水際までもちこたえて狂いもせず

    蒼き闇を突いたししむらの形容をおとし

    ただ予感のみの動悸を肌のぬくみのようにおとす

    落ちゆく先ではまたわたし

    名称のみのわたしに行くさきはさえぎられ

    さえぎるあたりで途切れるのは迷彩の貌だち

    視野に戦ぐ未生の韻律は翔け

    分割への戦意をまたぐたびに偏よる母韻

    その方位アリバイのない躊躇は

    いっときの余裕にさえ古い重さをたたえる

    投降の寸前またのぼりつめてのち

    街路が崩れるまで

    断弦の切り口に私有はきざまれてある

    おそらく

    岸辺のくらみはみずからを明りとしてうきでて

     いるが

    飢えと異名のいろどりにもうひとつの軋み

    狂いつづける胎土に

    たちおくれる面ふかく必敗を序してゆく予感

    死者は無言歌はうたわない

 

       

        詩 カタログ 「X(えっくす)」

          発行者  三吉 伸一 

          発行日  1981年11月1日

 

 

 

 

2020年2月 6日 (木)

歌集『秋光記(しうくわうき)』恒成美代子 ながらみ書房

   着膨れて泣きゐるあれはわたくしか東の空に動かぬ凍て雲

   書棚には百八十冊のリュウメイ本並びてあなたは信者であつた

   白昼の甘い回想 思ひ出は螢袋に閉ぢこめませう

   むかしむかしのこと思ひ出すさみしさはいくつになれど 上弦の月

   そのやうにしか生きられぬ秋の虫 鳴くだけ鳴いて静かになつた

   幸せのうすい皮膜が裂けてゆくやうな入日を見送るわれは

   醸成月(かみなしづき)香椎の宮に契りして十と九年わたしとあなた

   大三角見しことメールに発信し、しんじつ遠し息子はとほい

   春だから、さびしさ兆す春だから、ローズピンクの服を選びぬ

   からつぽの器(うつは)に満たす朝の水みづは溢れて零れゆくまま

 

              2016年6月1日 発行

                2500円(税別)

 

 

 

2020年2月 4日 (火)

「水甕(MIZUGAME)」2020 №107

「水甕」は春日いづみ新代表となり新しい出発。

今号はテーマ評論が遠藤若葉さんの「たましいの乗り物」。

「ー第七回現代短歌大賞ー」に触れて論を展開している。

 

第七回現代短歌社賞の受賞作品「かたへら」森田アヤ子さん、もう1名が

「崖にて」北山あさひさんだったが、選考委員の黒瀬珂瀾・松村正直・

瀬戸夏子各氏の選考の言葉を引用しつつ、わかりやすく説いている。

 

その中でことに遠藤若葉さんの北山あさひ作品への理解が優れていた。

優れていたといういいかたも変なのだが、北山作品は好きなのだが

どう説明していいかわからなかった私にとって目から鱗的、論であった。

 

   八月十五日 お家三軒分くらいの夕焼け雲なんなんだ

   夏雲のあわいをユー・エフ・オーは行くきらめいて行く母離婚せり

   午前二時の鏡の中の乳首二つもうやめるんだ ハワイ行きたい

               「崖にて」より  北山あさひ

 

   (略)一読すると唐突感のある二つの辞が、一首の中に二立している。

 

   (略)(ハワイ行きたい)。ここの流れも、鏡の前で何かをやめたいと

    強く思い、(ハワイに行きたい)とも思っているわけだ。一見、関連無く

    置かれている様に読ませ、実は作者の中では必然として繋がっている。(略)

 

    (略)現時点での新しい措辞を生み出すことに寄与している。(なんなんだ)

    (母離婚せり)(ハワイ行きたい)の、飛躍した結句が読者の発想を良い

    意味で裏切り、見事な着地を果たしている。(略)

 

 

ここまでの読みが頭が古くなる(私だけか)と、出来ない。

惹かれながら説明出来ないとは、情けない。

と、いうことで勉強になった遠藤さんの文章だった。

    

 

     

 

2020年2月 2日 (日)

季節の便り(39) 吹立菜(ふきたちな)/てんば菜

プランターに2株植えている野菜(菜っぱ)の名前がわからない。

昨日、葉っぱを摘んで見て貰ったけど誰も知らない。

なんでこんな野菜を植えたのだろうか。園芸店で聞けばわかるのだろうけど、

今はその元気もない。

 

葉っぱを横にして検索してみると、どうも「吹立菜(ふきたちな)」に近い。

葉の外側がギザギザの形をしている。見るからに美味しそうな緑の葉っぱ

なのだが…

 

豌豆の蔓も伸びて、花が一つ咲いていた。

朝顔のネットを昨年は外さずにいたので、そのネットをのぼっている。

この豌豆の種はMさんに頂いたもの。

 

月日の経つのが早くて、チコちゃんに叱られそうだ。

 

 

 

 

 

« 2020年1月 | トップページ | 2020年3月 »