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2020年2月12日 (水)

『土のいろ草のいろ』飯沼鮎子 北冬舎

2011年刊行の『ひかりの椅子』(角川書店)に続く第五歌集。

集中に「アダンの木陰」のエッセイが収められている。

奄美の亜熱帯の動植物を濃密な筆致で描いた田中一村のこと、そして、

奄美南部の加計呂麻島の島尾敏雄のことなども書かれている。

著者には、奄美大島の染色工房に寄宿している娘さんがいる。

日常から逸脱するように、奄美へ旅をする著者。

 

    (略)人のいない静かな遠浅の海辺にいると、なにか私の

      芯までふんわりとほどけるようで…(略)

 

こんな数行を読んだだけでもわたしの心は癒やされる。

このところの荒んだ心に飯沼さんの『土のいろ草のいろ』は、せつなく

かなしい。

 

   誰だっていつかは死ぬという声がすべてを殺してしまうのだろう

   さびしさの沼に沈んでゆく感じ浅く乾いた咳が聞こえる

   無かったと思いたいのが人間で忘れないのも人間だから

   歳月は断念を生み断念は希望をうむと ほんとうだろうか

   終わらせたくないと確かにそう言った 声は乱れて夢に入りくる

   われは激しき風であったか雨であったか 壁が崩れていくような日々

   絶望というほどでなく寂しさはチキンスープのかすかな濁り

   ユリノキの葉擦れの音が従いてくる誰も悪くはないという嘘

   いつ死ぬかわからない気がしています 読み過ごしていしこの幾年を

   来いと言い来るなと言いし気紛れな青きパパイヤのようなる娘

 

長く病んでいた父君がお亡くなりになり、その前後の歌もさることながら、

母をうたった歌もせつない。

この一集の、せつなさも悲しみもわたしのものでもある。

恣意的な歌の引用になってしまったが、帯に書かれている「〈わたし〉は

どこを生きているのだろう?」は、わたし自身にも重なってくる。

 

          2019年12月20日 初版発行

             2400円+税

 

 

 

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