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2020年3月14日 (土)

歌集『生きてはみたが』千々和久幸 砂子屋書房

本集は『水の駅』に続く第六歌集。

457首をほぼ逆編年体に収めている。

著者自身が「あとがき」でタイトルに対して「身も蓋もなく、あまりにも芸が

無さ過ぎる気もしないではないが…(略)」と記している。

 

しかし、このタイトルの「苦く屈折した自嘲の思い」も、氏の第一詩集『恋唄』の

経緯を知る者にとっては納得できる。『模範答案』というタイトルにする筈だった

のを詩人の山本哲也氏が勝手(事後強制)に『恋唄』と改題してしまったのだ。

(『詩という磁場』山本哲也著 石風社 1988年12月刊)

『模範答案』に込めた氏の「苦く屈折した自嘲の思い」は脆くも挫折したのだ。

(結果的には『恋唄』で良かったともいえるが。何しろ第一詩集だし。)

 

第一詩集『恋唄』が刊行されたのは1965年。それから2冊の詩集を刊行し、

第一歌集『壜と思慕』が刊行されたのは1981年であり、歌人としての出発の

方が遅かったのである。

 

自由詩から短歌へと移った氏の思いは窺いしれないが、〈詩をつくるより田を作れ〉

ということをしばしば口にしていたらしい。

 

さて、前置きはこのくらいにして、歌を挙げたい。

 

   いつか来るきっとその日が突然に そのいつかなお信じ難しも

   わたくしが五月の風であったとてだあれも来ない朝の食卓

   晩酌より明日食うものをどうするか ちゃらちゃら詩など書いてはおるが

   生きているものが優先 当然のこととし葬儀の日程決まる

   蟻地獄に落ちたる蟻が踠(もが)きつつようよう己が蟻だと気づく

   信号より二つ目の角くじら屋の二階でとぐろ巻いております

   紀伊國屋に売れ残りいしわが詩集時折覗き確かめゆけり

   長くやるほど下手になるゴルフなれ 短歌も同じコースを辿る

   「お近かくにお越しの節は」は削除して転居通知の発送終えつ

   当然に居るべき人が居なくなるこれまでもそしてこれからもまた

 

 

1首目、「その日」とは、死んでしまう日のことだろう。「突然に」来る

   死は遺された者にとっては耐え難いことであろう。そして、1年が

   かり、あるいはそれ以上の日々によって徐々に徐々に「その日」を

   迎える闘病の人たち、病人も介護する者もつらい・せつないことで

   あろう。いずれにしても「その日」が誰の上にもいつか訪れる。

 

3首目、〈詩を作るより田を作れ〉といつも言ってた氏。「ちゃらちゃら」

   は、ちょっと言い過ぎ(笑)

 

5首目、猫が自分の姿の映った鏡をつくづく見て「ぼくは猫だったのか」という

   動画 ? を先日観たが、蟻地獄に落ちた蟻も哀れなことよ。「蟻」は著者

        自身の比喩かも。

 

6首目、子規のハガキ歌みたいな。「ですます調短歌 ? 」

 

8首目、「同じコースを辿る」短歌とは、嗚呼。

 

10首目、居なくなって気付くことの多さ。それは〈愛〉であったりもする。

 

 

             2020年3月14日 初版発行

               3000円+税

             

 

 

 

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