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2020年4月

2020年4月29日 (水)

『どんぐり』大島史洋歌集 現代短歌社

2014年から2018年までの5年間の総合誌に掲載された

作品540余首を収めた第13歌集。

 

   亡き友とかわす会話のつまらなさおのれの思うままにはこべば

   産院に孫を見にきてこのたびはペルー産ふくろう一つを買いぬ

   ステージ別生存率なる表はあり 俺のステージはもう終わったか

   川戸にて摘みて給いし水芥子手に撫でており夜の卓の上

   どんぐりの大小さまざま玄関に散らばりてあり夜半を帰れば

   吾が部屋の床のくぼみに目を落としじっと見ていし或る日の息子

   人間が壊れるとは比喩ならず肉体ならず目に見えぬなり

   小池くんほど面白くは書けませんそうことわっている夢を見た

   へたくそな登良夫と囲碁がうちたいなあそんな殊勝な夜中ではある

   日本語がこわれる前に人間がこわれて私はこわれはじめた

 

8首目の歌を読むと、小池さん(小池光氏)の短歌が射程にあるのか ?  と、

思ってしまう。小池さんの歌の面白さは、唯の面白さとは違って、ペーソス

即ちユーモアの底にもの哀しさがただよっているのだが。

(あ、ごめんなさい。歌ではなく「書けません」だから、文章かな ? 。)

 

もの哀しさといえば、6首目。大島さんの息子さんならではのリアリズム。

父親が四六時中、座っている床のくぼみに「目を落としじっと見ていし」。

きっと息子は父親の在り様に思いをいたし、さりとてなんにも言わずに。

(この歌の背景を「未来」二次会で、息子と父親の関係として、大島さんが

苦笑しながら喋っていたような。)

 

3首目の「ステージ別生存率」とか、10首目の「私はこわれはじめた」など、

余裕があるというか、ホントに「こわれはじめた」人は「こわれはじめた」ことなど

認識していない筈だが ?

 

9首目の「登良夫」はアララギの歌人でもあった大島登良夫氏。大島さんの父君で

ある。「囲碁がうちたいなあ」の素直な吐露。しかし「へたくそな」と一言付け加える

ところが大島さんらしい、照れ隠し。そして「殊勝な」と言い訳をする。

 

2首目の「ペール産ふくろう」は、孫に遣るためではなく、蒐集している自分のために

買ったのだろう。自祝の思いを込めて。

 

4首目の川戸の水芥子。土屋文明の疎開先でもあった川戸への思い入れか。

(「水芥子冬のしげりを食ひ尽しのどかに次の伸びゆくを待つ 

                                                           土屋文明 『山下水』」)

 

5首目の玄関にちらばるどんぐり。この歌の背景は言わずとも、幼い孫らを読み手は

想像できる。

 

4首目、5首目のような、ナチュラルな歌がいいな。

そういえば、大島さんにももう随分お会いしていない。

「私はこわれはじめた」なんて、かなしいことは言わないでっ。

 

 

            2020年4月13日 発行

              3000円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年4月24日 (金)

「合歓」第88号 2020. 4

発行人 久々湊盈子さんの「合歓」を読む。

本号は久々湊さんの第10歌集『麻裳よし』(短歌研究社 令和元年9月刊)

の批評特集。

谷岡亜紀・古谷智子・富田睦子・桑原正紀諸氏の批評を読む。

『麻裳よし』の真髄に触れる批評に大いに共感する。

 

    ユーモアと人生。それがこの歌集の最大の特徴である。

              谷岡 亜紀「ユーモアと人生」

 

    彼女の文体は骨太で簡明である。(略)

    とりわけ歯に衣着せない批評精神がそれに乗せられたとき、

    切れ味のいい刀のような凄みを湛える。

              桑原 正紀「〈豊かさ〉を揺曳して」

 

この88号が届いたのと前後して、『麻裳よし』が、第47回日本歌人クラブ賞を

受賞したことを知る。(久々湊さん、おめでとうございます。)

*なお、当ブログ「暦日夕焼け通信」の2019年10月15日に『麻裳よし』の紹介を

 しています。

 

さて、この号のインタビューは「福島泰樹さんに聞く」。

この対談では、福島さんの歌に対する思いや交友など多岐にわたり語られている。

その中で注目したのは、武田百合子さんとの親交を語られていたことだ。

「泰淳さんの遺骨の前に頭をおいて泊めてもらった」だって。

「なんという贅沢 ! 」と、久々湊さんが溜息?を洩らしている。

 

久々湊さんも愛読書と語っていた武田百合子さんの『富士日記』(上・中・下)

(中公文庫 昭和56年刊)を書棚より取り出してくる。

夫の武田泰淳氏と過ごした富士山麓での13年間のことを記した日記。

 

しかし、なんとしたことか。

この文庫を買った当時はすいすい読めてしまった3冊なのに、文字の小ささに

愕然とする。そういえばその頃はまだ老眼にも程遠い年齢であったわたし。

 

そして、現在のおおかたの文庫本は高齢者にやさしい?

大きい活字になっていることに、思いいたらなかった。

(時代は移る、わたしは加齢する。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年4月23日 (木)

「パリに差した光り」辻 仁成 朝日新聞       2020年4月22日(朝刊)

13面、6段抜きの辻仁成さんの寄稿文を読む。

 

   (略)実は、新型コロナウイルスの脅威は感染力の強さや致死率の

    高さだけではない。このウイルスには人間を分断させる恐ろしい

    副作用がある。人と人との関係を断ち切るもう一つの破壊力も忘れ

    てはならない。(略)

 

そうなんです。

「人と人との関係を断ち切」られた私たち高齢者。

高齢であるがゆえに遠くに住む子どもにも会えないせつなさを

友人たちは言う。

「帰っておいで ! 」と告げたいのに、告げられないせつなさ。

カルチャー教室もことごとくお休みとなってしまい、月二回仲間に会う

楽しみも消えてしまった。

そして、施設にいる老親や、入院中の友にも会うことができないつらさを

「非常時だから」と、みんな我慢している。

 

     (略)日常を奪われたぼくらがロックダウン下で一番守らなければならない

       ことは「生活を失わない」ことだ。(略)

 


「閉じこもりで精神的にやられています。」と叱られても「一人暮らしの自粛生活は

孤独です。」、「孤独なのです。」

友だちと会ってお喋りすることも、ウィンドーショッピングをする愉しみも

ままならない今の生活。これって、生活といえるかしら。

光りはどこにあるの?

光りは探したら、どこかに見えるの?

 

ぐだぐだと愚痴をこぼしている自分が情けない。

そうだ、前を向こう。

コロナウイルスが終息したら、先ず何をしょうか。

「ひと月に1度は小さな旅」を。

 

と、いうことで、旅のプランを立てることにする。

はかない望みを抱いて……



     

 

2020年4月22日 (水)

歌集『時雨譜』 菅原貞夫 砂子屋書房

「合歓」会員の第一歌集。

歌集題について、以下のように記している。

 

    (略)「時雨」の持っている地味で控えめなイメージが、ヴィオラの音色に

     通じているのかもしれない。いや、もっと言えば、私自身の性格そのもの

     かもしれない。

 

著者は、大宮フィルハーモニー管弦楽団や大宮GMTアンサンブルに入団している

だけあって、ヴィオラの音色が通奏低音のように流れる一集でもある。

ことに、選びぬかれた言葉の数々は古語や雅語、歌枕や枕詞がちりばめられ、

文語・旧仮名遣いの歌体と相俟って、その風姿が美しい。

 

     満開のソメヰヨシノも羨むかオホシマザクラふくらにて無垢

     みちのくの春まだ浅ききさらぎのこの日もちづき山家忌(さんかき)しぐる

     生活(たつき)とふ侮りがたき存在がわが愛(を)しむべき時を奪へり

     同じ火を見つむる人と思ひしが君は火影(ほかげ)の闇を見てゐし

     人の死はいつ来るものか白露の命なりけり けふ西行忌

     にぎたまの吐息を抱きて黙(もだ)しゐる月の器をヴィオラと言へり

     わが逝きしのちの見沼の水面にも今朝のむくげの風わたるらむ

     旅らしき旅もせで経し九十年 母の初旅、死出姿かなし

     これやこの「悪魔の三歳」天下とり十三番さん(ぢいさんばあさん)

     疲れ果てたり

     み空ゆく雲の使ひにさそはれて夢に夢見る旅枕かな

 

2首目の「山家忌(さんかき)」は、西行の忌日の陰暦二月十六日。

5首目にも「西行忌」のことがうたわれており、著者にとって西行は称賛すべき

一人でもあろう。

9首目、所謂〈孫歌〉であるが「悪魔の三歳」といい「天下とり」とは、言い得て妙。

 

本集には、批評精神の籠る「憂国時事辞(ジジジ)」があり、読んでいると溜飲が

下がる。

     原発とふ科学の花は死出の旅うれしがらせて泣かせて消さず

     再稼働に阿(おもね)るばかり恥づかしの身も蓋もなき忖度司法

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

 

本集の、Ⅴ章には「私の好きな歌」と題して、22名の22首について鑑賞している。

なお、Ⅵ章には長歌9首が収められており、充実の第一歌集である。

 

 

             帯  久々湊盈子

             解説 久々湊盈子

           2020年4月12日 初版発行

             定価 3000円+税

 

 

 

2020年4月20日 (月)

「戻らない日々」

夢を見た。

夢のなかで「これは夢ではないよね」と呟いていた。

「だってあなたに体温があるもん」

 

    『草花の匂ふ国家』を読みてゐる病室のあなたを見舞ひきたれば

    十階の窓より俯瞰の芝のいろ消魂(けたたま)しかり緑色の濃き

    公園の小道を歩むパラソルをさした人にも人生がある

    たまゆらの沈黙ありて沈黙をややに懼るるたそがれの窓

    帰るわといへばわが手を引き止むる縋りつくやうな眼(まなこ)を向けて

    湯治場にああ行きたいと呟ける こゑにこたへていつか行かなむ

    就眠の時間となりて帰りゆく地熱のいまだ残る街衢を

       「未来」2019年10・11・12月号より 恒成美代子

 

 

明け方の夢は、自分の泣き声で、覚めてしまった。

泣かなければ、もっと長く、一緒に居られたのに…

堪え性のないのが、かなしい。

 

 

 

 

2020年4月19日 (日)

『耳をすます旅人』友部正人 水声社

この2・3日、書棚の古い本を読んでいる。

たぶん、わたしが一生かかっても遺された本は読みきれないだろう。

 

今日は友部正人の『耳をすます旅人』。

「旅する詩人の記録」と銘打たれたこの書の帯には「日本各地で出会った風の音、

雨の音、海の音、古い友人とのおしゃべり。全篇から音楽の聴こえてくる旅の連作

エッセイ集。(略)」の惹句が記されている。


この書の終りの方に「福岡」の章がある。

 

    那加川(正しくは、那珂川)に架かったであい橋、その川の畔の貴賓館、

    都心の肺のような中央公園、そこから見上げたアクロス福岡というビル、

    なんだか別の街に来たみたいだった。そのビルを中央公園から見上げると

    小山のような形をしていた。どのテラスにも植物があふれ、テラスとテラスを

    結ぶ階段が山道のように、頂上までジグザグに続いていた。そこを登って

    行く人たちを遠くから見ていたら、山登りしているみたいでとてもおもしろ

    かった。(略)

 

 

そう、天神中央公園の向こうにはアクロス福岡のビルが聳えている。

緑の樹木を纏って。

2019年、春から夏、そして秋にかけて、わたしはその景色を100日ばかり

10階の窓から眺めていた。時には8階の窓から。

もう随分むかしのような気がしている。

 

 

         写真 小野由美子

        1999年12月8日発行

           1800円+税

 

 

2020年4月16日 (木)

井口理のラジオに突撃 「アゲハ蝶」のデュエット

蟄居生活をもてあまし、ネットサーフィンであそんでいたら、

「きなこ」さんのマイ推しの文章にゆきついた。

きなこさんのマイ推しは、「井口理」。

井口理って、ナニモノ?

彼女の説明によると、ヒゲと眼鏡の男の子。

声の透明度がバイカル湖。キーの高さがエベレスト。

「歌声は天使です」のお墨付き。

そして、抜群の歌唱力らしい。

青年と少年の間位の男の子、とか。

 

知りたい、知りたいと知識欲旺盛なわたしはやおら「井口理」の

情報集めに費やす。

そして、すこうし分かったこと。

「井口理」は、「いぐち さとる」、ことし27歳?になるらしい。

ここまで読んで、知ってるひとはたちどころに「King Gnu」のボーカルの人って

答えるだろう。

昨年末の「紅白歌合戦」に出ていたらしいけど、わたしは観ていない。

あの頃はテレビを観る余裕もなかった。

 

それは、さておき、肝心の「あげは蝶」のデュエット。

3月の末頃まで、「オールナイトニッポン」のラジオ放送に出ていた井口理さん。

その最終回のゲストで飛び入りしたのが「PORNO GRAFFITTI」の岡野昭仁さんで

2人で岡野さんの「あげは蝶」をスタジオでデュエットしたのだ。

ハモっているところなど、ぞくぞくする。

 

そのデュエットは、何度聴いても、何度聴いても、また聴きたくなるくらい、いい。

ちなみに視聴回数「278285」回と表示されていた。

 

ググってごらん。「DISPATCHERS  岡野昭仁@ オールナイトニッポン」。

今でもたぶん視聴できると思う。

ところで、きなこさんは、年齢のことをさかんに気にしてマイ推しを

書いていたけど、そんなぁ~。

じゃあ、わたしなど「孫世代」の「歌声は天使」さんに溺れている ! ?

 

    あなたに逢えた それだけでよかった

    世界に光が満ちた‥‥‥

          「アゲハ蝶」より

 

 

 

 

 

2020年4月15日 (水)

『うたふ鰭』熊村良雄歌集 青磁社

「ヤママユ」会員の『月齢暦』に続く第二歌集。

 

21ページに及ぶ長い長い「後記」は、評論の体(てい)を、そうしている。

易しいようでいてなかなか含蓄のある文章で、私には理解し得ていない部分の

方が多いのではないだろうか。

引用された人名は、前川佐美雄・浜田到・西行・永瀬清子・河野裕子・永井陽子・

西脇順三郎・前登志夫・高村光太郎の9名で、短歌や詩をとりあげている。

そのなかで、以下の個所に立ち止まった。

 

     キリストの言葉が美しいのはその対応が他に比を見ないほど新鮮

     だからで……             永瀬清子『短章集』

 

    (略)歌は昔から自然をうたうものときまっているが、人間的な詠歎に

     しろ、それは自然に託してうたう方がより感銘が深いことを経験が

     教えている。それはなぜかなどとは考えることもできない。自然から

     離れたとたん、それは錨を失くした船のように居心地が悪いことに

     なるだろうが、つまりそれほどそれは歌の大要に関わることであり、

     いわゆる自然観などとは関わりのないものである。(略)

 

肝心の著者の歌を紹介したい。

     

     七回忌になるといふのに村ぎもの心はとほき風景にをり

     三人のことに老婆の不思議なれ小さくなつて菜の花へ行く

     夕狩りの何処(いづこ)へ行かうバーコードをよまれし糧を袋につめて

     歩めども行き着けざるは夢の路ゆふべの道の何ぞ遥かなる

     この道に句碑歌碑あまた在るふしぎ木漏れ日が墓地よりも寥しく

     万年筆のブルーブラックつゆけきに念ひのほかのことも出で来ぬ

     つゆくさのあを鮮しき池にすむ鯉も脱皮をしてみたからう

     釣りし鯊をつくづく視つむどこかにこの世の終りはあるのだらう

     霜月の空に羊の群れ出でてヤマダ電機を呑み込みにけり

     逝きてはや七年になる家人に今年も賀状をくれし人あり

 

どうぞ、鑑賞していただきたい。

恣意的な引用なのは、ご海容を。

 

             2020年3月22日 初版発行

                2500円+税

 

 

 

2020年4月14日 (火)

季節の便り(41)満天星躑躅

小さな壷状の白い花、一見するとスズランの花に似ている。

秋の紅葉も美しいが、春に咲く可愛いらしい花が好き。

近くのS病院の花壇にこの満天星躑躅が2本ある。

ことしもしっかり見ることが出来た。

 

昼間、TSUTAYAに物色するために行ったがお店は閉まっていた。

文庫を2・3冊買おうと思っていたのに残念。

 

蟄居生活が続き、食べることしか愉しみがない。

医療関係の方々のことを思うと口幅ったいことを言うようで、

ごめんなさい。

そんな日々を過ごしていたら、ヘルスメーターの針が2キロ増えていた。

そういえば、1月の頃は食べていなかったというか、食べられなかったのだった。

 

夕方、那珂川の遊歩道を歩く。ジョギングする人や犬の散歩をする人など

見かける。4000歩ほど歩いて帰宅。

 

気持ちを軽くしたいと断捨離をはじめる。机の周辺の紙類をどんどん捨てる。

2008年1月6日付けの笹井宏之さんのメールが出てきた。

これはだいじにとっておくことにする。

 

PCの背景を満天星躑躅の花に置き替えた。

 

2020年4月 9日 (木)

CD 「読みかけの本」友部正人

抽斗のなかに沢山遺されていたCD。

友部正人の大ファンだったひとのCDを本日は1日中聴いていた。

その中の一つ「読みかけの本」。

歌詞カードというか、小さな冊子がとてもいい。

その冊子のPhotographer  は、小野由美子さん。

被写体の猫がカワイイ。

 

友部正人 1950年5月生まれ。

     1966年高校1年の時、ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・

     ストーン」を聴いて自作の歌を歌いはじめ名古屋の街角で歌い出す。

      『耳をすます旅人』(水声社 1999年12月刊)巻末の略歴より

 

好きなのは「愛はぼくのとっておきの色」のリフレインの部分。

涙が出そうになる。

そして、最後の章はいちばん胸に響く。

 

     過去と見分けがつかないように

     未来を同じ色に塗ったのさ

     愛というとっておきの色には

     フタをしたまま時間が過ぎた

     (略)

    友部正人 作詞・作曲「愛はぼくのとっておきの色」より

 

詩人でもある友部さんの歌詞は抒情的である。

1988年から1999年までに出されたCDはおそらく殆ど買っていた

のではないだろうか。

 

     「はじめぼくはひとりだった」

     「夕日は昇る」

     「ライオンのいる場所」

     「遠い国の日時計」

     「けらいのひとりもいない王様」

     「夢がかなう10月」

     「ブルースを発車させよう」

     「イタリアの月」

     「読みかけの本」

 

と、CDだけでもこれだけある。

昨夜はスーパームーンをひとり仰いだが、今夜は友部さんの

「読みかけの本」の中の「月の光」を聴きながら眠りに就きたい。

 

     笑ったのはそこにぼくたちがいたから

     でもそれは言葉じゃない

     ぼくたちが信じたこと

     それがぼくたちの言葉になる

 

     月の光よ、見ていておくれ

     ぼくたちの姿をとらえておくれ

     一人の人の手足じゃないぼくたちを

     一人の人の顔じゃないぼくたちを

       友部正人 作詞・作曲「月の光」より

     

 

2020年4月 8日 (水)

ISS(国際宇宙ステーション)と、スーパームーン

19時38分、西の空にISSが飛んでいる。

宵の明星の下?あたりをぐんぐん飛んでいく。

今夜は天頂近くを飛んでいるので、5分くらい裸眼で観ることができた。👀

そして、東の空にはスーパームーン。

今夜の月は赤いような気がする。

やっぱりいつもの満月より大きい?。

今の時間、20時頃の月、綺麗だからちょっと東の空を眺めてごらん。

 

今日は合同歌集「陽だまり」が届き、うれしい。

Tさん、Yさん、パソコン入力や製作に頑張ってくれたみたい。

感謝です。ありがとうございました。

 

2020年4月 7日 (火)

「にっぽん列島 鉄道紀行」DVD 全30巻

小椋佳のテーマソング「大いなる旅路」の歌声、

 

    なつかしい人が はるかな日々が

    時の流れこえて ほら めぐる旅路

 

本日は1日、DVDを観て過ごす。

郡山から会津若松へ、そして野沢から新潟へ。

会津若松では御楽園の薬草園を散策し、黒ごま羊羹と抹茶を頂く。

長門屋の駄菓子屋さんでお菓子を選び、車内では喜多方のラーメン丼を

二人で食べて…

旅のたのしさ満喫なんだけど、そんな旅はもう夢になってしまったような。

SLに乗るような旅がしたい。

 

明日は、宮脇俊三の『鉄道旅行のたのしみ』(集英社文庫)と、

   『時刻表おくのほそ道』(文春文庫)を読んで過ごすつもり。

 

蟄居生活?が、つらいなどとは、言えないんだわ。

 

 

2020年4月 6日 (月)

歌集『ヒアシンスハウス』林 和子 六花書林

前歌集『カスターニェンの木』から20年を経て編まれた著者の

第三歌集。「晶」同人。

 

浦和の別所沼公園のほとりに、五坪ほどの木造ハウス

「ヒアシンスハウス」が建っている。その守りびとの一人でも

ある著者。24歳でこの世を去った立原道造の夢のハウスである。

 

   あずさゆみ春のわた雲ひつじ雲その下をゆく痩身のひと

   南部風鈴の音色すみたり筋雲はかがやき離れまた寄りてゆく

   まぼろしのようなる約束愉しけれ雲ほころびて光こぼせり

   いち早く春は沼辺にやってくる水のおもてに水鳥の影

   沼辺には葦がそよいでいるだろうちぎれ雲浮き春さきの風邪

   遅咲きの隅田の花火ほめらるる通りすがりのアルトの声に

   東大寺戒壇院の石段を濡らして静かに春の雪降る

   野の花のようなるわれら囀りに耳かたむけて雲をまたいで

   信濃路は大いなる眠りに包まれて頬杖をつく石のみほとけ

   いつかわれは秋津となって飛ぶだろうサッカー場を川のほとりを

 

10首選んだら、5首も「雲」の歌になってしまった。

立原道造の詩のように清冽な歌が並ぶ。絵でいえば淡彩画のような。

今のわたしはこのような歌に心が癒やされる。

高原を歩く道造をまぼろしに描く1首目。

6首目の「隅田の花火」は、あじさいの名前。わたしの大好きな品種である。

どのページを開いても、爽やかな風と、雲と、そして、沼辺の草木が目に浮かぶ。

 

   ヒアシンスハウスの外は雨となり鳥の図鑑を棚にさがす子

 

「沼へ向く第三角窓」のあるヒアシンスハウスへ行ってみたい。

いや、行かねば、行きたい、と思うけど、いつになることやら…

 

    夢みたものは ひとつの愛

    ねがったものは ひとつの幸福

    それらはすべてここに ある と

       「X  夢みたものは」  立原道造

 

        

                              帯  小林 幸子 

         2020年3月28日 初版発行

             2500円+税

           

 

 

 

 

 

 

2020年4月 3日 (金)

「文学館倶楽部」福岡市文学舘 №.30

         博多に生れ博多を出でずほろびざる古き昔の博多を愛す

                 「波濤」4号  持田 勝穂

 

2020年3月31日発行の№.30 の特集は「持田勝穂」。

明治38年3月9日生れ、平成7年6月25日病没。

昭和28年より「形成」に参加。「形成」の解散後、大西民子とともに

「波濤短歌会」を結成。平成5年「波濤」を創刊し、運営に尽力。

 

    歌集 『雲表』(南風書房 昭和22年)

       『海光』(叡智社 昭和23年)

       『近代の靄』(新典書房 昭和31年)

       『紙魚のごとく』(西日本新聞社 昭和50年)

       『青馬を見む』(短歌新聞社 昭和62年)

       『ほたるぐさ』(短歌新聞社 平成8年)

       『博多川』(短歌新聞社 平成10年)

 

       どこの街にせよ、その街の川には、川独自の顔があるように

       思われる。私の生れたのは博多上鰯町、現在須崎卸問屋街の

       区域であり博多川の流れを揺籃として育った町の子である。

       それだけに精神的にも、肉体的にも、この川には切っても

       切れない生の証しというような深い拘りがある。

            「波濤」巻頭エッセイ「波濤通信」より

             「いまはむかし博多川(その1)」(平成6年4月)

 

     

     

  短歌

   記者らしくふるまはず我は終りたし異端といふには少しく違ふ 『紙魚のごとく』

   新聞を凶器のごとく或る時は恐れて編集せし日もありき       〃

   凡庸わたくし一人(いちにん)のためながらへてほしかりき北原白秋先生  〃

   人ごみを来て若からぬ感傷が編集室に入るまで消えず    『近代の靄』

   七人の子らに弁当を七つ詰め持たせし残り妻と分け食ふ   『海光』

   電車より子が嫁ぎたる家が見え灯をともす時刻灯をともしをらず 

                               『青馬を見む』

   八人の子のなかの一人しあはせにあらぬとぞ聞きこころ沈みゆく    〃

   夫を亡くしたる娘が夕べ素麺を少し食べをりおとも立てずに      〃

   博多川を母なる川ぞと我が称(よ)びて母をこほしむ老いたるいまも 『博多川』

   寝もやらず眺めてゐたり博多川の此の月の夜のさざなみは春      〃

 

「福岡の文学者  持田勝穂 」恒成美代子・執筆2ページ。

 

*他に「企画展報告」や、「関連イベント」、「講座・イベント」の紹介掲載。

*令和2年2月11日に開催された「我らの額に孤高の旗を」の講演・板橋旺爾氏 

 聞き手・深野治 の講演抄が2ページにわたり掲載されている。

*「ふくおか 文学のある風景」では、本屋&カフェ「本のあるところ ajiro」が

  紹介されている。

 

 判型A4・12ページの読み易い「文学館倶楽部」は、福岡市総合図書館及び

 福岡市赤煉瓦文化館にも置いてあると思います。興味のあるかたはお手に

 とられてみてください。

 

               編集  中山千枝子

 

 

 

 

2020年4月 2日 (木)

映画「つつんで、ひらいて」監督・編集・撮影             広瀬奈々子

15000冊もの書をデザインした装幀者・菊地信義と、本をつくる

人々を、3年間にかけて追ったドキュメンタリー。

 

タイトルの文字の書かれた紙をくしゃくしゃに丸めてしまう。それを

再び広げ、丁寧に平らにしてコピーをとる。そうすると、どうなるか ?

コピーされた文字は擦れる。そのかすれた風合いをデザインとしてつかうのだ。

菊地信義は「こさえる」という言葉が好きなようだ。

「こさえる」は「拵(こし)らえる」であり、手作り感の伝わる職人の仕事みたい。

 (このくしゃくしゃに丸めてコピーした文字といえば、吉本隆明の『追悼私記』

JICC出版局 1993年3月刊 がある。)

 

 

仕事場の机の上で、文字を選ぶ。

それを鋏で切りとる。切り取った文字を貼ってゆく。

カバーのタイトルの文字を斜体に貼る。1ミリの間隔に拘りながら。

 

この斜体の文字といえば、干刈あがたの『アンモナイトをさがしに行こう』

(福武書店 1989年刊)と、同じく干刈あがたの『ウォークinチャコールグレイ』

(講談社 1990年刊)がある。一時期、干刈あがたのファンでもあった私は、

菊地信義と干刈あがたが同年生まれであることを知った。

干刈あがたの『どこかヘンな三角関係』(新潮社 1991年刊)には、お二人の

交友?が綴られている。題して「菊地信義さんと〈ピンク色〉と私の関係」。 

 

さて、映画の方は古井由吉の新刊の装幀から印刷までの過程を見せてくれる。

そのあいまあいまに、喫茶店「樹の花」でのひとときや、自宅でレコードを

聴いているところや、骨董市での菊地信義の姿を追う。

いずれも絵になっている。お洒落なのだ。あの黒で統一された着衣はホントに

この映画に相応しい。

 

現在では当たり前みたいになってしまったカバーのタイトル文字を帯に跨がらせる

方法。これなど私は勝手に菊地信義が考案したものではないかと思っている。

先ほどの吉本隆明の『追悼私記』は、「追悼私」までが表紙カバーにあり「記」は

帯に記されている。勿論、カバーにも「記」は入れてあるのだが、帯で隠れるように

なっている。

このタイトル文字をカバーと帯に跨がらせる方法は、干刈あがたの『ワンルーム』

(福武書店 1985年刊)では、帯に「ム」だけ跨がらせているのだが、帯の白地は

実際の帯でなく、カバーの下段を白地にして帯に錯覚させていることだ。

 

こういった魔法のような手口で最も意表を突いたのは、『吉本隆明 鮎川信夫論』・

『鮎川信夫 吉本隆明論』だ。これは2冊の書ではなく、1冊で2通り、即ち、背表紙

の文字が一つは逆に印刷されてあり、ページを開く時も、吉本からも鮎川からも開く

ことができ、奥付まで1冊の書に2個所あることだ。

こんなこと考えだしたのは菊地信義しかいない(笑)

本棚に並べると、当然どちらかは逆さまになるのだけど……

 

最後につけ加えたいのは、菊地信義の弟子?でもある

水戸部功氏の言葉。 

 

        装幀は、本来シンプルなものほど良いはずなんだけれど、

    依頼者は何かを加えたがる……

 

本好きのかたには、是非お勧めの映画。

(入口で熱を測られ、席も飛び飛びの距離になるけど…)

 

そして、劇場用パンフレットが1000円。

これが、また凝っている。まさに「つつんで、ひらいて」の装幀であった。

63ページもあり、眺めておくだけでも愉しいパンフレットである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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