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2020年4月15日 (水)

『うたふ鰭』熊村良雄歌集 青磁社

「ヤママユ」会員の『月齢暦』に続く第二歌集。

 

21ページに及ぶ長い長い「後記」は、評論の体(てい)を、そうしている。

易しいようでいてなかなか含蓄のある文章で、私には理解し得ていない部分の

方が多いのではないだろうか。

引用された人名は、前川佐美雄・浜田到・西行・永瀬清子・河野裕子・永井陽子・

西脇順三郎・前登志夫・高村光太郎の9名で、短歌や詩をとりあげている。

そのなかで、以下の個所に立ち止まった。

 

     キリストの言葉が美しいのはその対応が他に比を見ないほど新鮮

     だからで……             永瀬清子『短章集』

 

    (略)歌は昔から自然をうたうものときまっているが、人間的な詠歎に

     しろ、それは自然に託してうたう方がより感銘が深いことを経験が

     教えている。それはなぜかなどとは考えることもできない。自然から

     離れたとたん、それは錨を失くした船のように居心地が悪いことに

     なるだろうが、つまりそれほどそれは歌の大要に関わることであり、

     いわゆる自然観などとは関わりのないものである。(略)

 

肝心の著者の歌を紹介したい。

     

     七回忌になるといふのに村ぎもの心はとほき風景にをり

     三人のことに老婆の不思議なれ小さくなつて菜の花へ行く

     夕狩りの何処(いづこ)へ行かうバーコードをよまれし糧を袋につめて

     歩めども行き着けざるは夢の路ゆふべの道の何ぞ遥かなる

     この道に句碑歌碑あまた在るふしぎ木漏れ日が墓地よりも寥しく

     万年筆のブルーブラックつゆけきに念ひのほかのことも出で来ぬ

     つゆくさのあを鮮しき池にすむ鯉も脱皮をしてみたからう

     釣りし鯊をつくづく視つむどこかにこの世の終りはあるのだらう

     霜月の空に羊の群れ出でてヤマダ電機を呑み込みにけり

     逝きてはや七年になる家人に今年も賀状をくれし人あり

 

どうぞ、鑑賞していただきたい。

恣意的な引用なのは、ご海容を。

 

             2020年3月22日 初版発行

                2500円+税

 

 

 

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