« 大田美和思考集『世界の果てまでも』 北冬舎 | トップページ | 歌集『静電気』橋場悦子 本阿弥書店 »

2020年5月 6日 (水)

柳 宣宏歌集『丈六』 砂子屋書房

2015年から2019年までの作品を収録。「まひる野」編集委員の

第三歌集。

歌集題の『丈六』とは、胡坐を意味し、〈座禅〉のことだろうか。

 

  一歌集に撃ちてし止まむをくり返す斎藤茂吉すらさうだもの

  ユニクロのTシャツうしろまへに着てなにごともなし夕日が沈む

  よくもない頭の中で恨んだりしてゐるうちに木の芽が芽吹く

  妻なしとなりける島田の手を握り言ふことかある妻あるわれに

  蝶々の来たりてヒネモラの花を吸ふ四月十四日は母の逝きし日

  てのひらを軽くひらきて確かむるこの指先に脈打つものを

  子と酌みてきりもあらねば「お先に」と座卓のうへに手をつきて起つ

  死ぬ気ならできると言つたことがある死ぬ気になつたことがないのに

  父さんの頭のやうな岩がありこのふた月の無沙汰を詫びる

  玄関に白き桔梗の活けられて御帰りなさいませと言ひたり

 

 

ちっとも難しい言葉や言い回しがない。平易なことばの中に著者の心情や只今の

在り様が伝わってくる。気取ったりしていないところに好感を持つ。

 

 

1首目、斎藤茂吉の「戦意高揚の歌」、その類の戦争の歌は『小園』などでも

全集増補の時には省かれている。戦争を煽る歌を作ったのは事実であり、過誤で

あった、では済まされないであろう。(にんげんの心はかくも弱い ? )

下の句の「斎藤茂吉すらさうだもの」に、些か同情もしているような感じ。

 

4首目、「妻なしとなりける島田」は、同じ「まひる野」の島田修三氏のこと。

「島田修三夫人告別式」の小見出しの中の一首。

「妻あるわれ」が、何程のことが言えようか、いや、言うことばが無い。

「言ふことかある」の屈折した用言に注目。

 

5首目、一読、「ネモフィラ」の誤植かと思った。「ネモフィラ」は「フィネモラ」

とも呼ばれることを知った。従って「フィ」を「ヒ」と表記している。

そういえば、本集の発行日が亡き母の命日になっている。母を慈しむ思いの丈で。

 

6首目は、長歌の「救急搬送」の反歌。

「(略)救急の 車も朧、検査室、巡りて戻る 病室に 妻が顔見ゆ。力ある

 黒き瞳と 目を合わせ、再びを 眠りに落ちぬ、点滴のまま。(略)」

 

10首目の「御帰りなさいませ」は、妻の声ではなく「白き桔梗」が言った

のだろう ?    桔梗だったら言ってくれそうな気が…

 

 

           まひる野叢書第369篇

          2020年4月14日 初版発行

             3000円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

« 大田美和思考集『世界の果てまでも』 北冬舎 | トップページ | 歌集『静電気』橋場悦子 本阿弥書店 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事