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2020年5月 9日 (土)

歌集『静電気』橋場悦子 本阿弥書店

2015年「朔日」に入会、それ以後の歌295首を収めた

第一歌集。

 

   跳びたくてイルカは跳んだと思つてた遠い夏の日の水族館

   ひとりきりで鰻を食つてうまいのか〈茂吉秀歌〉を父は覗きぬ

   疲れると小銭が増えるお財布が奥底にある通勤かばん

   はつなつの真昼の長き散歩して影の中では影を失ふ

   十月の空はこんなに明るくて目の奥にまで光がとどく

   真顔より気持ち目元を緩ませて接見室の扉を開けぬ

   謝つてくれればそれでいいと言ふそれが一番難しいのです   

   刑事より被疑者の署名の字のうまき供述調書もまれにはありき

   白いところは白い絵の具で塗りつぶすモローの絵には空白がない

   夜ごと夜ごと春の気配の濃くなりて行き交ふひとの影も膨らむ

 

2首目、茂吉の鰻好きに水をさすような父親の言葉。一人で食べても、隠れて

食べても、旨いものは旨いのだ、ねぇ茂吉サン。

 

3首目、「小銭が増えるお財布」、そうなんです。疲れるとレジなどの支払いの

時にじゃらじゃらと小銭を出すのが面倒くさい。それで紙幣でばかり払うと

小銭が増える。(お年寄りの人たちは小銭を出すのをおっくうがるとか ? )

作者は「疲れると」小銭を数えて支払いたくなくなるのだろう。

 

4首目、「影の中では影を失ふ」の把握というか発見。

5首目も「目の奥にまで光が届く」の下の句が詩的。

 

6・7・8首目は、仕事の歌。序文で外塚喬氏が「職場のことを詠ったらよいだろう」

と勧めたらしいが「素直に答えを返してくれなかった」と記している。

著者には著者の思惑があったのだろう。まして、専門的な職場であれば

守秘義務とか、あるいは自身を露わにしたくないとか…

でも、歌を読んでゆくと、仕事の歌は著者しか詠めないようにも思う。

橋場さんには〈仕事の歌〉をもっともっと詠んでほしい。

 

9首目の「モローの絵には空白がない」の歌を確認するために『世界名画の旅』

(朝日文庫 1989年刊)を開く。フランスの象徴主義のギュスターヴ・モロー。

そのモローのどの絵なのか知るために。でも、見当がつかなかった。

そこで知り得たこと。「生涯でモローが愛した唯一の女性は母親だった」こと。

今、わたしはモローの「出現」の絵を、文庫で観ている。

 

9首目と同じく、10首目も発見の歌。

「行き交ふひとの影も膨らむ」の発見が魅力。

 

このたび取り上げなかった歌の中にもキラーっと光彩を放つ歌が

多くあった。

 

 

                序文 外塚 喬

                朔日叢書第108篇

                                          2020年5月12日 発行

                 2600円+税

 

 

 

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