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2020年5月12日 (火)

歌集『風と雲雀』富田睦子 角川書店

「まひる野」所属の第二歌集。

第一歌集の『さやの響き』(2013年 本阿弥書店刊)は、

「新しい母の歌」と注目されたらしいが、本集も前歌集の地続きの

様相を呈している。

 

   大きなるあけぼの杉のてっぺんが窓より見えて新しき家

   見くびると媚びるは同義カーテンの小花模様を吹く春疾風

   ゆうかぜの家ぬち身ぬちを吹き抜けて帰っておいでわたくしは森

   芽吹きつつ風と雲雀をあそばせてあけぼの杉は朝をよろこぶ

   叱られることは赦されることなのに肩甲骨を黙って洗う子

   わたくしがいつか消えてもその耳朶はわれの渚のおと記憶せよ

   今日なんか楽しかったと子の言えば泣きたいような夕焼けである

   わたくしを脱出できないたましいは公孫樹黄葉をひたすらに恋う

   秋茱萸の実は色づいて熊われは家路をいそぐ灯を点すため

   謎解きに倦みて左永子を読み継げばおんなのうたは見得切るかたち

 

1・3・4首、いずれも健康な、健全な歌。

生きる歓びにあふれた歌で、いささかの〈毒〉も無い。

好きな歌なのだが、わたしとしてはむしろ2首目のような思索?というか、

屈折がほしい。

 

5・7首目は、作者の「一人娘」の歌。

「あとがき」で、「一人娘の八歳から十二歳の期間にあたります」と、あえて

記すようにさまざまなかたちで娘さんのことがうたわれている。わたしは娘を

育てたことがないのでどうともいえないのだが、〈母と娘の関係〉が、やや

オソロシイ。

それは、五島美代子の歌が脳裏をよぎるからかもしれない。

沢山うたわれている娘さんの歌だが、その中で、5首目、7首目は好きだ。

ふたりの距離感がいい。

わたしはたぶん「べたべた」な、母娘の関係に嫉妬?していて、そんな歌は

苦手なようだ。

 

6・8首目の歌、個の思いをストレートにうたっていて好感を持つ。

この2首はいずれも初句が「わたくし」から、うたいはじめており、これが

本来の富田さんの〈素〉の顔だと思うのだが、どうだろうか。

 

そして、10首目の歌は、短歌形式で一篇の評論の量(かさ)がある。

見事な考察である。もう1首、わたしが舌を巻いた歌。

   

    富小路禎子は「こじらせ女子」なるか深夜読みおりふくみ笑いつ

 

「こじらせ女子」とは名言なり。

富田さんの、評論などの文章を注目して拝見しているのだが、彼女の今後の

仕事がたのしみでもある。

したたかに書いてほしい、いや、書けるひとだと確信している。

 

          

          まひるの叢書 370篇

          2020年4月29日 初版発行

            2600円+税

 

 

 

 

 

 

 

   

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