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2020年6月

2020年6月29日 (月)

「白仏」を訪ねて、大川市大野島へ。

 

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4月23日、当ブログで「月に1度は小さな旅」をしたいと綴ったが、

漸く小さな旅が実現した。(旅ともいえぬ近距離だが…)

先ず1回目に訪ねたかったのは「大野島」であった。

 

辻仁成の『白仏』(集英社文庫)を読んだのは昨年の6月だった。

(その時の感動は、2019年6月15日の当ブログに。)

数千体の遺骨を使用して造られたという「白仏」をこの目で確かめたい、

そして、何よりその白仏をお参りしたいという思いは膨らんでいった。

 

「白仏」の祀られているお寺の名前と場所を地図で調べた。

目印の保育園も頭の中におさめた。

そして、何より大川市は、福岡県内なのだから県境越えではないからと

自分に納得させた。

 

辻仁成さんの退屈日記「霊感なんて信じないけど、でも、神の見えざる手の中で」

(2020・6・26)を読んで、ゴーサインを貰った?ような気がした。

 

〈白仏〉は、お堂の中に鎮座。

骨数量、28俵。骨重量、1300㎏から成る「白仏」とはいえ、

やさしい、やわらかいかんばせであられた。

「不拾本願来応大悲」のお言葉を読みすすめながら、涙が零れた。

 

     二度と暮し直しの出来ない大切な人生は、

     今日が最後になるかもしれません。

     自分を粗末にするためにこの世に出て来たのでは

     ありません。(略)

 

その祀られるお堂には、10畳ほどの畳が敷かれてあり「ゆっくりなさってください」の

お言葉に甘え、しばらく居た。さわやかな風が吹き渡る午後であった。

 

第2回目の旅のプランももう出来ている。

でも、でも、わたしのしていること、辻仁成流に言えば、

 

     「意味を探さないでね」

 

2020年6月27日 (土)

映画「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」

ルイ―ザ・メイ・オルコットの『若草物語』の映画化。

四姉妹の青春が描かれている。

(四姉妹といえば、わたしも現実に四姉妹のなかの一人。)

 

   結婚が何よりの幸せと信じている長女。

   小説家になることが全ての次女。

   お金が何よりであると考えている四女。

   三女は早くに亡くなってしまったが…

 

小説家になるために熱烈なプロポーズを断ってしまった次女。

女の幸せが結婚なんていうのは可笑しい、間違っていると言いつのった次女。

断ったものの、思いかえす。だが、時おそく…

 

結婚とは、幸せとは、生きるとは……

何なんだろうね。

 

(あと、感心したのは印税の駆け引きや著作権を譲らなかった次女はしっかり「生きている」)

 

 

 

 

 

2020年6月26日 (金)

ことしはじめて一つ咲いた夕顔

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柘榴忌(鶴逸喜忌)

1977(昭和52)年6月26日、享年49歳で亡くなられた鶴逸喜(つる いつき)さんの

本日は命日である。

 

     盛りあがり峡の若葉は日々鮮(あた)らしなべてを耐えて生き来ぬ、戦後

     敗兵の日の記憶にて血を吐きし瞳(め)に涯もなき海原の紺

     熱募りくる午後にしてまどろめばまぼろしの中揺らぐ火焔樹

         鶴逸喜歌集『火焔樹』(葦書房 1977年12月刊)

 

鶴逸喜さんはわたしにとって初めての短歌の師であった。

鶴さんによって短歌の「在るべき姿」を学んだといってもいい。

亡くなられて早や43年、梅雨どきになると鶴さんのことが思い出される。

 

「朱色の柘榴の花が好きだつた」鶴さん。

「摘(つま)みはいつも枝豆だつた」鶴さん。

ビールが好きで、ビールばかり飲んでいた、鶴さん。

 

    雨に濡れ朱(あけ)つやめける柘榴の花在りし日のきみ愛したる花

    水無月の死は忘れられ柘榴忌の柘榴の花の雨に濡れゐる

        恒成美代子歌集『夢の器』(ながらみ書房 1992年6月刊)

 

ことし、わたしは未だ「柘榴の花」を見ていない。

もう、終わったのだろうか。

柘榴の花を訪ねることも出来なかったまま、柘榴忌を迎えている。

                 

    運命を泣くのはお止(よ)し 亡きひとにあの世へゆけば逢へるだらうか

                 2020年6月26日作  恒成美代子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年6月24日 (水)

『よその島』井上荒野  中央公論新社

2017年11月20日から2018年8月24日まで「読売新聞」(夕刊)に連載された

単行本化。

紀伊國屋書店に平積みされていたので思わず手に取ってしまった1冊。

帯の惹句が私をいざなう。

 

        長く歳月を共にしても、

        一緒に辿り着けない

        場所がある。

 

碇谷芳郎・蕗子夫婦とその友人の小説家・野呂晴夫は東京から離れた島で

共同生活をはじめる。余生を送るための離島での暮らし。

その3人のもとに家政婦・仙崎みゆかが息子・宙太と共に住み込みとして

同居する。

 

それぞれがそれぞれの過去を持ち〈秘密〉を胸に抱えている。

カルチャー教室の講師になった野呂晴夫の恋愛も挟まれるが、やはり、この長編は

夫の芳郎と妻の蕗子の「魂の交感」にあるようだ。

どちらが是か、非か、ではなく、善悪で判断できない、どうしょうもないような夫婦の

心の軋轢? たましいの交感。

 

ミステリアスな文体と、時に詩情のあることばに、315ページを

一気呵成に読んでしまった。

 

 

     記憶というのは誰の頭の中でだって、若いひとの正常な頭の中ですら、

     つねに更新される宿命を持っているのだ。きっと、十年後、もしも

     私がまだ生きていたとしたら、今日のことをどんなふうに思い出す

     のだろう。

     「私が島へ来たのは……」

 

 

               2020年3月10日 初版発行

                 1700円+税   

 

 

 

 

2020年6月22日 (月)

〈父ちゃんの3分クッキング!〉 辻 仁成               「じゃがいものバケット」

新ジャガを沢山いただいたので、辻仁成さんの〈父ちゃんの3分キッキング!〉の

「じゃがいものバケット」のレシピを参考におやつを作った。

 

  じゃがいも 500グラム

  たまご   1つ

  玉ねぎ   半分

  小麦粉   大さじ 2杯

  塩・胡椒

 

材料はこれだけ。

じゃがいもは千切り、水に晒さないこと。玉ねぎはスライス。

以上の材料をボールに入れて混ぜる。フライパンで両面をじっくり焼くだけ。

 

じゃがいもを千切りにしたところで、500グラムは多いのではないの?と、気付いたけど

ええい、ままよ、焼いた、焼いた。

これって何人分の材料なの? 

焼きあがってみると、ひとりじゃ食べきれない量。

 

ついでに、やはり辻さんお勧めの「きゅうりとヨーグルトのサラダ」を作る。

ベランダで育った胡瓜、ことし2本目を朝がた捥いだので新鮮なそれを使う。

ヨーグルトは水分をなるべく除くこと。

フランスではヨーグルト味は定番なのだとか。

 

ちなみに、といってもなんだが、辻仁成さんの日記はたのしい、ためになる。

父子家庭の父親である辻さんの八面六臂の奮闘にはただただ頭が下がる。

今まで、何度も、わたしは辻さんの日記のことばに励まされた。

「辻仁成(47)」と今後は呼んでほしいとか。47歳のつもりでいるらしい(笑)


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2020年6月21日 (日)

近藤芳美忌

2006年6月21日、93歳でお亡くなりになられた近藤芳美先生。

あの日から14年の歳月が流れたことになる。

 

わたしの机の横の壁には大きなポスターを貼っている。

70センチ超×50センチの大きな写真で、これは2006年3月18日、日本現代詩歌

文学舘で開催された「特別企画展 戦後短歌の牽引者 近藤芳美展」のポスターで

ある。(このポスターはSさんから頂いたもので、今でも感謝している。)

ベレー帽を被った眼鏡をかけた先生が遠くを見るような眼差しの写真はわたしの

お気に入りである。

 

このポスターの右下に先生が亡くなられた当日のブログのコピーが貼っている。

14年前のことで、わたしは勿論まだブログなどしていなかった。

それは「未来」の結社の加藤治郎さんのブログである。

2003年1月12日の「未来」の新年会の時での先生の写真と共に綴られていた。

以下、加藤さんのブログより。

 

       2006年6月21日(水)

       近藤芳美先生、逝去

       近藤芳美先生がお亡くなりになった。享年93歳。

       寂しい空虚が拡がる。

       はじめての東京歌会のこと、よく覚えている。

       歌とは何か、詩とはなにか、その根っこを教わったのである。

       近藤先生の思い出をみんなと語りたい。(略)

 

 

当時、まだ40代半ばだった加藤治郎さん。

近藤先生の〈死〉は、やはり衝撃だったのだ。

ブログのこと、覚えていますか ?

 

お亡くなりになられた日まで、30年間、わたしは先生に教えを乞うた。

近藤先生は多くを語ることはなかった。

その眼差しの温かさ、厳しさが、今も甦ってくる。

 

 

                                         

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2020年6月19日 (金)

「連載 時言・茫漠山日誌より」福島泰樹             『短歌往来』 2020年7月号

届いた『短歌往来』の7月号の目次を見て、目がテンになった。

福島泰樹さんの連載の「茫漠山日誌」のタイトルが「彼方への記憶」。

あれぇ、と、不審な思いで読みすすめると、中野修のことが書かれていた。

 

読みながら涙が零れ、字が霞んで読めない。

泣きながら、読み、泣きながら、2度3度と読む。

左上にはまぎれもない中野修のガリで切った「曇天を歌う」の冊子の文字。

 

今日は彼の月命日でもある。

芋焼酎をコップに1杯と『短歌往来』を供え、ことばを掛ける。

福島さん、ありがとう。ホントにありがとう。

ありがとうございました。

「念(おも)えば想われるのだ。」のことばが何よりうれしいです。

 

こうしてPCに綴りながら、またしても、涙。

このところ泣いてばかりいる。

 

 

 

 

 

2020年6月18日 (木)

季節の便り(45) やまぼうしの花

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    (駅前の雨に濡れた山法師の花)

 

  山法師咲けば近づく旅のあり  稲畑 汀子

 

 

 

 

 

2020年6月14日 (日)

これからの人生設計

新型コロナウイルス禍のためにのびのびになっていた「納骨」を漸く

行うことができた。

羽犬塚駅までAちゃんが迎えに来てくれる。

時間があったので八女の山奥 ?   の黒木まで車を走らせる。

山また山、緑また緑のなかで深呼吸。

ウグイスの声がきこえた。

 

    そこにゐるとは思へざり戒名の「釋常修」になつてしまつた

 

 

ところで、ラグビーの福岡堅樹選手が五輪出場を断念したらしい。

医師になるための道を優先することに決めたとか。

福岡選手のこれからの人生設計なのだ。

前を向いて歩いている。

 

連れ合いが「釋常修」になっていなかったら、今夜はラグビーの話題だった

だろうに……

わがやのラグビー本の詰まった書棚を眺めながら詮無いことを思っている。

 

前を向いて歩かなくちゃ。(わかっているのだけど)

 

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2020年6月12日 (金)

『空白』江戸雪歌集 砂子屋書房

「この歌集は二〇一五年から二〇一九年の間に作った歌を三分の一くらいに

して編んだ」とあとがきに記す。

令和三十六歌仙の一冊であり、著者の第七歌集にあたる。

 

     薔薇園に日脚するどくさしていて負けたふりする男ゆるさじ

     この眉を蔑するもまた愛するも男だということ夜の紫陽花

     終わるかもしれない世界で息を吐く 放棄、連帯、どれもはかなく

     自分だけがにんげんだという顔するな桐の筒花が土につぶれて

     ぎこちなく真実もとめ日々はありもとめた先はいつも別離だ

     死者はその口をひらいて真夜中にじっと光りを呑みこもうとして

     何事もなかったようにスカートをひるがえしたのだ駱駝のわたし

     ミツマタが枝をひろげているところ汚名はまたも立ち上がりくる

     点滴は部屋のつめたい中空に怒りだろうか吊るされている

     朝ごとに波打つ胸をたしかめて秋は過ぎゆく父の傍ら

     竹林を横にずらせば見えてくる怒りや過去やあふれる水や

     もっと高くもっと怒って飛べたのか死は理不尽の大輪の花

 

抽出しながら思ったのはなんと「怒り」の歌が多いのだろうか、ということ。

著者にはもともと何かに対する「怒り」があったのだが、

父親の〈死〉を通して、著者の見た世界は、悲しみよりも「怒り」が増幅されたような。

そういえば「あとがき」で「怒って行動することが生きていることだとも思い、(略)」

と記し、また下記のようにも記す。

 

     生きていると理不尽なことがたくさんある。すべてが理不尽なことだと

     言ってもいいかもしれない。



このたびの『空白』の主題は「父」。そして著者である娘の父恋の歌が大半を占めている。

父親に寄せる歌が80%だとすると、残りの20%の人称では「男」・「あなた」・「きみ」

そして、僅かに「母」の登場。

「father complex」と言えそうにも父親を愛していたのだろうか。

悲しみよりも、怒りが湧くのは「死ぬことは突然そこから居なくなること、それもまた

理不尽なこと。」(あとがき) とも記している。

「怒り」といえば、まだまだ下記の歌がある。

 

      人体はあえぐ川なり撫でられて死ぬ怒りさえ分からなくなる

      柚子しぼる指さきひりり怒りともちがってただに傷が冷たい

 


いつも全身全霊でコトにあたる著者は、真面目で正直でそれゆえに誤解されたり、

理不尽な目に遭うこともあるのだろう。

上記の2首など、直截的な「怒り」でない分、わたしには胸にストンと入ってくる。

 

余談だが、歌を二行書きに勧めた砂子屋書房主の田村氏の見識が見事。

私見だが、このたびの『空白』の歌が一行書きだったら、たぶん息苦しく感じられる

ような気がしている。二行書きにすることによって緩和されたような……

  (なんだか思いつくまま勝手なことばかり綴り、ごめんなさい。)




          塔21世紀叢書 364篇

           2020年5月24日

            2500円+税

 

 

 

 

     

2020年6月11日 (木)

歌集『傘』 御供平佶  ながらみ書房

平成4年から29年(73歳)までの作品405首を収めた第五歌集。

その25年間には、自身の退職があり、母の死があり、東日本大震災があり、

妻の手術、自身の白内障手術などのあった時期でもある。

 

    船の灯もまたたく星もなき夜の充つる熱気に全身浸る

    海を見に来しと受話器をおく闇に太平洋のしほさゐ響く

    うちあたり砕くる波の音が呼ぶ夜明けの海の声に微睡む

    東経一三八北緯三四御前崎の数字以下省略す

    みんなみの大地に生まれ北へ飛ぶ精霊蜻蛉また戻り来よ

    魚雷「回天」十メートルほどの黒塗りの挺身に小窓座席がひとつ

    日に幾度メールを呉れと言うメール無視した筈が酔余のすさび

    六十七歳のわが認識のいまさらにいのち儚し命は重し

    海に流す汚染の水が果てしなく地球をけがすその原子力

    日をあけず妻のベッドの傍らに何なすことのなきでくのばう

 

巻頭の「御前崎」一連は眼前の光景を写生したものが多く、骨太い。

小題「御前崎」・「身の若からず」・「手花火」・「地球自転」・

「夜明けの海」と続き、50首弱。よほど気に入った地だったか。

1・2・3・4首目はその折の歌。

5首目も御前崎での歌だろうか。結句の「また戻り来よ」に浪漫が滲む。

 

6首目の歌は、歌人の詠み甲斐 ? のありそうな素材。

もう随分むかしのことだが、「未来」の月旦で「回天」にはトイレが

ないという歌を巡って物議を醸したことがあったような。「回天」には内部構造が

生還すべき人間の乗るものとしての設計が施されていない ?

 

7首目、「酔余のすさび」で、メールをしてしまったのか。こういったヤワな歌は

愉しい。ニンゲンを感じさせてくれる。

 

8首目は、関東大震災の時の1首。ほんとうに「いのち儚し命は重し」を、

突き付けられ実感したのだ。

 

10首目、「でくのぼう」は作者自身。そのように認識すればもっともっと妻に対して

やさしくなれる筈である。

 

 

               国民文学叢書 589篇

               2020年5月30日発行

                 2500円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年6月 9日 (火)

季節の便り(44)百合の花開く

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2020年6月 8日 (月)

体力消耗・精神力低下 

    自転車を漕いでインクを買ひに行く(上の句)

 

30℃の暑さの中をPCのインクカートリッジを〇〇〇電器まで買いに行った。

「カラーインクのみで印刷」などという安直なことをしていたら……

どうなります?

明日の詠草が印刷できなくなってしもうた。

 

「ブラックインク増量」のって、ホントに増量なのかしら。

減り方が激しい。

そして、減り方が激しいのは、FRIXION BALL。

3本入りのスペアを買ってもすぐなくなる。

 

体力を消耗してへとへとになって帰宅。

もう、な~んにもしたくない。

 

       タイサンボクの花笑つてる(下の句)

 

 

 

 

2020年6月 6日 (土)

未来福岡歌会・再開(再会)

3か月ぶりの「未来福岡歌会」だった。

いゃあ、やっぱり歌会は愉しい。

 

こういう時期なので本日は大きな部屋を借りた。

大きな部屋を早く来たKさんとモップがけをして、机を並べる。

用心のために入口に消毒用アルコールジェルを置く。

今日は各人にお茶を出すのも取りやめ、ペットボトルのお茶を一人一人に配る。

 

午後1時より4時までじっくり相互批評。

来月の予定の相談。タノシミである。

 

終って、いつものメンバーは直帰したくないらしく、外で愚図愚図している。

「行くの~?」「行きたいの~?」などの声が飛びかい、結局ちかくの居酒屋へ。

濃厚接触?してしまったかしら(笑)

 

菜園で育てたお花をMさんよりいただく。

その花束が大きいの、重いのといったら、ハンパじゃない。

(持って来るのは重かったことでしょう。ありがとうございました。)

帰宅してその大きな花束と格闘。ようやく手頃な花瓶2つに活ける。

蕾を数えたら38個、1本の枝に大きな蕾が8個ついているのもある。

まだ、蕾ばかりなので写真をアップできない。(忘れなかったらいつか写真を掲載したい。)

ところで、この花の名前はスター・ゲイザー ?  濃い赤色のリリー。

Mさんも正式名は不明か。     

 

やっぱり、歌会は愉しい。

歌会あとの飲み会はもっと愉しい。



 

 

 

 

 

 

 

 

2020年6月 2日 (火)

第16回 夕映忌(花田俊典忌)  

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(写真はクリックしてご覧ください)

 

  今日はとてもステキな夕日を見ることができました。

  父は天国でどうしてるでしょうか。  

                    花田 一歩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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