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2020年6月12日 (金)

『空白』江戸雪歌集 砂子屋書房

「この歌集は二〇一五年から二〇一九年の間に作った歌を三分の一くらいに

して編んだ」とあとがきに記す。

令和三十六歌仙の一冊であり、著者の第七歌集にあたる。

 

     薔薇園に日脚するどくさしていて負けたふりする男ゆるさじ

     この眉を蔑するもまた愛するも男だということ夜の紫陽花

     終わるかもしれない世界で息を吐く 放棄、連帯、どれもはかなく

     自分だけがにんげんだという顔するな桐の筒花が土につぶれて

     ぎこちなく真実もとめ日々はありもとめた先はいつも別離だ

     死者はその口をひらいて真夜中にじっと光りを呑みこもうとして

     何事もなかったようにスカートをひるがえしたのだ駱駝のわたし

     ミツマタが枝をひろげているところ汚名はまたも立ち上がりくる

     点滴は部屋のつめたい中空に怒りだろうか吊るされている

     朝ごとに波打つ胸をたしかめて秋は過ぎゆく父の傍ら

     竹林を横にずらせば見えてくる怒りや過去やあふれる水や

     もっと高くもっと怒って飛べたのか死は理不尽の大輪の花

 

抽出しながら思ったのはなんと「怒り」の歌が多いのだろうか、ということ。

著者にはもともと何かに対する「怒り」があったのだが、

父親の〈死〉を通して、著者の見た世界は、悲しみよりも「怒り」が増幅されたような。

そういえば「あとがき」で「怒って行動することが生きていることだとも思い、(略)」

と記し、また下記のようにも記す。

 

     生きていると理不尽なことがたくさんある。すべてが理不尽なことだと

     言ってもいいかもしれない。



このたびの『空白』の主題は「父」。そして著者である娘の父恋の歌が大半を占めている。

父親に寄せる歌が80%だとすると、残りの20%の人称では「男」・「あなた」・「きみ」

そして、僅かに「母」の登場。

「father complex」と言えそうにも父親を愛していたのだろうか。

悲しみよりも、怒りが湧くのは「死ぬことは突然そこから居なくなること、それもまた

理不尽なこと。」(あとがき) とも記している。

「怒り」といえば、まだまだ下記の歌がある。

 

      人体はあえぐ川なり撫でられて死ぬ怒りさえ分からなくなる

      柚子しぼる指さきひりり怒りともちがってただに傷が冷たい

 


いつも全身全霊でコトにあたる著者は、真面目で正直でそれゆえに誤解されたり、

理不尽な目に遭うこともあるのだろう。

上記の2首など、直截的な「怒り」でない分、わたしには胸にストンと入ってくる。

 

余談だが、歌を二行書きに勧めた砂子屋書房主の田村氏の見識が見事。

私見だが、このたびの『空白』の歌が一行書きだったら、たぶん息苦しく感じられる

ような気がしている。二行書きにすることによって緩和されたような……

  (なんだか思いつくまま勝手なことばかり綴り、ごめんなさい。)




          塔21世紀叢書 364篇

           2020年5月24日

            2500円+税

 

 

 

 

     

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