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2020年7月22日 (水)

歌集『リリカル・アンドロイド』荻原裕幸 書肆侃侃房

340首を収めた第6歌集。

第30回「短歌研究新人賞」(昭和62年)を「青年霊歌」(30首)で受賞した荻原さん。

そうか、あれからもう30年は過ぎているのだ。

     「きみはきのふ寺山修司」公園の猫に話してみれば寂しき

かの高名な歌を思い出す。

 

さて、このたびの第6歌集『リリカル・アンドロイド』と「リリカル」を歌集名に冠しただけ

あって、まさにリリカル、抒情たっぷりなのだ。

 

    ここはしづかな夏の外側てのひらに小鳥をのせるやうな頬杖

    皿にときどき蓮華があたる炒飯をふたりで崩すこの音が冬

    からだの端を雲に結んであるやうな歩き方して夏日のふたり

    花カンナのこゑ聴くやうに少し身をかがめて母のこゑ聴く妻は

    生きてゐるかぎり誰かの死を聞くと枇杷のあかりの下にて思ふ

    秋のはじめの妻はわたしの目をのぞく闇を見るのと同じ目をして

    妻でない女性と歩いてゆくやうに夕日の橋をいま妻とゆく

    妻のゆめから漏れてゐる音なのか新涼のあかつきにかすかな

    この世から少し外れた場所として午前三時のベランダがある

    この夏は二度も触れたがそのありかもかたちも知らぬ妻の逆鱗

    本を閉ぢるときの淋しき音がしてそれ以後音のしない妻の部屋

    わたくしの犬の部分がざわめいて春のそこかしこを嚙みまくる

 

12首あげてみたが、その中に「妻」の言葉がある歌が6首。

恣意的に選んだとはいえ、確かに多い。

歌集全体からしても「妻」の歌は其処此処にちりばめられている。

しかし、不思議なのは猥雑な感じがしないのだ。「空が晴れても妻が晴れない」などという

マンガチックな小題があるにも関わらず、従来の夫婦関係の歌とちょっと違う

空気感がただよう。それは、情動の方に重心があるためかもしれない。

妻の一挙一動を見守っている夫である作者。

こんなに愛されている妻は羨ましい、と、同時にシンドイ(笑)な、とも思う。

 

     この私はどうしようもなく春の雪どうしようもなく荻原裕幸

     忿怒抑へてもごもご述べるもごもごがとりもなほさず私である

 

ご自分をしっかり分析なさっている荻原さん。

「あとがき」で「モチーフがメランコリックなものを含むときでも、歌人の私は、

どこかいきいきとしていました。」と綴っている。

おそらくこの第6歌集刊行をいちばん愉しんだのは著者である荻原さんだろう。

 

それにしても「あとがき」を書いた日付けが2019年8月24日とは、なんぞや?

ほんとうは昨年に出版される筈だったのか?

 

ともあれ、この歌集はお買い得です。

勿論、わたしも買いましたよ、丸善で。

たっぷりたのしめます。

 

                  帯文 濱松哲朗・平岡直子

                  2020年4月10日 第一刷発行

                     2000円+税

 

 

 

 

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