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2020年9月

2020年9月30日 (水)

季節の便り(59) 露草も露のちからの花ひらく 飯田龍太

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            幸福といふ不幸あり螢草  石寒太

 

タイトルの飯田龍太の「露草」の句、石寒太の「螢草」の句。

同じツユクサを詠んだ句ながら、この違いは何なのだろう。

石寒太は癌を患い、生還したのちに出した句集『生還す』があり、

その後『以後』を出版している。

 

昨年の9月27日の当ブログで石寒太の句集『以後』より、秋の句ばかり

選んで掲載したのだが、その第1句目が写真に添えている

「幸福といふ不幸あり螢草」だった。

 

幸福のさなかでは「不幸」など思いも及ばないものだが、齢(よわい)高じると

幸福であることへの懐疑が生じたりする。

そんなことを思っている、9月であった。

 

       らふそくの泪のしづく秋の修羅

       秋風や先に死なれしはなしなど

       何をしてゐても風吹く九月かな

          句集『以後』石寒太 ふらんす堂

 

              2020926

                     露草も露のちからの花ひらく   飯田龍太

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年9月29日 (火)

ちくしの散策

大丸別荘の4階の部屋で6時半、目覚めた。

すでに息子の床はもぬけの殻。

え〜おいていかれた〜とあわてて準備。

(天拝山歴史自然公園の周囲を3周走って来たと、のたまう。)

 

8時に朝食のために階下へ。

朝から御馳走でした。

 

11時がチェックアウトなのでそれまでに「もう1回、天拝山に登る?」と訊ねられ、

挑戦?して登ることに。(大丈夫か、わたし?)

昨日に続き2度目の天拝山登山。

 

    2020924

 

まぁ、無事に下山。

チェックアウトして「ちくしの散策」。

大伴旅人の歌碑、夏目漱石の句碑を鑑賞したのち、筑紫野市歴史博物館へ。

 

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そういえば、詩人の安西均(あんざいひとし)は、筑紫郡筑紫村で生まれており、

郷土の詩人でもある。75歳の時、東京において病没している。

 

    筑紫の/天拝山の/いただきに

    巨いなる鳥の/飛びたちかぬる/すがたして

    千とせ経し/松の見えしが/今は在らぬを

    いぶかしみ/問へども/ふるさとびとら/

            興なげにいふ/いづれの年の/夏なりけむ/

            台風に斃れきと。

          安西均 「天拝古松」詩碑より

 

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JR二日市駅まで徒歩。

本日の歩数は18432歩、よう歩きました。

2日間、ありがとう。

 

 

 

 

 

     

 

2020年9月28日 (月)

天拝山登山

念願だった天拝山の登山をした。

標高258メートルだから、成人男子なら30分くらいでで登れるという山。

(案内図によると、徒歩50分と掲載されている)

菅原道真公が山頂で自らの潔白を天に拝み訴えたと伝えられている天拝山。

山頂からは筑紫野市内をはじめ大宰府政庁跡や博多湾を一望できる。

 

この天拝山の登山はたびたびTさんからお聞きしていたのだが、

二日市温泉の大丸別荘に宿泊の話が息子から舞い込み、思いがけず実現する

ことになった次第。

 

天拝山歴史自然公園から出発。

ところが、道案内の不慣れなために登るコースがいちばんハードな道を選んで

しまい、青息吐息。途中で戻るわけにもいかず山頂まで急傾斜の道を歩き終えた。

こころが癒されたのは、道のべの水引草の可憐な赤色。

歩数にして5000歩弱なのだが、険しい登山道を選んでしまった。

 

展望台から眺めた街並、眼下に大丸別荘が小さく見えた。

やっぱり登ってよかった。

                    Photo_20200927042401

     

帰路は比較的になだらかな道を選ぶ。

一合目から山頂まで道真公の歌碑が建っている。

       Photo_20200925092301       

 

午後4時を過ぎているのに、この時間から登ってくる人の多さ。

夫婦連れだったり、女性の2人連れ、なかには勇敢にも一人で登っている女性もいる。

そういえば、Tさんが言っていたけど、散歩がてらに登るのだって。

       

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地元の方々にとっては馴染みの、馴れ親しんだ山なのだろう。

帰りの歩数は7000歩くらい。

ともあれ、登りきった(笑)ので、自分を褒めてやりたい(笑)。

 

 

 

2020年9月23日 (水)

『うたのある歳月』恒成美代子 本阿弥書店

春日市民図書館(春日市ふれあい文化センター) 場所・福岡県春日市大谷6丁目24

の書架の短歌コーナーに拙書の『うたのある歳月』が展示されていたと友人から

メールが届いた。

写真も添付されていたので当ブログに再掲したい。

 

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「20代のおわりから40年ちかく短歌と向き合ってきた」と帯に書かれている

エッセイ集。

1989年から2009年にかけて雑誌等に発表された歌論、書評、エッセイを収めている。

 

       目次

    Ⅰ 「修辞の王国」に未来はあるのか 加藤治郎の歌によせて

      新しい女歌のかたち

      阿木津英 産むならば世界を産めよ

      「戦後短歌」と「現代短歌」

      新歌人集団の誕生

      長塚節 馬追虫の髭のそよろに来る秋は

      長塚節の冴えと気品

      柳原白蓮 われはここに

      津田治子 社会から隔離されて

      伊藤保 文学の美神に

      故郷の歌人 江口章子

      江口章子 香々地にかへり泣かむものか

                        他

    Ⅱ 美しい詩 岡井隆歌集『家常茶飯』

      視点・明晰な 佐伯裕子『齋藤史の歌』

      だるいせつないこわいさみしい 穂村弘著『世界音痴』

      エロスの香気 伊藤一彦歌集『柘榴笑ふな』

      ころろと笑ふ女人 池田はるみ歌集『ガーゼ』

      優しいぬくもり 道浦母都子著『母ともっちゃん』

      物語のない物語 小池光歌集『静物』

      やさしすぎたる者は 永井陽子歌集『小さなヴァイオリンが欲しくて』

      表現の軌跡を 今野寿美著『24のキーワードで読む与謝野晶子』 

      修飾を削ぎ落した歌 河野裕子歌集『家』

      他人のことは 花山多佳子歌集『木香薔薇』

      解釈と鑑賞を 笹井宏之歌集『ひとさらい』

                           他

    Ⅲ 映画「カミーユ・クローデル」の問い

      何をうたうか

      死んでゆく日も

      茂吉ウォーク

      文明の歌・隆の歌

      能古島の桜

      自然体がいちばん

      いま、何を歌いたいか

      私の好きな家族詠

      私の愛する一首

      鷹女から蕪村へ

      東京の一日

      炭坑(ヤマ)の語り部

               他

 

           2010年8月26日 初版発行

              2800円+税

 

      Photo_20200922180901

      

 

2020年9月22日 (火)

季節の便り(58) 朝顔の紺のかなたの月日かな  石田波郷

5:30に目覚め、朝のウォーキングをする。

那珂川の右岸・左岸の遊歩道は殆ど舗装でなく、土なのが気持ちいい。

毎朝、20人以上の方々と行き交う。犬を連れた人、ご夫婦で歩く人、

一人もくもくと走っている人、さまざまな方々が朝のひとときをたのしんでいる。

 

日の出を眺め、約1時間のウォーキングを終えて帰宅。

本日は、路傍の朝顔に目が止まった。

 

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       朝顔の紺のかなたの月日かな  石田波郷

 

 

そして、夏の季語でもある「灸花(やいとばな)」。

この灸花は茎や葉全体に臭気があるので良からぬ名前を付けられている。

皆さんはその良からぬ名前の方を知っているだろう。

花は紅紫色をした灰白色の小花で、いたって可憐。

 

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         灸花(やいとばな) 別名・屁糞蔓(へくそかずら)

 

 

インターネットで国税調査の回答を終えた。

いがいにも簡単だった。

新型コロナウイルス感染症対策のため、とはいえ、このシステムは便利。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

 

       

 

        

     

2020年9月21日 (月)

歌集『プレシピス』 加藤英彦 ながらみ書房

「「プレシビス precipice」とは危機的な状況や断崖の謂いで…(略)」と

「あとがき」に記す『スサノオの泣き虫』に続く著者の第二歌集。

 

    まだだれも起きてこぬ朝、鉄塔に大き鴉が羽をやすめる

    あたらしき慰霊碑立てりこの海に死ななくたってよかったいのち

    愚かにも父となり父に相応ざる川がわたしのからだを流る

    なじられても仕方なき生うまれ変われるなら渓流に身をかえす鮠

    うつぶせの大きテディベアだれもいぬ部屋にころがり秋へとむかう

    涙のように滴る夜をうつむきてとつとつと昏し蛇口というは

    もう苦しまなくていいからむかし蒐めた枯れ枝やきのこは窓辺にかざる

    絵筆をはこぶその指さきのひと刷毛が塗りこむ力やいのちの濃さや

    生きものはほそき声あげ餌(え)をもとむ寂しいときはさびしいといえ

    いつかわたしも消える日が来むその日まで騙しつづけてゆけわたくしを

    

 

この数年の政権の動き、方向性など危機的な状況などを鑑みて名付けられた歌集題だと

思いつつ、〈断崖〉に居るのは著者自身の心ではないのだろうかと案じたりしている。

本集を読みすすめながら、わたしの胸に拡がってゆく「悲しみ」は何なのだろうか。

 

歌誌「月光」の№54は特集が「追悼 松平修文」だった。

その時の加藤氏の追悼文の印象のせいかもしれない。

「泥の林檎のゆくえ」について書かれたものだったが、松平修文氏の17歳の時に書いた

詩「泥の林檎」の語彙が、第三歌集『夢死』、第五歌集『トゥオネラ』の中にあることについて

考察されたものだった。その姿勢は松平氏に対して全幅の信頼と愛がなければ書けないもので、

文章の結語にわたしは泣いた。

 

    (略)明け方に枯葉や枯れ枝がもとの姿に戻って森へと帰るまえに、松平はひとり

    帰っていったのだと思う。だから、風の強い夜はドアを開けて眠ることだ。枯葉や

    枯れ枝や尾のある少女たちを連れて、あの照れたような笑顔をみせながらふいと

    戻って来るかもしれないではないか。私は真面目にそう思っている。松平は亡く

    なったのではなく、静かな沼を抱いたあの森の深くへ帰っていったのだと。

 

 

この文章からも察するように加藤さんはすこぶるロマンチストではないかしら。

情感が豊かで、傷つきやすく、脆さとつよさを併せもつひと ?

このたびの第二歌集『プレシピス』は、前半と後半で息遣いが違うように思えてならなかった。

その境界はⅢ章であり、「海にふる雪」あたりが歌集前半とは違うような空気感に思えた。

加藤さんの人生に何かあったのだろうか ?

 

先ず、1首目からして不穏な歌だ。この歌は本集の巻頭を飾っている。

 

7・8首目は松平修文氏の挽歌だろう。

 

そして、4首目の歌にある「うまれ変われるなら渓流に身をかえす鮠」とは、悲し過ぎる。

「もう一度生まれるならば鮠がいい川水つめたき岩陰に棲む」と、集中の最後の方でまた

「生まれるならば」の仮定の歌がある。

ただいまの現実の人生よりも、仮定の、ないかもしれない人生を夢想する著者の精神構造。

ほんとうに何か転機になるようなことがあったのだろうか。

 

(読み手を翻弄させる歌集? だと思うのは単なるわたしの妄想かしら。)

 

 

                 2020年8月31日発行

                   2500円+税

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年9月20日 (日)

映画「ミッドウェイ」

第二次世界大戦でのミッドウェー海戦の壮絶な空中戦を描く。

日本とアメリカの司令官たちの頭脳戦ともいえる策略にハラハラドキドキの

3日間の攻防。

 

両軍の空中戦はその音響効果と共に映像が素晴らしい。

素晴らしいなどとここで感嘆するのも憚られるが、戦争の悲惨さを存分に描いている

のは確かだろう。

 

出演に豊川悦司や浅野忠信、國村隼がいたが、豊川などはじめ見た時には気付かない

くらいの軍人ぷりであった。

 

勝国であるアメリカからの映画だが「日米両軍に敬意を捧げて史実を再現した」とは

いえ、なんとも歯痒いような後味の映画であった。

 

      海が全て知っている。

      海は全て記憶している。

 

 

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        2020年9月20日 那珂川朝景 日の出

 

 

 

 

 

 

      

 

 

 

 

2020年9月19日 (土)

季節の便り(57) 声は応へず

歩数計が伸びなかったので夕方のウォーキング。

歩いているうちに暗くなってしまった。

 

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          夜の彼岸花

 

   ウォーキング終へて戻り来「ただいま」と声をかけれど声は応へず

   歩数計 7519歩

   8回目の月命日。

   旅のスケジュール帖がどっさり出てきた。

 

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       あ〜あ、二人で旅をすることも、もう叶わない。

 

 

 

 

   

2020年9月14日 (月)

歌集『「濱」だ』浜田康敬 角川書店

昭和36年「成人通知」で第7回「角川短歌賞」を受賞した浜田康敬の第6歌集。

 

鮮烈なデビュー作品「成人通知」の世界ははからずも萩原慎一郎の『滑走路』とも

重なる部分があると思うのはわたしだけだろうか。人間の個の内面を凝視め、ピュアな

言葉でうたいあげた作品は、朴訥で、まさに<神話>であった。

 

   語呂短かきゆえに冷たきひびきもつ残業指令に黙しうなずく

   明日の朝は厳しく冷えるうわさして残業休憩の十五分終わる

   残業は日々続きいてポケットに少女の名前の活字秘めつつ

 

過酷な労働に耐えながら、歌の翼は飛翔していた。

 

    元旦に母が犯されたる証し義姉は十月十日の生れ

    豚の交尾終わるまで見て戻り来し我に成人通知来ている

 

さてさて、前置きはこのくらいにして、第六歌集『「濱」だ』なのだが、

歌集題からして奇想天外。帯の惹句がこれまた人を食う ? が如し。

「俺が浜田だ。快刀乱麻の男節 ! 」とは、とは……。

 

    「身の丈の作品なり」と評されてわが歌きょうも身の丈詠う

    死ぬことにさして怖さは感じぬとこの頃思うが死にたくはなし

    息子には会わずもよいがその児たち即ちわれの孫に会いたし

    陳腐なる言いようなれどアメリカの空は「抜けるような青空」であった

    アメリカでゴルフをしたが広すぎて日本のように遠くへは飛ばぬ

    わが家にはトイレに木刀置いてある誰が置いたか何の為かや

    通常は「浜」という字を使うなり然れども戸籍の本字は「濱」だ

    この道を真直ぐに行くとわが家ありそれ故この道真直ぐに行く

    姉がいて兄いて、も一人の姉もいて我は四番目、弟もいる

    母死んで父死んでそして姉が死にその後わが家に死者なし 慶賀

    

 

今年82歳になられる浜田さんの自由自在な歌にすこし酔う(笑)、ともかく慶賀。

浜田さんの生まれは釧路。釧路に生まれて、宮崎に住んでいる。

 

    そういえば釧路はいつも雪の日で今度はいつか夏にこそ行こう

 

 

        2020年8月25日 初版発行

          2600円+税

 

 

 

 

 

 

 

2020年9月13日 (日)

季節の便り(56)  虫の声と彼岸花

朝6:30  那珂川へ。

虫の声がする。

朝の虫の声、か。

あらくさの刈られた土手に彼岸花がほつほつと芽を出している。

芽というより、茎が伸びて、その茎の先端はすべて花になる。

もう2・3日もすれば土手は彼岸花で赤く染まるだろう。

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途中、ムラサキシキブに出逢う。

ちいさな紫色の丸い実が群がって美しい。実紫(みむらさき)ともいう。

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本日は野良猫に会い、「ふくろう」の像にも挨拶ができた。

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歩数計、5379歩。

山登りのための特訓のウォーキングも順調のようで、何より何より。

 

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2020年9月10日 (木)

読み残したる部分にはよみ終へし頁を照らす月光がある     岡井隆

本日のブログのタイトルの歌は、岡井隆歌集『ネフスキイ』の中の1首。

この歌集の中でいちばん好きな歌と語っていたのは小澤實氏だった。

 

当ブログの9月6日でも紹介した『現代詩手帖』の2010年6月号。その特集の

「短詩型新時代ーー詩はどこに向かうのか」での対談のゲストは岡井隆さんであった。

副題が「岡井隆とゼロ年代の詩歌」で、松浦寿輝・小澤實・穂村弘各氏の鼎談だった。

 

この鼎談を読むことによって前回のブログに記した謎が解けていったことを

お知らせしたいと思う。

岡井さんと谷川雁の関係というか、岡井さんが谷川雁に対してどのように考え、思って

いたかということ。

「リュウ(岡井さんのこと)よ、これを読め」と言い「谷川雁も石原吉郎もみんな塚本さんに

教えられた」と、岡井さんが語っていることだ。

塚本邦雄はつよい指導性があったとも語っている。

 

   岡井  谷川雁の言葉については、今度の作品にも書いたんだけど、「「瞬間の王」は

       死んでよかった」というのがぼくの結論。谷川の晩年の詩をみんな評価しませんね。

       ぼくなんかは信濃に行ってからの詩や評論、児童教育のことにしても、いい仕事だと

       思う。 (略)

 

   岡井  谷川雁に関しても、若いころの作品、ようするに「自分のなかの瞬間の王」によって

       書かれたものもすばらしいかもしれませんが、じゃあ最晩年に信濃に行って「十代の会」

       をやって、それがまったくゼロだったのかと言えばとてもそうは思えない。あれだけの

       優れた詩人だからね、児童教育のエッセイにしたって、信濃に行ってからの信濃

       毎日新聞の連載詩だって読むべきものがあるはずです。みんなちゃんと読んでいない

       んじゃないですか。 (略)

 

岡井さんの300行の長篇詩のなかで谷川雁の死を「死んでくれてよかった」と書かれていたので

ショックだったが、この鼎談でのゲストとしての発言では「ただそれも自分が長生きしたから

やっとわかったことで、」とも語っている。

(岡井さんの長篇詩「食卓で洟(はな)を嚔(ひ)りながら書いた詩」のことについては、

 2020年9月6日の当ブログをお読みいただければ幸甚です。)

 

長生きをしてようやくわかるということもあるのだと思った。

やっぱり、岡井さんは正直なひとだと思う。「自分が長生きしたからやっとわかった」とは、

なかなか言えない言葉ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

      

 

2020年9月 9日 (水)

映画「ひまわり」50周年HDレストア版

第二次大戦後のイタリア。

戦争へ出征し、帰還しない夫・アントニオ(マストロヤンニ)の消息を確かめるために

ソ連へ赴く妻・ジョバンナ(ソフィア・ローレン)。

消息不明の夫だが生きていると信じている。

第二次世界大戦での、戦争によって引き裂かれた男女・夫婦の愛を描いている。

 

ロシアの広大な平野に地平線まで広がるひまわり畑。

ものがなしい旋律のテーマ曲。

(ひまわりの花ってホントは明るいイメージなのだが、

 このテーマ曲が流れると涙が出てしまう。)

 

ようやく探しあてた夫だったが、極寒の地で救ってくれた人と新しい家庭を築いていた。

その衝撃・悲しみ。

 

この映画は1970年製作、当時とても評判だったので観ていたと思うのだが、

改めて50周年版として観ることができて懐かしかった。

観客も多く、どちらかといえば高齢のかたが多かったような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年9月 6日 (日)

目覚めるといつも私が居て遺憾  池田澄子

『現代詩手帖』2010年6月号の孫引きで申し訳ないが、本日のタイトルは

池田澄子さんの『たましいの話』(角川書店 2005年7月刊)に収められている

俳句である。

 

この6月号では「短詩型新時代ーー詩はどこに向かうか」が特集されている。

その中でアンソロジーとして「ゼロ年代の短歌100選」(黒瀬珂瀾編)と

「ゼロ年代の俳句100選」(高柳克弘編)があり、このブログのタイトルは高柳さんの

選んだ俳句の中の1句である。

 

この句になぜ目が止まったかといえば、大好きな池田澄子さんの句であるし、勿論この

句のインパクトそのものに惹かれたためともいえる。加えて、この特集の中の座談会

(城戸朱理・黒瀬珂瀾・高柳克弘)で、黒瀬さんの発言に「おっ‼」となったこととも重なる。

 

       黒瀬  びっくりしたのは、池田澄子さんの「目覚めるといつも私が居て遺憾」

           ですね。これはいまの若手、斉藤斎藤さんなどと共通する感覚だと思い

           ます。こんな句を読むと、たしかに最近は短歌が俳句化して、俳句が

           短歌化しているなという気がしますね。

 

ああ、そうか、いまの若手は「短歌の俳句化」なのかと思った次第。

 

ところで、この号の目玉? というべきか、ホントはこの話題に先に触れたかったのだが、

岡井隆さんが長篇詩「食卓で洟(はな)を嚔(ひ)りながら書いた詩」が掲載されている。

 

200行を越す詩のなかで『草枕』・『坊ちやん』が出て、『ひとりの午後に』(上野千鶴子)、

『コルカタ』(小池昌代)、『旅人かへらず』(西脇順三郎)、そして『ヘーゲル入門』、

『鮎川信夫全詩集』と、縦横無尽に書名や人名が出てくる。北川透の名前もあった。

その作家や詩人たちは岡井さんが親炙しているかたたちと思われフルネームで記されている。

 

その中でただ一人フルネームでなく、ファーストネームで記されているのが<谷川雁>である。

それもこの長篇詩の「十五」の章で、以下のようにしたためている。

 

        十五

      「瞬間の王は死んだ。」(雁)

      死んでくれてよかった

      死からだらだらつとした信濃の日常詠が生まれて/

             「北がなければ日本は三角」に

      見えて来た

      宮沢賢治が語られ十代に向かふことができた

 

 

「北がなければ日本は三角」は、谷川雁の書である。

谷川雁は晩年、十代の若者たちを集めて宮沢賢治の本を読む会を行っていた。

(福岡市早良市民センターにて) その会に私も1度お邪魔したことがあるが、

真摯な、とてもいい会だった記憶がある。童心に還られたような谷川さんだった。

 

岡井さんがこの詩を書いたのは82歳の時であり、谷川雁に対してどのような

思いだったのだろうか。

私にはわからない。

 

 

 

 

   

      

 

 

 

 

 

2020年9月 5日 (土)

『さよならさんかく』秦夕美句集 ふらんす堂

いつもながらの秦夕美さんの美意識というかセンスの冴えた装幀に成る句集。

「いつも私の遊びを美しい形にしてくれる、ふらんす堂さん、……」とも記している。

 

     本の形は柩に似せて横長。

     目次は四季でも年代順でもつまらないから、

     「あさ」「ひる」「ゆふ」「よは」と一日の時間軸にする。

                               「あとがき」より

 

 

     魂はかるくてぢやうぶ玉簾         「あさ」

     朝顔やはたまた後世といふ時空       「〃」

     ながらへど何故に聞こえぬ虹の音      「ひる」

     もう比べないでと墓の赤とんぼ       「〃」

     天涯や八月の雲あそばせて         「ゆふ」

     お迎へがきたか微風のさるすべり      「〃」

     来るのかい夏の大三角つれて        「〃」

     青葉木莵ほろりと夢のこぼれけり      「よは」

     いたはられいたぶられをり夏の月      「〃」

     おいで雲おいであなたも月の塔       「〃」

 

10句選んだが、どれもどれも好きな句である。

7句目の「来るのかい夏の大三角つれて」は、当ブログで以前も紹介した句。

1句目の「玉簾」の句にちなんで散歩の時に写したタマスダレの写真を、

    『さよならさんかく』のお祝いに掲げたい。

 

     秦さん、「またきてしかく」があってもいいと思うわ。  miyoko

 

     Photo_20200905091401

        魂はかるくてぢやうぶ玉簾      夕美

 

 

            2020年9月1日 初版発行

               2200円+税

            

 

 

 

 

 

     

                       

2020年9月 2日 (水)

季節の便り(55) ダブル台風

2

 

久留米・2番街のハンギングバスケット。花は日日草。

 

台風9号が来そうなので早々に久留米より帰って来た。

まだ電車は動いていて午後5時前帰着。

現在22:50   雨は降っていず風が少しあるくらい。今夜がピーク ?

 

続いて、台風10号が来ているらしく、6日の日曜日が要注意。

 

 

 

 

2020年9月 1日 (火)

『現代詩手帖』【特集】辻仁成  1995年11月号

蔵書の整理をしていたら『現代詩手帖』の【特集】辻仁成  1995年11月号が

出てきた。荒川洋治氏と辻さんが対談をしている。

今から25年も前のことだし、荒川さんも辻さんも随分若い。辻さんが爽やか青年の

風貌で詩を語っている。

 

      (辻) 僕が書いている理由はただひとつですよ。好きだから。

           詩を書くのが好きだから書いているんです。

 

(同号の広告のページには『岡井隆コレクション 全8巻』があり、左のページには

辻さんの『応答願イマス』の詩集の広告が。)

 

ところで、同号で気付いたのだけど、先日観た映画「糸」の監督の瀬々敬久氏の文章が

あり、驚いた。それも、辻仁成氏のことについて書かれている。

その中でのエピソードが実にいい。

その文章の締めにもなっているのだが、素晴らしい。

 

       『天使のわけまえ』と題された辻の処女映画のクランクアップ前日だったが、

       彼が腫れぼったい目をして現場に現れた。前日の夜遅くかつてのバンドメンバーの

       一人が瀕死の重症で担ぎ込まれ、辻は寝ずに一夜を過ごして来たのだった。その後の

       彼は現場で妙にテンションが高かった。確かその事件の後だったか、あることで

       激昂した彼が「人間はいつか死ぬんだ」と声高に叫んだことを覚えている。その

       叫びの後には「だからこそ……」という言外の言葉が確かに響き渡っていた。

 

 

 

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