文化・芸術

2017年5月30日 (火)

「いもとようこの世界」 上野の森美術館

繊細でほっこりするような柔らかな色彩の「いもとようこ」の絵は、

誰でも一度は見たことがあるだろう。

貼り絵に着色するという技法がとりいれられている。

原画の展覧会は、パリ展、ボローニャ展に次いでの開催。

日曜日の上野は沢山の人出。

どこからこんなに人が湧いて来るのだろうと思いつつ会場へ。

チケットは栞になっていて4種類から選べる。

わたしは『ねこの絵本』(講談社)のネコの栞をゲット。

2匹のネコが並んで寝そべっている可愛い絵。

栞は紙質でなく、アクリル製?なので、長~く使えそう。

「おむすびころりん」・「おやゆびひめ」・「ブーのみるゆめ」など、いずれも

なつかしいという感情と共に観賞した。

親子連れがさすがに多かったが、わたしのように齢を重ねて、

絵本の絵に会いたくて足を運んだ人もいることだろう。


出口近くのショップも大勢の親子連れ。

買いたい絵本が手に届かないような、そして、レジにも長蛇の列。

かろうじて、『画集 いもとようこの世界』( 金の星社 初版 2009年7月)を

1冊購入。みなさん、2冊も3冊も絵本を買われていた。

なんだか、こころが豊かになったみたいで美術館をあとにした。

にぎやかな声がする方に向かうと、法被姿の男たちの掛け声がする。

湯島天神の五月大祭とかで、お神輿が出ていた。

「黒門町」や「元黒」の法被の背中文字。

やっぱり、お祭りはいい。

幼い子どもたちの祭りの衣裳も可愛らしかった。

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東京から送ったトランクが午前中に届いた。

わたしは、手ぶらで1日東京で遊んだのだ。

洗濯しなくちゃ。(笑)


2017年4月 9日 (日)

第55回 北九州芸術祭 短歌大会

本日9日、短歌大会は無事終了しました。

遠方からの参加者も多く、うれしいことでした。

わたしは11時より1時間の予定でお話をしました。

馬場あき子さんの『渾沌の鬱』、高野公彦さんの『無縫の海』、それから

春日真木子さん、橋本喜典さん、蒔田さくら子さんの総合誌の近作を引用

しながら「ことばの力」について、お話をした次第です。

短歌大会は午後1時からで、作品は134首集まっていました。

会場からも活発な意見が飛びかい、充実した短歌大会だったと思います。

終って、福岡からの出席の人たちと小倉城周辺をそぞろ歩きしました。

さくらの花が風で髪に、肩に、散りかかりとっても風情がありました。

今日は日曜日とあって、人出が多かったです。

さくらの見納めでしょう。



紫川に架かる小さな橋を渡って、タリーズコーヒーで T ラテを飲みました。

紫川の向こうには小倉城が見えます。川っぷちのさくらの花が綺麗で

眺めていると泣きたくなりました。

ことしの、この、さくらのことは、きっと、思い出に残ることでしょう。






帰宅して頂いてきた小さなブーケのお花を飾りました。

わたしの好きな「クリスマスローズ」と「わすれなぐさ」のお花でした。


みなさま、ありがとう。

ほんとうに、ありがとうございました。           miyoko

2017年2月15日 (水)

生誕140年 吉田 博 展    久留米市美術館

1876年~1950年の吉田博、生誕140年を祝い、代表作を含む230点を展示。

吉田博は福岡県久留米市生まれ。少年時代を浮羽郡吉井町にて過ごす。



明治27(1894)年に上京。明治32(1899)年には、片道切符で渡米。

デトロイト美術舘で作品を発表して成功をおさめる。………と、

経歴をなぞってみたものの、全く吉田博のことを今迄知らなかった。





今回、230点からなる展示作品を観賞。

明治の頃の日本の風景を描いた水彩画、雄大な高山を描いた油彩画。

そして、大正後期からの木版画など。6会場(室)に渡り、圧巻であった。





「絵の鬼」と呼ばれた吉田博。その描く絵は自然への真摯なまなざしが

感じられ、日本的情緒が香りたつ。遠い記憶の底をゆさぶるような明治の

日本の風景だった。






わたしは木版画の「帆船」の前に立ち止まった。

立ち止まり、そこから動けないくらいに魅了された。

「帆船 朝日」・「帆船 日中」・「帆船 夕日」と3枚の絵が並べて、掲げられて

いた。3枚とも同じ構図なのだが、光のグラデーションによって全く違う世界を

見るようでもあった。それは、緻密な計算のもとでのものか。或いは吉田博の

感性のなせる技なのか……そんなことを思いながら、立ち去り難かった。






出身地・久留米では初の回顧展というだけあって、入館者がとても多かった。

今日はお天気もよくて、コートを着ていると汗ばむほどだった。



      [前期] 2017年2月4日~26日  [後期]2月28日~3月20日

       福岡県久留米市野中町1015  会場 久留米市美術館

                   

2016年11月17日 (木)

第20回 全九州短歌大会  日本歌人クラブ

平成28年11月16日、鹿児島市の「城山観光ホテル」に於いて

第20回 全九州短歌大会が開催された。

出詠歌 1004首、入賞作品は「鹿児島県知事賞」をはじめ

「日本歌人クラブ賞」・「鹿児島県議会議長賞」・「鹿児島県教育委員会賞」・

「日本歌人クラブ九州ブロック賞」・など26首。

他に選者賞、優秀賞、佳作賞など。

    鹿児島県知事賞

    干せばすぐ乾く晴れ間がうれしくてざぶざぶ洗ふシャツも小犬も

                                 大分 近田千津子

 

当日は、平成28年度の日本歌人クラブ九州ブロックの優良歌集の表彰も

行われた。





     優良歌集

     『種子島の青』    吉原美保子著   鹿児島県

     『花の待針』      古賀 美智著   宮崎県



  

講演は、三枝昻之氏の「わが命惜しー長塚節再発見」。

鋭敏な自然描写について歌をあげて語られ、資料には「描写の鋭敏さ+

命の意識」の籠った歌なども取り上げていた。

自然との向き合いかたついて示唆を受けた。


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鹿児島の街には市電が走っている。

今回、気づいたのだが、西郷隆盛の銅像をはじめとして、

街のいたるところに銅像が建っていること、だった。

 

2016年10月28日 (金)

草間彌生さんのドットの世界

文化勲章受賞の発表があった。

草間彌生さん、87歳。

今なお現役でお仕事をなさっている。

ほんとうにスゴイ。




草間さんのドットの世界を知ったのは他ならぬカルチャー教室だった。

2011年8月9日、出された歌によって。





        真っ赤なる和紙に顔採塗りまくり草間彌生を思いて描く

                                   坂元 元子




「草間彌生」の熱烈なファンの彼女が滔滔と語るのを皆で聴き入った。

それから、彼女の導きによって草間彌生の大胆な極彩色のドット(水玉)の

世界を覗いた。


 

        「芸術は人生、命の全て」なんて、すてきな言葉だ。 


そういえば、岡井隆さんは文化功労者受賞。

おめでとうございます。

2016年6月30日 (木)

まいにち文化祭 2016 久留米毎日文化教室

久留米市一番街ギャラリーにて、久留米毎日文化教室の

合同発表会&合同作品展が7月5日〜10日に開催される。




今回、短歌教室は、冊子をはじめて作った。

皆さんには、短歌5首とエッセイを書いて頂いた。

作品集の名前は「ちっご川」。

展示期間中には、冊子を無料配布する予定。

興味のあるかたは会場にお出掛けください。




なお、7月10日(日曜日)には、多目的室・特設ステージにて、フラダンスや

日本舞踊、フラメンコ、カラオケ、ハーモニカなどの音楽と踊りがあります。

入場無料です。

2015年11月 4日 (水)

「九大短歌」 文学館倶楽部 №21

福岡市文学館発行の「文学館倶楽部」 №21 が届いた。

今号の「クローズアップ」には「九大短歌」のことが掲載されている。



7月に「九大短歌」の歌会にお邪魔して見学、山下翔さんに取材したもの。



この「クローズアップ」では、「九大短歌」の第二号の作品から、

真崎愛・凌若菜・南健太郎・松本里佳子・山下翔さんらの作品を

各1首ずつ紹介している。




この冊子は福岡市総合図書館・福岡市赤煉瓦文化館で頂けますので、

どうぞ、機会があれば、ご覧になってください。







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夜明け前の東の空の、星が美しかった。

下(地上に近い)の方から、金星・木星・三日月と斜めに並んでいた。

金星のそばには火星が寄り添うように輝いていた。

朝 6 時前のウォーキングも、このようなご褒美がある。

2015年7月10日 (金)

島尾敏雄旧居・文学碑

『死の棘』や『日の移ろい』を執筆した場所、島尾敏雄の家(県立図書館奄美分館 

分館長住宅)が解体される動き云々ということを新聞で知ったのは、2008年だった。

「傷みがひどく、維持管理が心配」という理由だったらしいが、島尾敏雄と交流の

あった5つの文化団体が存続の要望書を出した。

そんな働きかけもあって住宅は保存された。ほっと胸をなでおろしたのは、5つの

文化団体は勿論だが、島尾敏雄の研究者やわたしのような島尾に関心がある者に

とって奄美市の英断に拍手を送りたい。2007年に亡くなった夫人のミホさんも、

「あの家は残してほしい」(朝日新聞 2008年9月2日 夕刊)と、言っていたそうだ。




古見本通りの道路標識に「島尾敏雄旧居」の文字を見つける。
バスを降りて、歩く。小さな橋(上緑橋)を渡るとほどなく左手に見えた。
まず、文学碑を見学。碑文は島尾敏雄直筆の色紙の一文より。

        病める葦も折らず、けぶる燈心も消さない

                 (「旧約聖書」第ニイザヤ書の句)



道路から入ると、旧居の勝手口の方が表になり、その庭に文学碑が建って
いる感じだが、もともとの玄関は裏側にある。
新しい道路が出来たために、道路から入ると裏口(勝手口)がまず見える。
平屋建ての居室4室くらいか。


島尾敏雄は、昭和40年から50年4月までここで暮らしたのだ。
玄関の屋根を覆いかぶさるように、鼠黐の木が青い実をつけていた。
そして、玄関の門口にはクロトンの木。
そういえば、文学碑の建っていた庭には大きなゴムの木が立っていた。


奄美大島は鹿児島県だけど、植物などほとんど沖縄に近い。
前日に行った加計呂麻島でもゆうな(オオハマボウ)の花が目についた。





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鹿児島県立奄美図書館へも立ち寄った。
この図書館の1階には「島尾敏雄記念室」がある。
当時の書斎が再現されており、開架式の書棚には多くの著書が並んでいた。
直接手に取って、見たり読んだり出来るのは、なんとも羨ましい。





              と、いうことで、奄美大島の旅は、あと1回でおしまいに…

2015年7月 8日 (水)

田中一村記念美術館

         いま私が、この南の島へ来ているのは、歓呼の声に送られて

         きているのでもなければ、人生修業や絵の勉強にきているのでも
         
         ありません。私の絵かきとしての、生涯の最後を飾る絵をかくために
 
         きていることがはっきりしました。

                         (昭和43年3月、田中一村の知人あての手紙)





昭和33年、50歳で奄美大島に移住。
つむぎ工場で働いて生計を立て、朽ちかけた家に住んで自炊をしながら一村は
ひとりその目的に向かって、仕事を進めていた。





亜熱帯の植物や動物を描いた一村の絵を一度は見た方も多いだろう。


華麗で奔放で、「ビロウとアカショウビン」や「アダンの木」、あるいは「ダチュラと
アカショウビン」などを描いた南国性の色彩が強烈な光を放っていた…。



        私の絵の最終決定版の絵がヒューマニティであろうが、悪魔的で
       
        あろうが、画の正道であるとも邪道であるとも何と批評されても私は

        満足なのです。それは見せる為に描いたのではなく、私の良心を納得

        させる為にやったのですから…
                                    (田中一村のことば)






清貧で孤高な生き方を通した一村は、ひとり夕食の準備をしている時、心不全で倒れ
誰にも看取られることなく69歳の生涯を閉じた。



田中一村記念美術館は笠利町の奄美パークに隣接している。
奄美空港からほど近く、車だと5分くらいだろうか。


この記念館の建物そして企画・設計の斬新さ。カメラを向けたくなる
水の構図であった。水の上に建物が建っている。




奄美パークではちょうど龍郷町島唄保存会の方たちの催しがあり、サンシンに
合わせて島唄の「上がる日ぬか春加耶節」が響きわたっていた。



11人の子どもたちが舞台に並び、島唄を張りのある声でうたうのを聴きながら
パーク内で昼食の鶏飯(けいはん)セットを頂いた。奄美大島の郷土料理?
ちなみに福岡で食べる鯛茶漬けみたいな感じ。
ご飯茶碗に3分の1くらいご飯をつぎ、鶏肉・錦糸卵・椎茸・漬物・ネギ・刻み海苔・
紅生姜をのせ、その上から鶏ガラスープを注いで食べる。


鯛茶漬けも好きだが。この鶏飯も結構好き。




そんなこんなで奄美大島への旅は、まだまだつづく……


 

2015年6月18日 (木)

「赤煉瓦夜話」 福岡市文学館

福岡市赤煉瓦文化館の1階にて催される「赤煉瓦夜話」も今回で61回目。

月の第3週の木曜日、18時30分~20時に、講師のお話。

毎回いろいろな分野の方の専門的なお話を聴く。
            (今後のスケジュールは文学館にお問い合わせを。)

出席者はいつも中高年のかたが多い。


今回は「猫本屋はじめました」の講演で、先頃同じ著書名で刊行した書肆吾輩堂の

大久保京さん。



70名先着順だが、予想通り満席だった。17時過ぎに行ったのだがすでに皆さん

並んでいて、私は整理券は15番目だった。そして、今回は圧倒的に女性が多い。

若いかたも多かったように思ったのだが…




猫本屋をはじめた経緯や、猫本のこと。古書のことなどあっというまの1時間半だった。

江戸時代にはすでに猫は愛玩用であったとか、古代エジプトでは猫は神様だったとか、


宮沢賢治は「猫嫌い」?の筈という話に聴き入った。


大久保京さんがお薦めの猫本は、内田百閒の『ノラや』だとか。(そうかぁ~)




昨夜に続く、「ネコ・猫・ねこ」の夜であった。


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