日記・コラム・つぶやき

2017年6月28日 (水)

未来賞応募その他

未来短歌会の恒例の「未来賞」の応募の締切は、7月31日である。

歌会のたびに皆さんに「出しなさい」と奨めている。こんな時でないと、

作品20首など揃えないし、まして、頑張って20首なんて作らない。

そういうわたしはどうなんだ?と云われると、ぐうの音も出ないのだが……
(時、すでに遅し。)







角川短歌賞の締切は5月31日だったから、もう若手の歌詠みたちは

出したことだろう。今年は、どなたが受賞するのかたのしみにしている。

たとえば、Y・翔さん、Y・基さん、H・翔一さんなど有望株だし、やっぱり

賞なんてものは、次席では駄目なんだよね。

次席では短歌史に残らない。

そのことを6月26日付け(わたしのブログ)の鶴逸喜さんは痛切に感じていた

ことだろう。「喜びを逸する」ばかりでは駄目なんだ。


現代短歌社の「第五回 現代短歌社賞」にも応募を奨めている。

こちらの締切も7月31日、個人歌集を出していないかたで作品は300首。

既発表でも可だから、是非このさいに歌集を纏めるつもりで応募してほしい。




「未来福岡歌会」も新しいかたの入会がこのところ続いている。

とても嬉しいことである。新しいかたは新しい風を吹き込んでくれるので

刺激になる。

どんなご相談でも受付けますので、どうぞ、お訊ねください。

ご一緒にたのしみながら短歌を作ってゆきましょう。

2017年6月26日 (月)

柘榴忌(鶴逸喜忌) 逝きて40年

「お前は当然、角川賞をもらってもよかったんだと」と、寺山修司が憤慨(?)

したという、鶴逸喜の第6回角川短歌賞を逸した件は今でも語り草に

なっている。





昭和35(1960)年、第6回角川短歌賞は、稲葉京子の「小さき宴(うたげ)」と、

深井芳治の「麦は生ふれど」が受賞した。

鶴逸喜の「火焔樹」は、候補で作品50首が『短歌』に掲載された。

当時の選考委員は、五島美代子・前川佐美雄・木俣修・佐藤佐太郎・宮

柊二・近藤芳美の6名であった。





受賞するか、落選するかなどは、時の運(?)みたいなものもあるとは思うが、

それにしても本人は残念だったに違いない。

「ぼくの名前は喜びを逸する、だからね」などと、笑いながら後年語っても

いたが……



     

        みずからの食器みずから煮る夕べ風募りゆく篁(たかむら)の音

        盛りあがり峡の若葉は日々鮮(あたら)しなべてを耐えて生き

        来ぬ、戦後

        敗兵の日の記憶にて血を吐きし瞳(め)に涯もなき海原の紺

        熱募りくる午後にしてまどろめばまぼろしの中揺らぐ火焔樹

        背骨ゆがむまでに幾たび手術してなお生きゆくは醜きに似る

                    『火焔樹』(葦書房 昭和52年12月刊)

鶴逸喜さんは、昭和52年6月26日、熊本で客死した。

亡くなる2週間前にわたしは大学ノート25冊ぐらいの歌稿を預かった。

第1歌集から第3歌集くらいまでの歌数があり、その積もりで整理するように

頼まれたのだ。

宿泊先のホテルよりの電話で知った鶴さんの死。

その時の衝撃は今でも思い出すとからだが震えてくる。

    (預かった大学ノートをもとに、急遽仲間たちと編んだのが遺歌集と

     なってしまった。)







あれから、40年の歳月が過ぎた。

わたしにも人生上の蹉跌があった。

だが、わたしはこうして、生きている。

鶴さんが願ったように「どんなことがあっても歌は捨てなさんな」を

守っている。






昨年の5月にはつれあいとベトナムへ旅をした。

そのベトナムで「火焔樹」の花を見ることができた。

わたしのいちばん見たかった花。

鶴さんが「まぼろしの中揺らぐ火焔樹」と、うたった火焔樹の花を

何度も何度も仰ぐことができた。

(今、わたしのPCのデスクトップの背景には〈火焔樹〉の花が…)


そして、「牙」(昭和54年6月1日発行 №66)の、「鶴逸喜三回忌特集」を

繙いている。この「遺歌集『火焔樹』評」の座談会は読み応えがある。




                          2017年6月26日 祥月命日に

2017年6月22日 (木)

昂然と泰山木の花に立つ  高濱虚子

本日、車窓より見た泰山木の花。

この花は遠くからでもすぐに目につく。

むしろ木の真下からのほうが花は見づらいかもしれない。

大きな白い花で、厚い緑の葉によく映える。強い芳香を放つのも特色。





昨日も久留米シティプラザの庭(銀のすぷーん 前)に咲いていた花を

眺めたばかりである。ここの庭の樹木には木の札に名前が書かれていた。

それによると「ホソバタイサンボク」だった。

『カラー 花木 1 』(山と渓谷社)の解説によると、ホソバタイサンボクは、

変種で明治初年、アメリカ大統領グラント将軍が来日のみぎり、請うて

東京上野公園に将軍夫人が手植えしたものがあり、これは一名グランド

ギョクランと呼ばれる、と記されている。






ところで、タイトルの俳句「昂然と泰山木の花に立つ」は高濱虚子の昭和

18年、櫻井書店から出版された『五百五十句』の中に収められている。

この句を「昂然と泰山木の花立つ」と、助詞の「花に立つ」を「花立つ」と

引用しているのを時折見かける。

(わたし自身の引用は、『現代俳句の世界 高濱虚子集』朝日文庫のもの)

短詩型では、助詞1字がいのちでもあるのだが……

原本はどちらなのだろうか?


        七月二日、県立病院を退院す。三日より自宅に臥床して

        治療を専らにす

     ゆふぐれの泰山木(たいざんぼく)の白花(しろはな)はわれのなげき

     をおほふがごとし         斎藤 茂吉 『つゆじも』より


『日本の詩歌』(中公文庫)の山本健吉の鑑賞によると「茂吉は六月一日に

小喀血し、二十五日に入院した。「病院の庭に泰山木があって白い豊かな

花が咲いている。それを見ておるとしばらく病の悲哀を忘れることができる。

『おほふがごとし』であった。」(『作歌四十年』)

大正9年、茂吉38歳の長崎赴任時代の歌である。

大正10年3月には長崎を去る。

 

2017年6月21日 (水)

夏至、夜の見学「博多工場にいってみナイト」

〜みんなのうまい!に感謝〜 の、キャッチフレーズの「ナイトツアー」に

参加してきた。

まぁ、歩いても3分ほどの距離なので、夏至の夜の散歩みたいなものだが。




今年はスーパードライ発売30周年特別企画として、特別試飲もあり、うきうき。

お一人様3杯までなんて云っても、3杯も飲めない。

このところ梅酒しか飲まないわたしはたちどころに酔ってしまった。




抽選会でプレゼントが当たった?が、隣に座っていた小学生の男の子に譲る。

その妹は自力でプレゼントを貰っていたし……



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今日は久留米まで出掛け、大雨が降ると思っていたのに、雨は降らず

大きな傘が邪魔で邪魔で、忘れそうになった。

だけど、先日の学習のおかげで傘はしっかり握りしめていたので、傘だけ

荒尾まで行くこともなかった。偉いな、わたし。

2017年6月14日 (水)

菩提樹の花

ことしこそ菩提樹の花を見に行こうと思っていたのに、うかうかしていたら

箱崎の恵光院の「菩提樹(青葉)まつり」は、六月四日の日曜日に

すでに済んでいた。

太宰府の戒壇院の菩提樹コンサートは6月11日の日曜日で、こちらもすでに

済んでいた。電話でお訊ねすると、まだ花は咲いているとのことだった。

以前、教室のみんなと戒壇院に行った時に菩提樹の樹を見つけ、Tさんと

今度花の咲くときに来ようね、と言っていたのに、それなのに、あ~あである。


残念な思いをいつまでも引きずっているのもいやだし、ダメモト承知で

箱崎(筥崎宮)の近くの恵光院まで急遽行くことに。

今日は裏千家の献茶式があるとのことで、筥崎宮も恵光院も着物姿の女性

たちが大勢来ていた。(九州近辺から600名からのひとたちが集った、とか。)


恵光院(えこういん)の菩提樹の樹は樹齢200年の大木であり、4つの大きな

幹にわかれている。黄色の五弁の可愛らしい花が咲き、花の咲くころはその

芳香があたりいちめんにただよう。

すでに花は散り、球形の実を結びはじめていたが、花の残香に酔う。

可愛らしい花も所々に見えて、来て良かったと思った。

来年は6月に入ったら、先ず予定に入れておかなければ。







ついでに筥崎宮の「あじさい苑」に入苑。

雨に濡れたあじさいの花の方が情緒があるのだけど、今日はあいにくの

「梅雨晴間」。あじさいを愛でる人たち、スケッチする人たち、ここも大勢の

人々だった。





ダンスパーティ、ハワイアングレープレッド、チボリ、柏葉あじさいなどを見て

巡る。昨日春日の教室のNさんに沢山あじさいの花を頂いたので、わがやは

只今、あじさい尽しである。わたしの好きな柏葉あじさいも頂いた。


そういえば、昨日の詠草の中にあった「多羅葉(たらよう)の木」(ハガキの木)

があった。この葉には字が書けるので、ハガキの木とも呼ばれている。

N さんに多羅葉の木を見たよ、と報告しとかなくちゃ。

2017年5月31日 (水)

アクアパーク品川

I さんと、E さんと、3人で水族館に行った。

行ったと言ってもホテルに隣接している水族館。

日曜日、朝食のあとに出掛ける。

9時に開くと思って行ったら、10時だったのでホテルに戻って10時まで待機。




再び出掛けたら、すでに長蛇の列。

チケットは、ホテルの割引券を使って1700円。

500円もお得だった。




水族館なんて、何年ぶりだろう。

透過型液晶パネルを搭載した水槽は、画面をタッチすると展示されている

生き物が動きだす。面白くて何度もタッチしていると、ホネばかりの魚になって

泳いでいる。

E さんのはしゃぎように、こちらまで、愉しくなる。




20メートルの海中トンネルは圧巻。

頭の上を悠々と泳ぐ魚たち。小さな魚も大きな魚もいっせいに同じ方角を

向いて泳いでいる。




11のエリアから構成されており、今迄テレビでしか見たことのないクラゲの

ゆらゆらと泳ぐさまの水槽に凝視(み)入ってしまう。

LEDの光に照らされたクラゲたちの優雅な姿。





童心に戻って、心底たのしんだ。

こんなに遊んでばかりで、大丈夫か? と、裡なる声がしないでもない。

まぁ、いいさ。

歌は作らなきゃ、ね。(笑)




そういえば、息子が早稲田鶴巻町に住んでいた頃、姪(彼にとってはいとこ)

が、訪ねて行ったら、水族館に連れて行ってくれたとか……

いや、プラネタリウムだったか? 

いずれにしても、デートコースみたいなもんだ。

今度、上京したら「プラネタリウム」に行かなきゃ~。

2017年4月26日 (水)

ベニバナトチノキ(紅花栃の木)の花

雨のなかを傘をさして歩いてきた。

那珂川の水が滔滔と流れている。

土手の桜も葉桜となり、雨に濡れて艶やかである。




那珂川の橋を渡ると南区清水。

ここまで歩いても1キロちょっと。

生活習慣病を改善するには、これくらいではダメだろう。




大型スーパーに寄り、ちょっと買物。

帰りに違う道を通ったらベニバナトチノキの花が咲いていた。

背伸びして写真を撮る。




そういえば、この花はパリのシャンゼリゼの街路樹としても有名?

パリではマロニエと呼ばれている。





桐の花のように上を向いてすくっと咲いている。

ベニバナと名前が付くように花の色は紅色。

大名の西鉄グランドホテル(天神西通り側、角)で見かけたのが、

いちばん最初だった。もう何年前かしら。

メイ・ストームのなかで花が強風に煽られていた。





この2・3年は香椎の千早並木通りの花をたのしみにしている。

2017年4月25日 (火)

「二十年後のわれもかくあれ」

日本人の平均寿命は1990年では男性は、約76歳。女性は、約82歳で

あった。昨年の調査によると男女共に5歳延びて、男性約81歳。

女性約87歳になっている。

     ディサービスに楽しみ行ける歌のあり二十年後のわれもかくあれ

                   小池 光(「短歌人」2017年4月号より)



小池さんは昭和22年生まれなので現在69歳。

「二十年後のわれもかくあれ」と、希望しているようだ。

20年後といえば89歳。たぶん20年後はもっと平均寿命が延びている

だろうから、大丈夫(笑)。


ディサービスを楽しみに行っている小池さんを想像するのは、

なんともタノシイ。


ところで、実母が生きていた頃の愚痴が「年寄りばっかり!」だった。

どこに行っても年寄りしかいず、年寄りが居る場に出入りするのを

いやがった。

「母さんも年寄りでしょ!」と云って、わたしたちはからかったが、自分は

年寄りという意識がもてなかったようだ。

そのせいか、どうか、杖をつくこともいやがった。

とうとう亡くなるまで杖をつくことはなかった。

そういえば、わたし自身も年齢相応に精神が寄り添えない。

身体と心のアンバランスに戸惑うばかりである。






そんなわたくしゆえ、

「二十年後のわれもかくあれ」なんて、そりゃあ、無理。

無理、無理、無理……

2017年4月24日 (月)

ソーセージを章魚(たこ)の形に…

さがしもの、というか、どこかで読んだ歌とか文章のフレーズを

どこだったかな、と探しまわることがよくある。



右側のページに載っていたとか、二段組みの下の方だったとか…

そんな記憶の断片がちらちらして、その探している言葉が見つからないと

次に移れない性分である。

このたびは、タイトルにある歌で、

ソーセージを蛸の形にしようとしたのだが、それを喜んでくれる(?)息子は

もうこの家にいない、というような短歌だった。

この歌がなぜ目にとまり、気にかかったのかといえば、わたしもまた似た

ような歌を作ろうとしたからでもある。(結果、作らなかったけど…)


そうして、一昼夜(勿論、睡眠はとったけど。)、探しまわった挙句、ようやく

あったわ。

      ソーセージを章魚(たこ)の形にせむとして踏みとどまりつ

      息子はゐない          宮本 永子 (「朔日」2017・4)


結句の「息子はゐない」に母親の心情がせつないほど伝わってくる。

息子が居た時は弁当作りに勤しんでいたのか?

ソーセージは定番とはいえ、お弁当には欠かせないよね。





ということで、一件落着で、気晴らしに園芸店に行って来た。

ブルーベリーの鉢植えがあり、白い可愛らしい花を付けていた。

買いたかったけど、かろうじて「踏みとどま」ったわ。

枯らしてしまいそうな予感がしたから……





2017年4月19日 (水)

ハナミヅキ&藤の花

久留米まで往還。

久留米の街は、真っ赤な久留米躑躅が花盛りだった。

本日も良い日和なり。




沿線の藤の花をたのしみ、咲きはじめたハナミヅキの花を仰ぐ。

ハナミヅキは好きな花の一つで、いずれの歌集にも収めているような

気もしないではないが、とりあえず、1997年刊行の歌集から。





     那珂川(なかがは)のむかうが博多はなみづき咲く西中洲水上公園

     ひるがへり咲く花水木いつさいのことは忘れてかうべをあげよ

     夕風にふるふるそよぐはなみづき眼裏(まなうら)にあり眠らむとして

                     『ひかり凪』(ながらみ書房刊) miyoko


福岡は、那珂川を挟んで博多区と福岡にわかれる。

JRには、福岡駅はなく、「博多駅」である。

福岡駅があるのは、西鉄電車の「福岡駅」で、天神が始発になる。

1首目の歌は、当時は水上公園に花水木があったのだが、数年前に行ったら

なくなっていた。







あ、そうそう、久留米市内の池町川の両岸の八重桜が見頃だった。

濃いピンクのさとざくら(関山)で、花びらが風に舞い、池町川に散ってゆく。

この川は街川なのだが水が澄んでいて、流れが透明である。

桜の樹下には、ところどころにベンチが置かれている。

散策をするのに打ってつけの場所である。

この八重桜は何本くらいあるのだろうか。八重桜の並木道だ。








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本日、特定健診結果報告書を受け取った。

「生活習慣の改善を心掛けて下さい」と2項目について記されていた。

やっぱりねぇ~と、慄いている。



「生活習慣の改善……」って、そもそも、わたしに「生活習慣」って、

あったの?

この「生活習慣」は、ワルイ「生活習慣」なのね。

                             〈改善〉できるのだろうか?

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