日記・コラム・つぶやき

2017年7月19日 (水)

暑気払い(星空に近いガーデンへ)

梅雨明けを期待しているのに、北部九州の梅雨は明けない。

今日も今日とて、「福岡市熱中症情報」は、


         15時 危険 

         18時 厳重警戒

と、穏やかでない。

しろしか(鬱陶しい)日々であることよ。




ちなみに、「危険」とはWBGT31度以上で皮膚温より気温の方が高くなること。

そして、厳重警戒はWBGTが28~31度。

14日、15日、16日、17日、18日、19日と「危険」な日が続いた。





梅雨明けを待って暑気払いを、の掛け声もむなしく、

前倒しで「暑気払い」をした。

と、云っても飲みに行くだけ、だけど……




席に案内される前に入口で、「木挽BLUE」(本格焼酎)のポケットサイズを

プレゼントされる。これはお土産っていうことかしら。

女性連れのなんと多いことか、いわゆる女子会ですなぁ。

あと、サラリーマンらしき団体さん。白いワイシャツ姿が出自を証明している。




さすがに夜空に近いガーデンだけあって、風が心地いい。

雲にさえぎられて、かんじんの、

               
               夕日は見えず
               

               夕焼けも見えず

               星空も見えず

2017年7月12日 (水)

曜白(ようじろ)朝顔

花の中心部から放射状に白い模様の入った朝顔、

名前は「曜白(ようじろ)朝顔」という。

この朝顔はわがやの定番で、もう4・5年前から夏になると咲く。

咲くといっても毎年、タネをとり5月に種まきをするのだ。


昨年はマンションの大規模改修工事があり、一夏を楽しむことは

出来なかった。かわりに前年のタネを友人・知人に配ったので、

わがやの二世・三世があちこちで咲いている ?。

ピンクの花びらに白い放射状の筋が入っている曜白朝顔。






昨年、ベランダのプランターや鉢を全て処分して、コンテナで持って行って

もらったので、ベランダはすっからかんになってしまっていた。





さて、今年はどうする?と、いうことで、諦めようと思ったのだが、風船蔓の

タネの袋が引き出しの中から出てきたので、小さなプランターを3個買った。

そして、残っていた曜白朝顔のタネも蒔いた。






風船蔓(ふうせんかずら)は、現在ツルを伸ばし中であるが、

朝顔は2・3日前から咲きはじめた。

プランターが小さいので、朝顔の花も小さい?。

(やはり、タネは市販のものを時々買う方がいいのか。)

でも、目が覚めて、朝の水遣りはたのしい。

「よく咲いてくれたねぇ」と声をかける。





いま、ベランダには、通販で買ったツルハナナスと春日の園芸店で見て、

衝動買いしたダークローズの鉢を置いている。

ツルハナナスはまだ花どころか、細い細い枝ぶり?である。

通販で買うのは、現物が確認できないので、失敗だったような。

ダークローズは薄いピンクで、蕾もたくさんだし、花がたくさん咲いて

いる。

ベランダに彩(いろどり)をもたらしてくれているので、うれしい。

2017年7月10日 (月)

蔵書生前贈与計画 ? 

室温が30度にのぼりつめようとしている。

この蒸し暑い部屋にいて、本に囲まれていると「ギャー」と、声を

挙げたくもなってくる。

いったい我が家にはどれくらいの本があるんだ。

       ガラス扉付き書棚        3棹

       書棚                7棹(うち、3棹は連れ合いのもの)

       文庫・新書のスチール本棚  2棹(共有)

       段ボール保管          6函

       寝室に積みあげられた大量の寄贈本








かてて加えて、スクラップノート130冊や資料の入った紙袋が30個ほど。

火事になったら、勢いよく燃えるものばかりだ。

その上、こんなに本を集めても遺族?にはなんの価値もなかったり、する。

やっぱり元気なうちに、このたいせつな本たちの行く先を考えた方が

いいのではないかと思ったりしている。(昨夜は、そんなことを考えていた。)



その昨夜は、防災メールの雨量情報が2度も入り、カミナリは鳴るし、

豪雨を案ずる。

しかし、夜中には満月が雲間から見えたりした。

 

2017年7月 9日 (日)

『結婚』 井上荒野  角川文庫

映画が先か、原作が先か?

で、映画を先に観てしまった「結婚」だった。

原作本を購わなければ、と思っていたら、な、なんということか。

昨日、文庫本の書棚を整理していたら『結婚』が井上荒野の文庫が

並んでいる中にあるではないか。




こんなことって、たまにある。

購ったまま読んでいなかった?

そんな筈はないと思いつつ、読んでゆく。

どこまで読んでも読んだ記憶がない。(そういえば、このところ記憶力も減退)




西加奈子の解説を読んでも、読んだ記憶が甦らない。

そうか、読んでいないんだな、と、了解するしかない。





結婚詐欺師の古海健児(うるみ・けんじ)。

考えようによっては、ひとときでも相手の女性に歓喜を与えたのだから。

なんて、考えるのはダメか。ダメだろうな。

女性を騙してお金を略奪しているのだから。





        可愛い、と古海は思った。女をだますときにはいつでも

        そこからはじまるのだった。





           解説  西 加奈子

           平成28年1月28日 初版発行   600円+税

2017年7月 1日 (土)

上弦の月に寄り添う木星

今日の暑さは、まさに「溽暑(じょくしょ)」だった。

もう朝からがんがんエアコンをつけていた。

途中で近くのワッフルの美味しいお店に。

ここのワッフルは食べ応えがある(笑)。

その上、リーズナブルなお値段。




午後は歌会へ。

暑さにめげず12名出席。他に3名詠草のみ。

75首を3時間で粛々と相互批評。

その欠席者3名の批評などを書いて、発送準備。

と、いうことで、右肩の痛み。





ベランダに出ると、空は晴れて上弦の月が出ている。

その月に寄り添うように木星が瞬いている。




今夜は、月も見ることが出来たし、もう休みます。

                           おやすみなさい。

2017年6月28日 (水)

未来賞応募その他

未来短歌会の恒例の「未来賞」の応募の締切は、7月31日である。

歌会のたびに皆さんに「出しなさい」と奨めている。こんな時でないと、

作品20首など揃えないし、まして、頑張って20首なんて作らない。

そういうわたしはどうなんだ?と云われると、ぐうの音も出ないのだが……
(時、すでに遅し。)







角川短歌賞の締切は5月31日だったから、もう若手の歌詠みたちは

出したことだろう。今年は、どなたが受賞するのかたのしみにしている。

たとえば、Y・翔さん、Y・基さん、H・翔一さんなど有望株だし、やっぱり

賞なんてものは、次席では駄目なんだよね。

次席では短歌史に残らない。

そのことを6月26日付け(わたしのブログ)の鶴逸喜さんは痛切に感じていた

ことだろう。「喜びを逸する」ばかりでは駄目なんだ。


現代短歌社の「第五回 現代短歌社賞」にも応募を奨めている。

こちらの締切も7月31日、個人歌集を出していないかたで作品は300首。

既発表でも可だから、是非このさいに歌集を纏めるつもりで応募してほしい。




「未来福岡歌会」も新しいかたの入会がこのところ続いている。

とても嬉しいことである。新しいかたは新しい風を吹き込んでくれるので

刺激になる。

どんなご相談でも受付けますので、どうぞ、お訊ねください。

ご一緒にたのしみながら短歌を作ってゆきましょう。

2017年6月26日 (月)

柘榴忌(鶴逸喜忌) 逝きて40年

「お前は当然、角川賞をもらってもよかったんだと」と、寺山修司が憤慨(?)

したという、鶴逸喜の第6回角川短歌賞を逸した件は今でも語り草に

なっている。





昭和35(1960)年、第6回角川短歌賞は、稲葉京子の「小さき宴(うたげ)」と、

深井芳治の「麦は生ふれど」が受賞した。

鶴逸喜の「火焔樹」は、候補で作品50首が『短歌』に掲載された。

当時の選考委員は、五島美代子・前川佐美雄・木俣修・佐藤佐太郎・宮

柊二・近藤芳美の6名であった。





受賞するか、落選するかなどは、時の運(?)みたいなものもあるとは思うが、

それにしても本人は残念だったに違いない。

「ぼくの名前は喜びを逸する、だからね」などと、笑いながら後年語っても

いたが……



     

        みずからの食器みずから煮る夕べ風募りゆく篁(たかむら)の音

        盛りあがり峡の若葉は日々鮮(あたら)しなべてを耐えて生き

        来ぬ、戦後

        敗兵の日の記憶にて血を吐きし瞳(め)に涯もなき海原の紺

        熱募りくる午後にしてまどろめばまぼろしの中揺らぐ火焔樹

        背骨ゆがむまでに幾たび手術してなお生きゆくは醜きに似る

                    『火焔樹』(葦書房 昭和52年12月刊)

鶴逸喜さんは、昭和52年6月26日、熊本で客死した。

亡くなる2週間前にわたしは大学ノート25冊ぐらいの歌稿を預かった。

第1歌集から第3歌集くらいまでの歌数があり、その積もりで整理するように

頼まれたのだ。

宿泊先のホテルよりの電話で知った鶴さんの死。

その時の衝撃は今でも思い出すとからだが震えてくる。

    (預かった大学ノートをもとに、急遽仲間たちと編んだのが遺歌集と

     なってしまった。)







あれから、40年の歳月が過ぎた。

わたしにも人生上の蹉跌があった。

だが、わたしはこうして、生きている。

鶴さんが願ったように「どんなことがあっても歌は捨てなさんな」を

守っている。






昨年の5月にはつれあいとベトナムへ旅をした。

そのベトナムで「火焔樹」の花を見ることができた。

わたしのいちばん見たかった花。

鶴さんが「まぼろしの中揺らぐ火焔樹」と、うたった火焔樹の花を

何度も何度も仰ぐことができた。

(今、わたしのPCのデスクトップの背景には〈火焔樹〉の花が…)


そして、「牙」(昭和54年6月1日発行 №66)の、「鶴逸喜三回忌特集」を

繙いている。この「遺歌集『火焔樹』評」の座談会は読み応えがある。




                          2017年6月26日 祥月命日に

2017年6月22日 (木)

昂然と泰山木の花に立つ  高濱虚子

本日、車窓より見た泰山木の花。

この花は遠くからでもすぐに目につく。

むしろ木の真下からのほうが花は見づらいかもしれない。

大きな白い花で、厚い緑の葉によく映える。強い芳香を放つのも特色。





昨日も久留米シティプラザの庭(銀のすぷーん 前)に咲いていた花を

眺めたばかりである。ここの庭の樹木には木の札に名前が書かれていた。

それによると「ホソバタイサンボク」だった。

『カラー 花木 1 』(山と渓谷社)の解説によると、ホソバタイサンボクは、

変種で明治初年、アメリカ大統領グラント将軍が来日のみぎり、請うて

東京上野公園に将軍夫人が手植えしたものがあり、これは一名グランド

ギョクランと呼ばれる、と記されている。






ところで、タイトルの俳句「昂然と泰山木の花に立つ」は高濱虚子の昭和

18年、櫻井書店から出版された『五百五十句』の中に収められている。

この句を「昂然と泰山木の花立つ」と、助詞の「花に立つ」を「花立つ」と

引用しているのを時折見かける。

(わたし自身の引用は、『現代俳句の世界 高濱虚子集』朝日文庫のもの)

短詩型では、助詞1字がいのちでもあるのだが……

原本はどちらなのだろうか?


        七月二日、県立病院を退院す。三日より自宅に臥床して

        治療を専らにす

     ゆふぐれの泰山木(たいざんぼく)の白花(しろはな)はわれのなげき

     をおほふがごとし         斎藤 茂吉 『つゆじも』より


『日本の詩歌』(中公文庫)の山本健吉の鑑賞によると「茂吉は六月一日に

小喀血し、二十五日に入院した。「病院の庭に泰山木があって白い豊かな

花が咲いている。それを見ておるとしばらく病の悲哀を忘れることができる。

『おほふがごとし』であった。」(『作歌四十年』)

大正9年、茂吉38歳の長崎赴任時代の歌である。

大正10年3月には長崎を去る。

 

2017年6月21日 (水)

夏至、夜の見学「博多工場にいってみナイト」

〜みんなのうまい!に感謝〜 の、キャッチフレーズの「ナイトツアー」に

参加してきた。

まぁ、歩いても3分ほどの距離なので、夏至の夜の散歩みたいなものだが。




今年はスーパードライ発売30周年特別企画として、特別試飲もあり、うきうき。

お一人様3杯までなんて云っても、3杯も飲めない。

このところ梅酒しか飲まないわたしはたちどころに酔ってしまった。




抽選会でプレゼントが当たった?が、隣に座っていた小学生の男の子に譲る。

その妹は自力でプレゼントを貰っていたし……



cat      cat

今日は久留米まで出掛け、大雨が降ると思っていたのに、雨は降らず

大きな傘が邪魔で邪魔で、忘れそうになった。

だけど、先日の学習のおかげで傘はしっかり握りしめていたので、傘だけ

荒尾まで行くこともなかった。偉いな、わたし。

2017年6月14日 (水)

菩提樹の花

ことしこそ菩提樹の花を見に行こうと思っていたのに、うかうかしていたら

箱崎の恵光院の「菩提樹(青葉)まつり」は、六月四日の日曜日に

すでに済んでいた。

太宰府の戒壇院の菩提樹コンサートは6月11日の日曜日で、こちらもすでに

済んでいた。電話でお訊ねすると、まだ花は咲いているとのことだった。

以前、教室のみんなと戒壇院に行った時に菩提樹の樹を見つけ、Tさんと

今度花の咲くときに来ようね、と言っていたのに、それなのに、あ~あである。


残念な思いをいつまでも引きずっているのもいやだし、ダメモト承知で

箱崎(筥崎宮)の近くの恵光院まで急遽行くことに。

今日は裏千家の献茶式があるとのことで、筥崎宮も恵光院も着物姿の女性

たちが大勢来ていた。(九州近辺から600名からのひとたちが集った、とか。)


恵光院(えこういん)の菩提樹の樹は樹齢200年の大木であり、4つの大きな

幹にわかれている。黄色の五弁の可愛らしい花が咲き、花の咲くころはその

芳香があたりいちめんにただよう。

すでに花は散り、球形の実を結びはじめていたが、花の残香に酔う。

可愛らしい花も所々に見えて、来て良かったと思った。

来年は6月に入ったら、先ず予定に入れておかなければ。







ついでに筥崎宮の「あじさい苑」に入苑。

雨に濡れたあじさいの花の方が情緒があるのだけど、今日はあいにくの

「梅雨晴間」。あじさいを愛でる人たち、スケッチする人たち、ここも大勢の

人々だった。





ダンスパーティ、ハワイアングレープレッド、チボリ、柏葉あじさいなどを見て

巡る。昨日春日の教室のNさんに沢山あじさいの花を頂いたので、わがやは

只今、あじさい尽しである。わたしの好きな柏葉あじさいも頂いた。


そういえば、昨日の詠草の中にあった「多羅葉(たらよう)の木」(ハガキの木)

があった。この葉には字が書けるので、ハガキの木とも呼ばれている。

N さんに多羅葉の木を見たよ、と報告しとかなくちゃ。

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