日記・コラム・つぶやき

2020年8月 9日 (日)

「彼方への記憶」-中野修追悼- 恒成美代子編

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                                                        2020年8月13日発行

                 発行者 中野美代子(恒成美代子)

                 製作 (有)花書院

                     〒810-0012   福岡市中央区白金2-9-2

 

 

 

 

 

 

          

 

 

2020年8月 2日 (日)

季節の便り(50)曜白朝顔が各地に咲いて…

わがやの曜白朝顔の種子が各地の家で育ち、花を咲かせている。

本日は、浦さん、立石さん、前田さん、弓削さんちの朝顔を

紹介したい。

そして、わがやの今年の花・2019年の花・2018年に写した花も今一度

掲げてみたい。

 

 

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       浦さんちの曜白朝顔

 

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     立石さんちの曜白朝顔

 

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    前田さんちの曜白朝顔

 

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    弓削さんちの曜白朝顔

 

 

 

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    2020年7月13日撮影  miyoko

 

 

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          2019年8月30日撮影   miyoko

 

 

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         2018年9月10日撮影   miyoko

 

 

曜白朝顔は、花の縁を中心に向かっている先が白くなっているのが特徴。

アフリカ系アサガオとマルバアサガオを掛け合わせた後、日本朝顔を

交配させたものらしい。

生育旺盛で午後まで花が開いている。

わがやの種子が受講生の家で広がり、子ども花から、孫花となり、来年は曾孫花と

なって夏を彩ってくれることだろう。

 

 

 

 

   

2020年7月30日 (木)

摩訶不思議な出来事2つ、3つ。

2020730

その①

福岡空港へ見送りに行った。

まだ時間があるからぶらぶらしようか、なんて暢気なことを言う息子。

そうね、じゃあ、時間を確認。とボードの案内を見ると、欠航の表示が。

欠航のこと知らなかったの ?  と、訊くも、メールも来なかったしねぇ……と。

とにかく、代替の便を探すためカウンターへ。

「いつ欠航は決まったのですか ? 」

羽田を発つ時には決まっていたみたい。

まあ、代わりの便がとれたので、胸をなでおろす。やれやれ……

 

その②

ウォーキングに毎朝行く息子に「ふくろうの像」を見てきてね。と、言ったものの

「なかった」「見つからなかった」と素っ気ない。

「どこを歩いているの」と訊くと、昨日は百年橋の所まで歩いたなどと言う。

そんな遠い所じゃないよ、リボン橋を渡って、岸辺の遊歩道をあるいたら、すぐ、あるよと教える。

 

3日目にしてようやく那珂川の岸辺に建っている「ふくろうの像」を確認した息子。

2つ目の橋の手前くらいにあったのか。わたしの教えかたも雑過ぎたか、ゴメン。

 

その③

これがいちばんミステリアスな話。

時計が夜中の12時に鳴りだした、と言う。

それも、タイマーをかけたみたいに5分おきに鳴った、と。

どこで鳴っているのかもわからず部屋中を探しまわった、と息子は言う。

(わたしは自分の部屋で寝ているので知らない。)

 

時計は亡くなった夫の腕時計だった。

たぶん、半年間、毎晩、夜中には鳴っていた筈だよ、と言われても、

わたしは全然その音を耳にしていない。

夜中の12時といってもわたしは起きていたことはあるし、時計が鳴り続ければ

気が付く筈だけど。1回たりとて聴いていない。

 

たまたま帰省していた息子が時計の音で安眠を妨害(笑)されたのか。

夫が何か告げたかったのかしら。

それにしても不思議な話。

 

 

 

 

2020年7月27日 (月)

季節の便り(49) 万両の花

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            初めて見た万両の花

 

 白い花ばかり探して写したる七月のわれ めぐる暦日 

                            miyoko

 

 

 

 

 

 

2020年7月19日 (日)

季節の便り(48)のちのおもひに

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          ゆふがほの葉つぱ

    

 

         わたしのうへを過ぎていつた181日

      これからもここでわたしは待つてゐるさびしくなつたら迎へにおいで

                                  miyoko

 

                   2020719

 

 

 

 

2020年7月17日 (金)

季節の便り(47)カラスウリの花

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                花見せてゆめのけしきや烏瓜

                          阿波野青畝

 

 

 

 

2020年7月 9日 (木)

季節の便り(46)夕顔の花

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         ゆつくりと花びら開く夕顔は初々しくてせつない白ね

       歌集『暦日』(角川書店 2012年7月刊)より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年6月29日 (月)

「白仏」を訪ねて、大川市大野島へ。

 

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4月23日、当ブログで「月に1度は小さな旅」をしたいと綴ったが、

漸く小さな旅が実現した。(旅ともいえぬ近距離だが…)

先ず1回目に訪ねたかったのは「大野島」であった。

 

辻仁成の『白仏』(集英社文庫)を読んだのは昨年の6月だった。

(その時の感動は、2019年6月15日の当ブログに。)

数千体の遺骨を使用して造られたという「白仏」をこの目で確かめたい、

そして、何よりその白仏をお参りしたいという思いは膨らんでいった。

 

「白仏」の祀られているお寺の名前と場所を地図で調べた。

目印の保育園も頭の中におさめた。

そして、何より大川市は、福岡県内なのだから県境越えではないからと

自分に納得させた。

 

辻仁成さんの退屈日記「霊感なんて信じないけど、でも、神の見えざる手の中で」

(2020・6・26)を読んで、ゴーサインを貰った?ような気がした。

 

〈白仏〉は、お堂の中に鎮座。

骨数量、28俵。骨重量、1300㎏から成る「白仏」とはいえ、

やさしい、やわらかいかんばせであられた。

「不拾本願来応大悲」のお言葉を読みすすめながら、涙が零れた。

 

     二度と暮し直しの出来ない大切な人生は、

     今日が最後になるかもしれません。

     自分を粗末にするためにこの世に出て来たのでは

     ありません。(略)

 

その祀られるお堂には、10畳ほどの畳が敷かれてあり「ゆっくりなさってください」の

お言葉に甘え、しばらく居た。さわやかな風が吹き渡る午後であった。

 

第2回目の旅のプランももう出来ている。

でも、でも、わたしのしていること、辻仁成流に言えば、

 

     「意味を探さないでね」

 

2020年6月26日 (金)

ことしはじめて一つ咲いた夕顔

Bsd

 

 

 

 

 

柘榴忌(鶴逸喜忌)

1977(昭和52)年6月26日、享年49歳で亡くなられた鶴逸喜(つる いつき)さんの

本日は命日である。

 

     盛りあがり峡の若葉は日々鮮(あた)らしなべてを耐えて生き来ぬ、戦後

     敗兵の日の記憶にて血を吐きし瞳(め)に涯もなき海原の紺

     熱募りくる午後にしてまどろめばまぼろしの中揺らぐ火焔樹

         鶴逸喜歌集『火焔樹』(葦書房 1977年12月刊)

 

鶴逸喜さんはわたしにとって初めての短歌の師であった。

鶴さんによって短歌の「在るべき姿」を学んだといってもいい。

亡くなられて早や43年、梅雨どきになると鶴さんのことが思い出される。

 

「朱色の柘榴の花が好きだつた」鶴さん。

「摘(つま)みはいつも枝豆だつた」鶴さん。

ビールが好きで、ビールばかり飲んでいた、鶴さん。

 

    雨に濡れ朱(あけ)つやめける柘榴の花在りし日のきみ愛したる花

    水無月の死は忘れられ柘榴忌の柘榴の花の雨に濡れゐる

        恒成美代子歌集『夢の器』(ながらみ書房 1992年6月刊)

 

ことし、わたしは未だ「柘榴の花」を見ていない。

もう、終わったのだろうか。

柘榴の花を訪ねることも出来なかったまま、柘榴忌を迎えている。

                 

    運命を泣くのはお止(よ)し 亡きひとにあの世へゆけば逢へるだらうか

                 2020年6月26日作  恒成美代子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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