日記・コラム・つぶやき

2018年5月23日 (水)

あじさい(ダンスパーティ)と「サムハラ」

花屋さんの店先を通りかかったら、あら、「ダンスパーティ」がある。

去年の6月に筥崎宮のあじさい苑でこのダンスパーティがいたくいたく

お気に召し?、あじさいの花の筆頭にしたところだった。

ピンクと白のダンスパーティの鉢があじさい苑では売られていたが、

何しろでっかい鉢なので、か弱いわたしには(笑)持って帰れそうになく

あきらめていたのだ。




ところが、今日はためらわず買った。

ピンクの小振りの鉢だったので、抱えて帰って来た。

うれしい、うれしい。

「墨田の花火」という白いあじさいも好き。

切り花でいいから、どなたか、ください、ください。


ああ、喜んでばかりもいられない。

宿題があった。

「サムハラ」って、知ってるかしら。

難しい字で、わたしのワードでは探しあたらないような字。

曾子の頃からあがめられていた ?   という歌だったけど、どうなんだろう。



①チベット仏教でいうシャンバラ(桃源郷) ?

②サムハラ神社が大阪にある ?

③お釈迦さまの弟子の曾子が臨終にあたって、体に傷一つないことを

 親の恩に報いることとし、生命の守護神「サムハラ」に感謝したとの逸話が

 あるそうだけど、時代的にどうかなぁ。



生命の守護神っていうのは、わかるような気がしないでもない。

お財布の中にあの難しい四文字の「サムハラ」を入れておくと、御利益が

あるのかしらん。



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11階建てマンションの上の方に、上弦(昨夜だった)の月が出ている。

明るい、綺麗。(ただいま、23日 21:10)

N  さん、見てるかしら。

2018年5月15日 (火)

季節の便り⑧  特定健診結果報告書

今朝見たらミニトマトが小さな愛らしい実をつけている。

数えると7個ついていた。

律義に実をつけてくれているミニトマト。

毎朝の水遣りもたのしい作業だ。


ワサビ菜は、もう葉っぱが出ず、薹がたって菜の花に似た花が咲き、

その花が種子になっている。そう、菜種と同じような。


先ほど、机の横に下げている温度計を見たら、なんと℃26。

外は暑いだろうな。



届いた「特定健診結果報告書」をつらつらと読んでいる。

まぁ、想定はしていたが、「軽度LDLコレステロール」には、まいった。

「生活習慣の改善を心がけて下さい」と総合所見の文字。

今回、前回、前々回と数値が並んでいると、体の変化が一目瞭然。

2016年より体重が3キロ弱の増加。

生活習慣の改善って、さて、何をしたらいいんだろう。


M さんから頂いた空豆。

莢を剥くと、なんと赤い豆だった。

空豆は空豆なのだが、「ササゲ」っていう種類かもしれない。

名前を聞くべく M さんにメールを入れるけど音沙汰なし。

ご飯に炊くと「アズキご飯」になるみたいなので、炊いてみた。

赤飯になっていた。(M さんより返信あり。「初姫」という名前の空豆。)



先だっては、H さんに頂いたツタンカーメンの豆は「赤飯」にして

美味しういただいた。

そして、新ワカメを T さんから沢山いただいた。

レシピを参考にしながら、とっかえひっかえ(笑)ワカメ料理を作っている。



今のこの季節、美味しいものばかり。

                        従って、太る、太る。

2018年4月26日 (木)

哀悼

定席の机の上に飾られたカサブランカと白菊そしてスターチスの白い花。

遺影と歌集『黒の瀬戸』を飾り、皆さんと同じように席にはお茶とお菓子を。



北九州のSさんが泣きながら、電話してきたのは3日ほど前だった。

息子さんと奥様の連名で亡くなられたことを葉書で知らせてくださり、

はじめてS・Kさんが亡くなったことを、私たちも知らされたのだ。

葬儀も家族葬になさり、高齢の奥様のために「弔問などは誠に

失礼ながらご辞退申し上げます。」と記されていた。


S・Kさんとは、長いおつきあいながら、ほんとうに S さんが云うように、

決してタメグチなどつかないかただった。

そして、歌会の詠草はいつも真っ先に届いた。

真面目で、勤勉家のかただった。


今日のお花を用意してくださった S さんが、「偲んでくださいね。」と、

帰り際にそのお花をくださった。

帰宅してその花を飾り、ひととき偲ぶ。


いまでもS・Kさんの声がきこえるような気がする。

本日は、239回目(月に1度)の北九州の歌会だった。


なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)の花が散らずに待っていてくれたけど、

あの白い花は、今日はなんだか泣いているように見えた。

夜、デスクトップの背景を「なんじゃもんじゃ」の花に代えた。

2018年4月24日 (火)

幹生花(かんせいか)

本日の宿題をする。

宿題をするといってもパソコンで検索すればたちどころに解る。

(この便利さに慣れてしまった。)


以前から気にはなっていたのだが調べることもなく過ぎてしまっていた事案。

桜の幹から直接、花が咲いていますよね。

              あれはなんというのですか ?

              何か名前があるのでしょうか ?


本日の質問に答えが出せずにいたのだ。

「蘖(ひこばえ)」は、稲などを刈り取ったあとに芽生えるものだけど、

桜の場合は「ひこばえ」とは言わないよね。



答えは「幹生花(かんせいか)」。

植物の幹に直接開花するのを「幹生花」という。そして、

植物の幹に直接結実するのは「幹生果(かんせいか)」。

カカオの実は幹生果である。

ウイキペデイアは、まこと親切。


そして、他にはベストアンサーたちの声。

「胴咲き桜」・「胴吹き桜」の呼称もあった。

このように幹から直接、花が咲くのは樹勢が弱っているのが原因らしい。



と、いうことで、知らないことばかり。

いつも何か教えられる。

質問されたり、逆にわたしが教えを乞うたり。


こんな時間のたいせつさを、しみじみ思う。

2018年4月18日 (水)

季節の便り⑦ ヒトツバタゴの花

久留米六ッ門の銀のすぷーんのパティオに咲いていた

ヒトツバタゴの花。

真っ白い花が陽に映えて眩しかった。


この花を見ると思い出すのは、松本健一さんのエッセイである。

もう、かれこれ20年前くらいか ?

まだ、この花が今みたいに世間に流通していない ?   時だった。

西日本新聞の50回連載のエッセイに書かれていたヒトツバタゴの花を

「海照らし」の花と紹介していた。

対馬にはヒトツバタゴの自生地(鰐浦)があり、3000本くらいの花の咲く頃は

海面を白く染めるという。海を照らすことから「海照らし」の花とも呼ばれて

いる。



そのエッセイを読んでから、まだ見たこともない幻の花を追い求めていた。

後年、歌人の山崎方代さんににヒトツバタゴの歌があることを知った。

方代さんはヒトツバタゴの別名「なんじゃもんじゃ」として、うたっている。


      生れは甲州鶯宿峠(おうしゅくとうげ)に立っている

      なんじゃもんじゃの股からですよ        

                           『右左口』 山崎 方代


北九州の歌会会場近くにはヒトツバタゴの並木通りがある。

毎年たのしみにしている。

その並木の下をゆっくり歩く。

花を眺め、写真を撮り、わたしの至福のひとときである。

ヒトツバタゴは、「一つ葉タゴ」とも書き、モクセイ科。



でも、今年はいろいろな花の咲き具合が早い。

せめて1週間くらい待っててほしいと思う。

1週間したらわたしが行くけん。

それまで、散らずに、待っといて‥‥ね。


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つらつら考えたら、

ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃ)の花のことは、このブログに

いつだったかカキコミをしたような気がしていた。

調べてみたら2014年5月2日に上記と同じように対馬の自生の

ヒトツバタゴのことを記していた。

あれから4年たつのにちっともわたしの心は変わっていない。

(と、云うか、退行かしらん。)


まだ、対馬・鰐浦の「海照らし」の花は見ることが出来ないでいる。

2018年4月 4日 (水)

季節の便り⑥ 満天星躑躅(ドウダンツツジ)

近くの S 病院の花壇にはドウダンツツジが2本ある。

このドウダンツツジは秋になると紅葉が美しいのだが、今の季節は可愛らしい

白い花が満開である。近づいて見ないとわからないような小さな花だが

鈴蘭に似た壺状の花をつけている。

立ち止まって眺めていた。


今日は久留米まで出掛けたのだが、途中の筑後平野の田んぼには

レンゲ草が咲いていた。電車を降りて見たかったが、先を急いでいたので

残念ながら諦めた。



久留米の市街の通りの緑地帯には真っ赤な久留米ツツジの花が咲きはじめ

眼をたのしませてくれる。

二番街のミズキの花がすでに咲いていて、この通りを歩くのは楽しい。

白いミズキの花に混じってアメリカハナミズキの少し赤みがかったピンク色の

花が風に揺れている。

いいな、いいなと立ち止まって眺める。

そして、眼福、眼福とつぶやく。



この季節は花・花・花である。

わがやのプランターにはチューリップの花が5つ咲いている。

ムスカリのむらさきの花も愛らしい。



野菜といえば、ワサビ菜、これは冬を越して勢いを増している。

必要なだけハサミで摘み取り、細かく刻んでサラダに散らす。

ピリッと辛味がきいて味よし。



春は足早に過ぎてゆく。

2018年3月15日 (木)

季節の便り④ こぶし開く

こぶしの花が咲きはじめた。

竹下2丁目の交差点(五叉路)の緑地帯にはこぶしの木がある。

そこを通る時はいつも上を仰ぎながら通る。

今日、通ったら咲きはじめていた。

温度に敏感なこぶし(辛夷)なんだね。

農家ではこの花が咲きはじめると種を撒くとか。


火曜日に行った春日では、コミュニティバスに乗り遅れて、お天気も

いいし歩いてみた。

歩数計が5000歩くらいになった。

汗ばむほどの陽気であった。

でも、その歩いたおかげでミモザの花に会えた。

大木のミモザは真っ黄色な花をほわほわとつけていた。




      さくらの花芽はやも尖りて来む春へ携へゆかな夢のつづきを

      花の斑(ふ)ふの黒きまなざし遊蝶花(パンジー)はほほゑむやうに

      陽に向き咲けり

      春愁といふのはやめて わたくしの心の奥にもつと触れてよ

                        『ゆめあはせ』(砂子屋書房 2002年)

 

2018年2月24日 (土)

春宵(しゅんしょう)の酒場にひとり酒啜る……

本日は、2011年2月24日に亡くなった石田比呂志さんの、

祥月命日である。

        春宵(しゅんしょう)の酒場にひとり酒啜る誰か来(こ)んかなあ

        誰(た)あれも来るな     

                   『九州の傘』(砂子屋書房 1989年1月)



亡くなった翌日の熊本日日新聞のコラム「新生面」の記事は、石田さんを

活写していた。

        ーー略 無頼を気取っても、隠しきれない寂しさが全身に

        漂っていた。酒場から自宅に送ると、「一杯だけ飲んでいけよ」と

        ドスの効いた声で脅迫し、上がると喜々とした表情で手料理を

        振る舞った……略




今年の第七回琅玕忌(2月17日)は、大分県中津市山国町の「やすらぎの郷

やまくに」で営まれた。

山国はその地名のように、まさに山の国であった。中津から迎えの車で

行ったのだが、走れども走れども山の中。途中左手に耶馬渓の青の洞門が

見えた。

こんな山の中に石田さんは30年近く短歌の指導に毎月通っていたのだ。

地元の方々の熱心さもあったことだろう。そんな縁で山国川の岸辺に

石田さんの歌碑が建ったのだ。地元の短歌愛好者の方々の温情あっての

ことだろう。

今年は歌碑見学を兼ねて、吟行歌会となった。

周辺には国指定天然記念物の「猿飛甌穴群(さるとびおうけつぐん)」が

あり、名勝の魔林峡や念仏橋がある。まさに風光明媚な場所であり、

山国川の水音のきこえる静かな所であった。

       岩床を穿ち流るる山国の源流永遠に水に声あり


石田さんの力強い直筆のいしぶみであった。

 

2017年12月25日 (月)

来む年を待つ

      干支の犬二匹描きしちひさなる掛軸かけて来む年を待つ

                       2017年12月25日  miyoko

2017年12月19日 (火)

冬の夜海眠らねば眠られず  鈴木真砂女

ことしも残すところ10日あまり。

なにか取りこぼしていることがあるのではなかろうかと、

案じられもする。いや、取り零すしかない諸々が机上周辺に。



今朝の新聞(朝日)に、佐藤モ二カさんが写真入りで紹介されていた。

「新時代の表現者たち ⑥」、肩書が詩人・作家となっていたのに、少々

戸惑う。そりゃあそうだろうと思いつつ、「歌人」って入れて欲しい気がしない

ではない。「移民の記憶を言葉で残したい」と語っていた。

勿論、短歌を詠んでいることも語られていた。



昨夜は夢うつつでメールを読み、夢うつつでショートメールを返していた。

常になく、早寝してしまっていたのだが。

それから、目覚めて、眠られなかった。(愚痴では、なかと(笑))


         冬の夜海眠らねば眠られず    鈴木真砂女








今日から3日間、走ります。

続けて走ります、走り続けます。

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