映画・テレビ

2020年4月 2日 (木)

映画「つつんで、ひらいて」監督・編集・撮影             広瀬奈々子

15000冊もの書をデザインした装幀者・菊地信義と、本をつくる

人々を、3年間にかけて追ったドキュメンタリー。

 

タイトルの文字の書かれた紙をくしゃくしゃに丸めてしまう。それを

再び広げ、丁寧に平らにしてコピーをとる。そうすると、どうなるか ?

コピーされた文字は擦れる。そのかすれた風合いをデザインとしてつかうのだ。

菊地信義は「こさえる」という言葉が好きなようだ。

「こさえる」は「拵(こし)らえる」であり、手作り感の伝わる職人の仕事みたい。

 (このくしゃくしゃに丸めてコピーした文字といえば、吉本隆明の『追悼私記』

JICC出版局 1993年3月刊 がある。)

 

 

仕事場の机の上で、文字を選ぶ。

それを鋏で切りとる。切り取った文字を貼ってゆく。

カバーのタイトルの文字を斜体に貼る。1ミリの間隔に拘りながら。

 

この斜体の文字といえば、干刈あがたの『アンモナイトをさがしに行こう』

(福武書店 1989年刊)と、同じく干刈あがたの『ウォークinチャコールグレイ』

(講談社 1990年刊)がある。一時期、干刈あがたのファンでもあった私は、

菊地信義と干刈あがたが同年生まれであることを知った。

干刈あがたの『どこかヘンな三角関係』(新潮社 1991年刊)には、お二人の

交友?が綴られている。題して「菊地信義さんと〈ピンク色〉と私の関係」。 

 

さて、映画の方は古井由吉の新刊の装幀から印刷までの過程を見せてくれる。

そのあいまあいまに、喫茶店「樹の花」でのひとときや、自宅でレコードを

聴いているところや、骨董市での菊地信義の姿を追う。

いずれも絵になっている。お洒落なのだ。あの黒で統一された着衣はホントに

この映画に相応しい。

 

現在では当たり前みたいになってしまったカバーのタイトル文字を帯に跨がらせる

方法。これなど私は勝手に菊地信義が考案したものではないかと思っている。

先ほどの吉本隆明の『追悼私記』は、「追悼私」までが表紙カバーにあり「記」は

帯に記されている。勿論、カバーにも「記」は入れてあるのだが、帯で隠れるように

なっている。

このタイトル文字をカバーと帯に跨がらせる方法は、干刈あがたの『ワンルーム』

(福武書店 1985年刊)では、帯に「ム」だけ跨がらせているのだが、帯の白地は

実際の帯でなく、カバーの下段を白地にして帯に錯覚させていることだ。

 

こういった魔法のような手口で最も意表を突いたのは、『吉本隆明 鮎川信夫論』・

『鮎川信夫 吉本隆明論』だ。これは2冊の書ではなく、1冊で2通り、即ち、背表紙

の文字が一つは逆に印刷されてあり、ページを開く時も、吉本からも鮎川からも開く

ことができ、奥付まで1冊の書に2個所あることだ。

こんなこと考えだしたのは菊地信義しかいない(笑)

本棚に並べると、当然どちらかは逆さまになるのだけど……

 

最後につけ加えたいのは、菊地信義の弟子?でもある

水戸部功氏の言葉。 

 

        装幀は、本来シンプルなものほど良いはずなんだけれど、

    依頼者は何かを加えたがる……

 

本好きのかたには、是非お勧めの映画。

(入口で熱を測られ、席も飛び飛びの距離になるけど…)

 

そして、劇場用パンフレットが1000円。

これが、また凝っている。まさに「つつんで、ひらいて」の装幀であった。

63ページもあり、眺めておくだけでも愉しいパンフレットである。

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年3月21日 (土)

映画「Fukushima 50」 若松節朗監督

2011年3月11日に発生した東日本大震災。

その地震、津波によって福島第一原子力発電所は電源を失う。

メルトダウンによって、どのような事態になってゆくのか、

想像するだに怖ろしいことである。

 

現場にとどまり作業員たちと共に危険な状態を回避するべく

吉田所長(渡辺謙)は奮闘する。この吉田所長と政府とのやりとり。

観ていて歯痒い思いがしたシーン何度となく。

 

当直長の伊崎(佐藤浩市)と、吉田所長の結束・信頼。

 

東日本大震災で、福島原発によって、日本は滅びることになったかも

しれないことを思うと、回避できたのはほんとうに何よりであったと思う。

 

最後のシーンは綺麗に纏め過ぎたように思ったのだが…

 

 

 

 

 

 

2019年11月22日 (金)

映画「ひとよ」 白石和彌監督

「ひとよ」は「一夜」だった。

15年前のある事件。

母と3人の子どもたちのそれから… 15年後の再会。

次男の佐藤健の屈折した精神、その演技。

母親役の田中裕子。何があってもブレない精神の強さ。

 

崩壊してしまった家族の絆を取り戻そうと、もがく長男と長女。

「約束だから、かあさんは帰ってきました」

せつない、せつない。

<行動でしか思いを伝えられない人間>

 

ラストのカーチェイスは、必要だったのか?

 

 

2019年11月 3日 (日)

映画「最高の人生の見つけ方」 犬堂一心監督

吉永小百合と天海祐希主演。

家庭第一主義の主婦・幸枝に吉永小百合、その娘に満島ひかり。

大金持ちの女社長・マ子に天海祐希。

 

余命宣告を受けた二人が偶々同じ病室となる。

少女の落として行ったノートに書かれていたのは「やりたいことリスト」。

死ぬまでにしたいことが書かれているノートであった。

 

そのやりたいことリストを一つ一つ少女にかわって余命わずかな二人が

実現してゆく。

中でも「ももいろクローバーZ」のライブは迫力があった。

映画を観ているこちらまでその感動が伝わってきて、からだがリズムを

とっていた。(笑)

 

家では何一つしない、協力的でない夫(前川清)と引き籠もりの息子がいて

つらい立場の幸枝。

          「言わなければ相手に伝わらない」

 

と、いうことにも気づく。

涙が出てしまう場面もちらほらとあり……

 

残りの人生のたのしみ方を考えなくちゃ……

 

 

 

 

 

 

2019年10月14日 (月)

映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」蜷川実花監督

小栗旬演ずる太宰治を観たくて行った。

3人の女優さんたちの演技に見惚れる。

やっぱり正妻役の宮沢りえは巧い。正妻という立場を見事に演じ

きっていた。(ますます、すてきな女優さんになっている。)

 

       「お父ちゃまはお仕事なの。」

       「お父ちゃまは女のひととお仕事なの?」

 

幼い子どもの発する言葉は無邪気ではあるが、残酷だ。

 

太田静子役を沢尻エリカ。欲しかった太宰の子どもを産む。

太宰の一字を頂いて「治子」と名前を付けて貰えたのは認知の証?。

 

愛人の山崎富栄役に二階堂ふみ。彼女は太宰と共に入水自殺という

死を決行したのだから、勝ち負けでいうと「勝」ったのだろうか?

 

ともあれ、支離滅裂な男、破滅型の男が太宰治だ。

 

      大丈夫、君は僕が好きだよ。

 

なんて、云う男が太宰なのだ。嗚呼……

 

 

*  *  *

夜、珍しくミルで緑茶を粉砕して、お抹茶にしていただく。

「銀のすぷーん」のクッキーには紅茶の方が良かったのだが、

今夜は緑茶が飲みたかった。

 

 

 

2019年7月21日 (日)

NHKテレビ「NHK短歌」

新講師になってから初めて観た「NHK短歌」。

本日は大辻隆弘さんだった。司会は、有森也美さん、ゲストは、はしのえみさん。

題詠「紺」。一位から三位までの発表があった。

 

  人間に生産性という言葉向けられており紺色の空  松本千恵乃

 

本日二位の歌。作者がその「生産性という言葉向けられており」に対して

答え(結論)をあからさまにしていない。言わなくても、作者の思いは

読者にはそれとなく伝わってくる。結句の「紺色の空」への展開も妙味。

これはわたしの鑑賞。(結句は一桝アキかどうか失念)

 

大辻さんの評は歯切れよく、それでいて丁寧でわかりやすい。

下世話なことだが、大辻さんのジャケットの色とネクタイの若々しさを称賛(笑)

 

 

☆    ☆    ☆

4か月分くらい溜った古新聞などを廃品回収に出すために早起き。

今日出さないことには、わがやの寝室は満杯状態。

あいにくの大雨でどうなることかと思ったが、出すには出せてほっと一息。

 

福岡市緊急情報が早朝4時過ぎから何度も入る。

6時台に5本も入り、博多区も警戒レベル3とのこと。

 

今日は溜まりに溜っている「積ん読」をなんとかしよう。

先ずは歌集から読むことに‥‥

 

 

 

2019年7月 8日 (月)

映画「作兵衛さんと日本を掘る」KBCシネマ

2011年5月25日、炭坑夫だった山本作兵衛さんの描いた記録画と日記697点が

日本初のユネスコ世界記録遺産になった。作兵衛さんは60歳も半ばを過ぎて

から絵筆を握り、専門的な絵の教育は一度も受けていないそうだ。

 

しかし、作兵衛さんの絵は人の心を捉えて離さない。

たとえば画家の菊畑茂久馬氏は「じっと見ていたら涙が出てた。僕の画業から

くる状況がはねかえって、いよいよもって作兵衛さんがいわば僕の画業の前に、

仁王さまみたいに立ちふさがった」と語り、29歳の時から20年間描くことが

出来なかったと。

 

記録作家の上野英信氏が作兵衛さんの絵を世に出すことに力を尽くした一人

だろう。そのご長男の朱(あかし)氏が語った「筑豊」。本籍をどこに置くかの

話は英信氏の志を継ぐ気魄?が籠っていた。「筑豊文庫」の開設宣言の看板を

大切に保管していたこと、心に残った。

 

作兵衛さんの絵を中心に映画は進行。

画面いっぱいに映し出される坑夫の姿、ことにズームアップした時の女坑夫の

まなざし。命を賭けて働いている眼であり、美しかった。

 

1984年12月19日、作兵衛さんは92歳の命を閉じた。

「数百年後の子孫のため明治、大正、昭和のヤマはこうだったといっておきた

かった」と、話していた作兵衛さん。そして、晩年に残した言葉。

 

    けっきよく、変わったのは、ほんの表面だけであって、底のほうは

    少しも変わらなかったのではないでしょうか。日本の炭鉱はそのまま

    日本という国の縮図のように思われて、胸がいっぱいになります。

 

本日は監督・熊谷博子さんの挨拶とサイン会があった。

この映画の制作に7年をかけた(かかった)と語っていた。

映画を作る間、監督の心の奥底にあった怒り。

 

    炭鉱も原発も同じエネルギー産業で、末端の労働の構造は変わらない。

    国策でもある。(略)

 

 

この映画を多くの人に観てほしい。

ことに若い人々に観てほしい。

作兵衛さんのうたっていた「ゴットン節」が、いまも、内耳に残っている。

 

     七つ八つかーら

     カンテラー提ーげて

     坑内下がるもー

     親の罰

     ハー ゴットン

 

 

2019年6月 9日 (日)

映画「長いお別れ」 監督 中野量太

2007年より2013年冬頃までの一家族の物語。

父親(山崎努)、その妻・母親(松原智恵子)、長女(竹内結子)、次女(蒼井優)が

好演している。ことに父親役の山崎努は細かいところまで認知症役を演じていて見事。

 

父の70歳の誕生パーティを、母の提案で家族揃ってお祝いをしようというところから物語は

始まるのだが、長女はアメリカ暮らし、次女は仕事も恋もうまくゆかず、悩んでいる。

そんな中、どうにか都合をつけて揃ったが、母の口から父の認知症の症状のことが告げられる。

 

父は中学校の校長も務めたほどの教育者、書斎ではいつも本を読んでいる。

ある日は句集か。「万緑の中や吾子の歯生え初むる」草田男の句が出てきた。

『相対性理論』などの厳めしい読書も。しかし本を逆さまにして読んでいる。

父は時々「帰る」と言って家を出ていく。

帰るってどこに? 「ここがあなたのおうちよ」

 

家族とは、生きるとは、そして、介護の問題など、含みの多くある映画であった。

「長いお別れ」とは、少しずつ記憶をなくし、忘れていくことからの謂でもある。

 

          この頃はね、いろんなことが遠いんだよね。

          遠いっていうのは、さみしいんだよね。

 

こんな科白が耳から離れない。

 

 

☆   ☆   ☆

つれあいを奮励 ? するために、大分からMさんが(大学時代の友人)来福した。

わざわざ会いに来てくれたこと、感謝の思いでいっぱい。

 

                     

 

2019年5月13日 (月)

映画「愛がなんだ」 原作・角田光代

監督・今泉力哉。

28歳のOL・テルコ(岸井ゆきの)は、マモル(成田凌)ひとすじ。

いつ、どのような時と場所にいてもマモルから呼び出しがかかれば

何はさておいても駆けつけてしまう。

しかし、マモルは気が向かない時は追い帰してしまったりする。

それでもテルコは懲りずにマモルにひとすじなのだ。

 

テルコの心情は多少理解できるが、わたしはテルコにはなれない。

人間としてダメな奴に向き合って、時間も体力も消耗するのはまっぴらだ。

(だけど、男女の関係って理性では割り切れないところがあるのかしらん。)

 

それにしても、こんなマモルのような男は大嫌いだ。

 

擦った揉んだの挙句、

ハッピーエンド……(とは、言えないな。)

 

ほんとうに「愛がなんだ」よ。

 

 

 

2019年5月 7日 (火)

映画「ヒトラーVS.ピカソ」 KBCシネマ

副題「奪われた名画のゆくえ」を観に行った。

ナチスが美術品の略奪を繰り返していた1937年、

〈闇の美術史〉とでもいえそうな暗部を掘り起こしている力作。

権力の怖さ、権力によって芸術をも略奪してしまうヒトラー。

ドキュメンタリーの迫力に、改めて、戦争とは、政治とは、権力とは

について考えさせられた。

 

   飾るために描くのではない。

   絵は楯にも矛にもなる。

   戦うための手段だーー

            パブロ・ピカソ

 

   無関心は許されない。

   芸術家はこの世の悲劇や喜びに

   敏感な政治家であるべきだ。

            パブロ・ピカソ




                     字幕監修 中野京子

 

☆   ☆   ☆

KBCシネマに行く途中の街路樹にベニバナトチノキ(紅花栃の木)の花が

2本あった。紅色の花を掲げていた。

そういえば、香椎の千早並木通り(筑邦銀行前辺り)のベニバナトチノキも

今頃、満開のことだろう。

 

そして、ヒトツバタゴ(異名・なんじゃもんじゃ)の真っ白い花、

その花を仰ぐことができたのも幸いであった。よき日かな。

 

 

 

 

 

 

 

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